4.厨房デビュー
「メイさん!本当に来てくれたんですね!」
厨房に行くと、ハンスさんが笑顔で迎えてくれた。もう一人の食事当番のディーンさんを紹介してくれる。
ディーンさんは朝、スープカップを渡してくれた人だった。
ゴローは食堂の隅の窓際へ行き、くるくる回ってから寝そべった。あの場所が好きみたいだ。
「お昼は何を作るんですか?」
「昼は豆と野菜と鶏のスープ、焼きソーセージ、それからパンです」
朝とあんまり変わらない印象のメニューだった。
まあ、今からメニューを変えるわけにはいかないし、揚げ物は油が高いと聞いたら、もう作るわけにはいかない。
「貯蔵庫みたいなの、あります?」
「あります!なんでも使ってください!」
「じゃあ、見せてもらいますね」
貯蔵庫にはハーブ、乾燥野菜、調味料があった
肉類は隣の氷の魔石の部屋にあるという。
魔石、あるんだ…
「いろんなハーブがありますね」
「あー、あるんですけど使ってないんです。
使い方がわからなくて」
それもそうか、と納得してハーブを見ると、タイムとローリエらしい香りのものを見つけた。
調味料は、マスタードとハチミツらしきものを見つけたので、ソーセージにはハニーマスタードソースをつけることにする。
パンは昨夜に焼いたものを使うと言う。
だからあんなに固かったのか。
蒸し器がないか聞いたら、貯蔵庫の奥から大きいのが出て来た。
これでパンを蒸したら、少しは柔らかくなりそうだ。
他の野菜で使えそうなものがあるか聞いたら、厨房の裏手に昔の畑の跡がある、と言われたので見に行ってみる。
ゴローもついてきて、柵の周りをくんくん嗅いでいる。
葉っぱの感じがセロリらしきものを見つけた。
「ハンスさん、この草は食べられますか?」
「えっ、わからないです」
「食べられそうだけど、こういうのってわかる人いますかね?」
「うーん、エルンがこの辺の出身なんでわかるかもしれないですね」
エルンさん…あの目がくりくりした男子高校生みたいな子か!
「今週は馬当番だから馬小屋にいるはずです」
「呼びました?」
話をしていたら、当のエルンさんがひょっこり顔を出した。木のバケツに飼い葉が入っている。
「この草って食べられます?」
「あ、セロリ!食べられます!
3年前まではこの畑の手入れしてた人がいたんですけど、異動して行っちゃって。
この柵の中のものは基本食べられるって言ってました。植えた種類とかを書いたノートも置いていきましたよ」
そう言ってエルンさんは馬場の方に去っていく。
ゴローはエルンさんの後について行った。
エルンさんにも懐いたのかな?
それにしても良い事を聞いた。
暇な時間にノートを探そう。
念のためセロリらしきものはヨハン先生にも見てもらった。
「セロリじゃな。食べられるぞ」
ヨハン先生のところから厨房に戻る途中で、ハンスさんに食材の仕入れについての疑問を聞いてみた。
生鮮食品はどう仕入れているのか不思議だったのだ。
すると、野菜・乳製品・卵は基本は週にニ回、当番の班が取りに行くそうだ。
お肉は麓の町のお肉屋さんから、同じく週二回の配達。
その他に必要なものがあったら、その都度に買い出し班が麓の町へ降りる。
麓の町には詰所があって、騎士がニ、三人交代で常駐しているそうだ。
日本で言う交番みたいなものかな?
他にも山で鳥を狩ったり、討伐した魔獣の肉を食べたりするらしい。
魔獣、いるんだ…
「魔獣ってどんなのですか?ドラゴンとかですか?」
「あはは、そんな危険なものはこの辺にはいませんね。牛、猪、鹿、鳥の魔獣ぐらいですよ。
けっこううまいです。
この時期はあんまり出ないですけどね」
厨房に戻った私たちは、最初にスープ作りから始めた。
まずは切った玉ねぎの半分を、焦がさないようにじっくり炒める。
そこに野菜と鶏肉、最後に豆と残りの玉ねぎも入れて炒めてから、ハーブと水を加える。
その後は吹きこぼれないように煮て、灰汁を取る。
しかし量が多い!二十人前がこんなに量が多いなんて。
途中でハンスさんとディーンさんに灰汁取りを代わってもらい、私はハニーマスタードソースを作る。
いつもはソーセージはどうやって食べているのか聞いたら、焼いたままだと言われたので味に変化をつけようと思ったのだ。
マスタードだけでもおいしそうだけど、私が食べたいからハニーマスタードソース。
でもマヨネーズなんてないから、マスタードとハチミツと酢を混ぜる。
ちょっと味見して、ソースの伸びが悪そうだからオリーブオイルっぽい油も足した。
「ディーンさん、ハンスさん、味見してください」
「ソーセージにつけるヤツ、いいですね、これ」
「うまいです」
よかった、口に合ったみたい。
あとは調味料を入れる前にスープの味見をする。
朝のスープよりはおいしい気がするけど、何かもうひと味欲しい。
貯蔵庫をまた見てみると、ドライトマトを見つけた。
これ、使えるんじゃないかな?
スープの一部をボウルに入れて、刻んだドライトマトを漬け込む。
いい感じにトマトがふやけたところで鍋に戻して、味付けをする。
「また味見してもらえますか?」
「うまい!」
「いつものスープと違う!」
そんなに?と思ったけど、あのしょっぱいスープに比べたらおいしいのかもしれない。
最後に、パンを蒸す準備をする。
大型蒸し器を発見してよかった。
試しに何個か蒸してみたところ、朝より柔らかく食べやすくなっている。
娘のミナはパンを蒸して食べるのが好きだった。
今は忙しくて、そんなことやってなさそうだな。
ミナ、どうしてるかな。
「パンが柔らかくなってうまいです」
「これならスープに浸さなくても食える!」
よかった、こちらも手間はかかるが好評みたいだ。
そろそろ早番の騎士が昼食に来るというので、蒸し器にパンをセットした。
「あー、腹減ったー」
「昼、なんだろうな」
「メイさんが作るって言ってたよな」
「なんかいい匂いがするな」
ドヤドヤとやってくる話し声がする。
…あれ?どうしよう、これ、ハードル上がってない?
私が作ったのは普通の昼食である。
異世界の、ものすごいごちそうではないのだ。
だんだん、不安になってくる。
自分から作ると言ったけど、なんかもう謝りたい。
「メイさん、大丈夫です。今日の昼飯うまいですよ」
「パンもソーセージもスープもうまかったです」
二人が励ましてくれるけど、それは忖度かもしれない。
実際、早番の騎士たちは最初、並んだ昼食を見てちょっとがっかりしているようだった。
パンが温かいのには驚いていたけれど。
「このソーセージの横のヤツ何?」と聞かれたハンスさんが自信たっぷりに答える。
「ソーセージにつけて食ってみろ、うまいぞ!」
「ふーん、そりゃ楽しみだ」
騎士さん達は、そう言いながらトレイを持って席に着く。
ハラハラしながら食べるところを見ていると、ソーセージにかぶりついた騎士が目を丸くする。
「なんだこれ、うまい!」
「スープもうまい!」
「パンもやわらかい」
「うまい、うまい」
そのうちに、早番以外の騎士さんたちも食堂に来る。
みんなものすごい勢いで食べていく。
どうやら好評みたいだ。
「よかったぁー」
安堵してへたり込みそうになっていると、ディーンさんが慌て出す。
「まずいです!
このままだと俺たちの分まで食い尽くされそうです。今のうちに確保しないと!」
「え?追加で作りますか?」
「それも食われます!」
ハンスさんが紙に『スープ、一人二杯まで』と書いて食堂の入り口に貼りに行った。
その時、団長さんが食堂に現れた。
「大騒ぎだな」
「あ!団長!」
先に食べていた騎士さん達が口々に言う。
「今日の昼飯、うまいです」
「おかわりもっとしたい!」
「ハニーマスタードソース、うまい!」
「スープもうまい!」
パン二つ、大きなソーセージ三本、スープは二杯までが今日の昼食だ。
団長さんはディーンさんからトレイに乗せた昼食を受け取り、
「ありがとう。楽しみだな」
と私に言ってから席に着く。
どうだろう?団長さんは喜んでくれるだろうか?
反応がすごく気になるけれど、おかわりの騎士さん達の対応でそれどころではなくなってしまった。
嵐のような昼食が終わり、見てみると大鍋もハニーマスタードソースの壺もからっぽだった。
「お、終わったぁ……昼食って大変なんですね」
「いや、いつもはこんなじゃないです。下手すりゃスープが残って夜に持ち越しです」
「パンも残る時あるよな」
「じゃあ、今日は喜んででもらえたんですかね?」
作ったものをきれいに平らげてもらえるのは、やっぱりうれしい。
「ああ、うまかった。ありがとう、メイ」
低い声に振り向くと団長さんが立っていた。
「あいつらがあんなに喜んで食事をしているのを、ひさしぶりに見たよ。騎士は食べるのも仕事のうちだからな」
「お役に立ててよかったです」
「ああ、何か特別な作り方をしたのか?」
団長さんの質問に食事係二人が答える。
「灰汁?ってヤツ取って、草も入れました」
「野菜は炒めてから煮ました」
食事当番の二人が答えると、団長さんは信じられないものを見るような顔をした。
「お前ら…そこからか」




