3.新しい朝が来た
目が覚めたら自分ちのベッド、なんてこともなく。
やっぱり昨日の客室だった。
ゴローは水を飲み、いつものように私の顔をペロリとひと舐めする。
「わかったよ、散歩に行こうか」
この世界でリードが必要かはわからないけど、いつものようにゴローにリードをつけて客室を出る。
朝の光の中で見る砦は、思っていたよりずっと広い。学校がまるごと一つ入りそうなくらいだろうか。
意外ともう働いている人もいる。
馬の世話をしている人、洗濯をしている人、剣の鍛錬らしきことをしている人もいた。
ゴローは匂いを嗅ぎながら歩いている。
向こうから昨日の若者が歩いてくるのが見えた。
確かハンスさんだった気がする。
「おはようございます」
「えっ!早いですね、おはようございます。何してるんですか?」
「ゴローの散歩です」
ここで私はふと気がつく。ゴローの排泄物はどうしたらいいんだろう?
「あの、一応ビニール袋はあるんですけど、ゴローの排泄物はどうしたらいいですか?」
「えっ、まずそこですか⁈」
ハンスさんはかなりおどろいている。
そんな変なこと言っただろうか?
異世界でもマナーは大事だと思ったんだけど。
田舎方式で穴掘って埋めとけ、とかなんだろうか?
するとそこに団長さんがやってきた。
「おはようございます。昨日はありがとうございました」
「おはよう。ずいぶん早いな。まだ寝ててもいいんだぞ?」
「ゴローの散歩が毎日この時間なんです」
ここで団長さんも驚いた顔をする。
「ニホンでは犬も散歩するのか?」
「えっ、こっちの犬はしないんですか?」
「そんな紐をつけて歩いたりはしないな。敷地内を自由に歩いてるぞ」
「えっ、じゃあ排泄物は?」
「そのままだな。犬は自分で隠すだろう。まあこの砦は広いから、好きに歩かせて構わないぞ。人を襲ったり噛んだりしないだろう?」
「それはないです。基本的に警戒心が強い子なので、知らない人には近づきません」
「でも団長には懐いてますよね」
見ると、ゴローは団長さんの前で止まってしっぽを振っていた。
団長さんは犬に懐かれやすい人なのかもしれない。
「昨日、食事してないから腹が減ってないか?今日もゴローのメシは作ってくれてかまわないぞ」
「ありがとうございます!」
なんて良い人なのかとちょっと感動する。
今日もハンスさんは食事当番だというので、一緒に厨房へ行くことになった。
朝の厨房は忙しそうだった。
邪魔したら悪いしなぁ、と見ていると今朝のメニューはスープとパンらしい。
カウンター前のテーブルに焼けたパンが山のように積まれ、子供一人くらいなら入れそうな大鍋からスープが汲まれていく。
「メイさん、厨房使って大丈夫ですよ」
ハンスさんが呼んでくれたので、厨房に入る。
昨日借りたお鍋に肉を入れ、スープ用に取り分けてあった緑の豆とにんじんをもらう。
ゴロー用だから味付けなしで水煮にしていると
「いい匂いがする!」と目がくりくりした若者が話しかけてきた。人懐こそうな感じの、まだ高校生くらいに見える子だ。
「昨日来た来訪者さんですよね?何作ってるんですか?」
「この子、ゴローのご飯です」
「えー、うまそう!お前、いいものもらってるな!」「味はないですけどね」
出汁とかあるならもらいたいけど、お世話になってる身で贅沢は言えない。
ゴローは今朝もご飯を完食し、団長さんの横に行って寝そべった。
団長さんが立ち上がり、声をかける。
「皆、食事を取りながらでいいから聞いてくれ」
「はい!」
「メイ、こちらへ」
と手招きされて、団長さんの横に並ぶ。
「昨日来た来訪者のメイだ。当分はこの砦で暮らす。わからないことなど、助けてやるように」
「メイです。こっちは犬のゴロー、お世話になります」
と言って礼をすると、なんだか転校生になった気がした。
騎士達は良い返事をしてくれて、ゴローを見ながらニコニコしている人もいる。
「団長、ずいぶん懐かれてますね」
「犬でも団長の強さがわかるんだろうな」
「さすが団長は男にモテるな」
これは…この流れは言わなくてはいけないだろうなぁ。
「すみません、ゴローは女の子です」
「食べられる分だけ取ってくださいね」
穏やかそうな物腰の騎士さんからスープカップをもらい、スープを注ぐ
具材は豆とソーセージ、野菜だった。
パンは大きいので、一つで充分だろう。
「いただきまーす」
思えば、誰かが作ってくれた料理なんて何年ぶりだろう。
人が作ってくれたごはんは、いつもよりおいしく感じるものだ。
…の、はずなんだけど、このスープはかなりしょっぱい。
パンを食べようとちぎろうとしたら、かなり固い。
周りを見ると、普通にスープを飲み、パンをちぎったりかじったりしている。
この世界の人はアゴが強いのかもしれない。
なんとかパンをちぎり半分食べたところで、昨日のロイドさんに話しかけられる。
「昨日のテンプラ、うまかったっす!」
口の中にまだパンがいたので、モグモグしながらうなずいてみると、
「テンプラ、なんだそれ⁈」
「揚げ物?いいなぁ、食べたかった」
「祭りの時に食ったのが最後だよな」
などとまた騒ぎ出す。
完全にノリが運動部男子だ。
息子の健を思い出す。
あの子は騒ぐ子じゃないけど、高校時代のチームメイトたちはこんな感じだった。
よく家に来て晩ご飯食べていったなぁ。
やっとの思いでパンを飲み込んで聞いてみる。
「この世界だと揚げ物はあんまりしないんですか?」
口々に言う説明を聞くと、油がまず高価なうえに、この砦では騎士達が持ち回りで料理をしていること、手の込んだものは作らない、というか作れる人がいないということがわかってきた。
そのせいで、どうしてもメニューは似たものが続くらしい。
この砦には団長さんはじめ十八人の騎士とヨハン先生、合計で十九人が暮らしているそうだ。
騎士は常に十八人がいる訳でなく、さまざまな任務で人数は変わるらしい。
食事当番は基本は三人、こちらもその日によって人数が変わるそうだ。
「もしよかったらなんですけど、私もご飯作りましょうか?」
体を使う仕事の若者たちが、ご飯を楽しく食べられないのは良くない気がする。
さっき、息子の部活を思い出したからか、気分は完全に寮母になっていた。
「いいんですか⁈」
「やったぁ!」
「こちらの世界の料理はわからないし、普通の家庭料理しか作れないと思うんですが、それでも良ければ…」
「いいですよね⁈団長!」
団長さんを振り返ってみると、ちょっと驚いた顔をしていた。
「こちらは助かるが、無理はしなくていいんだぞ?
昨日来たばかりだろう」
「いえ、ゴローのごはんも作らせていただきますし、何もしないでお世話になるのは心苦しくて。
こちらの方のお口に合うかわからないんですが、それでも良ければ手伝わせてください。
手を動かしていた方が気が楽なんです」
そういうと、団長さんは少し笑って
「わかった。よろしく頼む」
と言って食器を下げて食堂から出て行った。
うん、あのしょっぱさのスープ毎日飲んでたら高血圧で死にそうだもんね。
朝ごはんの後はハンスさんに連れられて、ヨハン先生のところに行った。
今日も体調は大丈夫だと伝えたが、また簡単な確認をされた。
その後は砦を案内してもらう。
どこから見たいか聞かれたので、まずはお風呂、洗濯場、掃除用具入れ、あと入ってはいけないところを教えて欲しいと頼んだら、また驚かれた。
なんだろう?もっと華々しいところから言うべきなんだろうか?でも華々しいところってどこだろう?
ゴローも私について来た。
馬がいる場所辺りで大丈夫か心配になったが、馬たちはあっさりゴローを受け入れてくれたようだ。
ゴローが匂いを嗅いでも怒らなかった。
「さすが騎士の馬ですね、賢そう」
「馬と犬はわりと相性良いですよ。牧場にも犬いるところは多いです」
「そうなんですか!よかったね、ゴロー」
案内が終わったら、まず昨日の服を洗濯する。
洗濯の魔道具がありますよ、と言われたが、自分一人の洗濯物くらいなら手で洗うほうが早そうだった。
いくら四十五歳でも知らない男性の洗濯物と一緒に洗うのは抵抗がある。
洗濯も終わり、どうしようか考える。
部屋にいようかとも思ったけれど、じっとしていると余計なことを考えそうだ。
私は厨房に向かうことにした。




