27.旅立ちの五目ちらし
「ねーねーメイさーん、送別会のメニューなんにするの?」
エルンさんが、クリクリおめめをキラキラさせて聞いてくる。
私はうーん、と考えた。
「何がいいかなぁ?」
送別会は四日後だ。そろそろ、普段の食事作りと並行して、準備もしないと間に合わない。
ケーキは…生クリームがないよね。
もう思いつかない私は、逆にエルンさんに聞いてみる。
「思いつかないの。エルンさんなら、何食べたい?」
「うーん、おいしいもの!」
ニコニコしながら答えられたけど、それは答えになってない…
「なんの話?」
今日の食事当番、ギランさんとポールさんもやって来た。
ちょうどいい、この二人にも聞いてみよう。
「奈緒さんの送別会なんだけど何が食べたい?」
「うーん、肉…かな」
ギランさんがちょっと考えながら言う。
「酒のつまみになるものがいい!」
ポールさんは酒好きだ。夜の当番がない日は、よく夕食後の食堂で飲んでいるメンバーだ。
「甘いの!甘いのも食べたーい」
エルンさんの目がさらに輝き出した。
うーん、どうも決め手に欠けるなぁ…
うむむ、と悩む私の周りで、三人がキラキラした目をしていた。
ついでにゴローも、私の足元でおすわりをして見上げていた。
「送別会のメニューが決まらないのか?」
その日の夜、私は団長さんと庭のベンチにいた。
ゴローもついて来て、庭をウロウロしている。
婚約してからは、こうして庭のベンチで二人の時間を持つようにしている。
そろそろ夜は寒いから、ちょっと体温が高い団長さんにくっついているのが暖かい。
「そうなんですよねぇ、今まではどんなメニューで送別会してたんですか?」
「そうだな…」団長さんがあごに手を当てて、ちょっと考える。
「肉を焼いたのと、チーズやらハムやら酒のつまみだな」
うん、想像通りだった。
「メイの世界ではどんな物を出すんだ?」
「そうですねぇ… お寿司とか唐揚げとかピザとか…ケーキ…あ!」
「どうした?」
急に大声を出した私に団長さんがちょっとビクッとした。
「五目ちらしなら作れる!」
娘の美奈のひな祭りには、毎年作ってたんだ。
生魚がのったお寿司は作れないけど、卵とマスフレークをのせた五目ちらしなら、華やかで奈緒さんを送り出すのにピッタリな気がした。
「ゴモクチラシ?が何なのかわからんが、決まったならよかったな」
団長さんは優しい目で私を見ていた。
二人の時だと、団長さんは私に甘い。
それがまだちょっと照れくさい時もあるけど、まぁ、嫌ではないからいいんだけどね。
奈緒さんの送別会までは準備があるから、食事当番は三人にしてもらった。
今日はエディさん、トマスさん、クルトさんだ。
「奈緒さんの、送別会の準備を手伝って欲しいんだけど」
「ああ、何をしたらいい?」トマスさんがうなずく。
「氷の魔石の部屋で、大きいお肉を選んで欲しいな。
今までは送別会の時、庭でお肉を焼いてたんでしょう?」
「そうそう!焚き火でぐるぐる焼いてたぞ」エディさんが思い出してニコニコしている。
「当日も焼くのは任せてくれていいぞ」クルトさんがそう言ってくれた。
「私は野菜を切って煮るから、今日の食事の支度はお願いしてもいいかな?終わったら手伝うから」
もう食事当番の騎士さん達だけでも、日常の食事作りには困らないようになっている。
三人とも快く了承してくれたので、私は畑に出た。
五目ちらしに使うレンコを取りに来たのだ。
レンコは日本のレンコンによく似た食感の実だった。
他にも何かあるかと小さいシャベルで畑を掘ってみる。
にんじんもあったので収穫する。
その横に、なんだか見覚えのある根っこがあった。
「あれ?もしかしてゴボウかな?」
これも収穫していこう。
食堂に戻ると、ちょうどヨハン先生が砦コーヒーを飲んでいた。
今日は奈緒さんが麓の町へ買い物に行ったので、話し相手がいなくてつまらないのかも?
「ヨハン先生、この根っこみたいなのはなんですか?」
「ああ、これはゴボラじゃよ。独特な風味があるが食べられる。繊維が多いがの」
やっぱりゴボウっぽい野菜だ!
収穫してきた野菜を洗っているところに、トマスさんがやってきた。
「肉は選んで、わかるようにしてきたぞ。
食事の用意もあらかた終わったが、手伝うことはあるか?」
「ちょうどよかった!ゴボラを切ってほしいの!」
大きなボールに酢水を張り、ささがきのお手本を見せる。
「こうやって、薄く削ってほしいの」
「薄く、だな?やってみる」
そこにエディさんもやって来たので、ささがきを教えた。
「うわ!これ怖いな」
「ああ、手を切りそうだ」
「どれどれ、貸してみろ」
苦労している二人を尻目に、クルトさんはシャッシャッと上手に削っていく。
「すごい!上手!」
思わず声をかけると、クルトさんがちょっと目をあげて答える。
「俺は、木で物を作るのが好きなんだ。
これは木を削るのと同じだからな」
「クルトは、頼めばいろんな物を器用に作ってくれるんだよ」
まだささがきを恐々している、エディさんが教えてくれた。
クルトさんが入ってから、ささがきはあっという間に終わった。
戻した干しきのこ、にんじん、レンコ、ささがきのゴボラを大鍋に入れて、砂糖、酒、たまり醤油、きのこの戻し汁で煮ていく。
「なんかいい匂いするな」トマスさんが鼻を動かす。
「知らない匂いのはずなのに、なんか懐かしい匂いがする」横でエディさんも、鼻を動かしている。
「ああ、母の料理を思い出すな」
クルトさんまで鼻を動かし始めるから、笑ってしまった。
ゴローも、食堂の窓際でくんくん匂いを嗅いでいた。
それからはドライフルーツを刻んで、クセの少ないお酒につけた。
翌日、送別会まであと二日。
「今日はパウンドケーキを作ります」
今日の食事当番、ハンスさん、レオンさん、マルクさんに告げる。
「パウンドケーキ?」
「何すりゃいいんだ?」
「手伝うから言ってくれ」
まずは、バターに砂糖をすり混ぜてもらう。
これはハンスさんが引き受けてくれた。
「じゃあ、レオンさんとマルクさんはメレンゲ…卵白に、こっちの砂糖を加えて混ぜて欲しいの」
シャカシャカ、と混ぜて見せた。
「これが白くなって、ツノが立つまで混ぜて欲しい」
「ああ、わかった」
「やってみる!」
メレンゲ作りも、バターのすり混ぜも任せられるのはうれしい。
きっと力自慢の騎士にとっては造作もないだろう。
…と思ったんだけど。
「メイさん、これ本当にツノが立つのか?」
「手が疲れて来た…」
あれ?なかなか苦戦しているようだ。
ハンスさんはバターのすり混ぜが終わったので、レオンさんのメレンゲ作りと交代してもらう。
私もマルクさんと交代して泡立てる。
「こんな感じで…空気を含むように…」
シャカシャカ、と実演していると団長さんが厨房を覗きに来た。
「何してるんだ?」
「あ、団長。メレンゲってヤツなんですけど、なかなか手強くて」
レオンさんが説明している。
「どれ、俺もやってみよう。メイ、それを貸してくれ」
団長さんの伸ばした手にボールを渡す。
シャカシャカと混ぜて行くと、みるみる泡が白くなっていく。
「団長、うまいですね」
マルクさんが目を丸くしている。
「腕に力を入れすぎない方がいい。メイ、このくらいでいいのか?」
ボウルの中にはピンとツノがたったメレンゲができていた。
「うそだろ?あんなに苦労したのに!」
レオンさんがちょっと悔しがっている。
「ありがとうございます!バッチリです」
思わず手を叩いて喜んだ。
「力を入れすぎない、なるほど…」
ハンスさんのボウルにも、ツノが立った。
「俺は途中からやったからな。
最初からやった、お前たちの方が大変だったと思うぞ?
ああ、メレンゲ作りは鍛錬にもなるかもしれん。
定期的にやるといいかもな」
ニヤリと笑って団長さんは戻って行った。
あとは順番に材料を混ぜて、ケーキを焼く。
オーブンからいい匂いがしてきた。
ゴローがオーブンの前でおすわりするので、どいてもらった。
送別会当日。
昼食の支度が終わった厨房で、私は大量のお米を炊いていた。
寿司酢はもう作ってある。
今日の食事当番、ディーンさん、オルンさん、ウィルさんに手順を伝える。
「お米が炊けたら、この寿司酢を入れて混ぜるから、二人一組で一人は混ぜる係、もう一人はご飯を扇いて欲しいの」
「じゃあ俺とオルン、メイさんとウィルでいいか」
「そうだな、それでやろう」
お米が炊けた。ここからは時間との勝負だ。
前の日に備品庫に探しに行ったら、どう見ても寿司桶にしか見えない大きな桶が二つあったので、洗って乾かしておいたのだ。
桶にお米を移し、寿司酢をかけて混ぜる。
大量だから熱い!
私とオルンさんが混ぜる係、ディーンさんとウィルさんが仰ぐ係だ。
「不思議な匂いがするな」
「ああ、どんな料理になるんだ?」
仰ぎながらディーンさんとウィルさんが不思議がっている。
寿司酢があらかた混ざったので、今度は具材を入れて混ぜる。
「あ、さっきと匂いが変わった気がする」
オルンさんも不思議そうに、空中に漂う五目ちらしの匂いを嗅いだ。
ゴローも鼻をスンスンしながら、お座りしている。
そこに勝手口から、クルトさんがやってきた
「火の準備するから、そろそろ肉を出しておいてくれないか?」
「ああ、わかった。クルトと誰が焼くんだ?」
ディーンさんが訊ねる。
「ギランもやるそうだ。ひさしぶりの庭で肉焼きだから、張り切ってたぞ」
「ありがとう!じゃあお肉は任せるね。
こっちも酢飯はできたから、次は上にのせる具材を作ろう」
それから私は、大量の薄焼き卵を焼いた。
ディーンさんは青菜の塩茹で、オルンさんはマスフレーク、ウィルさんにはマヨネーズを作ってもらう。
「おお、なんかきれいだな」
出来上がった五目ちらしを見て三人が感心している。
「おつかれさま!味見してもらえる?」
少しだけ取り分けておいた、五目ちらしを味見してもらう。この世界の人の口に合えばいいんだけど…
「あ、うまい」
「酢を米にかけてどうなるかと思ったけど、うまいな」
「中に入ってるのも、シャキシャキしていいな」
三人ともモグモグしながら目が輝いている。
よかった、好評だった。
「じゃあ、次は野菜にマヨネーズをかけてオーブンで焼くよ」
「え?マヨネーズを焼くの?」ウィルさんが驚いている。
「軽く焼くの。マヨネーズは焼いてもおいしいんだよ」
玉ねぎ、じゃがいも、きのこ、かぼちゃを切って大皿にのせる。そこにマヨネーズを細く垂らしてオーブンに入れた。
「あとは食堂に飲み物用意して、そろそろお肉も準備できたかな?
見に行ってくる」
勝手口から庭に出ようとするとゴローもついて来た。
中庭では、ギランさんとクルトさんが、それぞれお肉の塊をぐるぐる回して焼いている。
お肉が焼ける、いい匂いが漂っている。
「いい匂い!」
「こっちもそろそろ焼けるぞ。中の準備はどうだ?」クルトさんが訊いてくる。
お肉の脂が火に垂れて、ジュワッと音を立てている。
「そろそろ終わるよ!お肉もじゃあ、出来上がりかな?」
仕事が終わった騎士達が、ちらほら肉の周りに集まり始めていた。
「あー、腹減った」
「早く食べたいねえー」
「いい匂いっす!」
ポールさんとエルンさんとロイドさんが、肉を眺めながら、よだれを垂らしそうな顔をしている。
「ああ、そろそろ焼けるから、皿の準備をしといてくれ」
「わかったー!」
そろそろ野菜のオーブン焼きも出来るころなので、私は厨房に戻る。
ゴローは、お肉のそばでしっぽを振っていた。
「奈緒さーん、夕食の時間だよー」
トントン、とノックをしながら声をかける。
「はーい」
ガチャとドアが開いて奈緒さんが出て来た。
「旅の支度できた?」
「ええ、荷物もそんなにないですからね」
奈緒さんと食堂に話しながら向かう。
「え、今日はどうしたんですか?」
奈緒さんが食堂の入り口で驚いて立ち止まる。
食堂には騎士達が勢揃いしていた。
団長さんが声をかける。
「今日はナオさんの送別会だ。さあ、入ってくれ」
「え⁈…皆さん…そんな」
「主役が来ないと始まらんからのう」
ヨハン先生がニコニコして言う。
奈緒さんは、指で涙を拭った。
「…はい!ありがとうございます!」
私は奈緒さんに乾杯のグラスを渡す。
今日はお酒も出ている。
奈緒さんは、この世界のビールを飲んでみたい、と選んだ。
「じゃあ、ナオさんのこれからに!乾杯!」
「かんぱーい!」
騎士達のうれしそうな声が揃った。
「すごいごちそう…
あ!メイさん、もしかしてこれ、ちらし寿司ですか⁈」
奈緒さんが、テーブルの上の料理を見て気がついた。
「そう、ちらし寿司好き?」
「大好きです!ひな祭りや行事の時に、よく母が作ってくれました」
奈緒さんに、五目ちらしを取り分けて渡す。
奈緒さんは食べる前に少し眺めて、それから一口食べる。
「おいしいです…五目ちらしなんて、もう食べられないと思ってました…」
奈緒さんが涙ぐみながら笑う。
また指先で涙を拭っていた。
「俺達が焼いた肉も食ってくれよな!」
ギランさんが奈緒さんに声をかける。
「野菜のマヨネーズ焼きもうまいよ!」
エルンさんも混ざりに来た。
エルンさんはもう十七歳なので、この世界ではお酒が飲めるそうだ。
奈緒さんもうれしそうに話している。
短い滞在だったが、騎士達とも打ち解けたようだ。
「メイ」
声をかけられて振り返ると、団長さんがグラスを片手にやって来た。
「準備をしてくれて、ありがとう。
大変だっただろう?
ゴモクチラシは、きれいな料理なんだな」
「皆が手伝ってくれたから、大丈夫でしたよ。
団長さん、どれ食べますか?」
「じゃあ、ゴモクチラシを」
「はい、どうぞ」
「ありがとう。これは、混ぜて食べるのか?」
「そのまま食べて大丈夫ですよ。
上の具材によっても味が変わるんです」
団長さんは、錦糸卵とマスフレークの部分を食べる。
「そうなのか…うん、うまいな。
さっぱりしてる。これは肉にも合いそうだ」
「よかったです」
奈緒さんが喜んでくれるのもうれしいけど、団長さんが喜んでくれるのもうれしい。
ニコニコしていると、エルンさんがやってくる。
「メイさーん、パウンドケーキ?ってヤツ食べたいー」
「え?もう?」
テーブルの上を見ると、三分の二くらいは料理が無くなっていた。
「やだ!皆、足りてるのかな?」
思いもよらない、食べるスピードに驚く。
「追加で何か出した方がいいかな?」
「大丈夫だと思うよ?僕はもうけっこう食べた!
レオンさんがメレンゲってヤツの話してたから、お菓子が食べたくなって」
「メイも早く食べないとなくなるぞ?」
団長さんに促されて、小さめのお肉を渡される。
パクリ。一口で食べると、お肉の旨みが口に広がる。
「おいしい!お肉おいしーい!」
遠くでクルトさんとギランさんが、手をヒラヒラ振った。
五目ちらしも食べてみる。
うん、おいしくできた。
それから、パウンドケーキを切って配る。
奈緒さんが
「えー!うれしい!」と喜んでくれた。
隣でヨハン先生も「うまいのう」と笑っている。
ゴローも、味付けしてないお肉を焼いてもらったので、喜んでしっぽを振りながら食べていた。
パウンドケーキは、こっそり二切れ取り分けてある。
明日、奈緒さんに渡すのだ。
皆が食べて飲んで笑って、いい夜だった。
「じゃあ、皆さんお世話になりました」
翌朝、迎えの馬車のそばで、奈緒さんが見送りの皆に挨拶をする。
今回はセドリックさんと一緒に来る、記録係の男性が迎えに来ていた。
「ああ、道中気をつけて」
団長さんがうなずきながら言う。
ヨハン先生も奈緒さんに声をかける。
「何かあったら、すぐに知らせるんじゃぞ」
「はい、行ってきます!皆さんもお元気で!」
「奈緒さん、これ道中のおやつ。よかったら食べてね」
「メイさん、ありがとうございます」
奈緒さんの目がまた潤んできた。
私の目にも涙が溜まりそうになる。
「手紙を書くね」
「はい!私も書きます。
…メイさん、本当にありがとうございました。
団長さん、私、ここで保護されてよかったです。
…ゴローちゃんも、ありがとう」
奈緒さんは屈んで、ゴローを撫でる。
わふ、とゴローがしっぽを振った。
「じゃあ、皆さん、またいつか!」
ガラガラと、窓から手を振る奈緒さんを乗せた馬車が出発していって、私達は見えなくなるまで見送った。
「…寂しいか?」
団長さんが、私の頭を撫でる。
ちょっと涙が出そうになったけど、自分の道を自分で決めた奈緒さんの見送りで泣くのは、なんだか嫌だったのだ。
「…大丈夫です。
さぁ、今日からまた、仕事がんばりましょうね!」
「ああ、そうだな」
団長さんは、私の頭に軽くキスをすると歩き出した。
思わず私は頭を押さえて、しゃがみ込む。
そーっと辺りを見回すが、もう他には誰もいなかった。
よかった…
ってことは、あれは確信犯か!
しゃがんだ私の頬を、ゴローがペロリと舐めた。




