23.四人目の来訪者
朝になった。
日課のゴローとの散歩に出る前に、隣の部屋のドアを見る。
昨夜、彼女が私を訪ねてくることはなかった。
眠れただろうか?
…まだ寝てるかもしれないし、朝ごはんができた頃に声をかけたらいいかな?
今はまだ、声はかけないことにした。
「メイさーん、スープ出来ましたー!」
「パンも並べておいたよ!」
みんなの分の朝食作りが終わった。
今日のメニューは具材たっぷりのスープと目玉焼き、パンだ。
来訪者の彼女が、朝はパン派かごはん派かわからないからどちらでも食べられるようにお米も炊いておにぎりにした。
余ったら、お昼に私が食べればいいしね。
その前に、騎士さんの誰かがおやつにしそうだし。
食事当番のウィルさんとギランさんに声をかける。
「私、彼女のとこに行ってくるね。
あとは任せてもいいかな?」
二人はもちろん、とうなずいてくれた。
トントン、と彼女の部屋をノックをして声をかける。
「おはようございます。メイです。
朝ごはんができたのだけど、食べられそうですか?」
しばらく待つと、ガチャっとドアが開いた。
「…おはようございます」
彼女の顔は、まだ少し強張っているように見えた。
でも、挨拶してくれたから大丈夫かな?
「おはようございます。
朝ごはん、お米もパンもあるの。
食べられそうかな?」
私はあえて普通に聞こえるように声を出した。
「はい、行きます」
彼女はちょっと微笑んで、私についてきてくれた。
食堂に戻ると、ゴローが寄ってくる。
しまった!ご飯をまだあげてない!忘れてた!
心なしかゴローの目が責めているように見える。
「ワンちゃんもいるんですね」
彼女がゴローを見て、目を細める。
この反応はもしかして…
「犬は好き?この子、ゴローって言うの」
「好きです。この子懐いてますね」
「ああ、この子はもともと私の家にいたの。
こっちに来た時も一緒にいたの」
かがんでゴローを見ていた彼女が身を起こす。
「え?そうなんですか?」
「うん。とりあえず朝ごはん食べながら話そうか」
彼女に笑いかけて、トレイを渡した。
「あ!私はゴローにご飯あげてから行くね!」
「私は山菜を取りに近所の山にこの子と入ってて、気づいたらあそこの山にいたの」
そう話しながら、窓の外の山を指で示す。
「茂みが揺れて、外国人の捜索隊が助けに来たから、ドッキリかと最初は思ったの。
で、そのままここで保護してもらって、お仕事ももらえたからここにいるんだ。
もう来て半年ちょっと経つかな」
「そうなんですか…私にも、ここでできる仕事はありますかね?」
彼女はあまり食欲がないらしく、おにぎりとスープだけを食べている。
「くわしい話しは後で団長さんがしてくれるけど、仕事はここ以外にもあるから心配しなくて大丈夫。
あ!やだ私、まだ名前もちゃんと言ってなかった!
山下芽衣です」
「私は江崎奈緒です」
「奈緒さん、よろしくね」
私達は顔を見合わせてふふっと笑い合った。
「おはよう、なんだか楽しそうじゃのう」
そこへヨハン先生がやってきた。
今日は食パンとスープを選んだらしい。それと砦コーヒーがトレイに乗っている。
「おはようございます」
私も奈緒さんも挨拶をする。
ヨハン先生は
「隣いいかの?」
と聞いてから奈緒さんの隣に座った。
「あ、この香り…もしかしてたんぽぽコーヒーですか?」
「そうじゃよ、メイが作ってくれてのう。
それから毎朝欠かさず飲んでおる」
「こっちだと、本物のコーヒーは高級品なんだって」
「そうなんですか。
本物のコーヒーはカフェインが気になりますけど、たんぽぽコーヒーはノンカフェインでいいですよね」
奈緒さんがにこりと笑った。
「奈緒さん、くわしいのね」
「仕事柄つい気になってしまって。
私、薬剤師なんです」
「そうなんだ」
薬剤師さん、そう聞くと奈緒さんには似合っているような気がした。
白衣がすごく似合いそうな美人さんだ。
「ヤクザイシ、とはなんじゃ?」
ヨハン先生が聞いた時、
「おはようございます」
団長さんが朝食のトレイを持ってやって来た。
みんな口々にあいさつを返す。
団長さんは私の横に座った。
「俺も同席していいか?」
団長さんが奈緒さんに聞くと、
「はい、昨日は助けていただいてありがとうございました」
とはっきりした声で答えていた。
「まずは朝飯にしよう。その後、君の話を聞かせてくれ」
朝食を取り終わった後、私は四人分の砦コーヒーを淹れた。
奈緒さんの聞き取りと説明には、そのままヨハン先生も参加するようだ。
記録は私が取るように、と団長さんに言われた。
砦コーヒーを席に運び、みんなに配る。
それから団長さんの隣に座ってペンとメモを出す。
「では、これから君の話を聞かせてもらいたい。
メイに記録を取ってもらうが、これは君の保護を王都に報告するための書類作成に使う。
答えにくい質問や答えたくないことは言ってくれて構わない」
「はい、わかりました」
奈緒さんの瞳は平静に見えた。
もう昨日のような不安や混乱はなさそうだ。
「名前は江崎奈緒、年齢は三十一、職業は薬剤師…
そうですね、医師が患者に処方した薬を調剤して出す仕事です」
「…ナオ・エザキ。ナオさん、と呼ばせてもらっていいか?」
「はい、かまいません」
団長さんの確認に奈緒さんが答える。
「ほお、ヤクザイシとはこちらの薬師に似ておるな」
ヨハン先生が興味深そうに聞いている。
「仕事の帰りに、道を歩いていました。
ちょっと買い物をしようと思って、近道をしたんです。
角を曲がったら…山でした。
最初は信じられなくて、でも振り返っても来た道もなくて、しばらく山の中をさまよってました」
「そこに俺達が来た、と」
「はい。夢でも見てるのかと思いました」
そうだよねぇ、そりゃ信じられないよね。
私からも質問してみる。
「ご家族は同居?」
「いえ、一人暮らしをしてました。
家族は父・母・弟が一人です」
「ニホンでは若い女性でも一人暮らしするのかの?」
ヨハン先生が驚いている。
やっぱりか。
なんとなく、こちらでは女性の一人暮らしはないような気がしたので、同居かどうかあえて聞いてみたのだ。
「なるほど、ありがとう。
では、こちらの話もさせてもらっていいか?
俺はガレス・アルトベルク。
ここはラウネリア王国北部の砦だ。
俺はここの団長をしている」
そこから団長さんは、私にしたのと同じ説明を奈緒さんにした。
「半年間、王都で教育が受けられるんですか…
ずいぶん手厚いんですね。
来訪者というのは、そんなに多いのですか?」
奈緒さんが不思議そうに聞く。
「多くはないんだが、この砦に俺が就任してからは君が四人目の来訪者だ。
メイが三人目だ」
四人目が多いのか少ないのかは、私にもわからない。
私は奈緒さんに補足を入れる。
「私が来た時は、ゴローが王都で受け入れてもらえるかわからなかったの。
それで私はここに置いてもらってたの」
「そうか、ゴローちゃんがいますものね。
…すみません、私も今すぐに王都に行くかはお返事できません」
「ああ、無理して今すぐ決めることはない。
とりあえずここで過ごしてみて、落ち着いてから考える、でもかまわないんだ。
ひとまず王都の来訪者管理部門には君の保護を知らせる。
それから来訪者管理官が君と面談するためにここに来ることになる。
大体、一週間後が目安だな。
ここまでの話で何か質問はあるか?」
「いえ、今のところは大丈夫です。
ありがとうございます」
黙って聞いていたヨハン先生が口を開く。
「もし、よければなんじゃが、ワシにニホンの医療の話を聞かせてもらえたらうれしいんじゃが…どうかの?」
奈緒さんがにこりと笑う。
「もちろんです。
私にも、こちらの世界のことを教えてください」
「ありがとう。
楽しみが増えたわい」
ヨハン先生も顔をほころばせた。
私は何かが引っ掛かっている。
あれ?団長さん、最初から私のことは呼び捨てなんだけど、なんで奈緒さんは『さん付け』なんだろう?
品格の差だろうか?
聞き取りと説明が終わった後、奈緒は一人で庭のベンチに座って空を見上げていた。
自分の身に起きたことが、まだ整理しきれていない。
今頃なら、いつものように出勤して調剤していただろう。
家族とはマメに連絡を取り合うほどでもないから、きっと自分の不在にはまた気づいていないだろうな、と考えた。
なんだかそれがとても寂しいことのように思えた。
その時、足に温かな毛皮が触れた。
見てみるとゴローが足元でおすわりをしている。
「ゴローちゃん、慰めてくれてるの?」
犬は好きだ。
子供の頃に隣の家にいた犬と、よく遊ばせてもらっていた。
ゴローの頭を撫でながら話しかける。
「ゴローちゃんも日本に帰りたい?」
ゴローは黙って奈緒の顔を見上げている。
「ここが好きなのかな?」
しっぽが振られた。
「そっか、団長さんもヨハン先生もいい人みたいだし、メイさんもここにいるもんね」
ハッハッとゴローが口を開けて笑っているように見える。
「そうだね、まだ時間はあるし、私もしばらくここでお世話になろうかな」
それがいいよ、と言うようにゴローがしっぽを揺らす。
見上げた空は日本と同じように青かった。




