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四十五歳、犬と異世界で砦暮らし  作者: 綾瀬たまき
第一章
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22/28

22.再び、鈴が鳴る日

第一章はこの話で終わりです。

メイとゴローのお話におつきあいいただいてありがとうございました。

第二章は不定期更新になります。

引き続き、楽しんでいただけるとうれしいです。

 翌朝、朝食の時間になるとバルドさんも食堂にやって来た。

 セドリックさんはまだ来ていないようだ。

「おはようございます。

 今日はハムとチーズのサンドイッチ、それとたまごサンド、野菜のスープですよ」

 砦の食事は、基本的にトレイに自分で食事を取ってもらう、セルフサービス方式だ。

 ちなみに、食べ終わった食器も自分で下げてもらう。

「なあ嬢ちゃん、前から不思議だったんだが、なんでパンがこんな形なんだ?」

 バルドさんが怪訝な顔をしてサンドイッチを見ている

「ああ、それは食パンです。

 パン生地を型に入れて焼き、薄く切ったものなんです」

「ずいぶんやわらかいな?」

 バルドさんがパンを手に取って確かめながら言う。

「パンの配合を変えました。昔ながらのパンもあちらにありますよ?」

「いや、これでいいんだが… ああ、この前の帳簿にあった『パン型』はこれのためか!」

 ヤバい、これはまた怒られる気がする。

「まずかったですか?今までのパンよりは日持ちしないパンなので、保存食にはできないと思うんですけど…」

 はぁ、とバルドさんがため息をついた。

「次から次へと…まったく… このパンの作り方も次に来るまでに書いておけ」

「わかりました」

 保存食以外も書くのか、とちょっと遠い目になる。

 バルドさんは

「やわらかくてうまい、このパンは朝にいい。

 それに年寄りや子供、病人には食べやすくていいだろうからな。上に報告してみよう」

 と言いながら食べている。

 そうか、保存食だけじゃないんだ。

 意外なところに需要があるのかもしれない。

 がんばって書こうと思い直した。

 するとそこにヨハン先生がやってきた。

「おお、今朝はたまごサンドか。

 メイ、砦コーヒーもらえんかの?」

「はーい、ちょっと待ってくださいね」

 背後からセドリックさんの声がした。

「皆さん、おはようございます。

 砦コーヒーとはなんですか?」

 砦コーヒーの原材料から作り方、入れ方を説明する。

 セドリックさんは紅茶を好みそうなイメージだったけど、砦コーヒーを気に入ってくれた。

 作り方が知りたいとのことなので、セドリックさんにも覚書を渡した。

 領地で広めたいようだ。


「あー、やっと落ち着いたね」

 エルンさんが、んーっと伸びをしながら言う。

 今日の食事当番は三人。

 エルンさん、トマスさん、ロイドさんだ。

 補給部隊とセドリックさんは昼食を取ってから出発して行った。

 バルドさんは今回、倍量の大豆と麹を置いて行ってくれたので、次はたくさん味噌が仕込める。

「夕食の片付けもあらかた終わったし、明日の朝の仕込みも終わった。

 やっと、ちょっとのんびりできるな」

 トマスさんが、首をコキコキ鳴らしている。

 ロイドさんは他の騎士さんと話をしていた。

 食堂にはまだ、食事をちらほら取っている騎士もいるが、みんな思い思いにのんびりしている。

 そんな中、私はと言うと、バルドさんが残して行った宿題『書いとけリスト』に取り組んでいた。

 足元ではゴローがのんびり丸まって、あくびしている。

 うらやましい。ちょっと手伝ってほしいくらいだ。


 その時だった。

 ゴローの耳がピクリと動き、突然立ち上がる。

 そして

 リリン、リリン。

 きれいな鈴の音が砦に響いた。


 エルンさん、トマスさん、ロイドさんが弾かれたように立ち上がって廊下に出る。

 まだ食堂に残っていた騎士達もサッと出ていき、廊下を走る音がする。

「来訪者です!北東の斜面!」

「あそこは足場が悪い!急ぐぞ!」

 団長さんが指示を出している。

 来訪者!

 思わず私も廊下に出た。


 出動していく騎士達の先頭には、もう見慣れた大きな背中。

「団長さん!」

 思わず声をかけると振り向いてくれる。

 でも、なんと言えばいいのかわからない。

「…お願いします!」

 それだけ声をかけた。

 団長さんは一つうなずいて、騎士さん達は砦を出て行った。

 …なんだか落ち着かない。

 足元にいたゴローを撫でる。

「どんな人が来るのかな」

 待つ間に、私も出来ることをしようと思った。

 団長さん達は何時に戻るかわからない。

 来訪者の人もお腹を空かせているかもしれない。

「さて、私もやりますか」

 なんとなくだけど、来訪者は日本人のような気がするのだ。

 私はお米を研いだ。

 塩むすびと味噌汁を作る。

 団長さん達は、それから約一時間後に一人の女性を無事に保護して戻って来た。


 保護された女性は、おにぎりを半分くらいと味噌汁を口にした。

 日本人の若い女性だった。

 私も少しだけ話をした。

 なるべく彼女が落ち着いてくれるように、不安が減るようにと考えて話したが、うまくいっただろうか。

 まだ彼女の混乱がひどいので、詳しい聞き取りと説明は明日の方が良いだろうと、ヨハン先生と団長さんが相談して決まった。

「メイが近くにいてくれた方が、彼女も安心だと思うから隣の部屋に案内した。

 彼女にもその旨は伝えたから、何かあったら対応してやってくれ」

「もちろんです。

 あの方、日本人でしたね」

「やはりニホンからの来訪者か」

 団長さんが顎に手を当てて考え込む。

「来訪者って日本人しかいないんですか?」

 私はさっきの予感を聞いてみた。

「基本的にニホンの若い女性が多い。

 なぜなのかはわからないんだが…

 異世界転移については長年研究されているんだが、何もわかっていないようなものだ。

 はっきりしているのは出現ポイントがここ、北の砦とあとは南の草原・西の湖・東の海ということだけだ。

 東の海はセドリック管理官の領地内だ。

 彼の祖母も東の海岸から現れたそうだ」

 とても不思議な話だ。

 そして四十五歳の私は、『若い女性』の基準からだいぶ外れている気がする。

 そんなことを考えたら、なんだか力が抜けた。

 そして、あと一つ、前から不思議に思っていた事を聞いてみる事にした。

「なぜこの世界の人、特に騎士さんたちは来訪者に親切なんですか?」

「ああ…、来訪者を取り巻く環境については、過去には色々あったらしい。不幸な出来事もあった。

 だが、騎士学校で俺たちはこう教えられた。

『来訪者が自分の大切な人だと考えて接しろ』

 そして来訪者に危害を加えたものには、かなり重い処罰がされる」

「そうなんですか…」

「ああ、大事な教えだと思っている。

 自分の大事な者が、知らない世界で一人でつらい目に遭うのは誰しも望まないだろう」

「そうですよね… 」

 一つ間違えれば、命が危ないことだってあるだろう。

 山には魔獣だっている。

 私が団長さんたちに保護されたのは、とても幸運なことだったのだ。

「明日、彼女が落ち着いてると良いですね」

「ああ、どうなるかはまだわからないが、出来るだけのことはしてやろう」

「はい」

 団長さんはおにぎりと味噌汁を食べて、お茶を一杯飲んでから食堂を出て行った。

 団長さんがゆっくり休めたらいいな。

「ゴロー、そろそろ部屋に戻るよ」

 私も食堂の最後の点検をしてから部屋に戻る。

 ゴローが隣の部屋を気にするそぶりを見せた。

 しかし隣の部屋のドアからは、なんの物音もしなかった。

 疲れて、もう眠っているのかもしれない。

 まだ名前も知らない彼女が、今夜、少しでも安らかに眠れていますようにと思った。

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