21.異世界で就職しました
次の朝、食堂に騎士達があらかた揃うと、団長さんが立ち上がった。
団長さんの足元にいたゴローが団長さんを見上げた。
「皆、食べながらでいいから聞いてくれ。
昨日は驚かせてすまなかった。
俺とメイは婚約した。…以上だ。」
誰も何も言わなかったが、音がしそうなくらいものすごい勢いで、その場の全員が私を見た。
「えーっと、婚約者になりました。よろしくお願いします…」
なんだか照れてしまって、ほっぺたを掻きながらそういうのが精一杯だった。
その直後、大騒ぎになる。
「え?えーっ!」
「やっぱり!」
「だよなぁ!」
「おめでとうございます!」
「うわ、すげぇ!」
あー、これ似た光景を見たことある。
これあれだ、プロ野球のビール掛けみたいだ。
ゴローまで釣られて騒ぎ出す。
騎士さん達の浮かれように、逆に私は冷静になった。
あまりの騒ぎに団長の雷が落ちたが、今日の騒ぎはなかなか収まらなかった。
そして翌週。私は応接室の前で緊張していた。
ドアにノックを二回。
「どうぞ」
「失礼します」
入室の許可が出たので、ドアを開けるとそこには団長さん、セドリックさん、前回の記録係の男性がソファに座っていた。
セドリックさんが柔和な笑みをたたえている。
「メイさん、おひさしぶりですね。
まずはご婚約おめでとうございます。」
「ありがとうございます」
「幸せになってくださいね。
先日の補給官の件はしかるべく処理しましたから、どうかお気になさらずに。
それと、お手紙ありがとうございました。
かなり字が上達されていて驚きましたよ」
しかるべく処理…セドリックさんが言うとちょっと怖いな。
「ありがとうございます。
まだ勉強中ですが、そうおっしゃっていただけると励みになります」
ぺこりと頭を下げる。
「さて、今日は先日の任命書の確認をさせてください」
「はい、よろしくお願いいたします」
そう、ある意味今日は、私の就職面接のようなものなのだ。
「メイさんが我が国にいらしてから、約半年経ちました。
その間、砦の調理補助に従事、また最近は団長・副団長の事務作業の補助をしていらっしゃる、で間違い無いですか?」
「はい」
「ああ、とてもよくやってくれている。
ここの食事も改善されて、とても良くなった。
事務作業については、厨房の在庫管理・帳簿付けを任せられるようになった」
「わかりました。
では、確認のため、メイさんが担当されている帳簿を見せてください」
持ってきた帳簿をセドリックさんに渡す。
「とてもよく工夫されていますし、字も読みやすいです。
これなら問題ないでしょう。
待遇や他にも何か質問、要望はありますか?」
そのまま下へ目を移すと、待遇についても書かれていた。
給金は月に銀貨十枚。ゴローの手当として銅貨五枚。
そこまで読んで、ふと疑問がわいたので質問する。
「質問してもいいですか?
団長さんの婚約者になっても、このお仕事はさせていただけるんでしょうか?
公私混同になりませんか?」
「ああ、その点は大丈夫ですよ。
他の部署でも、夫婦で同じ職場で勤務している者達はおりますし」
「そうなんですね、よかったです。
それと、この給金から食事代、砦の滞在費は引かれるんでしょうか?」
この質問はセドリックさんにも団長さんにとっても意外だったらしく、二人とも目を丸くしている。
「いいえ、住居費も食費も国からの支給になりますから、給金から引かれるなんてことはありませんよ」
なるほど、住居費と食費はタダ。
「そうなんですね。
…このお仕事に期限はありますか?
例えば何歳になったら契約終了、などということは?」
「それもありませんね。
基本的には本人から退職の申し出がない限り、引き続き務めていただくことになります。
そうそう、無いとは思いますが、もしも別の職場への移動の希望がある場合は申し出てください。
なるべく希望に沿うようにします」
よかった、希望すればずっと働けるようだ。
「お給金はどのように支給されるんですか?」
この世界、銀行とかはない。
「補給部隊が運んできます。
その際に受け取って、受領書に署名していただきます。
また、給金の一部を貯めたい、という場合も補給部隊を通して国に預けることもできます」
ふむふむ、と頷きながらメモを取る。
「わかりました。ありがとうございます」
「では、こちらに署名をしてください。
下の欄にはガレス団長の署名をお願いします。
…はい、これで手続きは完了です」
団長さんがサラサラとサインをする。
この人、字がきれいなんだと思う。
セドリックさんがトントンと書類をまとめる。
「メイもこれで、正式に砦の一員だな」
団長さんが少しだけ目を細めて私を見る。
「はい、これからもよろしくお願いします!
あ、これからは団長とお呼びした方がいいですか?」
今まで私は砦の団員ではなく居候だったから、団長さんをなんて呼んだらいいかわからなかったんだよね。
でも正式に任命されたんなら、今日からは上司になるんだ。
「…いや、いままでどおりでかまわないんだが…」
なんとなく、団長さんの空気がどんよりした気がする。
「そうですか、ではこれからも団長さんで」
そう答えると、今度は団長さんの表情が和らいだ気がした。
「では、こちらはこれで終了です。
次はバルド補給官がお待ちですよ」
「はい、ありがとうございました!」
セドリックさんにお辞儀をして、私は応接室を出た。
ゴローが応接室の前で座って待っていた。
「ゴロー、正式に決まったよ!ここにいていいって!」
わふ、とゴローも笑った。
「遅かったな、待ちくたびれたぞ。」
厨房に繋がる食堂でバルドさんが待っていた。
「まずは婚約おめでとう!よかったな!
それと、この前はうちの者が迷惑をかけたな。
申し訳なかった。
俺が風邪をひいちまって、珍しく寝込んだからアイツが来たんだが… まさか、あんなことをやらかすとは思ってなかった」
前回のギデオン補給官の件を謝られてしまった。
「バルドさんのせいじゃないですよ。
…ちょおーっとだけ、私もやらかしましたし」
バルドさんがガハハと笑う。
「嬢ちゃんには補給部隊の奴らが感謝してるよ。
下の奴ら、特に女性隊員はずいぶん嫌な思いをしてたみたいでな。
…おっと、話が逸れたな。
これが今回の手当金だ。
今まで厨房で働いた分のな」
そう言って私に手のひらに乗るくらいの皮袋を渡してくる。
金額の明細は銀貨二十枚。
おお、急にお金持ちになった気がするな。
皮袋の中身を確認し、受領書にサインをしてバルドさんに渡す。
「砦で採用になったんだって?
そっちもおめでとうだな」
「ありがとうございます!
これからよろしくお願いします」
「ああ、じゃあさっそく初仕事と行こうか」
バルドさんがニヤリと笑った。
私がつけた帳簿を見ながら、貯蔵庫の中身をバルドさんが確認していく。
「おい嬢ちゃん、あの樽はなんだ?」
貯蔵庫の端に置かれた小さな木樽。
「あれは味噌です」
「ミソ?前にダイズとコウジで作るって言ってたやつか!できたのか?」
ギラリ、とバルドさんの目が光ったように見えた。
「はい、うまくできました。
お見せしましょうか?」
「ああ、見せてくれ。
…それと嬢ちゃん、俺に敬語はいらない。
普通にしゃべってくれ。
どうも調子が狂う」
頭を掻きながらバルドさんがぼやいた。
「ふふっ、わかりました。
ではちょっと待ってくださいね」
厨房に戻り、小皿・スプーン・カットきゅうりの『味噌試食三点セット』を持ってバルドさんの元に戻る。
味噌樽を開けて、小皿に少しだけ味噌をよそい、きゅうりを添えてバルドさんに渡す。
「そのままだとしょっぱいので、きゅうりに味噌をつけて食べてみてください」
バルドさんはまず匂いを嗅いだ。
ふむ、と一つうなずいてから、味噌をつけたきゅうりを食べる。
ポリポリと齧りながら、バルドさんの目が大きくなっていく。
「これは酒が欲しくなる味だな。
味噌で他のものもできるのか?」
「いろいろと使える調味料なんですが、とりあえず昼食には味噌を使った料理をお出ししますよ」
またギラリとバルドさんの目が光る。
「そうか、楽しみだ。
ところでミソも帳簿にちゃんと載せておけ」
あ、忘れてた。
味噌以外はバルドさんの指摘はなかった。
よかった、これで安心して昼食という名の味噌試食会ができる。
まずは味噌汁。
今日の味付け前のスープを小鍋に取り分けて出汁を入れ、味噌を溶く。
次に味噌とマヨネーズを混ぜて味噌マヨ。
これは蒸し野菜につけて食べてもらおう。
でもまだこれだけでは、味噌の魅力を伝えるには足りない気がする。
肉とありあわせの野菜を炒め、味噌・酒・砂糖で味をつける。甘味噌炒めだ。
ついでにおにぎりにも味噌を塗って、味噌焼きおにぎりも作った。
「いい匂いっす!」
今日の食事当番、ロイドさんに見つかった。
「これはバルドさん、セドリックさん、団長さんの分!」
「いいなー、うまそう」
もう一人の食事当番、ハンスさんにも見つかってしまった。
「いい匂いがするな」
団長さんまで厨房に来てしまった。
「いま料理お出しします!」
あせってそう言うと、団長さんはフッと笑って運ぶのを手伝ってくれた。
「お待たせしました」
セドリックさん、バルドさんの前に料理を並べる。
「こちらが味噌汁、次が肉と野菜の甘味噌炒め、蒸し野菜の味噌マヨ、焼き味噌おにぎりです」
セドリックさんがまじまじと料理を見つめて、思わずと言う感じで声を出す。
「…これが、ミソ…祖母がずっと食べたがっていたもの、ですか」
そうだ、セドリックさんのおばあさまは、日本からの来訪者だと言っていた。
「ミソってのは、ずいぶんいろんなものに使えるんだな」
団長さんとバルドさんが感心している。
「では、いただきましょうか」
セドリックさんが声をかけて試食会が始まる。
まずは味噌汁。
「これはうまいな。
もっとしょっぱくなるかと思ったが、野菜の甘さでちょうどよくなってるな」
「ええ、ふだんの豆のスープとはちがう味の深みがありますね」
セドリックさんは慎重に味噌汁を味わっている。
「豆を塩と糀で発酵させています」
「ハッコウ、ですか」
「はい、それで味に深みが出るんです」
「これがミソシル… 祖母もこれを飲んだら喜んだでしょうね」
次はバルドさんが言った。
「この甘味噌炒めもいい。
酒にも合う、飯にも合う」
「ご飯と食べるとおいしいですよ」
「こっちの蒸し野菜の味噌はまろやかだな。
パンにも合いそうだ」
「それは味噌とマヨネーズを混ぜたソースです」
ここでバルドさんの動きが止まった。
セドリックさんは何かを確かめるように、たまにうなずきながら食べている。
「おい嬢ちゃん、マヨネーズは帳簿に載せたか?」
「え、毎回作ってその日のうちに食べ切るので、在庫にならないんですが」
「それでも分けて載せておけ」
また仕事が増えてしまった。
「味噌おにぎり、ってのはこの前のおにぎりの仲間か?」
「そうですね、握った米に味噌を塗って焼いたものです。
これは補給食には向かないかもですが」
「だが野営の夜食にはなりそうだ。おかずがなくても食える」
なるほど、補給官はいろんな事を思いつくんだなぁ。
「あ」
保存食になりそうなものを思い出してしまった。
厨房から干した野菜とキノコ、味噌を持ってくる。
「味噌汁の元ができます。こうして味噌に干し野菜、干しきのこを一緒に丸めて、容器に入れてお湯を注ぐと…簡単な味噌汁になります。
この丸めた味噌を干して乾燥させたものなら、野営に使えますか?」
「間違いなく使える。嬢ちゃん、それ作ってみてくれ。
それと、マヨネーズの材料と作り方、味噌の材料と作り方を書いてくれ。
王都でも作れるか試してみる」
「え?マヨネーズは王都にあるんじゃないんですか?」
「あれは高い。一般には普及しとらん」
「そうなんですか!わかりました。
明日の出発までには書いておきます」
「ああ、頼んだぞ」
なんだか初日から忙しくなってしまったけど、こうして私は砦の正式な職員になった。




