20.団長と三人目の来訪者(騎士団員達)
ガレスの突然のプロポーズからメイの逃走まで、その場にいた者たちは固まることしかできなかった。
メイが畑に逃げて、一番先に石化が解けたのはエルンだった。
「…え?今の本気のプロポーズなの?」
それをきっかけに口々に皆が騒ぎ出す。
「団長、あれ本気なのか?」
「あの団長だぞ、冗談であんなこと言わないだろう」
「俺、団長は女嫌いなんだと思ってた」
「いやでもプロポーズだぞ?こんなとこでするか?」
「まあ、普通はしないよな」
「俺、びっくりしすぎてパン落としちまった」
「俺もむせそうになった」
「メイさんと団長、そんなことになってたのか⁈」
「いやいや、そんな感じはなかったと思うぞ?」
「メイさん、あれ逃げたよな?」
ざわざわと騒ぎ続けて収拾がつかない。
いつもならガレスの雷が落ちるだろうが、当の本人が騒ぎのタネだ。
しかもこの食堂にはもういない。
「お前ら!なんだこの騒ぎは!やかましいぞ!」
代わりに副団長のオスカーが食堂に現れた。
「大変なんす!団長がメイさんに公開プロポーズしたんすよ!」
ロイドが皆を代表して説明する。
オスカーは、ああ、団長はついに自分の気持ちに気づいたのか…と遠い目になった。
それにしても、なんでよりによってこんなところでプロポーズしたのか、さっぱり訳がわからない。
「まあ、ヨハン先生が言ってたとおり、お似合いなのかもしれんな」
トマスがうなずく。
「年も同い年だって言ってたな」
ディーンが思い出したようにつぶやく。
「え?メイさんてそんな年なのか?」
何人かの騎士が驚く。
たしかに来訪者は実年齢より若く見えることが多い、と騎士学校でも教えられてはいた。
だが、毎日メイを見ていると、そんな年齢にはとても思えなかったのだ。
「でも、思い返せば団長、前からおかしかったんだよな」
「え?どんなところが?」
「やけに気にかけてるなーって思うことはあった」
「最初は保護対象の女性だからか、と思ったんだけどな」
「ちょっとなんか、そういうのとは違う気がするな」
「ああ、確かにメイさんのことはすぐ気づく」
「厨房にやたら顔を出す」
「あ、あとメイさんにはけっこう長く話してる!
いつも団長、俺らには『いけ』『やれ』とか、そんな感じじゃないか?」
「ああ、団長の口数が増えた」
「笑う回数も増えた」
「たしかに!」
「トンカツの時は『喜んで食べてもらえてうれしい』ってメイさんに言ってたぞ」
「味噌の時はうれしそうに味噌玉投げてた」
「コロッケの時の、アブラマケでメイさんが飯食えなくなった時、ちょっとオロオロしてたぞ」
「それで俺達に『揚げ物覚えろ』になったしな」
「ゴローにも甘いよな」
「団長室で足元に寝かせたまま仕事してるし」
「それはうらやましい」
「あと、あの補給官の件、団長かなり怒ってたよな」
「あれはそりゃ誰でも怒るだろ」
あちらこちらで、かねてから思っていたことが口に出る。
「あの!団長が英雄って呼ばれてたのは本当ですか?」
エルンが挙手をして問いかける。
「ああ黒灰竜討伐の話だな」
オスカーがうなずいて答える。
「そうか、もう十五年前だからエルンは知らないか」
「えらい騒ぎだったんだぞ」
「黒灰竜を団長が仕留めたんだろ?」
オスカーが口を開いた。
「お前ら、英雄って団長の前で言うなよ」
「え?なんでですか?」
エルンがキョトンとして聞く。
オスカーは全員に聞かせるように話し出す。
古参の団員には知れた話だが、若手の騎士達は知らないかもしれないからだ。
「団長は自分が英雄だ、なんて思っていない。
あれは、たまたま弱点に気づいた自分が止めを刺しただけ、だと思っている。
それどころか、部下を守れなかった事を今でも悔いてるんだ」
「あの顔の傷はその時ついたっすか?」
「ああ、部下を庇った時にな」
オスカーが遠くを見るような目をした。
当時のことを思い出しているようだ。
「副団長、くわしいですね」
「俺もあの討伐に団長の部下として参加したからな。
かれこれ二十年、団長の部下だ。
団長が褒賞を受け取るのを嫌がってたのも、英雄と持て囃されて憔悴していったのも見てたよ。
団長はそれで王都に嫌気が差して、自分からこの砦に来たんだ」
一瞬だけ食堂が静まり返る。
しかし、すぐに誰かかまた話し出す。
「そういや、メイさんは団長の顔の傷とか気にしてないよな」
「腹が据わってるというか、転移してきた翌朝に普通にゴローの散歩してたし」
「ああ、あれは驚いたな」
「あの補給官にメイさんがブチギレたのも驚いたよな」
「あれ、メイさん自分のことじゃなくて俺らの事でキレたよな」
「俺、ちょっと感動した」
「最初は、来訪者がずっと砦にいるって聞いて、どうなることかと思ったけどな」
「今じゃメイさんがいるのが当たり前だもんな」
「飯だけじゃないぞ。俺らのこと、よく見てくれてるし」
「そういや、メイさんが来てから食堂が賑やかになったよな」
「前からうるさかっただろ」
「そうだけど、前とはなんか違うんだよ」
「砦に母ちゃんがいるみたいなんだよな」
「おまっ、怒られるぞ。姉ちゃんにしとけ」
「…あの二人、うまくいくといいよな」
その一言に全員がうなずく。
その時だけは食堂が静かになった。
しかし、誰かがまた話し始める。
「…団長が振られたりしたら気まずいぞ」
「えーっ、それはないだろ」
「わかんないぞー」
「だってメイさん逃げちゃったぞ」
「照れてるだけじゃないのか?」
「そうだよ、メイさんだって団長のこと嫌いじゃないはずだ」
「女心は難しいからなぁ」
「お前が言うな」
「えー、メイさんがここからいなくなったら嫌だなぁ」
「癒しのゴローまでいなくなる」
「いやいやいや、きっと大丈夫だって!」
またガヤガヤとうるさくなり始めた。
「とにかく!」
オスカーは再度一喝した。
「二人がどんな結果になっても、騒がずに見守れ!
わかったな!あと早くメシを食え!」
「はーい」
オスカーはやっと朝食のトレイに手を伸ばした。
「…そもそも、なんだってそんなことになったんだ?」
隣に座っていたトマスにそっと聞いてみる。
味噌汁の顛末を聞いたオスカーは軽く目眩がした。
メイの軽い冗談に、ガレスが大真面目に返答したという、まったく常識外れな話だった。
あの男はプロポーズをなんだと思っているのか。
決断力があるのは充分知っていたが、なにもこんな場面で発揮しなくてもいいだろう。
オスカーはスープを掬いながら考える。
とりあえず、執務室に戻ったら団長に説教しなくては。
まだざわめきの残る食堂に、畑からメイの叫び声が聞こえてきた。




