↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四十五歳、犬と異世界で砦暮らし  作者: 綾瀬たまき
第一章
PR
19/28

19.即決の男

 じょ、冗談、だよね…?

 鳥がさえずるさわやかな朝だというのに、今この食堂は異様な静寂に包まれていた。

 団長さんが、ずずず、と味噌汁を飲んでいる音だけが響く。

 団長さんの足元にいたゴローも顔をあげて、団長さんをじっと見ている。

 周りにいた騎士達も固まっていた。


「いいんじゃないかのう」

 静寂を打ち破ったのはヨハン先生だった。

「なかなか似合いの二人だと思うぞ。

 じゃがガレス、こんな場所で言うのはちとムードに欠けるぞい。

 まずは二人で話すのがよかろうて」

 団長さんが、今気づいたとでもいうように辺りを見回す。

「…それもそうですね。メイ、あとで話せるか?」

「は、はい?」

 話す⁈何を⁈さっきの冗談について⁈

「じゃあ、夜にでも話そう。…ごちそうさま」

 そう言って団長さんは私達に背を向けた。

 髪の間から覗く耳が赤かった。

 まさか、あれ本気で言ってたの⁈

 いやいやいや!まさか!

 じわじわと私の顔が熱くなってくる。

 まずい、このままここにいるのは、すごーくまずい気がする!

「は、はたけにっ!畑に行ってくる!」

 私はその場を逃げ出した。


 逃げ込んだ畑でへなへなとへたり込んだ。

 …どうしよう、あんな軽口たたくんじゃなかった…!

 プロポーズみたい、なんて…!

 ああー!と頭を抱えてうずくまっていると、わふ、とゴローが覗き込んでくる。

「ゴロー、どうしよう。とんでもない事になっちゃったよ」

 ゴローがしっぽを振る。

 …ちょっと考えを整理してみよう。

 さっきのプ、プロポーズが嫌だったか?

 …イヤではなかった。

 じゃあ、団長さんの事をどう思ってるのか?

 そもそも、出会った当初から、不思議と信頼してた気がする。

 あんなに大きくて、顔に古傷もあるけど、怖くはなかった。

 なぜか『この人は大丈夫』とさえ思っていた。

 あの謎の安心感はなんだろう?

 ゴローが懐いたから、だろうか?

 団長さんに出会った日からの事を思い出す。

 頼りがいがあるところ。

 私が悩んで出て行こうとした時に、居場所を用意してくれていたこと。

 味噌玉を投げて少年のように笑う顔。

 無口で必要な事以外はあまりしゃべらないのに、あんがい顔に思ってる事が出ること。

 好きなものを食べる時は黙って味わうこと。

 大きな体でオムライスを食べる姿を、かわいいと思ったこと。

「んん?」

 昔、友人が言っていた言葉を思い出した。

『男をかわいいと思ったなら、それは好きだということよ』

 それに、山で手を引かれてイヤではなかった。

『好きな男なら触られてもイヤじゃないでしょう』

 え?それって…それって…

 私、団長さんのこと好きなの?

「ええーっ!」

 畑に私の叫び声が響き、鳥がバサバサと飛び立った。

 ゴローが鳥を追いかけようとジャンプしていた。


 三十分くらいは畑でへたり込んでた気がするが、なんとか気持ちを立て直して、厨房に戻った。

 今日は団長室での事務作業がない日でよかった。

 こんな状態で団長さんと顔を合わせても、まともに仕事ができる気がしない。

 昼食を作り、貯蔵庫の帳簿を整理する。

 いつも通りに仕事をしているつもりなのに、ふとした拍子に朝のことを思い出してしまう。

 落ち着け、落ち着け私!

 昼食の時に見かけた団長さんは、もういつもの団長さんだった。

 さすがに近寄ることはしなかった。

 周りの騎士さん達も、朝のあのことについては何も言わない。

 でも、皆どこか浮き足立っているようには見えた。

 そりゃー、気になるよねぇ。

 きっと夜になったら、団長さんも私に返って『ああ、あれは冗談だ』って言うんじゃないかな。

 そしたら、なーんだ、そうですかー! と返してまた普通に戻ればいい。

 …しばらくはちょっと気まずそうだけど。


 昼食も問題なく終わり、夕食の片付けも、明日の朝食の仕込みも終わった。

 今日は時間が過ぎるのがやけに早く感じた。

 正直、あまり覚えていない。

「じゃ、おつかれさまです」

 作業が終わったら、マルクさん達もそそくさと部屋に帰っていった。

 いつもなら、この時間帯は騎士さん達が食堂にまだたくさんいて、話したりカードゲームをしたりしているんだけど…

 今日は私とゴロー、あと夜当番の騎士さん達だけがいる。

 …うう、どうしよう…部屋に戻っていいのかな?

 その時だった。

 団長さんが食堂に入って来た。

「団長、おつかれさまです」

「ああ、おつかれ。何もないか?」

 そんな話をしながら、団長さんはまっすぐに私のところに来る。

 そして言った。

「…メイ、外で話そう」


 外は満天の星空だった。今夜の月は細くなっている。

「暗いから気をつけろ」

 団長さんが手を引いてくれて、庭のベンチに座らせてくれた。そして私の横に団長さんも座った。

 ゴローもついて来て、当たり前のように団長さんの足元に座る。

 二人ともちょっと無言になった。

 どこを見たらいいかわからなくて、ひざの上に置いた手を見る。

 先に口を開いたのは団長さんだった。

「…朝はすまなかった」

 …ああ、やっぱり冗談だったのか。

 安心したような、ちょっと悲しいような気持ちになる。

「あんな場所で言うべきではなかった」

 …え?

 私は団長さんの顔を見た。

 なんとなく、団長さんも緊張しているように見える。

 一度口を開きかけ、何かを考えるように閉じた。

「…俺はメイが好きなんだと思う。

 メイが笑っていると安心するし、泣く時はそばにいてやりたい。

 味噌を仕込んだ時に、一緒に開ける約束をしただろう?

 女性と何かを約束したのは初めてだったが、約束とはうれしいものなんだと知った。

 以前は、元の世界に帰せるものなら帰してやりたいと思っていたんだ。

 だが、すまない。

 今は帰ってほしくないと思う。

 ここを出ていくと言われた時は、目の前が暗くなった。

 どこにも行かないで欲しいと思った。

 ここで、この世界で、これからも俺の側で一緒にいてほしい」

 しばらく二人とも黙っていた。

 涼しい夜風が吹いている。

 今度は私が口を開く。

「…私も、団長さんのことが好きなんだと思います。

 元の世界で、私は短い期間でしたが結婚していました。

 初めて付き合ってほしいと言われた人で、特に嫌なところもなかったので、そのまま付き合って、結婚しました。

 すぐに子供が生まれて、毎日が子育てで精いっぱいで。

 夫のことを好きなのか、そんなことを考える余裕もありませんでした。

 子育てに夢中になっている間に、夫だった人は他の女の人と浮気して出ていきました。

 その時も、腹は立ったし困ったなとは思ったけど、でも悲しいとは思わなかったんです。

 だから、今のこの気持ちが恋なのか、は正直よくわかりません。

 でも、これからも団長さんと一緒にいたいです。

 それでもいいですか?」

 自分の気持ちを、たどたどしくなったりもしたけど、なんとか伝えた。

 団長さんはどう思ったのだろう?

 そっと団長さんの横顔を見ると、何か考えているようだ。

 そして、ゆっくり口を開く。

「そんなことがあったのか…大変だったんだな。

 そんな状況でも子供達をちゃんと育てあげたメイを尊敬する。

 …俺はどんなメイでも一緒にいたいと思う。

 正直、俺は女性とまともに付き合ったこともない。

 だから俺も、これが恋なのかはわからない。

 だが、死ぬまで一緒にいたいと思う。俺はメイを絶対に裏切らないと約束する」

 それはわかっていた。

 団長さんは、人を裏切ったりできるような人ではない。

 そんな人にこんなことを言ってもらえて、うれしいと思った。

「…ふふ、私たち、明日からは何になるんですかね?恋人ですか?」

 どこかフワフワした気持ちで団長さんに聞いてみる。

 しかし団長さんはキッパリと言った。

「俺はメイと結婚の約束をしたい」

 結婚。私にはその言葉は少し重かった。

「…私は…元の世界に戻りたいとは、今では思わないんです。

 団長さんがいて、皆がいて、ここの暮らしが楽しくて。

 ひどい母親なのかもしれません。

 でも、子供達に『無事だよ』とは伝えたい。

 出来ることならまた会いたい。

 …これからも子供達の事は忘れられないし、思い出して泣くと思います」

 脳裏に健(たける)と美奈の顔が浮かぶ。

 笑った顔、怒った顔、泣いた顔…

 話しているうちに涙が頬を伝ってきた。

 自然と顔がうつむく。

「それに、また来た時みたいに突然いなくなっちゃうかもしれない。

 団長さんを、一人にしてしまうかもしれない」

 この優しい人を、一人にするのはいやだと強く思った。

「そんなことになるんだったらっ…」

 言いながら、涙に濡れた顔を上げて団長さんを見ようとした時、強く抱きしめられた。

「…それでもかまわないんだ…一緒にいてくれ」

 団長さんの腕の中は暖かかった。

 その暖かさでまた泣けてきた。

 団長さんが少し体を離し、私の涙を手で拭う。

 この人に顔を拭われるのは三回目だな…

 大きな手が、そのまま頬に添えられた。

 顔が近づいてくる。

 あ、と思った時には、唇が重なっていた。

「…いますぐでなくていい、結婚してくれ」

「…はい」

 私のことをそのままで引き受けようとしてくれた、この人と生きていきたいと思った。

 団長さんは私が泣き止むまで、手を握ってくれていた。

「あ、皆にはなんて言いましょうね?」

「とりあえず、婚約した、でいいんじゃないか?

 明日の朝食の時にでも言おう。

 アイツらも気にしてるだろうしな。

 実はオスカーにも叱られたんだ。

『なんの準備もせずに求婚するな』と」

 オスカーさん、団長さんにお説教したのか。

「こちらの世界だとどんな準備をして求婚するんですか?」

「あー、たいていネックレスと花束を用意するらしい。

 自分の瞳や髪の色の石のネックレスだそうだ。

 …なんの準備もしていなくてすまない」

「じゃあ、いつか団長さんの目の色のネックレスをくださいね」

 ニコッと団長さんに笑いかける。

「ああ、約束しよう。

 メイの世界ではどんなふうに求婚するんだ?」

 日本のプロポーズかぁ…

「そうですねぇ、私はしてもらったことがないんですが…婚約指輪があります。

 花束を渡してひざまずきながら、パカっと指輪の箱を開けて、結婚してくださいって言うみたいですよ」

「指輪なのか。メイが好きなものでいいんだが…」

「あと、結婚する時にお互いに指輪を贈り合います。

 左手の薬指につけるんです」

「なるほど、そこも指輪なんだな」

 団長さんがあごに手を当てて考えている。

「まあ、その辺はおいおい考えましょう」

「そうだな。明日は管理官と補給部隊が来るから、そろそろ休もう。

 ああ、あの二人にも明日報告できるな」

 あ、バルドさんとセドリックさんのこと忘れてた!

 でもあのお二人なら、喜んでくれる気がした。

 その後、団長さんは部屋まで送ってくれた。

「おやすみなさい」の挨拶をしてゴローと部屋に入る。

 ベッドに座り、スマホを開いた。

 不思議なことに、あの山でベリーを摘んだ日から、充電は減っていない。

 子供達の写真を出して語りかける。

「私、結婚することになったよ。…日本に帰れなくてごめんね」

 子供達も『自分の幸せを考えろ』とは言ったものの、まさか私が異世界で再婚するなんて思っていないだろう。

 今頃二人ともどうしているだろうか?

 きっと心配してるはず。

 健(健)と美奈が私たちを探している姿が頭に浮かぶ。

 いつものスーパーや私の職場、そして神社の裏山を探している姿。

 いっそ、私たちのことを忘れて欲しいとさえ思った。

 そうしたら二人とも苦しみからは解放されるだろう。

 気がつけばまた涙が出ていた。

 ゴローが私の顔を舐める。

 ゴローを抱きしめてひとしきり泣いた後、メッセージを開いた。

 あのベリー摘みの日に送ろうとしたメッセージは今も送信できていない。

 でも、今日のこともメッセージに追加した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。