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四十五歳、犬と異世界で砦暮らし  作者: 綾瀬たまき
第一章
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18/29

18.味噌を開ける日

 その朝、ベッドで目が覚めた瞬間に、私は突然気がついた。

「あ、味噌」

 私がこの世界に来て半年経ったということは、味噌を仕込んでからも半年経ったということだ。

 もう味噌を開けてみてもいいだろう。

 気持ちは逸るが着替えをして、ゴローの散歩に行く。

 ゴローは最近は砦の中を自由に歩き回っている。

 だから運動量は問題ないんだろうけど、なんとなく朝の儀式として続けているのだ。


「おはようございまーす」

 今日の食事当番はレオンさんとマルクさんだ。

「ちょうどよかった。今日、あれを開けようと思ってて」

 私は勢い込んで二人に告げる。

「あれ?」

 二人はなんのことかわからない、という顔をした。

「半年前に一緒に仕込んだ味噌!」

「もうそんなに経ったのか!」

「どんなふうになったんだろうな?」

 二人が顔を見合わせる。

「味噌を開ける時は団長さんも一緒にって約束したの。

 呼んでくるから待ってて!」

 私がそう言うと、

「あ、じゃあ俺が呼んできます。

 メイさんは先にゴローにメシやっててください」

 そう言ってレオンさんが団長室へ行ってくれた。

 優しい。

 お言葉に甘えてゴローにご飯をあげると、今朝も喜んで食べている。

「お味噌、うまくいってるといいねぇ」

 ゴローはわふ、と鳴いた。


「ついに開けるのか」

 レオンさんが団長さんを連れて戻ってくる。

「はい、ついに開けます!」

「どうなってるのか、楽しみだな」

 団長さんが少し笑って言ってくれる。

 団長さんが忘れてなくてよかった。

 全員で貯蔵庫へ行き、味噌の樽に被せてあった布を外す。

 開ける前に、私は目をぎゅっとつぶって神様に祈る。

 どうか味噌になってますように、カビてませんように!

 祈る気持ちで蓋を取ると、茶色い液体が溜まっていた。

「…液体?」

「これがミソ?」

 レオンさんとマルクさんが不思議そうに見ている。

 でも、私には思い当たるものがあった。

 顔を近づけて匂いを吸い込む。

 …やっぱり!

「これ… たまり醤油だ!」

 あわてて厨房へ引き返し、お玉とボウルを取ってくる。

 たまり醤油まで出来てるなんて!やった!

 気持ちは焦るけれど、ここでこぼしたらもったいない!

 私は慎重にたまり醤油を掬い、ボウルへ移す。

 一滴手のひらに落として舐めてみた。

 うん、やっぱりたまり醤油だ。

 じんわりと醤油の味が体に染み込んでいくみたいな気がする

 たまり醤油を慎重に掬い取っていると、やっと味噌が見えてきた。

 茶色く熟成した味噌。

 木べらでかき混ぜると味噌の懐かしい香りがした。

「お味噌できてます!」

 団長さんが覗き込む。

「これがミソ…」

 レオンさんとマルクさんも覗き込んで見ている。

「ちょっと待っててくださいね!」

 小走りで厨房にまた戻り、今度はきゅうりをスティック状にしたもの、小皿とスプーンも持って戻った。

 スプーンで味噌を少しだけ小皿に掬い、きゅうりにつけた。

「はい!これで食べてみてください」

 三人とも怪訝な顔で一口かじった。

「どう?」

「しょっぱいけどうまい」とレオンさんが言う。

「独特な味だけどいやじゃない」とマルクさんもうなずいている。

「…うまいな。味に深みがある」

 よかった、団長さんの口にも合ったようだ。

 私もきゅうりに味噌をつけてかじる。

 おいしい。ちゃんと味噌になっている。

 この世界でも味噌ができた。

 胸に熱いものが込み上げて、気がつけば涙が出ていた。

 足元のゴローが私を見上げてくる。

「…ゴロー、お味噌…できたよ…」

 えぐえぐと泣きながら、味噌きゅうりを食べている私はきっとかなり変だろう。

 でも、安堵の気持ちを抑えられなかった。

「よかったー、ちゃんと味噌だよぉ…」

 その時、団長さんがハンカチで私の涙を拭いてくれた。

「泣きながら食べるなんて器用だな」

 仕方ないな、という顔で団長さんが笑っている。

 団長さんに顔を拭かれるのは二回目だな、と思い出して私も泣き笑いをした。

 …そうだ、マヨネーズと混ぜて味噌マヨにしたらどうだろう?

「…今度はこの味噌マヨで食べてみてもらえますか?」

 団長さん、レオンさん、マルクさんがまたきゅうりをかじる。

 ポリポリと言う音だけが響いた。

「こっちの方が食べやすい」とレオンさん。

 マルクさんも咀嚼しながらうなずいている。

「俺は味噌だけの方が好きかもしれん」

 団長さんは通なことを言った。


 今朝のメニューは野菜と豆のスープだった。

 まだ味付けはしていないため、私は小鍋に少しだけスープを取り分けて、川魚で作った出汁粉と味噌を入れる。

 この味噌汁は私の朝ごはん用だ。

 試しに少し飲んでみると、鰹出汁とは違うが、ちゃんと味噌汁になっている。

「出来た…」

 しばらくまた感動に浸りそうになった。

 だが、朝の厨房はやることがたくさんある。

 皆に出す残りのスープにはいつもの味付けをしていると、団長さんがやって来た。

「あの小さい鍋は?スープにも味噌を入れるのか?」

「はい、この鍋だけなんですけどね。

 味噌ができたら、どうしてもお味噌汁が飲みたくなって」

「ミソシル…俺も飲んでみたい」

「多めに作ったから大丈夫ですよ。

 今朝はご飯も炊きますし。

 じゃあおにぎりと味噌汁を試食してもらえますか?」

 興味を持ってもらえたのがうれしくて、私は笑顔で応えた。

「ああ、それがメイの国の朝食なのか?」

「はい、パンを食べる人もいますけど、私の国の伝統的な朝食はごはんと味噌汁におかずですね」

 鍋の中をくるくるかき混ぜながら答える。

「楽しみだ。おにぎりは二個で頼む。

 他の団員の朝食が終わってからでかまわないから」

 そう言って団長さんは食堂に戻って行った。

 でも、私は少しでも早く団長さんに味噌汁を食べて欲しかった。

 なるべく早く持っていこう、と決めた。


 団員の配膳が終わった頃に団長さんにおにぎりと湯気の立つ味噌汁を運ぶ。

 まだ皆、食事を始めたばかりだ。

「おまたせしました。味噌汁とおにぎりです。

 味噌汁は熱いので気をつけてください」

「思ったより早く持って来てくれたんだな。

 ああ、ありがとう。いただこう」

 団長さんが味噌汁を飲むのを、レオンさんとマルクさんが見ている。

 他の団員達も気になってはいるようで、ちらちらと団長さんを見ている。

 全員、味噌汁が気になってはいるらしい。

 一口、味噌汁を飲んだ団長さんが口を開いた。

「…うまいな、これは。体が温まる気がする」

「ホントですか⁈よかったです!」

 団長さんに味噌汁をほめられてうれしくなる。

 レオンさんとマルクさんも

「俺も飲んでみたい!」

「俺も」

 と騒ぎ始めた。

 もちろん二人にも味噌汁をよそって渡す。

「あれ?この方がうまい」

「うまい!飲みやすいです」

 二人にも好評だ。

 どうやら味噌そのままより、味噌汁の方が受け入れやすいようだ。

 ますますうれしくなる。

「ミソは他にどんな料理に使うんだ?」

 団長さんが聞いてくれた。

 私はここぞ!とばかりに味噌の魅力を力説した。

「お肉や野菜を炒めた時の味付けにもできますし、おにぎりに塗って焼きおにぎりにもできます!

 煮魚の味付けにもよりますがつかえますから、けっこう万能なんです!」

「じゃあ、追加でまた作ればいい」

「えっ!いいんですか⁈お味噌汁、気に入りました?」

 団長さんの言葉に勢いづいて訊ねる。

「ああ、初めて食べた味なのに、どこか懐かしい感じがする。

 そのうち団員たちも食べるようになるだろうから、次は倍の量で仕込んだ方が良さそうだぞ」

 やったー!また味噌が作れる!

「そうですね!たまり醤油もとれましたし!」

 興奮を抑えきれない声で私は続けた。

「タマリショーユ、それも調味料か?」

「はい!万能調味料です!

 あればかなり料理の幅が広がります!」

 ダメだ、これはもっと醤油の魅力を伝えなきゃ!

 不思議な顔をしている三人にさらに続ける。

「確実に唐揚げがおいしくなります!」

「カラアゲ!あの鳥をあげたやつ!」

「嘘だろ?あれがもっとうまくなるのか⁈」

「それは気になるな」

 やはり、揚げ物のパワーは強かった。

 周りの騎士さん達も聞こえていたようで

「え?今日カラアゲ?」

 と騒ぎ出したので訂正しておいた。

 ここで味噌唐揚げもおいしい、とかバレたら騒ぎになるから黙っておこう。

 団長さんの許可ももらえたから、次の補給では大豆と麹を倍量もらうことにしよう。

 そしてまた味噌を仕込むのだ!

 そんな決意をしながら私も座って、ちょうどよく冷めたお味噌汁を飲む。

「うん、おいしい」

 笑った私を三人が温かく見守っていた。


 うれしかった。本当にとても良い気分だったのだ。

 かなり浮かれていたのだと思う。

 だから、団長さんが

「本当にうまいな… 毎朝これでもいい。

 作ってくれないか?」

 と言った時、ついつい口が滑ってしまった。

「いいですよ!

 あはは、プロポーズみたいですね!」

「え?」

 団長さんが固まった。

「私の国の昔の時代のプロポーズです。

 毎朝、味噌汁を作って欲しいって」

 ニコニコ笑いながら解説した。

「じゃあ、こっちだと毎朝スープを作ってくれ、ってことか」

「斬新だな」

 レオンさんとマルクさんも軽口をたたく。

 あはは、と三人で笑っていると、ちょっと考えて団長さんがもう一口味噌汁をすすった。

 それから、とんでもないことを言い出した。

「それもいいな。

 …メイ、俺と結婚してくれ」

「はい?」

 今度は私が固まる。

 ついでにマルクさん達も固まっていた。

 団長さんだけが味噌汁を飲み続けていた。

 …え?

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