17.手紙と帳簿
「メイさん、エミリアから手紙っす」
朝食の後片付けをしていたら、ロイドさんが手に持った封筒をヒラヒラさせながらやって来た。
ロイドさんは昨日まで非番だったから、エミリアさんに会っていたのだろう。
「ありがとう!エミリアさん、元気だった?」
「元気っす!食パン喜んでたっすよ」
食パンはエミリアさんのお父さん、ジョージさんに助言してもらって作ったので、団長さんの許可を得て、半斤をサンプルで持って行ってもらったのだ。
薄いピンクのかわいい封筒で、和紙に似ている手触りの手紙を開ける。
「自分で読めるっすか?」
「読んでみる。わからないところだけ教えてくれる?」
「いいっすよ!」
便箋を開くと、女の子らしいかわいい文字が並ぶ。
食パンのお礼と感想、ジョージさんが褒めてくれていたこと、二足目の靴の履き心地はどうか、また町に来たら会いたい、ということが書かれていた。
「ここ、靴、で合ってる?」
わからない部分を指さしてロイドさんに見せる。
「あってるっす。靴屋のトムさんも足に合わない場所があれば、調整しに来てくれって言ってたっす」
最初に町へ行った一週間後、買い出し部隊について行って二足目の靴を受け取った。
この世界では靴が出来上がったら、お店で履いてみてさらに調整してくれる。
二足目の靴も履きやすくて、おかげで快適な生活になった。
「手紙、ほとんど読めてるっす!もう読むのは大丈夫っそうすっね」
「うん、練習してお返事書いてみる。そしたら持っていってくれる?」
ロイドさんはニコニコ快諾してくれた。
エミリアさんがお手紙をくれたのもうれしかったが、自分でちゃんと読める、そのことがとてもうれしかった。
足元で丸くなっていたゴローを撫でる。
「ゴロー、私、字が読めるようになったよ」
すると、近くの席で朝食を取っていた団長さんが声をかけてきた。
「メイは読み書き出来るようになったのか?」
団長さんがパンをちぎりながら言う。
「前よりは出来るようになったと思うんですよね。
教材はもう読めるようになりました。
書けてるかは、他の人に見てもらわないとわからないです」
団長さんはちょっと考えてから
「じゃあ今日は俺の手伝いをしてみるか?」
と言いだした。
団長さんに連れられて団長室に向かうと、当然のようにゴローがついてきた。
ゴローまで部屋に入れていいのか迷っていると、団長さんが一緒でかまわないと言ってくれた。
どうやらゴローは私が行く先が気になっただけらしく、一通り部屋の匂いを嗅いで満足したのか、さっさと出て行った。
「なんだ、点検したいだけだったのかぁ」
この頃のゴローは、私について来たり、ひとりで砦の中をぶらついたり、ずいぶん自由に過ごしている。
団長室には副団長のオスカーさんと団長さんの机がある。
二人の机の間に小さい机とイスがあり、今日は私はここで手伝いをするらしい。
「これは貯蔵庫の食品の帳簿だ。読めるか?」
団長さんから一冊の帳簿を渡される。
受け取って開いてみた。
「えーっと、上から小麦、大麦、ひよこ豆、塩、砂糖、油、米、酢、酒、…これがわからないです」
「ああ、これはチーズだな。」
「メイさん、かなり読めるようになりましたね」
オスカーさんも褒めてくれる。
いくつになっても褒められるのはうれしいものだ。
「数字はわかるか?」
「はい、あまり元の世界と変わらないので」
「じゃあ、この帳簿が合っているか見てくれ。
こっちが出庫、ここが入庫、で、ここが在庫だ。
わからないことは遠慮なく聞いていい」
団長さんは帳簿の該当箇所を指さして説明してくれる。
オスカーさんが帳簿から目をあげて私を見て言った。
「メイさんが見てくれると助かります。
ふだんは私の仕事なんですが、ちょっと今は立て込んでましてね」
たしかに、オスカーさんの机には書類や帳簿が積んである。
「来週、オスカーがまとまった休みに入る。
その間に補給部隊が来るんだ。
帳簿が合ってないと困るからな」
補給部隊かぁ…今回はバルドさんが来るかな?
顔に出ていたのだろう、団長さんが言う。
「安心しろ、今回はバルド補給官が来るそうだ。
もうあのギデオンは補給官ではなくなったから、来ることはない」
「そうなんですか?」
「あの補給官は元々問題がある人物だったようだ。
南の拠点でもトラブルを起こしていたらしい。
さすがに今回のことで降格と異動にしたと補給部門のトップが行っていた」
「そうなんですか」
「ついでに神殿で歯の治療も受けて、補給部隊ではメイに感謝してるそうだ。
匂いのことは指摘しづらいからな」
思い出したのか、団長さんがフフッと笑った。
うわあ、あの補給官、本当の意味で鼻つまみ者だったんだ。
そして歯は神殿で治すのか。今度その辺のことも聞いてみよう。
団長さんから帳簿を受け取って中身を見てみる。
どうやら異世界でも、在庫管理でやることは元の世界と同じみたいだ。
もともと私は全国に支社のある会社の、小さな支社で事務全般をしていた。
ある意味、慣れているとは言える。
「わかりました。やってみますね」
それからは三人で黙々と仕事した。
考えてみると、団長室に入るのも初めてだし、団長さんが書類仕事をしているのも初めて見た。
「すみません、付箋かなんかありますか?」
「フセン?なんだそれは?」
「小さい紙で貼って剥がすことができるメモみたいなものなんですけど…」
「ないな」
裏紙を少しもらい、小さく切る。わからない箇所に番号を振って、同じ番号の紙を帳簿に挟めばいい
「出来ました。確認お願いします」
オスカーさんに見てもらう。
「わからない事はこちらに番号を振って書き出しました。同じ番号を帳簿に挟んであります」
「なるほど、これは確認する場所がわかりやすいですね!」
「メイは計算するのが早くないか?」
団長さんが驚いている。
「慣れですね。あと、私たちの国ではこんなふうに式を書きます。簡単な計算はいちいち紙に書きません。暗算、えーと頭の中で計算します」
「メイの国ではみんなそうなのか?」
団長さんが感心している。
「そうですね、学校で習います。あと、私は子供の頃にそろばん、という習い事をしてたからですね」
「ソロバン?それ、今度くわしく教えてください」
オスカーさんが興味を持ったようだが、今は時間が惜しい。
後日詳しく説明することにした。
「それで、この帳簿なんですけど、ここがおかしいです」
「見せてください」
オスカーさんがあわてて確認する。
「ここ、計算間違えてないですか?」
「本当ですね、確認します」
「転記ミスか、数字の読み違えな気がします」
「メイ、こっちも見てもらえるか?」
団長さんから別の帳簿を渡される
「えーっと、これは木材、油、…これ読めないです」
「これは蝋だな。単語がわからなくても計算は出来るか?」
「これも、在庫・入庫・出庫で見れば良いですか?」
「ああ、それで見てみてくれ」
「これも計算がおかしいです。
ここ、数が足りないです」
帳簿のおかしい部分を指さして団長さんに見せる。
「…それは破損の分だな。
ページのここに書いてある」
団長さんが指で該当の部分を示す。
なるほど、確かにその部分を足せば数は合うんだけど… いちいちこっちを見るのは面倒だなぁ。
「これ、ここに数字をこう入れたら楽になりません?書式が決まってるんですか?」
「いや、決まってはいない。
…なるほど、こうするとわかりやすくなるな」
団長さんが感心してくれた。
よかった、今までの仕事の経験が活かせたみたいだ。
現代日本ならパソコンで表計算できるけど、この世界だと帳簿に手書きだもんね。
団長さんとオスカーさんが相談し、私は今後は食事作りに加えて、貯蔵庫関係の書類仕事もすることになった。
久しぶりの事務作業は楽しかったし、手伝えることが増えてうれしかった。
二日後、また事務の手伝いをする為に団長室に行くと、今度は団長さんから手紙を渡された。
「セドリック管理官からだ。読んでみてくれ」
開いてみると、時候の挨拶、変わりはないか、先日のことや他に困っている事はないかと気遣ってくれる言葉が並ぶ。
その次の便箋には、よくわからない言葉があった。
「団長さん、ここはなんて書いてありますか?」
「ああ、ここは砦と書いてある」
「砦…食事…ここは?」
「事務、だな」
「この手紙、二枚目になったら難易度が急に上がりました」
「どれどれ…ああ、これは任命書だな。
これはまだ難しいだろうから、読んでもいいか?」
ん?任命書?私に?
疑問はあるけど、まずは内容を聞いてみよう。
「はい、お願いします」
「任命書、メイ・ヤマシタ。
貴殿をラウネリア王国、北の山砦の事務補佐官ならびに厨房責任者として任命する。
給金は…まあ、読み上げるのはまずいな。
ここに書いてあるが数字だから読めるな?
勤務開始は来週からの予定で、待遇はここに書いてある。
休日は一週間に一日、他にも希望すれば休みは年に二十日取れる事になっている」
「えっ!お仕事にしてもらえるんですか?」
バッと顔をあげて団長さんを見る。
団長さんも目をあげて私の顔を見た。
「ああ、メイがよければ、だが」
「うれしいです!やります!」
手をグーにしてブンブン振った。
団長さんがさらに説明してくれる。
「来週、管理官が補給部隊と一緒にやってくる。
その時に面談をして、問題がなければこの任命書にメイがサインをする。
それで正式にここで勤務になるんだ。
ついでに、今までの手伝いの分についても、逆算して臨時手当が出るよう申請してあるからな」
「えっ!そんな至れり尽くせりじゃないですか!いいんですか?」
「ああ、本当はもっと早く手続きしたかったんだが、まだ教育期間扱いだったからな」
そうか、来訪者は本来なら王都で半年間の教育を受けてから職に就くって言ってたっけ。
だからあの補給官も就職の斡旋をしようとしたのか。
オスカーさんも書類をトントンと揃えながら、微笑んで言う。
「団長の発案なんです。
メイさんは元の世界で事務の仕事をしていたと聞いた時から、事務を手伝ってもらえるか考えてたんですよ。
ああ、よかったです。
これで私たちも事務仕事が楽になります。
それにメイさんがここにいる理由にもなるでしょう?」
そうか、団長さん、私が出て行こうとしたの気にしてくれてたんだ。
団長がニヤリと笑う。
「これでメイは晴れて砦の一員だ。
もう出ていくなんて言ってくれるなよ?
それに最近は団員の稽古もつけてやれなかったからな。これからは稽古を見る時間を増やせる」
うわぁ、騎士さんたち、しごかれるんだろうなぁ。
「じゃあ、今よりもお腹が空きますね。ご飯もたくさん作らなきゃ」
寮母モドキから、事務補佐官兼厨房責任者へ。
なかなか責任重大であるけど、これで砦にいてもいい理由ができたのがうれしかった。
夜、寝る前にスマホを開く。
ゴローはもう私の足元で丸くなって寝ている。
画面の中の、いつもと変わらない笑顔の健と美奈。
「仕事が決まったよ。がんばるね」
二人に話しかけると、『がんばってね』と二人の声が聞こえた気がした。




