16.ミントのまじない
「三日後に補給部隊が来るから、準備をしておくように。
今回も六人編成だから、客室と食事の用意を頼む」
そう団長さんから朝の連絡事項で全員に伝えられた。
私は思い返す。
確か、今回はバルドさんに知らせなきゃいけないようなものは作ってなかったよねぇ …うん、ないな。
この時、私も皆もいつもの補給だと思っていた。
それがあんな騒動になると思わなかったのだ。
「おっ!補給部隊が到着したみたいっすよ」
翌朝、窓から外を見ていたロイドさんが教えてくれる。
馬車から降りた補給部隊の若手がロイドさんに手を振った。
「おつかれさまっす!」
ロイドさんが窓を開けて声をかけた。
変化が少ないこの砦では、月一回の補給をみんな楽しみにしている。
皆にとってはお給料日でもあるし、気心知れた補給部隊の人達から、他の拠点の話を聞くのが楽しいようだ。
私もバルドさん達と話すのは楽しい。
補給部隊はいつも団長さん達に迎えられ、給与の受け渡しと物資の搬入を済ませてから、食堂で一息つくのだが…
あれ?
今日はどうやら順番が違うようだ。
先に食堂にやってくる。
バルドさんではない、三十代くらいの男性が先頭に立って歩いてきた。
その男性は私を見てニヤリと笑った。
副団長さんがついて回ってるけど、なんだか苦々しい顔をしている。
いつも温和で冷静なオスカーさんがあんな顔をしているのは初めて見た。
何かあったのかな?
「こんにちは、あなたがメイさんですか?」
男性はにこやかに話しかけてくる。
…え?騎士さん達にあいさつせずに、まず私ってどういうこと?
「こ、こんにちは。はい、私がメイ・ヤマシタですが…」
ここで男性は私を、上から下まで品定めするように見たが、すぐに笑顔になる。
「ずっとお会いしたいと思っていたんですよ。
私は補給官のギデオンです。
今日はグランツ補給官が都合が悪いため、私が来ました。いつもは南を担当しています。
ほお、ここが噂の厨房ですか」
…そうだ、バルドさんはグランツって家名だったな。
私達には『バルドでいいぞ』って言ってた。
セドリックさんも『どうぞ名前で呼んでくださいね』って言ってくれた。
あれは親しみの表現だったんだな。
「はぁ… あの、噂ってなんですか?」
ギデオン補給官はジロジロと厨房や食堂を見回している。
私が問いかけると、また笑顔になった。
なんか…この人、うさんくさい。
「では、その辺りも含めて座って話しましょうか」
私には丁寧に話すのに、補給部隊のメンバーにはぞんざいな口調で言い放つ。
「おい、受け渡しはやっておいてくれ。
私はこのメイさんと大事な話があるからな」
補給部隊のメンバーは慣れてる人たちだから受け渡しは問題ないんだろうけど、なんだか嫌な感じだ。
補給部隊の若い子が抗議した。
「いや、補給官の立ち合いは必要です」
「いつもやっていることだろう、今回くらい私がいなくても問題はない」
「問題ですよ!ちゃんと仕事してください」
「では立ち会った事にすればいいだろう。気が利かないな」
別の人もギデオン補給官を止めようとしている。
私がオロオロしていると、団長さんが現れた。
補給部隊が揉めているのを見て、団長さんが顔を顰める。
「ギデオン補給官、先にやるべきことをやっていただきたいのだが」
なんだかいつもより眼光が鋭い気がする。
「そうでした。
つい噂の方とお話ししたくて気がせいてしまいましたよ。
失礼しました」
ギデオン補給官はあわてて取り繕った。
そういや、忘れてたけど嫌なヤツってどこにでもいるんだったな…
「こちらが砦コーヒーです」
コトリ、とカップを置いた。
団長さんが目を光らせてる間はギデオン補給官もちゃんと仕事をしたらしく、無事に全ての搬入作業は終わった。
その後、団長さんも副団長さんも、別の用事で呼ばれて食堂から出て行った。
補給部隊の面々も、ギデオン補給官とは一緒にいたくないようで、離れて座っている。
ロイドさん達、今日の食事当番は厨房で作業しながら、私のことを気にして見てくれているようだ。
ギデオン補給官と二人になるのは嫌だったので、ロイドさん達がいてくれるのが助かる。
ゴローも食堂から出て行かず、窓際で寝そべりながら私を見ていた。
「おお!これが噂の砦コーヒーですか。飲んでみたいと思っていたんですよ。ありがとうございます」
噂の噂の、っていちいち大げさだなぁ。
「いえいえ、では失礼します」
私はそそくさと厨房に戻ろうとした。
「そんなつれないことを言わずに、少しお付き合いくださいよ」
…仕方ない、適当に相手すれば満足するだろう、とギデオン補給官の向かいの席に座る。
「…ああ、コーヒーとはやはり違うのですね。
これは元の世界の知識でお作りに?工夫がすばらしい。そういえば、先日お作りになったケチャップとソース、あれも画期的でしたね」
畳み掛けるようにべらべら話されて、はぁ、とかええ、とか、失礼にならない程度の返事を返す。
…だって、この人、口が臭いんだもん。
「今回は何か新しいものはお作りになりましたか?」
「いえ、最近は何も作ってません」
ギデオン補給官の眉がピクリと動く。
「そうですか… 残念ですね。今回はありませんか。
私も何か持ち帰りたかったんですがね。
まぁ、こちらだと物資も設備も足りないでしょうしね。不自由も多いのではありませんか?
よろしければメイさん、王都で働く気はありませんか? 王都ならばもっとあなたの知識が活かせると思いますよ。
私の知り合いの商会が、ぜひメイさんを雇いたいと言ってましてね」
は?この人、初対面で何言ってるんだろう。
「ありがたいお話しですが、私は砦の生活に満足しています。
みなさんよくしてくださいますし、王都でお仕事するつもりはありません」
「まあそう言わずに、話だけでも聞いてもらえませんか? 王都で働けば、悪くない給金も出ます。
あんな紛い物ではなく、本物のコーヒーも飲めますよ?
私はね、あなたの知識はこんな山の中で終わるのはもったいないと思っているんですよ」
「いえ、けっこうです。お断りします」
なんだろ、この人。紛い物って失礼だな!
さっきのはやっぱりお世辞か。
「はぁ、物好きな方ですね…
よほど、こちらの居心地がよろしいんでしょうねえ。わざわざ王都での教育も拒否されてこちらに残ったそうですね?」
「はい?」思わず眉が寄った。
「それなのに、次々と新しいものを作り出す。
どんなすばらしい女性かと思ったら、ただの平凡な年増女ときた。
ここの騎士団はヒマさでおかしくなったんですかね。
人間より魔獣に会う機会の方が多いからか、かつての英雄ガレス・アルトベルクまでもがこんな女を持て囃して、グランツ補給官までちやほやしている」
ギデオン補給官の声は、話すうちにだんだん大きくなっていた。
「はぁ?あんた何言ってるんすか⁈」
声は厨房まで聞こえたらしい。
ロイドさん達三人が急いで来てくれる。
「ここが辺鄙なのは本当でしょう?
魔獣を退治するだけの仕事しかない、出世とは程遠い場所だ。
本当のことを言って何が悪いんです?」
険悪な雰囲気を感じ取ったのか、ゴローが警戒して唸り出した。
私は慌ててゴローの元に向かう。
ゴローを撫でながらなだめていると、ギデオン補給官かまた喚き出した。
「はっ!異世界というのは犬まで貧相ですね!
バカな女だ!せっかく良い話を持ってきてやったとらいうのに」
ギデオン補給官の方を見ると、肩越しに食堂の入り口が見える。
団長さん、副団長さんが立っているのが見えた。
補給部隊の年嵩の人が慌ててギデオン補給官に歩み寄る。
確かあの人はレイさんだったはず。
「いいかげんにしてください。さっきから自分が何を言っているかわかってるんですか⁈」
「はっ!部下のくせにそんな口をきくんですか?
ああ、毎月来ているあなた達もこの異世界人に誑かされたクチですか。
砦の騎士達だけでは飽き足らず、補給部隊にまで色目をつかうとは、まったく大した女ですね!」
「なっ…!」
「アンタいい加減にしろよ!」
レイさんとロイドさんがギデオン補給官に掴みかかろうとしている。まずい!
「二人とも、よせ!」
オスカー副団長の鋭い声がした。
いつの間にか近くまで来ていた副団長さんが、ロイドさんの肩を掴んでいる。
「気持ちはわかる。だが、手を出すな」
「副団長! でも、こいつ!」
「わかっている。団長も聞いている」
その言葉に、ロイドさんが口をつぐんだ。
「…言いたいことはそれだけですか?」
私はつかつかとギデオン補給官のところへ歩み寄る。
自分でも思ってなかったほど低い声が出た。
「私のことはなんと言われてもかまいません。
ですが、砦のみなさんやバルドさん、それに補給部隊の方まで貶めるのはやめてください」
「そうやって殊勝な態度で誑かすのが手ですか」
ハンッとギデオン補給官が鼻で笑う。
「補給部隊の方はご自分の仲間でしょう?
貶めるのは間違ってます」
「仲間?部下ですよ?
…ああ、補給官の権限もご存じないようですね。ここの団長はそんなことも教育できないんですか」
抑えなきゃ、と我慢していたけれど、団長さんのことまで言われてついに限界が来てしまった。
「ここの人達は毎日懸命に働いています。
あなたに何がわかるっていうの?
…さっきから黙って聞いてれば調子に乗って!
くっだらないことしか言えないんだったら、そのくっさい口閉じてなさいよ!」
「なんですって⁈」
ギデオン補給官の顔が真っ赤になる。
「自分の思い通りにならないからって悪態つくわ、人にケチつけるわ、いい加減にしなさい!
畑のミントでもかじってろ、クチ臭男!」
ギデオン補給官は口をパクパクさせている。
だからその口を閉じろっていうの!
私は怒鳴ったせいで、肩で息をしていた。
誰も何も言わなかった。
その時、団長さんが口を開いた。
「ギデオン補給官、そこまでにしていただきましょうか」
団長さんの声は静かだが、いつもの声とは違っている。
ギデオン補給官をまっすぐに見据え、眉間には深い皺が刻まれていた。
私は団長さんがこんな顔をするのを初めて見た。
「アルトベルク団長!
この異世界人にどんな教育をしてるんです?
ここは女一人の躾もできないんですか⁈」
「先ほどからの暴言は聞かせてもらった。
団長として正式に補給部隊に抗議させてもらおう」
ギデオン補給官は一瞬だけグッと黙るが、すぐに言い返す。
「先に失礼なことをしたのはこの女ですよ。
私の親切をロクに話も聞かずに断って!
この女だけでなく、こちらの騎士は私に掴み掛かろうとしましたしね」
団長さんの静かだが怒りに満ちた声が続く。
「誰がいつギデオン補給官に就職の斡旋を頼んだんだ?越権行為だろう。
しかも、自分の職務まで放棄して部下に押し付けようとする。
仕事をする気が無いのなら、こちらとしても迷惑だ。
それに、先ほどのうちの部下の行為は、メイとこの砦の尊厳を守ろうとしてのことだ。
問題はない!」
団長の瞳にグッと力が入った。
その時だった。
この場にいないはずの人の声がした。
「私も聞かせていただきましたよ」
団長さん、副団長さんの間からセドリックさんが現れたのだ。
さっき団長さんが呼ばれたのは、セドリックさんが来たからだったのか!
「メイさん、おひさしぶりですね。
お元気そうでなによりです。
近くまで来たので、立ち寄らせていただいたんですよ」
セドリックさんは相変わらず紳士的で温和な笑みをたたえている。
そしてギデオン補給官に向き直った。
「さて、ギデオン補給官。
話は聞かせていただきましたが、あなたに来訪者の就職を決める権限はないと思うのですがね」
キラリとセドリックさんの目が光った気がした。
「ローヴェル管理官!
…いえ、私はこのおん…メイさんの才能がもっと発揮できる場所があると思い、その手伝いができればと思っただけです!」
「メイさんが、あなたにそれを頼みましたか?
頼まれもしないのに、それは余計なお世話というものでしょう。
あげくに思い通りにならないからと口汚く罵るのはいかがなものかと思いますがね」
笑顔なのに、セドリックさんの声から冷気が漂ってくる気がする。
前から薄々感じてたけど、やっぱりこの人は怒らせたらいけないタイプの人だ。
「来訪者への教育期間内の就職斡旋は、本人が希望しない限り禁止されています。
この件は、来訪者管理部門からも正式に抗議させていただきますよ」
団長さんもまた口を開く。
「補給作業は終わっただろう。
この後は割り当てられた客室から出ないでいただきたい。
それともお帰りになるのなら、麓の町まで送らせますが」
「ふんっ!こんな野蛮なところにはいられません!
帰らせていただきます!」
「でしたら」セドリックさんが続ける。
「私どもの馬車にはまだ余裕がありますのでね。
一緒に王都に戻りましょうか。
ほかの補給部隊の皆さんは、予定どおり明日お帰りいただいて結構ですよ」
「…わかりました。…一緒に戻らせていただきます」
セドリックさんにここまで言われて、ギデオン補給官は観念したようだった。
セドリックさんも団長さんも、冷ややかにギデオン補給官を見ていた。
食堂はまだガヤガヤとしていた。
ロイドさん達は心配そうに私を見ていたが、ちょっと一人になりたくて、私はゴローと外に出た。
…あんなに怒ったのはいつぶりだろう?
学生の頃以来かもしれない。
食堂から出て、なんとなく畑のところに行く。
しゃがみこむと足元にミントが生えていた。
一本ちぎってミントの匂いを吸い込む。
あのギデオン補給官は口臭と共に黒い悪意を振り撒いているようだった。
それをミントの匂いが消してくれるような気がする。
「やっちゃったなぁ…」
私が知らなかっただけで、今までも団長さんや砦の皆はあんな事を言われていたんだろうか?
今回のことが問題になって、皆に迷惑がかかったらどうしよう。
確かに私は砦で保護されているだけの人間だ。
王都で教育も受けずにここにいることを快く思わない人もいるのかも?
やっぱり教育を受けてから、どこかで自立した方がいいんだろうか?
でも、どこにいけばいいんだろう…
セドリックさんの東の領地に行こうかな、お米あるっていうし。
ブチブチとミントを引き抜きながら、そんなことをつらつらと考えていた時だった。
「ここにいたのか。探したぞ」
団長さんの声がした。
あわてて立ち上がって、頭を下げる。
「申し訳ありませんでした!」
「…なぜメイがあやまるんだ?
謝らなきゃいけないことなんてないだろう」
「私がここに居座ったせいで、団長さん達に迷惑をかけてしまって…」
体を起こして団長さんの顔を見る。
「私、出ていきます。王都で教育を受けます」
団長さんが目をちょっと見開いた。
「後でセドリックさんに相談して来ます」
「いや、ちょっと待て!
メイが出ていく必要なんてないだろう」
団長さんが私の両肩に手を置いて言う。
「でも、私がここにいることで、またあんな風に団長さんや皆が言われるの嫌なんです」
「そんな事は気にしなくていい。言いたいやつには言わせておけば良いんだ。
ひどい事を言われて辛かっただろう…」
「私のことはいいんです!皆が悪く言われるのが嫌なんです。
それに、つい暴言を吐いてしまいましたし…」
「暴言?ああ、さっきの口が臭い話か」
団長さんが笑い出した。
「…あれは事実を指摘しただけだからな。気にするな」
「でも…」
団長さんが真顔に戻って言う。
「メイはもう、この砦の仲間だと俺達は思っている。メイがいなくなったら皆困るんだぞ?
出ていくなんて言わないでくれ」
くぅん、とゴローも鼻を鳴らして私を見上げる。
その時、ロイドさんが畑にやって来た。
「いたいた!団長、ローヴェル管理官達がそろそろ出立するそうっすよ」
「ロイドさん」
私はロイドさんを振り向く。
「さっきは庇ってくれてありがとう」
ロイドさんはニカっと笑った。
「いいんすよ!それより、さっきはスカッとしたっす。ホントにアイツ口臭かったっすから」
「な?事実だろう?
さあ、メイも一緒に管理官を見送りに行こう」
門のところまで来ると、セドリックさん達の三台の馬車が準備されていた。
どうやら団長さんを待っていたらしい。
「セドリックさん、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。助けてくださってありがとうございます」
セドリックさんのところに行って、謝罪とお礼を言う。
セドリックさんは穏やかに微笑んで
「いえ、こちらの世界の者が、嫌な思いをさせてしましたね。後は私に任せてください」
と優しく言ってくれた。
そしてセドリックさんも馬車に乗り込み、ガラガラと三台が動き出した。
セドリックさんは窓から私に手を振ってくれる。
私も手を振りかえしたところで、ミントをまだ握っていたことに気がついた。
最後の馬車にギデオン補給官が一人で乗っているのが見えた。私と目が合うと顔を顰めて背けた。
また怒りがぶり返しそうになる。
思わずそのままミントをちぎって撒いた。
「何してるんすか?」
ロイドさんが不思議そうに聞いて来た。
「うーん、お清め、かな」
「オキヨメ?なんすか?それ」
「私の国だと、嫌な客が帰った後には塩を撒くの。
もう来るなって。
でも塩を今持ってないから、ミントにしてみた」
「アイツ臭かったから、匂い消しにちょうどいいっすね」
ロイドさんが笑う。
「ああ、塩は貴重だからあんな奴にはもったいない」
団長さんもニヤリと笑った。
さらにロイドさんが続けた。
「アイツ、馬車に一人で乗せられてましたね。
…やっぱり臭いからですかねえ?」
そりゃそうだよね、誰だってあの臭さと王都まで一緒なのはイヤだろうなぁ。
セドリックさんがフフ、と笑っているような気がした。




