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四十五歳、犬と異世界で砦暮らし  作者: 綾瀬たまき
第一章
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15/29

15.大漁、大漁

「メイさーん、今日はこんなに獲れましたよ!」

 厨房から貯蔵庫に続く廊下には、庭から入って来ることができるドアがある。

 私は勝手口と呼んでいる。

 そのドアをあけて、今日の朝の見回り当番だったニールさんが大声で呼んでいた。

「はいはい、川魚いっぱい獲れたの?…って、すごっ」

 ニールさんの足元の大きい網の袋に魚がぎっしり。

「うわぁ、たくさん獲れたねぇ」

 屈んで網の中を見ていると、他の見回り当番の二人もそれぞれに網を持って歩いて来るのが見えた。

 ゴローもやってきて、しっぽを振りながらフンフンと網の匂いを嗅いでいる。

「え?あんなにあるの?」

「今日は大漁だった!」エディさんもニコニコしながら網を置く。

「魚捌くの、俺たちも手伝いますよ」

 クルトさんがありがたい申し出をしてくれる。

「…よし!じゃあ川の恵みに感謝して、がんばろう!」

 私は腕まくりをした。


 今日の食事当番はセインさんとレオンさんだ。

 二人には朝食の支度に回ってもらって、私と見回り当番の三人は、外の水道の側にある作業台で魚を捌きまくった。

 大きい魚がほとんどだけど、小魚もけっこうあるな…

「ねえ、この小魚はいつもどうやって食べてたの?」

「ああ…たしか焼いてたな」

 魚の内臓を取りながらクルトさんが言う。

 だよねー、凝った料理はしてないって言ってたもんね。

「こんなにいっぱいあるなら、少し小魚もらってもいいかな?」と三人に聞いてみる。

「いいよ、ゴローのメシにするの?」

 ニールさんが魚を捌きながら答えた。

 ゴローの見上げてくる顔がなんだかうれしそうだ。

「それもあるけど、ちょっと試してみたいものがあって。三人とも、出汁って知ってる?」

「ダシ?」

 やはり三人とも知らないようだった。

「この小魚を焼いて、カラカラになるまで干したら粉にするの。そしたら出汁になると思うんだよね」

「よくわからんけど、いいんじゃないかな」

 エディさんが代表して答えてくれたから、良しとしよう。

「メイさん、卵はどうする?」

 クルトさんが魚卵を見せながら聞いてきた。

「食べられるんだよね?いつもはどうしてたの」

「こっちは焼いてた。こっちは捨ててた」

 見てみると魚卵もいろんな種類がある。捨ててた方を見ると、あれ?これ、マスの卵じゃないかな?

 イクラに出来そう。

「捨ててた方の卵はもらっていい?

 塩漬けにしたらおいしいと思うんだ」

「ああ、じゃあこれは取り分けておくよ。

 メイさんが言うならうまいものになりそうだ」

 よし、塩いくらも作れる!

 それからしばらく、全員で黙々と魚を捌き、やっと終わった頃には昼が近くなっていた。


 昼食後、まずは小魚を低温でじっくり焼いた。

「あー、いい匂いする。これ、食っていいの?」

 セインさんが手を伸ばそうとするのを「ダメ!」と止める。

「これはこれから干すの!」

 ゴローも匂いが気になるのか、食堂の窓際から厨房を見ている。

「なんだ、食えないのかー」

 がっかりするセインさんを見てレオンさんが笑っている。

 外の風通しがいいところに焼いた小魚を干して、次は塩いくら作りだ。

 ぬるま湯の中でていねいに魚卵をほぐす。

 ほぐした魚卵は水気を切って塩を混ぜた。

 それを瓶に入れて氷の魔石の部屋に置く。

「うん、これで魚はOKかな」

 やっと落ち着いたので、砦コーヒーでも淹れて一息つこうかと思った時、また勝手口が開いた。

「メイさん、イノシシの魔獣取ってきたから!」

 今度は今日の山の当番のトマスさんが呼んでいる。

 朝は川魚、昼はイノシシ魔獣、今日は大漁すぎない⁈


「うわぁ、ホントにイノシシだ」

 外に出てみると騎士たちが解体作業中だった。

 私は解体なんてできないからありがたい。

 でもあまり解体作業は見たくないので、なるべく見ないようにした。

 ゴローは気になるみたいで側に行きたがったけど、邪魔になるといけないので私の側にいさせる。

「普通のイノシシなら肉を熟成させなきゃいけないけど、魔獣はその日に食えるんだよ」 

 ギランさんが教えてくれた。

「じゃあ、今日の晩ご飯に使えるね。

 ところで魔獣と普通の獣はどう違うの?」

「魔獣は魔力を帯びてるから、額に魔石があるんだ。中には魔法をつかう個体もいるな」

「え?魔法あるの?」

 あれ?たんぽぽの時に団長さんが魔法ないって言ってたよね?

「あるぞ?知らなかったのか?」

 ギランさんがちょっと呆れたように言う。

『そんな便利な魔法はないな』

 団長さんの言葉を思い返す。

 あれ、魔法がないって意味じゃなかったのか。

 さらにギランさんに教えてもらおうかと思ったけど、勝手口からセインさんが呼んでいたので厨房に戻った。


「今日の晩飯、どうする?」

「魚だけじゃなくて魔獣まで来ちまったからなぁ」

 食事係のセインさん、レオンさんと相談する。

 魚の一部は今日の昼食にバターソテーにして出した。

 それでもまだたくさんある。

 下処理して氷の魔石の部屋に入れたり、干したりしたので、無理に魚を夕食にする必要はない。

 だとすると、魔獣か。

「魔獣のお肉はいつもどうやって食べてたの?」

「焼いてた」

 やっぱりー、ですよねー。

「解体終わったぞー」

 その時、外で作業していたハンスさんとオルンさんが肉を持ってきてくれた。

 肉の部位を確認してみる

「立派なお肉だねえ!

 こっちは塩漬けにしてベーコンかな?こっちは明日からの煮込みとかに使えばいいよね」

 これだけお肉があるとワクワクするなぁ。

「今日は食えないのか?」

 ハンスさんがちょっと残念そうに聞いてくる。

「もちろん食べるよ!こんなにあるし!…そうだな。このロースっぽいところはトンカツにしようかな」

「トンカツ?」

「揚げるの」

「え!揚げるんですか!やったぁ」セインさんとオルンさんが喜んでいる。

 揚げ物、実は作るの楽だからいいんだけどね。

 今日は十五人分の食事を作る予定だ。

 大きいお肉だから、一人二枚あればいいかな。

 また油負けするのは嫌だから、セインさんとレオンさんに揚げてもらおう。

 肉の筋切り、下味付け、衣付けを二人に教えながらやる。

「では、揚げ方を教えます」

 というと、二人がゴクリと生唾を飲んだ。

「やることは簡単。

 油の温度が上がったら、この衣のカケラを油に入れる。

 こんな風にちょっと沈んで浮き上がったらトンカツを入れる。

 で、しばらくは触らないこと!衣がハゲちゃうからね」

 説明しながら一枚トンカツを油に入れる。

 二人は真剣に鍋の中を見ている。

「で、端っこが色付いてきたら、網でひっくり返す」

 その時、パチっと油が跳ねた。

「あっちー!」セインさんが手を押さえている。

「大丈夫?油が跳ねたんだ。水で手を冷やしてね」

「揚げ物、怖えなぁ…」

 レオンさんまでたじろいでいる。

「大丈夫大丈夫、たまたまだから」

「なんだか騒いでたが、どうしたんだ?」

 勝手口の方から今度は団長さんが現れた。

「いま、お二人に揚げ物を教えてるんです」

「団長、油が攻撃してきました」

 セインさんが手を見せて訴えている。

 しかし今はトンカツを揚げている最中だ。

 構っている余裕はない。

「で、とんかつの周りの泡がこのくらい細かくなったら揚げ終わり。

 ね、簡単でしょう?」

「お、おう…」セインさんとレオンさんのテンションが下がっている

 これはまずい、二人を盛り上げなくては!

 私はワザと明るく言う。

「はい!これでおしまい。こんな感じで揚げていってみてね!」

 二人は教えたとおりにトンカツを鍋に入れていく。

 おっかなびっくり、と言う言葉はこの時のためにあるのかもしれない。

 たまに油が跳ねて、「いてっ」「あちっ」と聞こえて来る。

 最後の一枚になった時に、団長さんがやってみたいと言い出した。

「団長さん、揚げ物の経験は?」

「役職がつく前は食事当番もしていたぞ。何回か揚げ物もしたことはある」

 そういって最後のトンカツを揚げ始める。

 パチッ

「…このぐらいなら耐えられるな。

 セイン、レオン、要は慣れだ。

 これからはメイではなくて、食事当番が揚げるようにしよう」

 そう言って、とてもきれいなきつね色のトンカツを揚げ終わった。

 団長さん、いろんなことが出来るんだなぁ。


 騎士達に夕食を出したら、案の定大騒ぎだった。

「うめー!このトンカツっての、うめぇ!」

「今日の魔獣がこんなにうまくなるのか!」

「焼いて食うより、こっちのがいい!」

「昼は魚で夜はトンカツ、今日は最高だな」

「くぅー、今夜当番じゃなかったら酒飲みたいっす!」

「ソースかけたら、さらにトンカツがうまい!」

「俺達が苦労して揚げたんだから、もっと味わって食え!」

 セインさんとレオンさんが揚げ物の苦労を語っているが、誰も聞いちゃいない。

 そんな中、団長さんは無言で食べていた。

「どうですか?トンカツは?」

「…うまい」

 どうやら今回も味わうことに集中していたらしい。

 団長さんの足元にいたゴローがくぅん、と声を出す。

「はいはい、ゴローのご飯もあげるからおいで」

「メイは一緒に食べないのか? アブラマケか?」

 団長さんが気にしてくれている。

 コロッケの時の油負けを覚えててくれたようだ。

「ゴローにご飯をあげたら食べますね。

 今日はセインさん達が揚げ物してくれたんで油負けしなかったんですよ」

 ゴローのご飯を取りに厨房へいく。

 今日はゴローのご飯にも川魚と魔獣肉を入れた。

 いつもより喜んで食べている。

 食べ終わったのを見届けて自分の夕食を待ち、団長さんの向かいに座った。

「団長さんが揚げてくれたトンカツは私がいただきますね」

 大きさが少し小さくて、私にちょうどよさそうだったのだ。

「ああ、食べてみてくれ」

「いただきます」

 サクリ。揚げ具合も完璧だ。

 中の肉もおいしい!普通の豚より柔らかくて味が濃い!

「魔獣っておいしいんですね!この揚げ方も最高です」

 そう言うと、団長さんはうれしそうな顔をした。

「自分が作ったものをうまそうに食べてもらえるのはうれしいものだな」

「はい、私も人に作ってもらうご飯は最高です」

「そうか、これからは揚げ物は食事当番が揚げることにしよう」

 そこだけはみんな聞こえていたようで、話し声がピタリと止んだ。

「何事にも動じない精神になる訓練だな」

 団長さんはニヤリと笑って、またトンカツを口に入れた。


 翌朝、塩いくらは無事に完成した。

 私は白米にいくらをのせて食べる。おいしい。

 私がよほど幸せな顔をして食べていたらしく、

「魚卵の塩漬け⁈」と最初は抵抗感があった騎士達も、恐る恐るいくらに手を伸ばした。

「うまい!米にのせると最高!」

「今まで捨ててたの、損してたな」

「俺はちょっと無理かも」

 人によっては受け付けないみたいだけど、それは仕方ないよね。

 日本人だっていくらダメな人はいるんだし。

 最後はいくら好きの間で、危うく奪い合いになるところだった。

 それからも大漁の日はしばらく続き、騎士達はほぼ全員が揚げ物をマスターしたのだった。

 使いまわしたとはいえ、油の使用量が増えたから、来月はバルドさんのチェックが入りそうだ。

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