14.待ち構える女
私は自室のテーブルに紙を広げ、今日の事を思い返していた。
バルドさんへ渡すための覚書を書いている。
書くといっても、まだこの世界の文字で書くのは難しい。毎日練習をして、単語ならだいぶ書けるようにはなったけど、まだ日本語で書いた方が早いのだ。
提出する時にこの覚書を見ながら説明して、この世界の文字に書き直してもらえばいい。
「えーっと、ソースの材料はっと」
ソースとケチャップはできた。
しかし、日本にいた頃のように日常的に使える量ではない。
昨日のコロッケでもソースの量は制限したし、ケチャップもまだ温存している。
本当はオムライスが食べたいけど、砦の人数を賄いきれるほどの量ではないのだ。
「あー、どっかで大量に作ってくれたらいいのにー」
側で寝そべるゴローを撫でる。
「ん?まてよ?」
バルドさんの言葉が蘇る。
『王都でも作れるか試す』
そうだよ、自分で作らなくてもいいんじゃん!
バルドさんが来るのは来週だ。
ニヤリ、自分でも悪い顔になったのがわかった。
次の週、補給部隊がいつものようにやってきた。
覚書も書いてある。試作品もバッチリだ。
バルドさん、早く来ないかなー!
ふふふ、とほくそ笑んでいると、後ろで副団長のオスカーさんが苦笑し、今日の食事当番のハンスさん、ギランさん、ハマスさんが「今日のメイさん、なんか怖くね?」とコソコソ話していた。
聞こえてるからー!
「おう!揃ってるな!」
バルドさんと補給部隊の人たちが貯蔵庫にやってきた。
まずは帳簿と在庫のチェック、その次に届いた物資を騎士さん達も手伝いながら搬入するのだ。
ドヤドヤと物資が運び込まれる。
搬入の指示を出していたバルドさんが振り返って私を見た。
「なんだ嬢ちゃん、ニヤニヤして」
「お待ちしておりましたバルドさん!」
「な、なんだ?今日気合い入ってるな」
珍しくバルドさんがたじろいでいる。
「いえいえ、そんなことないですよー。うふふー」
「…なんか怖いんだが」
まったくみんな失礼である。
食堂の隅ではゴローが寝ている。
もうバルドさん達に慣れたので、食堂で話していても気にならないみたいだ。
「さあバルドさん、どうぞおかけください!」
私はニコニコ顔で話しているのに、バルドさんはなんだか警戒している。
「まずは砦コーヒーをどうぞ」
「お、おう、ありがとな」
ちなみに砦コーヒーは、もうバルドさんに覚書を提出ずみだ。
先月、なにげなく砦コーヒーを出したら
「…作り方は書いてあるんだろうな?」と言われて、慌てて覚書を書いてもらったのだ。
たんぽぽの根っこなんて自生してるからいいかなーと思ったのに、作り方を報告したかったようだ。
「今日は二点、新しいもののご報告があります」
「二点…今度は何を作った?」
「調味料です。ソースとケチャップ。
今、試食をお出ししますね」
私は厨房に向い、用意しておいたコロッケとソース入りの小皿を持ってくる。
「まずはこちら、ソースです。
このコロッケにつけてお召し上がりください」
「お、おう」
バルドさんがフォークでコロッケを一口サイズに切る。
そして断面をまじまじと見てから、ソースをつけずに食べた。
二口目は無言でソースをつけて食べている。
食べているところをずっと見ているのも気まずいので、私は厨房に二品目を取りに行った。
「こちら、オムライスでございます。
中のお米はチキンライス、卵の上にかかっている赤いものがケチャップでございます」
「こりゃまた派手な料理だな」
「どうぞお召し上がりください」
ニコニコニコと笑顔で勧める。
バルドさんはまず、オムライスの端っこの、ケチャップがかかっていないところから食べた。
「ふむ…」
おいしいでしょ?気になるでしよ?
このオムライスを試作している時、騎士さん達が食べたがって大変だった。
補給部隊が来る日とわかっているから、「バルドさん用かぁ。ちぇっ!」とすぐに諦めてくれたけど。
「どちらもうまいな。コロッケはサクサクしてる
オムライスは大人より子供が喜びそうだ」
あれ?なんか反応がいつもと違うかも?
「もしかして、王都にはソースとケチャップあったりしますか?」
期待を込めて聞いてみたのに、返事は
「いや、ないな」
だった。
バルドさんがため息をついて言う。
「嬢ちゃん、まず言っておくが…」
はいはい、なんでしょう?固唾を飲んで続きを待つ。
「二つじゃないだろう!四つだ!」
えーっ!そこ⁈
「コロッケ、ソース、オムライス、ケチャップ、どれも俺は知らん。
作り方なんぞ予想もできんが、どれも手間がかかってるのはわかる。しかもうまいと来てる。
嬢ちゃん、俺に何をさせたいんだ?」
今度はバルドさんがニヤニヤしだした。
ええい!ままよ!
「ソースとケチャップをどこかで大量生産していただきたいです!ついでにできたらマヨネーズもお願いします!」
「はぁー?」
バルドさんが目を大きく見開いた。
「ケチャップでこんなものができるのか」
あの後、団長さんがやってきた。
団長さんはコロッケは夕食で食べたが、オムライスは初見だ。
どうやら、私とバルドさんのやりとりも途中から聞いていたらしい。
「…ケチャップはソーセージにつけて食べてもおいしいです…」
張り切っていた反動で、なんとなくバツが悪くなってきた。
するとバルドさんが髭を撫でながら、すこし何か考えて言う。
「大量生産はできるかわからんが、工房を紹介することはできる。
とりあえず今回は覚書を持ち帰って、上に聞いてみよう」
と言ってくれた。
「ほんとですか⁈」
「ああ、行軍食にならなくとも、こいつらは新しい食文化を広げるものにはなるだろう。
…まてよ?工房の前に王宮の調理場に持ち込んでみるか」
「その前に、セドリック管理官にも相談した方がいいんじゃないか?」
団長さんも何か考えている。
「そうだな、上に報告するより先に来訪者管理部門に問い合わせてみるか」
「そうだな、俺からも一筆書こう」
あれ?なんか雲行きが怪しくなってきた…?
「あ、あのっ!ソースもケチャップもそんなに大層なものじゃないんです!
作るのがちょっと大変なだけなんです!
ダメならいいんです!」
バルドさんと団長さんが必死な私を見る。
「安心しろ、とりあえず覚書を持ち帰って相談するだけだ。
まずは覚書を見せてみろ…っと、そうか字がまだ書けないのか。
あいかわらず嬢ちゃんの国の文字は模様みたいだな」
「じゃあ俺が今書こう。メイ、説明してくれるか?」
団長さんが助け船を出してくれた。
まずは材料の説明から。
その後は作り方を説明する。
「聞いてみりゃ、ありふれた材料で出来るもんなんだな。まぁ、この砦で作れるんだから、専門の工房なら確実に作れるな」
バルドさんは一体何が入ってると思っていたのだろう?
団長さんも
「こんなに手間がかかってたのか… それはあの二人もぐったりするはずだ」
と変なところに感心している。
「お手数をおかけしますが、よろしくお願いします…」
私はなんだか思いもよらない方向に行った話に疲れてしまった。
こんなに疲れたんだから、大量生産が叶うといいな…
翌日、バルドさんはソースとケチャップの見本と、補給部隊の皆さんが、道中で食べる用のコロッケパンを持って帰って行った。
四日後、私は団長室に呼ばれた。
団長さんが何枚かの紙を机に広げている。
「ソースとケチャップについて、王都から返事が来ている。読むから聞いてほしいんだが」
「はい、お願いします」
「じゃあ読むぞ。
これは来訪者管理部門からだ。
『ソース及びケチャップの大量生産は専門工房にて可能です。
ただし、来訪者メイ・ヤマシタ殿のレシピを使用するにあたり、ご本人の了承が必要です。
ご本人の了承が得られましたら、知識提供者としての権利を保護する手続きを取ります。
また、製造にあたっては売上の一割を知識使用料として知識提供者に支払います。
その点、ご本人の意向を返答願います』
あと、これは工房で試作したソースとケチャップだそうだ。
メイに判断の参考にしてくれと書いてあるな」
一升瓶くらいの大きさの瓶にそれぞれ三本ずつのソースとケチャップが届いていた。
やった!これでオムライス作れる!
「まずはソースとケチャップの味見をしてからのお返事、でいいですか?」
「ああ、もちろんだ。それて、了承した場合の使用料についてはどうする?」
使用料、そんなものが発生するのか。
「私の発明じゃないんで気が引けるんですが…」
「受け取っておけばいい。メイの発明じゃなくても、知識をもたらした事には変わらないだろう?
それに今後、別の来訪者が知識提供をした時にも前例として考慮されるだろう」
そうか、私がいらないと言えば他の人が貰いにくくなることもあるのか。
「わかりました。ありがたくいただくことにします。そうですねぇ…、手元にあっても使わないので、国に預けたいです」
「わかった、その方向で考えておこう」
「お願いします!じゃあ、今夜はさっそくケチャップ使いますね!」
「ああ、楽しみにしておく」
団長さんが微笑んで言った。
よかった!これでしばらくソースとケチャップには不自由しなそうだ。
私は今夜のメニューを考えながら厨房に向かった。
やっぱりオムライスかな!
今日の食事当番、エルンさんとポールさんと一緒に味見をした。
「うん、ソースもケチャップもおいしい!」
「うんうん!これなら毎食でも食べたい」
私が作ったよりも美味しいソースとケチャップになっている。
これなら喜んで承諾できる。
「ねー、メイさん、僕たちもオムライスってやつ食べたいんだけど」
「こないだバルド補給官が食べてたやつか!あれうまそうだったよな!」
よしよし、二人とも食いついた。
「じゃあ、夕食はオムライスにしようか。あとはスープとサラダと、ハムとチーズでいいかな?」
「いいと思う!」
「じゃあ、玉ねぎのみじん切りからがんばろう!」
二人の瞳から光が消えた。
夕食時の食堂はいつもよりざわめいていた。
「すげー、これがオムライスか」
「色が鮮やかでいいな」
「うまい!中の米にも味がついてる」
「肉も野菜も入ってる!うまい」
やはり、オムライスは騎士達にウケた。
ポールさんとエルンさんが、味わって食べろと言っている。
チキンライスを卵で包むの、大変だったもんね。
「団長!どうですかオムライス?」
私の横で食事していた団長さんのそばに、エルンさんがやってくる。
「…ああ、うまいな」
ポールさんもやってきて、オムライス作りの苦労をやや大袈裟に語った。
うんうん、と律儀に聞いている団長さんの手元には食べかけのオムライス。
強面な顔に大きな体の団長が食べているのがかわいくて、ついニマニマしてしまう。
「どうしたんだ、メイはニヤニヤして?」
団長さんに気づかれそうになったけど、
「オムライス、おいしいですね!」と言ったら、それ以上追求されなかった。
「ねー、ゴロー、オムライスおいしいよね」
足元のゴローがわふっと笑った。
「そうだ!団長さん、ソースとケチャップの件、承諾でお願いします」
「ああ、わかった。返事をしておこう」
団長さんがもぐもぐと食べながら言う。
やっぱりかわいい。
これで、ソースとケチャップの大量生産が叶うといいなぁ。
ソースとケチャップはまず王宮で導入され、三ヶ月後には王都で発売された。
その後も評判は地方へと広がり、やがて王国中で親しまれるようになる。
メイの元には追加でソースとケチャップが届き、砦の騎士達を喜ばせたのだった。




