8 婚約者
サキから返事がきた。
内容は『よっ!久しぶりぃ。元気になったか?』とそんな感じだった。
私に元気がないことはバレていたようだった。
だからか…
最近連絡が少なかったのは。
てっきり私がそっけなくしてしまったからだと思ってた。
それから続けてこうメッセージがきた。
『すぐにでも彩葉に会いたいけど、今忙しさがエグくてーー!!』
サキの仕事はサービス業だ。年末年始なんかは最も稼ぎ時だから、きっとそう言ったんだろう。
私は現状を簡単に伝えた。するとすぐに電話がかかってきた。私がその電話にでると、挨拶もせずにサキは畳みかけてきた。
『ちょっとあんたっ。あの電車に乗ってたの?それになに?婚約者?私そんなの聞いてないんだけどっ。あぁーじゃなかった。記憶喪失ってあんた大丈夫なの?怪我は?ってかなんでそんな大事なこと今まで言わなかったのっ?』
早口に捲し立てられ、私は何から答えればいいか迷っていた。
私が「あ、えっと」とか「怪我はない」とか簡単に答えていると、サキは『もーっ。あんたは本当に何も話さないんだからっ』と、怒っていた。
「ごめんごめん。私も混乱してたからさ」
『にしてもだよー。私寂しいじゃん』
「ごめんて。だからそれを反省して、今話してます」
『違うでしょー?困ってるからでしょー?』
確かにそうだ。
本当私って、ずるい奴だな。
『別に責めてないからね?彩葉がこんなに自分のことを話してくれるのって初めてだから嬉しいよ?にしてもなんだよー。情報量多すぎ』
サキは笑いながらそう言ってくれた。
「あははっ。本当ごめんね?私もね、今回こうなって後悔してたの。なんでもっとサキとかタツヤに話しておかなかったんだろうって」
『ホントだよもう』
そんな感じで、本題を深く掘り下げる前に、インターホンが鳴った。確認すると、りっちゃんだった。
私はサキにそのことを伝え、電話を切った。
サキは“正月明けに会おう”と行ってくれた。
「お疲れ様。今日で仕事納めだよね?」
「うん。明日からお休み。それに明日は子猫にやっと会えるー」
「そうだね。楽しみだなぁ」
「ね」
明日はいよいよ子猫に会いに行く日だ。
ずっとこの日を楽しみにしていた。
この日、私は胸を躍らせながら眠りについた。
いつもよりスッキリと目が覚めた。
私たちは支度を済ませると、早速車に乗り込んだ。
「彩葉と相性のいい子がいるといいな」
りっちゃんは運転をしながらそう言った。その表情はニコニコとしていた。
「いやいや、りっちゃんと相性がいい子の方が…」
「なんで?家にいる時間が多い、彩葉の方がいいでしょ?」
確かに…
でも…
「また自分が出ていく前提で考えてるの?」
信号待ちで車が止まると、少し拗ねた顔のりっちゃんが私の目を見てそう聞いてきた。
「…万が一ってことがあるから…」
「ははっ。万が一か…彩葉知ってる?“万が一”って言葉の意味」
「知ってるけど…」
「その言葉、わかってて今言ったの?」
え…?
万が一は万が一でしょ…
「万が一っていうのは、非常に確率が低いことを言うんだよ?」
非常に確率が低いこと…
「その言い方だと、彩葉は俺と一緒にいることを受け入れているように聞こえちゃうよ?」
りっちゃんと一緒にいることを…
「俺は嬉しいけどね」
そっか…そうだよね。
安易なこと言っちゃったな。
私の表情で察したのか、りっちゃんは私の右手を握りこう言ってきた。
「ごめん。いじわる言っちゃったね。彩葉は俺に気を使ってそう言ってくれたんだよね?でもね、俺は彩葉と相性のいいにゃんこを迎えたい」
「…なんで?」
「2人が仲良くしてるのを見たい」
「…なんで?」
「そんなの尊いからに決まってるでしょ?」
りっちゃんはそう言うと、無邪気に笑った。
あ…
りっちゃん…こんなふうにも笑うんだ…
その表情は、初めて見るものだった。
りっちゃんの同僚の、ヤマダさんの実家に着いた。
「「おじゃまします」」
私たちは声を揃えてそう言うと、ヤマダさんは家に上げてくれた。
「おっ。この子が彼女ちゃん?」
ヤマダさんがりっちゃんにそう声をかけてきた。
りっちゃんは私のことをヤマダさんに紹介していた。
…彼女ってことになってるのか…
いや、違うか。
もともと私たちは婚約してるんだから、それが普通だよね。
挨拶が済むと、早速子猫を見せてもらった。
「わぁ…かわいい…」
思わず声を漏らしてしまうほど、子猫たちは可愛かった。
私はしゃがんで子猫たちのことを見ていた。
すると、1匹の子猫が私の膝の上に座り、そのうちに眠り始めた。
「りっちゃんっ…」
私は思わずりっちゃんを見た。
りっちゃんは優しく微笑んでいた。
「その子がいいの?」
「…りっちゃんはどう思う?」
「彩葉がいいと思ったなら、その子でいいと思うよ?」
なんでそんなに優しいの…?
「でもりっちゃん…りっちゃんの足元の子…りっちゃんにスリスリしてるよ?」
私がそう言うと、りっちゃんはしゃがんでその子のことを抱き上げだ。
「なんだ?お前は俺が好きなのか?」
「みゃ〜」
抱き上げられたその子は、返事をするかのように鳴いていた。
「…じゃあ俺はこの子にする」
…じゃあ俺は…?
それってどういう…
「彩葉はその子にしなよ。彩葉によく懐いてる」
「え…?」
「俺はこの子にする。彩葉はその子。それでいいでしょ?」
「いやいやいや。りっちゃんに懐いてる子だけでいいよ」
「なんで?この子たちきょうだいだし、別に2匹同時に引き取っても良くない?」
それは…そうなんだけど…
「ちょっと彩葉が忙しくなっちゃうけどね」
「それは別に…」
「2匹だと彩葉の負担になる?」
負担とかじゃなくて…
…あれ…?
やっぱりおかしいよね?この状況…
確かに私は違和感を覚えているのに、ずるずるとこの生活に溺れていっているような感覚だった。
「やっぱり、その子だけにしよう?」
「でも彩葉の膝の上に乗ってる子、すごく安心した顔をしてるよ?」
りっちゃんからそう言われ、私は視線を落とし、その子を見た。
本当に安心し切って眠っていた…。
「ね?この子たちもきっと喜ぶと思うよ?きょうだいが一緒だと」
そう言われちゃうと、何も言えないじゃんか。
りっちゃんはヤマダさんに、2匹を引き取る旨を伝えていた。
「いやぁ、ホントに助かったよ」
「俺もずっとにゃんこを迎えたかったからさ」
「タイミングが合ってマジでよかったわー」
「だな。俺もそう思うよ。彩葉のおかげだ」
りっちゃんとヤマダさんはそんな会話をしていた。
「婚約したって聞いた時は、ガチで驚いたわ。いいなぁ結婚」
「ははっ。羨ましいだろ。しかもこんな可愛い子と」
「いーいーっ。惚気んなっ」
「惚気させろよ」
これからどうなるかもわからないのに、りっちゃんはまるでそんなことを気にしていないようにしていた。
というか、りっちゃん…婚約のこと、もう職場の人に公表してたんだ…。
それもそうだよね。
これで私があの家を出ることにしたら、りっちゃんは“婚約破棄”ってことになるんだよね…。
そう思うと、なんだか心苦しかった。
それと同時に、また胸の奥にプレッシャーが広がっていくのを感じた。
それにしても、こんなふうに話すりっちゃんを、初めて見たな。
りっちゃんはヤマダさんに対して、とても気さくだった。私と話す感じとはまた少し違った。私と話す時はもっと、優しくて柔らかい感じが多い。
「はいはい。ご馳走様」
ヤマダさんは少し呆れたようにそう言った。
帰りの車の中で、私はりっちゃんに疑問をぶつけた。
「いきなり2匹も大丈夫?」
「最初の頃、彩葉は少し大変になっちゃうかもしれないけど、俺もちゃんとお世話するから。それに朝は俺がご飯用意するし、にゃんこたちも2匹の方が安心するかなって」
猫にまで優しいんだな…
「名前どうする?」
りっちゃんがそう聞いてきた。
「何がいいかな?」
「彩葉が決めて?俺そういうの苦手だからさ」
私が…
「2人で決めよ?」
「んー…俺本当にセンスがないんだよね。ぽん太とかポチくらいしか思い浮かばない」
「ははっ。犬みたい」
「でしょ?だから彩葉が決めて?」
そうだな…どうしよう…
「んー…きなこ…と、杏…?」
「おっ、かわいいじゃん。きなこは彩葉に懐いてた方?」
「そう。きなこ色だったから」
「ははっ。確かに。杏は?なんで杏?あの子が“きなこ”なら、白い子は“おもち”とかのがいいんじゃない?」
「うん。それでもいいよ?」
「なんで“杏”なの?」
「白い子は女の子だから“杏仁豆腐”からとって“杏”って思ったんだけど…」
「はははっ。そっか。うん。そっちのがいい。杏にしよう。あの子は美人さんだったから杏のがしっくりくるね」
あー…なんだろ…この空気感…
すごく心地いい…




