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60 信じて


 ある夜…私は寝ているりっちゃんのスマホを手に取るとトイレへ向かった。


 パスコードを入力し、スマホの中を確認する。


 私は自分のスマホの中にある写真と、りっちゃんのスマホの画面を見比べていた。その写真は以前、りっちゃんのスマホのホーム画面を撮影したものだ。


 そうやって見比べていると、私がGPSを仕込まれた時のように、複数のアプリがまとめられている最後のページに、見慣れないアプリが追加されていた。


 何これ…


 私はそれを写真に撮ると、余計な部分を切り取り画像検索をした。


 …監視カメラ…?


 一体どこに…


 私は気になり、そのアプリを立ち上げた。


 ……仕事部屋だ……


 ってことは…りっちゃんは私がアルバムを見つけたことを知ってる…?

 私が部屋を漁っていたことを知ってる?


 そのアプリをスワイプして消すと、そっと寝室に戻り、スマホを元の場所に戻すとベッドへ入った。


 …いつからカメラが仕込まれていたのかわからないけど、おそらくりっちゃんは私のあの部屋での行動を把握してるはずだ。


 映像はそれしかなかったから、たぶんカメラを仕込んでるのは仕事部屋のみ。


 私が仕事部屋を漁っているのを知ってから、りっちゃんはよく考え込むようになった?


 もし私がアルバムを抱きしめるところを見られていたとして、りっちゃんはそれをどう思った?


 普通…あんなのを見つければ、怖がるよね?気持ち悪がるよね?


 なのに私はあの時アルバムを抱きしめた。


 あのアルバムを愛おしく思った。


 こんなにもりっちゃんが私のことを好きだという“証拠”。りっちゃんが私をストーカーしていたという“証拠”。


 ……それをすごく愛おしく思ったんだ。


 だから抱きしめた。


 そんな私の姿は、りっちゃんの目にはどう映った?


 きっと“なんで?”って思ったよね?


 それからどう思った?


 怪しんだ…?


 私のそんな行動の理由を探してる?


 心臓がバクバクとする。


 りっちゃん側からしたら、まず何が理由として候補に上がる?


 だめだ…眠くなってきた…


 今日はもう寝て…また明日考え…──




「彩葉」


 その声で目が覚めた。


「もう俺行ってくるから」

「…ごめん…寝坊…」

「いいよ。そのまま寝てな」


 私は急いで起き上がった。


「お見送りする」

「別にいいのに」


 りっちゃんは柔らかく微笑んでいた。


「すぐ行かないとだめ?」

「あと10分くらいは大丈夫だよ」

「じゃあちょっと座って待ってて」


 私はすぐに顔を洗い、歯磨きを済ませると、ダイニングのイスに座っていた、りっちゃんの上に、向かい合って座り抱きしめた。


「朝からどうしたの?こんなに甘えちゃって」


 私はりっちゃんのそんな言葉を無視して抱きしめ続けた。


「彩葉?なにかあった?」


 そんなりっちゃんも、私のことを抱きしめ返してくれた。


「早く帰ってきてね」

「いつもそうしてるよ」

「うん」


 りっちゃんが何を考えているのか知りたい。


「行かないと」

「もうちょっと」

「もう……朝からこんな可愛いことされたら、俺、仕事に行きたくなくなっちゃうじゃん」


 こういう女の子が好きなんでしょ?


 りっちゃんの声は優しく、それでいて嬉しそうだった。


「行かないで?」


 少し体を離し、私はりっちゃんの顔を見た。


 やっぱり優しく微笑んでいる。


「どうしたの?甘えん坊の彩葉ちゃん」

「寂しい」

「俺もだよ」

「うん。朝からごめんね?」

「ううん。いいよ。帰ったらたくさん愛してあげる」

「うん」


 玄関でりっちゃんを見送ると私は朝食をとった。


 りっちゃんはあのアルバムを抱きしめる私を見て、どう思った?


 今日もいつものように優しかった。


 ただ彼は演技が上手い。


 でも私とは別れないと言っている。


 それからあの柔らかい空気感…


 “あんなのを見つけたのに、彩葉は変わらず俺を愛してくれてる”……


 そう思った…?


 それならなんであんなに考え込むんだろう。りっちゃんならただただ、喜びそうなのに。


 待てよ…


 そんな素直に喜べる状況じゃないよな。


 “彩葉はなんであんなものを見つけたのに、普通にしてるんだ?それに…なんで喜んで…?”


 そう思う方が自然かもしれない。


 だからあんなに考え込んでいたのか?


 それとも……


 私が最も恐れていることが起きているか…


 私の記憶が戻ったことは、りっちゃんの立場からしたらわからないはずだ。だけどなんらかの方法でバレたか?

 

 例えば……私の態度だったり、失言だったり…

 

 りっちゃんの観察眼は鋭い。頭の回転も早い。そんなことがないとも限らない。


 そう仮定して考えると──


 “やばい。見られた。これで彩葉の中で、つきまといの犯人が俺だと繋がったはずだ。どうしよう”


 こんな感じで焦った?


 それから…


 “なんで何も言ってこない?なんでこんなに普通なんだ?”


 そう思った?


 そう考えると、りっちゃんが考え込むことも納得できる。


 私は食器を洗いながら、そう推理した。


 それから洗濯機を回し、掃除機をかけ始めた。


 もし私を疑っているなら、もっと警戒していてもいいはずだ。なのに最近のりっちゃんは、とても穏やかだった。


 あー…


 それであれに繋がるのか?


 “幸せすぎて怖い”と言っていた、あの言葉。


 “それでも彩葉は俺を愛してくれてる”


 そう思った?


 りっちゃんからすれば、自分の正体を知りながら、一緒にいてくれる彩葉。

 

 この純愛で成り立って“いない“関係をもろく感じ、不安に思った?だから怖いの?


 とにかく私からすると、バレていることは問題だ。例えりっちゃんがなんかしらでそう思ったとしても、私の記憶が戻った証拠なんて何もないだろう。今は疑われている段階…?


 りっちゃんには、改めて私が記憶喪失だと思い込ませないと。


 記憶が戻っただなんてバレたら、りっちゃんが何をしてくるかだなんてわからない。


 私は仕事部屋へ行くと、本棚の1番下を漁った。


 よかった…まだそのままあった。


 私はそのアルバムを手に取ると、リビングへと持って行った。


 夜になり、りっちゃんが帰ってきた。その様子はいつも通りだった。カメラ映像を見てないのかな?それとも演技?


 それからリビングに来ると、ソファの目の前にある、テーブルの上にりっちゃんは視線を送った。そこにはアルバムが置いてある。


「それ…」


 先にアルバムのことに触れたのは、りっちゃんの方だった。


「あ…勝手にごめん…」


 私は申し訳なさそうにした。

 

 りっちゃんの表情は、訳がわからないという感じだった。それは“素”か、“演技”か。


「見つけちゃった?俺のヒミツ」


 りっちゃんは慌てる様子はなかった。


 もしかしたらすでに、私がそうしていることをカメラの動画で見ていたのかもしれない。


「本当はね、もっと前に見つけてたの」

「…ならなんで、その時に何も言わなかったの?」

「…隠すようにしてあったから…触れちゃいけないものなのかと思って」

「…だとしたら、なんで今はコレがテーブルの上にあるの?」

「ずっと気になってたの。だから聞いてみることにした」

「……」


 少し…動揺してる?


「何が聞きたいの?」


 私はキッチンからソファに移動し、そのアルバムを手に取ると開いて中を見た。


「これってさ、私たちの歴史だよね?前半のほとんどは私の後ろ姿だったり、電車に乗ってる私だったり…」


 私がそう話し始めると、りっちゃんも私の隣に座った。


「…そうだね」

「記憶はないけどさ、こうやって見てると、ちゃんと私たちは積み重ねてきたんだなって思えて嬉しかった」

「うん」


 私は帰宅中の、自分の後ろ姿の写真を指で指しながらこう言った。


「これなんか、たぶん仕事帰り。きっと私の家に、りっちゃんが泊まりに来るか、あそびに来た時の写真だよね?」

「うん。そうだよ」

「りっちゃんはこんな些細な日常も、思い出に残したかったんでしょ?普段もよく写真撮ってるもんね」


 私はアルバムの写真を愛おしそうに見た。


「うん。日々を大切にしたい」

「ふふっ。ありがとね。そのおかげでほら…この辺りから2人の写真が増えてきた。りっちゃんのおかげだよ。こうやって写真に残るのってすごくいいね」

「……それで?聞きたいことって?」

「ん?さっきもう聞いたよ?コレって“私たち”の歴史だよねって。そしたらりっちゃんは“そうだね”って言ってた」

「…あー」

「なんでこんな素敵なもの隠してたの?私、コレを見つけた時、すごく心が温かくなったんだ。嬉しかったの。ほら、私記憶がないからさ。でも、ちゃんと少しずつ積み上げてきたんだなって思ったら、こう…なんだか込み上げてきちゃって…」


 私はアルバムをそっと閉じ、あの日のようにそのアルバムを抱きしめた。


 これなら不自然じゃないよね…?


 きっと…大丈夫。


 すると突然りっちゃんが抱きしめてきた。


「一生…彩葉だけを大事にする」

「…記憶が戻らなくても?」

 

 ダメ押しでもう一度とそう言ってみた。とにかく信じて欲しかった。私は記憶なんて戻ってないと。


「…過去よりも、これからの方がもっと大事だよ」

「りっちゃん、私もりっちゃんのこと大事に思ってるよ。もちろんこれからもずっと」


 私がそう言うと、りっちゃんはさっきよりも強く私を抱きしめた。


 お願い…どうかこれで信じて?


 私のことを…このまま狂ったように愛し続けて…


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