57 どっち?
俺はまた考えていた。
おそらく記憶を取り戻した彩葉が、なぜあの時、“つきまとい”の話をしたのか…
俺の反応を見て、確信を得たかった…?
でもどうやって?
あの時の彩葉は、どんな言葉を待っていた?
──あ…
あれか?俺が一瞬だけ喉まで出かかった言葉…
“それはもう大丈夫だよ”
それを求めていたのか?
「おはよ」
「はよ」
「怖い顔しちゃってどったの?」
「今考え事してるから話しかけんな」
「優しくして?」
俺は出勤してきたヤマダを無視して、推理を続けた。
なぜ求めていた?その理由は?
俺は彩葉を安心させるために、最初にそう言おうとした。彩葉も、俺ならそう言うだろうと思った…?
だけど俺が表情を変え、知らないフリをしたから彩葉は焦ったのか?つきまといは俺以外に“別にいる”と思った…?
最初に彩葉がその話をした時は、淡々と話していた。不安そうにもしていなかった。
「ねぇ、律くん」
それは彩葉が俺をその犯人だと確信していたから…
そう仮定すると、あの時、彩葉が徐々に顔が青ざめていくのは自然なんじゃないか?
「律くん」
ってなると、俺の中でもやっぱり、彩葉の記憶が戻ったことがほぼ確定する。
でも……ならなんで、俺から逃げないんだ?
「りーっちゃん」
「それやめろ」
「やっと反応してくれたっ。僕ちん嬉しいっ」
「なんだよ。今忙しいんだよ」
「もうすぐ開店だよん。お前まだ、準備終わってないだろ」
…クソ…もうそんな時間か。
俺はすぐに準備に取り掛かった。
あれはから彩葉は、仕事部屋を探っていなかった。やっぱり、証拠を見つけたかったから…そしてそれはちゃんと見つかった。だから部屋を漁るのをやめたのか?
彩葉の中では、俺の正体が確定したのか?
なのに彩葉は──
「りっちゃんっ、りっちゃんっ。クリスマスのイルミネーション行こっ?もう飾られてるんだってっ」
こんな感じで甘えてくる。
今日は休みで、今は二人で床に座り、にゃんずと遊んでいた。
「いいよ。今日行く?」
「いいの?」
「いいよ」
彩葉は嬉しそうにしていた。
……俺の正体を知っても出て行かないのは…そんな俺でも受け入れている…?それとも何かやっぱり企んでいて、密かに進められている…?
わからない。
彩葉に記憶の話を聞いても“思い出してない”の一点張りだし…
あー…もうずっと同じことが頭ん中でぐるぐるとしていて答えが出ない。答えが出ないことを考えるのって、正直疲れる。
「何着て行こうかな?」
「この前買ったワンピースでいいんじゃない?」
「りっちゃんが選んでくれたやつ?」
「そう。あれよく似合ってたから」
俺がそう言うと、やっぱり彩葉は嬉しそうにしていた。
ちょっと…聞いてみようかな。
「彩葉はさ、俺と別れたいって思ったことある?」
「…なにそれ…なんでそんなこと聞くの?」
そうやって聞き返してくるってことは…あるのか?
「ちょっと聞いてみたくなって」
すると彩葉は拗ねた顔をした。
「りっちゃんはあるってこと?」
「え?なんでそうなるの?」
「りっちゃんがそう思ったことがあるから、聞いてきたんじゃないの?」
拗ねてる彩葉かわいっ。
「俺はないよ。一度もない」
「私だってないよ。りっちゃんとはずっと一緒にいたい。絶対に別れない」
…本当に…?
だとしたら…彩葉は全てをわかった上で、俺のことを愛してくれるのか…?
…だとしたら説明がつく?
普通だったら嫌悪感を抱くであろうあのアルバムを、嬉しそうに抱きしめるあの行動……
いやいや。俺にはやっぱりわからない。
あれは一体なんだったんだろう。
「…なんか言ってよ…」
「あ、ごめん。俺もそのつもりだよ」
「何考えてたの?なんか最近、りっちゃん考えごとばっかしてる」
「ごめん」
全ては順調だと思ってたのに、途中からそれが崩れてしまったから……
彩葉を見ると、まだ拗ねた顔をしていた。
俺はソファに座ると、彩葉の腕を引っ張り抱き寄せた。
「ごめんね?ちょっと今、仕事が忙しいから、頭の中がそればっかになってたかも」
「ホント?」
「うん。ホント」
彩葉は少し納得がいかないような顔をしていたが、なんとか機嫌は直してくれた。
夕方になり、準備ができた彩葉は俺に見せてきた。
「どう?かわいい?」
「かわいい。やっぱりそのワンピース、彩葉にぴったり」
彩葉は嬉しそうにその場でくるくると回った。
俺が求めていた理想の女性そのものに彩葉は近い。正確には“近づいた”と表現するべきなのだろうか。
顔、笑顔が可愛らしいところ、これは元々の彩葉だ。
少しずつ甘えてくれるようになったのも、自然な流れだった。
……それからあの日を境に彩葉は変わって…
俺が好きなタイプのやきもち焼きで、甘えん坊になった。
もしかして…俺の理想に近づこうとしてる…とか?
…まさかね。さすがに自分のいいように考えすぎだろ。答えが出なさすぎて、変な方向に思考がいってしまう。
彩葉は“ずっと一緒にいたい”だなんて言っていたけど、本当のところはわからない。
俺を油断させるためだけに、そう言った可能性だってある。
気を抜かないようにしないと……
俺は彩葉が記憶を取り戻し始めた時に“離婚届不受理申出”を既にしていた。だから気づいたら離婚されていた…──ってことにはならない。
車に乗り込むと、早速目的地へと向かった。
車の中では会話が弾んだ。彩葉はイルミネーションを楽しみにしている様子だった。
「そんなに楽しみなの?」
「楽しみだよ?りっちゃんと一緒なら、どこだって楽しいよ」
「…俺も」
信じたい…今の彩葉の言葉を。
そうしたら俺は楽になれるのに。
俺は彩葉の左手をチラリと見た。彩葉はバイトを辞めてから、結婚指輪を外すことなくずっと着けたままだ。
俺の言う通り、ネットスーパーも利用しているようだった。
目的地に到着すると、彩葉はすぐに俺の手を握ってきた。
彩葉からこうされるたびに、俺はときめくんだ。心臓がトクンと小さく跳ねるんだ。
「早く行こう?」
「うん。そうだね」
俺たちは歩きだした。
彩葉は花火とか、桜とか、この前のお風呂の照明とか好きだよな。キラキラしたもの、キレイなもの…そういうのがちゃんと心に響いてるんだよな。花火の時は涙ぐんでたし。
俺も共感したいたな。
そういう感性は育てられるのかな?
それとも生まれ持ったもの?
心を育てる…のは、今からでもできるのだろうか。
しばらく歩いていると、イルミネーションが見えてきた。今回来たのは並木道にイルミネーションが彩られている所だ。
「キレイだねっ、りっちゃんっ」
「そうだね」
彩葉は目を輝かせていた。
歩みを進めていると、彩葉が俺の手を引き道の端っこに連れてきた。
「どうしたの?」
「んとね…」
そう言いながらカバンの中に手を入れていた。
「はい。これ。いつもお仕事お疲れ様です」
「クリスマスプレゼント?」
「ううん。そんなんじゃない。普段のお礼。りっちゃんいつも仕事頑張ってるから」
…嬉しい…
「…ありがとう、開けてみていい?」
「うん」
薄い箱を開けてみると、手袋が入っていた。
「りっちゃん、この前帰ってきた時、手冷たかったから。あ、ちゃんと手袋のまま、スマホ操作できるやつだよ」
確かに急に気温がガクンと落ちて、寒かった日があった。その時は指先が冷たくて仕方がなかったんだ。それに気づいて彩葉は…
「嬉しい。明日から毎日使うね」
「よかったぁ。でも明日はあったかいみたいだよ?」
屈託のない笑顔で彩葉はそう言った。
彩葉…本当は俺のことに気がついてる?
その上でこうやってプレゼントを渡してくれているの…?
演技?本気?
何か企んでる?
俺から逃げようとしてる?
それとも…俺のことを本気で…
あー…わからない……
どうか…
この幸せがずっと続きますように…
本物でありますように……




