56 閃き
「なーに幸せそうな顔しちゃって」
出勤してきたヤマダにそう言われた。
「んー?幸せだからだよ」
「は?」
「ん?」
「なんかお前…キモい」
キモいとか…失礼だな。
「だってお前、俺にそんなふうに話したことなかったじゃん。いっつも冷たくてさ。なのに今“幸せだからだよ”って言ったんだぞ?」
「…悪かったな」
俺としたことが…
頭の中が彩葉いっぱいで、ついつい彩葉と会話をするように話してしまった。
「でもお前、“俺にも優しくして?”って言ってたじゃねーか」
「いや。実際されたらキツかったわ」
「あっそ。もう二度と優しくしないからな」
「うそだよん。律くん。優しくして?」
「くっつくな」
ヤマダが、俺の肩に腕を回してきた。
「ねぇねぇ、りっちゃん、優しくして?」
「りっちゃん言うな」
早く帰りたいな。
仕事が終わり電車に乗り込むと、今となっては日課になっている、カメラの記録を見ていた。
あ…彩葉…本棚に近づいた。
……よし。
そのまま見続けていると、彩葉がアルバムを見つけた。中を確認した彩葉はどう思った?怖い?それともなんとも思わない?
さっき“帰るよ”メッセージを送った時は、普通の返事だった。だから逃げ出してはいないのだろう。GPSのドットの印もちゃんと自宅だ。
──え…?
彩葉は嬉しそうにしながらアルバムを抱きしめていた。横顔だからちゃんとは見えない。でも嬉しそうに見える。
予想外のことに、俺は頭が働かなかった。
どういうこと?
嬉しい?
あんな隠し撮りだらけの写真なのに?
普通、気味悪がるだろ。
それから彩葉は、それをスマホで撮るわけでも、持ち去るわけでもなく、スマホを見ながら丁寧に本を戻していた。
帰ってから彩葉の様子を直接見ないとわからない。
あの様子なら、怯えてはいないんだろうけど。
「ただいま」
「おかえり」
いつもの彩葉だ。
いや…
いつもより嬉しそうだ。
なんで?
「何かいいことあった?」
俺がそう聞くと、彩葉は抱きついてきた。
「りっちゃん、大好きっ」
はて?なぜこんなことに?
俺の頭の中はハテナでいっぱいだった。
アルバムを見つけた彩葉が、なんでこんなにかわいいことをしてくるのか、皆目見当もつかなかった。
夕飯を食べていると彩葉がいきなりこんな話をぶっ込んできた。
「りっちゃん、私思い出したことがあるんだけど」
一瞬ドキッとした。でも顔には出ていないと思う。
全部の記憶が戻ったことを話すのか?
「なに?何を思い出したの?」
「私…つきまといに遭ってたの」
それを聞いた瞬間…
閃いた。
いいことを思いついた。
俺は瞬時に眉間に皺を寄せた。
「え?つきまとい?いつ?いつの話?」
俺は彩葉にそう聞いた。
すると彩葉は多少焦りを見せた。
なんで自分で言っておいて焦ってるんだ?
「“遭ってた”ってことは過去の話?今は?今もそう感じることはあるの?」
彩葉は見る見るうちに、顔が青ざめていった。
俺はそれを見て、また確信した。
彩葉は知ってる。
俺の正体を…
俺が婚約者ではなかったことを知っている。
やっぱり…記憶は戻ってたんだ。
何が目的かわからないけど、俺に“つきまとい”の話をした。でも俺は今初めて知ったかのように演技をした。
でも、その反応は彩葉からしたら予想外だったんだろう。だから急に不安になったんだ。
「なんで?」
「え?」
「なんで彩葉はそんな大事なこと、俺に言ってくれなかったの?」
動揺してる。
──あ、そうか。
もしかして彩葉はあのアルバムを見て、俺がつきまとっていたと確信した。だから今日、こうやって俺にその話をした。それは俺の反応が見たかったから…?
「…わからない…全部を思い出したわけじゃないから…」
「そっか…ごめん。責めるようなこと言って」
それからも少し会話を重ねてから、俺は閃いたことをとうとう口にした。
「…彩葉…バイトを辞めるか、休職にできない?なんなら俺から店長やワカナさんに話してもいいし」
これで…
彩葉のバイトを辞めさせることができるかもしれない。
彩葉からつきまといの話が出た時、ほんの一瞬だけ、“それはもう大丈夫だよ”という言葉が喉まで出かかった。彩葉を怖がらせたくなかったから。
でも…瞬時に閃いた。
これなら…と……
それからも彩葉にはネットスーパーを提案してみたりもした。
彩葉はさっきよりも怖がっているように見えた。
「引っ越す?」
俺はそう言った。
職場の近くに引っ越せば、もっと早く帰れるようになるし…
でもそうすると、彩葉はまたバイトを探すのかな?
でも…“引っ越し”ってワードはどうしても入れたかった。それほど“つきまとい”は深刻なことなんだよってわかって欲しかった。
実際に……
こうやって彩葉は名前も知らなかった男と結婚しちゃったんだからね。
彩葉のことをつけまわしていた、この俺と…
でもね?俺は彩葉のことをただつきまとってたわけじゃないんだよ?
俺は彩葉の情報をしっかりと集めてから、彩葉に声をかける予定だったんだ。彩葉にとって、完璧な男になるために…
でもほら…チャンスが来ちゃったからさ?
電車事故、それから彩葉の記憶喪失。
そんなチャンスがあったらもう、利用するしかないでしょ?
彩葉…怖がらせちゃってごめんね?
でも必要なことだから。
ね?
ごめんね?
結局彩葉は、バイトを辞めることにした。自分でそう言っていた。
彩葉の中で、その“つきまとい”はトラウマになっているようだった。
当時、俺は相当彩葉のことを怖がらせちゃったんだろうな。タツヤくんからも“怖くて振り向けなかった”と聞いていたから。
あ…タツヤくん。
タツヤくんには確か、つきまといのことを知っているって言っちゃったんだよな。
「彩葉。俺が守るからね」
「…りっちゃん…」
「シャワー浴びてきな?彩葉、今日はまだ入ってないでしょ?あ、お風呂ためるから、ゆっくり入ってきな?落ち着くから」
俺がそう言うと、彩葉は静かにうなずいた。
風呂の準備が整うと、彩葉は入りに行った。
それを確認すると、すぐに彩葉のスマホを手にし、メッセージアプリを立ち上げた。
……よし。タツヤくんにはまだ、つきまといの話をしてないな。
風呂の準備をしている時に、もしかしたらタツヤくんに連絡をしているかもと思い、確認しておきたかった。
俺は自分のスマホを手に取ると、サキちゃんにメッセージを送った。
『いつになるかわからないけど、彩葉にサプライズをしたいから、タツヤくんの連絡先を教えてくれないかな?もちろんその時はサキちゃんにも手伝って欲しいんだけどね』
そんな内容を送った。するとすぐに返事がきた。俺はそれを登録すると、すぐにタツヤくんにメッセージを送った。
『長谷川律です。サキちゃんから連絡先を教えてもらいました』
頼む。すぐに返事をくれ。
彩葉はまだシャワーを浴びている。そんな音が耳に届く。
…シャワーの音が止まった。たぶん、彩葉は今から湯船に浸かるだろう。“ゆっくり入ってきな”とは言ったものの、もしかしたらすぐに出てきてしまうかもしれない。
できれば彩葉が風呂から出てくるまでに、タツヤくんと連絡を取り合いたい。
そう思っていると、スマホが震えた。
タツヤくんからだ。それからサキちゃんに送ったようなメッセージも送ってから、すぐに本題に入った。
『あの時、俺タツヤくんに彩葉のつきまといを知ってるって言ったけど、あれ嘘だったんだ。婚約者なのに、そんな大事なことを知らなくて、情けなくて見栄を張って、ああ言っちゃったんだ』
それから続けて彩葉が少し記憶を戻してそのことを話してくれたこと、もしかしたら彩葉からタツヤくんに相談があるかもしれないということを伝えた。ついでに、“タツヤくんからこの話を聞いていたことは、内緒にしてほしい”とも伝えた。“俺に心配をかけていたと知ると、彩葉は気にするから”と…
タツヤくんからは、“大丈夫っす!約束は守りますよ!彩葉、気にしいですもんね!もし相談がきた時は、任せてください!”と返事がきた。
…よかった…。
間に合った。
これで彩葉がタツヤくんに相談したとしても、辻褄が合わない…なんてことは、ないはずだ。
…大丈夫だよな?
タツヤくん…俺の嘘を見抜いてないよな?
違和感を覚えたりしてないよな?
タツヤくんも男だ。男が見栄を張ることに共感してくれるはず。あの子は素直そうな子だったし……
きっと…大丈夫…
それにしてもサプライズか……
咄嗟にもっともらしい理由を…と思って、サプライズだなんて言っちゃったけど、どうすっかな…
サプライズ…
サプライズ……
わざわざタツヤくんに相談するくらいのサプライズ…
何か考えておかないと。




