55 仕掛け
この前のデートは美味しいものを食べたり、買い物をしたりして過ごした。
俺は注意深く彩葉を観察していたが、結局何も得られなかった。
もしかしたら、うんざりとした表情や、俺に対して嫌悪感なんかを感じ、そういう変化の瞬間がないかと観察していたのに…
まさか演技してる…?わけないか。彩葉はどちらかというと、顔に出やすい。俺に嫌悪したまま、あんなに楽しそうにできるはずがない。
しかも、彩葉の方から手を繋いできたり、腕に絡みついてきたりした。
本当にラブラブの夫婦みたいに…
わからない。やっぱり何度考えてもわからない。
ちょっと…仕掛けてみるか…?
俺は閉店後、明日の準備をしながらそんなことを考えていた。
「ヤマダ、お前さ、彼女が…ユイナちゃんが別れたいって言ってきたらどうする?」
「えっ?ユイナちゃんがそう言ってたのっ?」
「いや?そもそも俺、ユイナちゃんと繋がってないし」
「いや、彩葉ちゃんから聞いたのかと…」
「全然?」
「ふーっ。よかった。んで?もしも別れ話されたら?」
「そう」
「んー…1度話し合って、どうしてもダメだったら、別れるしかないだろ」
そうだよな…普通はそうだよな。“足枷“だの縛りつけるだの、そんな感覚はないよな。俺…重いよな……
「じゃあさ、お前が別れたくなったとして、そんな相手に笑いかけたり、手繋いだり、キスしたり、それ以上のこととかできるか?」
「できない」
だよな。
「例えばなんらかの理由で、しばらくは相手にバレずに普通を装ったまま、さっき言ったようなことはできる?」
「無理だろ。ボロがでる」
だよなぁ…
「それお前らの話?」
「んなわけねーじゃん。俺たちはラブラブだよ」
「じゃあ何の話だよ」
「なんだろうね」
俺はヤマダに聞くだけ聞いて、何も話さなかった。まぁ、話せる内容ではないし。
今日も帰りの電車の中でカメラの記録を見ていた。あ、彩葉だ。洗濯物をしまってる。きなこも来た。きなこはヒョイッとデスクに登ると、ジャンプを取るタイミングに入り、クローゼットの上の棚に飛びのっ──れなかったようで、棚に前足を引っ掛け、必死に自分の体を支えていた。慌てた彩葉はきなこに手を伸ばし、ゆっくりと床に下ろしていた。
ほら…彩葉は顔に出やすい…
そんな彩葉が演技とかできんのか?
それにしても……慌てた彩葉、かわいいな。
家に着き、彩葉と夕飯を食べていると、「今日ね、きなこがさぁ──」と、さっき映像で見ていた出来事を、楽しそうにしながら話してくれた。
本当に何が起きてる?
もしかしたら…彩葉は俺の記憶だけ無くしてると思ってる?それであの事故の日の俺を何となく頭のどこかで覚えてて、その記憶がごちゃごちゃになって、一緒に住み始めた時の記憶になってる…とか?
あー…なんだか自分でも何を言ってるのかよくわからなくなってきた。
とにかく、彩葉が寝たら仕掛けてみよう。
今までの映像を見る限り、彩葉はたまに何かを探しているようだったから──
2人でベッドに入り、彩葉が眠るのを待つ。
「…りっちゃん…」
「ん?」
そう返事をすると、彩葉は布団をめくり、俺にまたがった。かと思うと唇を重ね、その唇が首筋に移動した。
……逃げようとしてる人が、こんなことをするのだろうか……
俺は主導権を奪い取り、彩葉に覆いかぶさった。
暗くて彩葉の表情は読み取れない。
それでもいつものように時間をかけ、ゆっくりと丁寧に……彩葉のことを味わった。
彩葉が眠ったのを確認すると、俺は浴室に向かった。
点検口を押し上げ、天井裏に隠してあったアルバムを取り出す。
蓋を元に戻し、袋からアルバムを取り出した。
それから仕事部屋へ向かうと、本棚の一番下の本をすべて抜き、背面にアルバムを滑り込ませ、最後に本を全て元通りに戻した。
一か八かだった。
これで彩葉が本当に記憶を取り戻してなかったら、「これ何?」と聞いてくるか、もしくは隠し撮りだと気がつき怖がるかもしれない。
でもそうなった場合はまた嘘をつけばいい。“彩葉がなかなか撮らせてくれないから、こんな写真ばかりなんだよって”。念のため、サキちゃんが写ったものは抜いておいた。
もし…彩葉の記憶が戻っていたとしたら、これを持って警察に行く?でもこんなんじゃなにも証拠にはならないだろう。だって俺たちは夫婦なんだから。今までのことを全部警察に言う?きっと警察は相手にしないだろう。
それとも…それをスマホで撮影し、俺を脅してくる…とか?通報されたくなかったら…みたいに?そうしたら俺は一体、何を要求されるのだろう。金?
でもそうなった場合、どうやって言いくるめようか。
“私の人生返してよっ”なんて、泣きながら言われたらキツイな。俺はこんなにも愛しているのに。
やっぱりそうなったら縛りつけるしか道はない。俺は離婚する気なんてさらさらないんだから。
「はぁ…」
重いため息が思わず出る…
彩葉が…何を考えているのかが知りたい…
彩葉のスマホではなく、彩葉の頭の中を覗きたい…
そう考えながら数日が経った。でも、彩葉はなかなかアルバムを見つけてくれなかった。
「ねぇねぇ、りっちゃんっ」
「ん?」
「明日一緒にお風呂入ろう?」
彩葉が変わったと感じた時から、彩葉はずっとこんな感じだ。甘えん坊の彩葉。俺が大好きな甘えん坊。
「恥ずかしいんじゃないの?」
「温泉で慣れた。寒くなってきたから、一緒に湯船に浸かりたいなって思って」
“かわいい”の100点満点じゃねーか。
「いいよ」
「やったぁ」
彩葉は屈託のない笑顔だった。
「ねぇ、彩葉…」
「なに?」
「…もう聞かないって言ったのに、何度もごめん。記憶はどう?前はたまに思い出してたみたいだけど」
俺は我慢ができずにそう聞いてしまった。
すると…彩葉は申し訳なさそうな顔をした。隙を突かれたような表情ではなかった。
「ごめんね?やっぱり気になる?」
「ううん。俺はいいんだ。ただ…彩葉が…」
「私この前言ったよね?“もう思い出せなくていい“って。“今が幸せだから”って」
確かにそうだ。
やっぱり、思い出してないのか?
わからない。彩葉のことがわからない。
わからないのは嫌だ。彩葉のことは全て把握したい。
「変なこと聞いてごめん」
「大丈夫だよ?…りっちゃん」
「んー?」
「今も前と変わらず、私は幸せだよ」
本当に幸せそうに笑う、彩葉にときめいた。
「鼻血出る」
「はははっ。もう出しちゃえっ」
俺も…幸せ…
次の日、夕飯を食べ終わると「私が“いいよ”って言ってから来てね。浴室の電気はつけないでね」と言いながら、彩葉は先にお風呂に入っていった。
なんだ…電気消すのか…
しばらくリビングで待っていると…
「いいよーっ、りっちゃん来てーっ」
彩葉の声が耳に届いた。
「今いくー」
俺はそう返事をし、準備をすると浴室のドアを開けた。
「暗っ」
「いいから見てて?」
次の瞬間、浴室全体にアクアブルーの波紋が広がった。
「何これ、キレイ…」
「でしょでしょ?」
「こんなのいつ買ったの?」
「この前。電気つけたままは恥ずかしいけど、こういうのだったら電気よりは明るくないし、なんか雰囲気でるかなって」
「そこまでして、俺と湯船に浸かりたかったの?」
「ふふっ。そうだよ」
髪の毛をすでに洗い終えた彩葉は、頭の上でお団子にまとめ、可愛く笑っていた。
──はぁ…幸せ……




