52 違うの?
風邪で寝込んでから数日が過ぎた。
今はもちろん、すっかりと治り元気だ。
でも…私の心に迷いが生じていた。
りっちゃんはストーカー。でも私のことを本当に大切にしてくれている。
この前までは私の手のひらで…なんて考えていたけど、そんな難しいことは考えずに、このまま2人の愛を育んでくのも有りなのでは…なんて思うようになってしまった。
りっちゃんはきっと浮気はしない。たぶん…私のことをずっと見続けてくれる。
前に…
「俺は一生、彩葉のことを愛し続けるから」
そんなことを言ってくれたから……
その時のりっちゃんの表情は真面目で、私はそれを少し、重く感じてしまったんだ。だから軽く受け流した。
だけど…あれは本気だ…。
じゃないとここまでできない。
長谷川律という男は、とても愛が重い男なんだ。
今の私は…
それがとても気持ちいい…
あの時は重くなった空気感が嫌で笑って誤魔化したけど、今となってはそれを快感に思ってしまっている部分がある。
ああ…私が長谷川律にこんなことをさせたんだ。
それと同時に、心の方はりっちゃんに愛されて嬉しいと純粋に思っている自分…
今の私の中には、ブラック彩葉と、ホワイト彩葉が共存していた。
私はたまに仕事部屋に入ると、ちょこちょこと何かないか探していた。でも…やっぱり何もない。
今日も私は…またりっちゃんの仕事部屋へと入った。
今日はこの本棚に収められている本を、1冊1冊調べようと思った。本の間に、何か挟んであるかもしれない。
この前のようなヘマをしないように、間違った場所に本を戻さないように…私は調べる前に本棚の写真を撮った。
すると…本棚の1番下の段に違和感を覚えた。本や雑誌の背表紙が、一部盛り上がっているような感じだった。
私は下段の本を全て抜き取ると、屈んで奥を覗き込んだ。
あ…
アルバム…?
そこには本棚の背面に沿って、1冊のアルバムらしきものがあった。
それを手に取り中を見てみると、全部私の写真だった。その画角は全て隠し撮りをしたようなもの…
私が家に帰ってる時の写真、電車に乗ってる写真。1人で出掛けている時の写真…
そんな写真がたくさんあった。
もちろんここに来てからの写真も。
やっぱり…りっちゃんは私のストーカーなんだ。これでやっと確信が持てた。
りっちゃんは…私のことが大好きなストーカーだ…。
そうわかると、また歪んだ感情が全面に出てきた。
そのアルバムを愛おしく思い、思い切り抱きしめた。
こんなに私のことが好きなんだ…
気持ちいい…
さて…これから長谷川律をどうしようか。
どうやって私に溺れさせようか。
そんなことを考えていた。
さっき撮った本棚の写真を見ながら、本や雑誌などを完璧に元に戻すと、私はその部屋を後にした。
これでりっちゃんが“ストーカー”だということはわかった。さっき見たアルバムがそれを物語っていた。
とりあえず、“つきまとい”についてりっちゃんに聞いてみよう。
りっちゃんが帰ってくると、夕飯の時に早速話してみた。
「りっちゃん、私思い出したことがあるんだけど」
私がそう言うと、りっちゃんの箸の動きが止まった。
「なに?何を思い出したの?」
りっちゃんの表情は通常のものだった。優しく、私の次の言葉を待っている表情。
「私…つきまといに遭ってたの」
すると、りっちゃんは眉間に皺を寄せた。
え…?
違う…
私が思ってた反応と違う…
「え?つきまとい?いつ?いつの話?」
あれ?…つきまとってたのは、りっちゃんじゃないの…?
「“遭ってた”ってことは過去の話?今は?今もそう感じることはあるの?」
りっちゃんはすごく心配そうに、それから焦りながら、捲し立てるようにそう聞いてきた。
待って…本当にりっちゃんじゃないの?
“あー、そのことなら俺がもう解決したよ”って言ってくれないの?
私は急に怖くなってしまった。
嘘…つきまといは解決してない?
「なんで?」
「え?」
「なんで彩葉はそんな大事なこと、俺に言ってくれなかったの?」
りっちゃんが悲しそうな顔をしながらそう言ってきた。
「…わからない…全部を思い出したわけじゃないから…」
「そっか…ごめん。責めるようなこと言って」
「…りっちゃん…」
「ん?」
怖い…
まだ終わっていないかもしれない“つきまとい”に恐怖を感じていた。
バイトの出勤中にその“つきまとい”に私を見つけられたら…
今の家は、前の家の駅からたったの5駅…
またいつ出くわすかなんてわからない。
「彩葉?」
どうしよう…
「彩葉?
「…」
「彩葉っ」
気がついたらりっちゃんは近くにいて、私の両肩を掴んでいた。
「…怖い…」
「…毎日つきまとわれてたの?」
「ううん。たまに…だと思う…」
「そいつの顔は知ってる?」
「わからない…」
なんで?りっちゃんじゃないの?
目の前のりっちゃんはまた眉間に皺を寄せていた。
「…彩葉…バイトを辞めるか、休職にできない?なんなら俺から話してもいいし」
「え?」
「俺心配性なの。もしも彩葉になにかあったらって考えるだけで怖くなる」
…りっちゃん…
本気で心配してくれてる…
「…ワカナさんに…相談してみる…」
「うん。そうして?俺、家に帰ったら彩葉がいない…なんてことは絶対に嫌だからね?」
「私もイヤ…」
「買い物もネットスーパーを利用して?この辺、配達してくれるスーパー多いから」
りっちゃんはそう言ってスマホの画面を見せてくれた。
「このスーパーのサイト、メッセージで送っておくから、しばらくはこれを利用して?」
「わかった」
「もう一回聞くけど、今はその気配、感じてないんだよね?」
「今は…ない…」
「いつまでそう感じてた?」
いつまで…
事故に遭うまで…
でもそう言ったら記憶が全部戻ったと思われるかもしれない。
「わからない」
「…もしかしたら、この家もバレてるのかもしれないのか…」
「…」
「引っ越す?」
引っ越すって…そんなのお金がかかるじゃん…
「でも今は、そんなの感じてないよ?」
「上手くつきまとってるだけかもよ?他には?何か被害とかない?下着を盗まれたことがあるとか、郵便物を漁られた…とか」
本当にりっちゃんじゃないの?
「彩葉、やっぱり引っ越そう?」
りっちゃんがストーカーだったのは、私からするとほぼ確定なんだけど…“つきまとい”は別の人なの?
「彩葉?大丈夫?顔が真っ青だよ?」
「…大丈夫」
「引っ越そうか」
「そこまでは…」
「何言ってるの?彩葉。もっと自分のことを大切にしなよ」
「…」
「引っ越そう?」
「…その方が…いい…?」
「絶対にその方がいい」
りっちゃんはずっと真剣な顔だった。
焦ってはいたけど、それは自分の“嘘”を隠すようなものではなかった。




