51 純粋なものなの?
今日は休みだ。ある程度の家事が済むと、私はまた仕事部屋へと向かった。
確証が欲しい。
りっちゃんが私のストーカーだったという確証。あの“つきまとい”はりっちゃんだったってハッキリさせたい。
ここに住んでからそういう気配は感じていないけど、ここは前に住んでいた駅からたったの5駅しか違わない。
あ……
そのことをりっちゃんに話してみるのも有りか…?
もし本当にあの“つきまとい”がりっちゃんだったとしたら、なんて言うかな?
りっちゃんは優しいから、私に怖い思いをさせないために、“もうそれは大丈夫だよ”とか言うのかな?
それとも“そんな話、俺は聞いてないよ?”と、とぼけるのかな?
でも、そんなことを言ってしまえば、“つきまとい”が何も解決していないことになり、私がまた怖がることが安易に想像できるはずだ。
もし……本当にりっちゃんじゃなかった場合、りっちゃんは私の話を聞いて、どういう反応をするかな。
…焦る…?
心配する…?
そんなことを考えながら、クローゼットの中を確認してみた。
上の棚を、この前見落としていたからだ。箱が何個か置いてある。こんなにも何かありげな箱を見落としていたとは。いや、正確には私の目には入っていた。ただ、その箱がスニーカーの箱だったから、気にも止めなかったのだ。
私はイスに上ると、その箱を手に取って中身を確認した。
…ただの綺麗なスニーカーが入っているだけだった。
他の箱も確認してみる。
これ……
その中には私が前にあげたキーチェーンの…
あの時私は、無料の簡易的なギフト袋を選び、それに入れてもらったんだ。それが入っていた。それに、名刺入れの箱、包装紙が綺麗に畳まれ、その箱には収められていた。それから、サキと遊びに行った時の何気ないお土産袋まで入っていた。
私は、胸がじんわりと温かくなった。
こんなものまで、大事に取っておいてくれてたんだ…
あれ…?
私…あの時の感情はどこにいっちゃったの?あんなに歪んだ愛情……
もしかして…本当にりっちゃんだけを忘れてる?なんてことはないよね?
だって私は通勤中にたまに見かけるりっちゃんのことを“目の保養だ”なんて思いながらチラっと見たりしてたんだから。それに事故の当日も、私はちゃんと、少し遠くにりっちゃんの姿を発見して“ラッキー”だなんて思ってたんだから。
私はそれで、今のこの生活の異常事態に気づき、パニックになった。
りっちゃんのことを気持ち悪いって思った。
騙されたって思った。
仕事が楽しくなり始めてたのに、辞めさせられたのも悔しかった。
あんなに…憎かったのに…。
なにより、私たちにはなんの積み重ねもなかったことが…すごく悲しかったんだ…。
全部ウソ。
今まで話してくれた思い出話も全部ウソ。
りっちゃんのことを好きになっていたからこそ、それがすごく悲しくて、怒りを覚えたんだ…。
なのになんで今、こんなに穏やかな気持ちになってるの?
頭と心がバラバラで気持ち悪い感覚に陥った。
私はりっちゃんを許したわけじゃない。
まだ全部を受け入れたわけでもない。
私は………りっちゃんをこの手のひらで転がしたいのに。
私は箱を元に戻すと、ゆっくりとイスから降り、その部屋を出た。
ソファに座ると頭を抱えた。
頭の中が、またぐちゃぐちゃと混乱していた。
そのままソファに横になると、にゃんずたちが寄ってきて一緒に寝てしまった。
……寒気で起きた。
あれ…?
すごく寒い。なにこれ…熱…?
体がだるい…
私は体温計を手に取ると、熱を測ってみた。
38.9度?
うそ…風邪?
風邪薬?解熱剤?あれ…今何時?
16時……
病院?
寒い。
頭がボーっとする…
寝たい…
私はフラフラとベッドに向かうと、倒れるようにして眠りについた。
…
……
「…ろは…」
「いろは…」
呼ばれてる…?
「彩葉っ」
……
「りっちゃん…」
ゆっくりと目を開けると、そこには心配そうにしている、りっちゃんの姿があった。
「なんで連絡しなかったのっ?」
「……」
頭がボーっとしてる。りっちゃん、今なんて言ったの…?
「彩葉?」
「…ごめん…ねつ…でちゃったみたい…」
「わかってるよ。その他にはなにかある?喉が痛いとか、気持ち悪いとか、咳がでるとか、頭が痛いとか」
りっちゃんがすごく心配してる…
安心…させてあげないと…
「りっちゃん…」
「ん?」
「…すき…」
「…そんなことはわかってるから。頭痛い?気持ち悪い?」
「…だるい…さむい…」
「わかった。何か食べられそうなものはある?」
食べ物…?
「…ぷりん…」
「わかった。すぐに買ってくるから、ちょっと待っててね」
「やだっ、いかないで…」
「……すぐに帰ってくるから」
りっちゃんはそう言うと、私の頭を優しく撫でた。
寂しい…
そう思ったのは一瞬だった。
次に目を開けると、出て行ったはずのりっちゃんが目の前にいた。
「あれ?かいもの…?」
「もう行ってきたよ。起きられる?」
私はりっちゃんに助けてもらいながら起き上がった。
「ほらプリン。食べて?」
りっちゃんはスプーンで掬ったプリンを私の口元に寄せた。私が口を開けると、冷たいプリンが口の中に入り、喉を通っていくのを感じた。りっちゃんは次々とプリンを私の口元に運んでくれた。
「はい。薬飲んで?」
私は言う通りにした。
「1時間経っても、熱が下がらなかったら病院に行くからね?」
「うん…」
私はすぐに眠りについた。
気がつくと、外は明るくなっていた。まだ熱っぽいけど、どうやら薬が効いたようだ。私はちゃんと家のベッドの上だった。
「目が覚めた?」
声の方を向くと、心配そうなりっちゃんがいた。
「うん」
「具合はどう?」
「…りっちゃん…ずっと起きてたの?」
「少し寝たよ」
「…ごめん…」
「彩葉が悪いわけじゃないでしょ?」
「でも…りっちゃん、今日も仕事なのに…」
「そんなことより、具合はどう?」
「まだ…熱っぽいけど大丈夫」
「よかった。ちゃんと薬が効いたみたいだね。8時になったら病院行くからね」
「市販の薬で大丈夫だよ」
「だめ。病院から処方された薬の方が絶対にいい」
「…仕事…」
「半休取るから」
「いい。1人で行ける」
私がそう言うと、りっちゃんは眉間に皺を寄せた。
「だめ。俺が連れて行くから」
たぶん……りっちゃんは私が何を言っても譲らないだろうな。私は素直に甘えることにした。
「ありがと」
りっちゃんはいつもの優しい顔に戻った。
病院に行くと、やっぱりただの風邪だった。
家に帰ってくると、りっちゃんは雑炊を作り、私にそれを食べさせ、薬を飲ませると仕事へと向かった。私はすぐに眠り、夕方には目を覚ました。
スマホを手に取ると、りっちゃんからメッセージがきていた。
『起きてる?具合はどう?少しは楽になった?』
1時間前に届いたメッセージだ。きっと、仕事の合間に送ってくれたんだろう。
『今起きた。だいぶ楽になったよ』
そう送ると、すぐに返事がきた。
『よかった。なるべく早く帰るからね。冷蔵庫にプリンが入ってるから、それ食べて、また薬飲んで寝てて』
『ありがとう』
本当に昨日より断然良くなっていた。私はりっちゃんの言う通り、プリンを食べてから薬を飲み、またベッドへと戻った。
…りっちゃん…ほとんど寝てないんじゃないかな…
私が目が覚めたのは明け方だった。なのにりっちゃんは起きていた。寝起きって感じでもなかった。
頭の中に、ふと思い浮かぶ。
りっちゃんの心配そうな顔…
りっちゃんは、元ストーカーだ。
でも…私への愛情は…純粋なもの…?




