50 この人はきっと…
私は、りっちゃんがおそらく買ったと思われるワンピースに身を包み、りっちゃんの働く不動産屋の入り口で待っていた。りっちゃんの働く不動産屋は2階にある。だから私は、1階のスマホ屋さんの前で待っていた。
しばらくすると、階段を下りながら会話をする、りっちゃんとミオの声が聞こえてきた。
「いやー本当に助かったよ」
「内見しなくてよかったのか?」
「んーもうそんな時間ないしね」
「そっか。それにしてもこっちの会社に受かってよかったな」
こっちの会社に…?
「ねーっ。これからこうやって律にも会えるし」
「じゃあ今度、うち来るか?」
「いいのっ?」
そんなの嫌だっ。
「あれ?彩葉?早くない?」
少し慌てたりっちゃんが、そう声をかけてくれた。
「へへっ。気持ちが早まっちゃって。それならもうここで待っちゃおうかなって…」
目を丸くしたりっちゃんはすぐに優しい表情にり、笑いかけてくれた。
「でも危ないよ。もう暗くなってるし、ここ、人通り多いし」
りっちゃんは優しく私にそう言った。
「律の奥さん?」
ミオが話に割って入ってきた。
「あ、ごめん。彩葉しか見えてなかった。彩葉、こちらは友達の妹のミオ」
友達の妹…
「ミオ、こちらが俺の愛する妻の彩葉」
「よろしくお願いします。彩葉さん」
私は微笑みながら挨拶を返した。
「彩葉、もうすぐ閉店になるからお店の中にいて?」
「それだと迷惑になるでしょ?それに怒られちゃわない?」
「ううん。大丈夫。うちゆるいから。明日の準備とかもしないといけないから、待っててもらうことになるんだけど」
「大丈夫ならいいけど」
「うん。そうして?ここで待たれるのは心配だから」
りっちゃんは本当にそう思っているようだった。
「ちょっと律。私を置いてけぼりにしないでよ」
「あー、ごめんごめん。帰り道はわかるんだよな?」
「うん。大丈夫」
「じゃあまた連絡するから、気をつけて帰れよ」
「はーい。今日はありがとね」
そんな会話をしてから、ミオは駅の方へと向かった。
私はすぐりっちゃんに抱きついた。
「わっ、びっくりした」
この人は…きっと浮気なんてしない…
ミオへの話し方と、私への話し方が全然違う。声の柔らかさ、優しさも全然違う。
「彩葉?」
「…やきもち焼いた」
わざとそう言った。
「え?ミオに?」
「うん」
りっちゃんは今、どんな顔をしてるだろう。私は上を向いて顔を見た。りっちゃんはポカンとしていた。
「昔からの馴染みだよ?なんもないよ?」
りっちゃんのさっきの態度を見ていれば、そんなのはわかっていた。
でも……
ちょっと…重い部分を出してみようか…?
「だって、仲良さそうだったんだもん」
私は拗ねながらそう言った。するとりっちゃんは嬉しそうにした。
「かわいい…」
どうやら“やきもちで拗ねる彩葉”をお気に召したようだ。
「もうっ。私、本気で言ってるのに」
「ははっ。ごめん。でも本当になにもないから」
「2人で会わないでね?」
「会わないよ」
「でもあっちは会いたそうだった」
「大丈夫だから」
「仲良さそうだった」
少し引っ張りすぎかな…
いや…
大丈夫みたいだ。
さっきよりももっと嬉しそうにしていた。
「彩葉ごめんね?俺もう戻らないと。この話の続きはまたあとでね」
そう言いながら、りっちゃんは私の手を引き階段を上っていった。
「おっ、彩葉ちゃんじゃん。久しぶりぃ」
そう声をかけてくれたのは、ヤマダさんだった。
「お久しぶりです」
他の人にも会釈をして、軽く挨拶をした。
お客さんはミオが最後だったようで、スタッフさんしかいなかった。
私はりっちゃんに促されるままイスに座ると、りっちゃんはテーブルを周り、目の前に座った。
「どんな物件をお探しですか?」
「え?」
「ははっ。なーんてね」
あー、冗談だったのか。
それにしても、中まで入ったのは初めてだな。
りっちゃんはずっとニコニコとしていた。
「なんでそんなに楽しそうなの?」
「彩葉がいるからだよ」
周りにはスタッフさんがいるのに、よく平気でそんなこと言えるな。
私は恥ずかしくなってしまった。
「ははっ。照れてるの?耳が赤いよ」
「そういうこと言わないでよ…」
りっちゃんは仕事をしながら、私と会話をしていた。
「なんで?」
「恥ずかしい」
私は小声でそう返した。
「“彩葉がいるから”って言っただけだよ?」
「なんだなんだ?職場でイチャイチャか?」
りっちゃんの隣にいたヤマダさんが、話しかけてきた。
「ただ話してるだけ」
「お前本っ当に楽しそうだな」
「さっき嬉しいこともあったしな」
まさか…やきもちのこと言ってる?
「なになに?」
「教えない」
2人はそんな話をしながら、仕事を続けていた。
かっこいい…真面目な顔…
りっちゃんはこうやって毎日頑張ってるんだ…
そう思いながらりっちゃんのことを見ていると、ふと目が合った。その瞬間、すぐに優しい顔になった。
「ん?どうしたの?」
かっこいいよ、りっちゃん。
「ううん。なんでもない」
「そう?もう少しで終わるからね」
それを聞いて私は頷いた。
仕事姿がかっこよくて、私は惚れ直してしまった。
その後、りっちゃんはチラチラと私を見ていた。
なんだろう…なんか私の顔についてる?
話しかけようかと思ったけど、仕事の邪魔になるかと思って、黙ったままでいた。
しばらくそのまま待っていると、仕事が終わったようで、りっちゃんはリュックをデスクの上に置いた。それから上司に何か報告をしてからまた戻ってきた。
「お待たせ」
「もういいの?」
「うん。大丈夫だよ。行こう?」
立ち上がった私の手を、りっちゃんが握った。
まだ…職場なのに…
「お先に失礼します」
りっちゃんがそう言うと、どこからともなく「お疲れー」だとか「楽しんでねぇ」などの声が聞こえてきた。
私も「お邪魔しました」と言い、軽く会釈をした。
店を出ると、すぐにりっちゃんは口を開いた。
「さっきの話の続きをしよ?」
「え?」
あ…やきもちの話か。りっちゃんは期待しているような感じだった。どこまで話してたんだっけ。
「俺とミオを見て“仲良さそうに見えた”って、さっき彩葉言ってた」
そうだ。思い出した。
でも私は今、それどころじゃない。さっきの真面目に仕事をするりっちゃんに、まだときめいていた。
「えっと…」
「彩葉はどう思ったの?」
「…すごく嫌だった」
「友達の妹なのに?」
「うん。イヤ」
りっちゃんの顔を見てみると、とても満足そうにしていた。
「俺が女友達と遊ぶのは?」
りっちゃんと付き合う前の私なら、別によかった。
「2人で?」
「…2人じゃなければいいの?」
「だって、同窓会みたいな感じで、地元の友達と集まることもあるでしょ?」
「そうだね。彩葉もたまに集まってるもんね。そんな感じなら別にいいの?」
どれだ?どの言葉が正解?なんて言えばりっちゃんは喜ぶ?
「2人だけは絶対に嫌。複数人は…心配だけど、仕方ない…って感じかな」
「心配になっちゃうんだ?」
さっきから変わらず、りっちゃんはずっと嬉しそうにしていた。正解を言えたのかな?
「心配するよ。だってりっちゃん…」
「ん?俺がなに?」
あれ?だめだ。“好き”も“愛してる”も平気で言えるようになったはずなのに、今は“かっこいい”と言う言葉すらスッと言えなくなってる。それはたぶん、さっきときめいてしまったからだ。これじゃあ、記憶喪失の時の私みたいじゃん。
「なに?彩葉。ちゃんと教えて?」
「……」
「教えて?」
「…りっちゃん、かっこいいから」
私がそう言うと、りっちゃんはうっとりとした表情になった。
「そんなふうに思ってくれてるの?嬉しいな……それってさ、さっき思ってくれたでしょ」
「え?」
「俺が仕事してる姿を見て、そう思ったんでしょ?」
やっぱり…この人には敵わない。鋭すぎる。私は素直に頷いた。本当は、私が溺れさせたいのに。
「ははっ。やっぱりね。あの時の彩葉、恋する乙女の顔してたもん」
だからチラチラ見てたのか。
「もうっ。恥ずかしいからやめてっ」
「かわいっ。こんなに照れちゃって。最近彩葉が俺のことをドキドキさせるから、そのお返しだよっ」
りっちゃんは、無邪気に笑いながらそう言った。
ってことは……職場に連れて行ったのはわざと?たぶん…りっちゃんのことだから、あのまま私を待たせるのも心配だったんだろうけど、わざと仕事姿を私に見せた…のかもしれない。
りっちゃんの方が一枚も二枚も上手だ。
「着いたよ。ここのお刺身美味しいんだって。楽しみだね」
気がつけば居酒屋に到着し、私たちは楽しい時間を過ごした。




