47 共有
「いってきます」
「いってらっしゃい」
りっちゃんは軽くキスをすると優しく微笑み出て行った。
やっぱり…この幸せを自ら手放せない。
私はいつも通りに家事をし、にゃんずたちと遊んだ。
あれからサキには何も話さなかった。適当な理由をつけて、“心配させてごめんね”と言い誤魔化した。
……りっちゃんの仕事部屋を…少し見てみようかな…
私は部屋に入るとまず、ノートPCがあるデスクの引き出しを開けてみた。このデスクに引き出しはひとつだけ。開けて見てみると、文房具が入っていた。
次に本棚を見た。仕事関係の本…旅行雑誌…そんな感じだった。
次にクローゼット。ここはしょっちゅう見ている。洗濯したものをしまいに来るから。隅々まで見てみたけど、怪しいものは何もなかった。
完璧だな…
ノートPCも見てみよかと一瞬悩んだけど、私は機械にうといからやめておいた。ここでヘマをしたらダメだ。なにか勘ぐられるようなことをしてしまったら、りっちゃんはきっと私に探りを入れる。
私は咄嗟の嘘はつけない。
そう思うと、本当にりっちゃんは用意周到で息をするように嘘をついてたんだな…
りっちゃんはたまにしか飲みに行かない。しかも毎回ちゃんと、どこで飲むのかをメッセージで教えてくれる。ご丁寧にマップと誰と飲んでるかの画像付きで。
だから女性関係を心配する必要はないだろうと思っていた。休みの日も家でゆっくりしてるみたいだし。たまに友達をうちに呼んで、一緒に飲む…そんな感じだった。
GPS…
そうだ。りっちゃんが帰ってきたら、あることを聞いてみよう。
私はそっと、その部屋を出た。
とにかく…りっちゃんが完璧に“婚約者”を演じたように、私も“記憶を失った妻”を演じなければ…
りっちゃんが帰ってくると、私はすぐに料理の仕上げにかかった。
「シャワー浴びてくるから、そんな急がなくていいよ」
「はーい」
優しい…
この男はどこまでも優しい。
ちゃんと…本物の優しさだよね?
りっちゃんがシャワーを浴び終えるタイミングで、テーブルに料理を並べ始めた。
「美味しそう。いつもありがとね」
「いえいえ。こちらこそありがとう」
そんな言葉を交わしてから2人で食べ始めた。
「ねぇ、りっちゃん。位置情報共有アプリってどう思う?」
私がそう聞くと、りっちゃんはおかずを箸で掴み口へ運んだ。
……
あれ…?
あ……
これってもしかして…
──思い出した。
いつも少し違和感を覚えていた。たまにりっちゃんは私からの質問や言うことに対して“間”を置くことがある。
あの時は確か…名前の呼び方についてだった。
「だめかな?俺のこと、りっちゃんって呼ぶの」
「それって私から呼び始めたの?」
「え?」
「私なら“りっくん”って呼びそうだなって…」
「あー…それね」
そう言ってからりっちゃんは、ブロッコリーを口に運んでいた。
それからあの時も…
それはバイトをしたいと言った時だ。
「今日ね、近所のカフェでアルバイトの募集をしてるの見かけて」
「…うん。それで?」
「応募してみようと思ったんだけど、どうかな?にゃんずたちもお留守番できるし」
私がそう言うと、りっちゃんはスープを飲んで、それからおかずを口に運び、次にご飯を口に運んでいた。
これは時間稼ぎなんだ。りっちゃんは今、きっと何が正解かを考えてるんだ。
「彩葉さ、今日仕事部屋のデスクの引き出し開けた?」
…え…
なんで…
私はドクンと心臓が1回跳ねた。
なんでいきなり?
なんで話が飛んだの?
それにバレてる…?
りっちゃんの声色は、別に怒ってるとかではなく、あくまで普通だった。
どうしよう。なんて言おう。
ほら…
やっぱりだめだ。
私は咄嗟に嘘なんてつけない。なにも思い浮かばない。
「ごめん。興味本位で…」
「別にいいよ。夫婦なんだし」
「なんでわかったの?」
「彩葉ってさ、引き出し系、ちゃんと閉め切らないことがあるでしょ?だから気づいたの。デスクの引き出しがちゃんと奥まで入ってなかったから」
嘘もつけなければ、詰めも甘かった。
「もしかしてさ、俺の浮気とか疑ってる?」
「え?」
「だって引き出し見たり、位置情報共有アプリの話をしだしたりするから」
「ううん。そんなことない」
「本当?心配ならいいよ?俺アプリ入れても」
私はその言葉に、少しときめいてしまった。
…いやいやいや。
この人はそもそも私のスマホにGPSアプリを勝手に入れてるじゃんか。
「そうじゃなくてね?サキの元カレが位置情報共有したがってたのを急に思い出したから、りっちゃんはどうなのかなって思って」
「俺はどっちでもいいよ」
でしょうね。りっちゃんは私の居場所がわかるもんね。
「彩葉に心配かけたくないから、2人でやってみようか?彩葉は?いや?いやなら別に、無理にとは言わない」
……ホントにすごい…
よくもまぁこんなにペラペラと。前までの私なら、きっと“無理強いしないりっちゃん優しい”とか思ってたんだろうな。
「ううん。いやじゃないよ?」
私がそう言うと、りっちゃんは目を丸くして驚いたあと、すごく嬉しそうな顔になった。
「いいの?」
「いいよ」
私だけが監視されるのはごめんだ。私が監視されているなら、私だってりっちゃんのことを監視させてもらう。
りっちゃんはさっきと変わらず、目を輝かせていた。
「彩葉って、そういうの嫌がるタイプだと思ってた。どうしちゃったの?」
…なんて言おう。
「そう?前までの私なら…確かに嫌がっていたかもしれない。でもほら…前は一緒に事故に遭ったからまだ良かったけど、1人の時に事故や事件にに巻き込まれた時なんか、役に立ちそうじゃん?」
嘘…言えた…
本当はりっちゃんを監視したいだけなのに。
「それに…私前にも言ったよね?りっちゃんが初恋だって」
あれ?案外ペラペラと出てくるもんだな。
「好きなの」
「……」
「りっちゃんのことがすごく好き」
「…なんで急にそんな…」
「急じゃない。恥ずかしくて伝えられなかっただけ」
「…嬉しい…」
「だから…考えが変わったのかも……今はもう、そういうの嫌だって思わなくなった」
「本当に…?」
「うん。それはりっちゃんだからなんだよ?」
追い込まれている状況なら無理だけど、このくらいの程度なら、私にも嘘がつけるようだ。
それに、今なんとなくわかった。りっちゃんが喜びそうなことを言えばいい。
「彩葉…」
りっちゃんはうっとりとした顔をしていた。幸せそうに微笑んでいた。
「なんならスマホのパスコードも共有しておく?なんちゃって」
私は笑いながら冗談っぽく言ってみた。
でもこれは本気だった。これもGPSと同じように、私だけスマホを覗き見られるのが癪だったからだ。
「本当に彩葉、どうしちゃったの?昨日からやっぱり変だよ?」
……やりすぎたか。
りっちゃんは微笑みながらも眉尻を下げていた。
「ははっ。冗談だよ」
「168722」
「え?」
「俺のパスコード」
「…」
「イロハ722だよ。彩葉の名前と、彩葉の誕生日を組み合わせたの」
…この人は本当に、どこまでも“彩葉”なんだ…
彩葉一色なんだ…
「305922」
「…彩葉のパスコード?」
知ってるくせに。
「うん。そうだよ」
私がそう言うと、りっちゃんはさっきと同じように嬉しそうにしていた。
「なんでそのパスコードなの?」
「私が生まれた時の体重と、生まれた日付」
「へぇ…彩葉は3059グラムで生まれたんだ…きっと可愛かったんだろうな。産まれたての彩葉…」
りっちゃんはまたうっとりとした顔をした。
私は絶対に、この人を放さない。
一生…
私だけを見ていて?
私だけを愛して…




