43 過去の失態
「それで?どうなのさ、りっちゃんとは」
今日はお土産を渡すために、サキと飲みに来ていた。乾杯を済ませると同時に、サキはそう話しかけてきた。
「なんかもう…幸せ…?」
「あははっ。ほんっとにもうっ。あんたのそんな顔見たの初めてだよ」
サキからそう言われて、私の心はムズムズとしていた。本当のことだけど、あんなふうに言っちゃってよかったかな?惚気られて、嫌な思いしなかったかな?
「むふふぅ」
「なにその笑い方」
「だって彩葉がこうやって素直に話してくれて、幸せそうにしてるんだもん」
「…うざくない?」
「ははっ。逆逆っ。嬉しいよ」
「そうなの?」
「あったり前じゃんっ。あんなに自分からは何も話さなかった彩葉から、こんな惚気話が聞けるんだよ?嬉しいし、面白っ」
「面白いって…」
それからサキは昔話をした。
「高校の時にさ、アイナっていたじゃん?あの子彼氏が変わるたんびに惚気てきてさぁ、あーいうのは正直ウザッて内心思ってたけど、彩葉はアイナと違って彼氏をアクセサリーにしてないでしょ?ちゃんとりっちゃんと向き合ってるんだもん。応援したくなるよ」
応援か…私はそれを聞いて嬉しくなった。
「ありがとね」
「いえいえ。あんたホントに、今いい顔してるよ?前よりも優しい雰囲気になった。幸せなんだなって顔してるよ」
そんなに人相って変わるんだ…。自分ではそれがわからなかった。
それからもサキはりっちゃんとのことを色々と聞いてきた。私は話せる範囲で話した。
ああ…好きな人の話をするのってこんなに温かい気持ちになるのか…
それはたぶん、サキが楽しそうに聞いてくれているからだ。本当に嬉しそうに聞いてくれている。それなら…今までも話したり、相談してればよかったな。サキならきっと、私が別れたり、何かあったとしても、それを哀れんだりはしない。私に寄り添って、真剣に話を聞いてくれる。そんな子なのに…私はなんで今までサキにまで隠し続けていたんだろう…。
「サキ…私と仲良くしてくれてありがとね」
「もう、何言っちゃってんの。私はね、彩葉がなんでもズバッと言ってくれるところが好きなの。私が元カレのことで悩んでた時に、“私がぶっ飛ばしてやろうか”って言ってくれたのがすごく嬉しくてさ。あの時、その彩葉の言葉で目が覚めたんだよね」
サキはそう言ってくれた。
サキの元カレは少しモラハラ気質だった。サキの好きなものを否定したり、“そんなものにお金かけるの?”などと言っていた。“そんなもの”とは、サキが昔から好きなキャラクターグッズ集めだ。サキは高校の時からずっと、働き始めたら少しずつグッズを集めていくんだと、楽しそうに話してくれていた。
それに、位置情報を共有しようとも言われ、サキはそれを嫌がっていた。お互いに良しとしているならいいんだけど、サキはそんな彼に、なんだか“管理”をされているようだと感じて、違和感を覚えていたようだった。
だから私はそんなサキの彼のことを“ぶっ飛ばす”と言ったんだ。
別に本気でそうするつもりはなかった。でも、私の気持ちはそうだった。そんなのおかしい。別れた方がいい。サキが好きなものを否定するのはおかしい。別にサキは無駄遣いをしてるわけではない。ちゃんと節制しながら収集を楽しんでいるだけだ。
私は…すごく悔しかったんだ。
あの時、私がそう言うとサキは笑い出した。「ははっ。バカらしっ。私別れるわ。彩葉に暴力沙汰を起こさせるわけにはいかないもん」と、そんな感じのことを言っていた。
そんな話をしていると、スマホが震えた。
「りっちゃん、もう着くって」
「ひゃっほーいっ。宴の始まりじゃっ」
目の前のサキは楽しそうにしていた。
10分ほどすると、りっちゃんが合流した。
「せっかくの女子会に、俺も混ぜてもらっちゃってごめんね?」
「なに言ってんすかぁ、りっちゃんさん。もう我々は家族同然ですよー、あははっ」
サキはそんなことを言っていた。
「さっきね?彩葉が惚気てましたよー?かわいい顔をしながらっ」
「サキっ。変なこと言わないでよねっ」
「えー?だって、りっちゃんの話をしてる時の彩葉、本当に可愛かったんだもんっ」
あー…もう…こういうとこ、サキらしいや…。
「そうなの?俺の話をしてたの?」
りっちゃんは目を輝かせながら私を見た。
「…サキに色々聞かれたから…」
「そっか。サキちゃんが“惚気”って言うくらいだから、少なくとも愚痴ではないんだね?」
「…愚痴なんてないよ」
私がそう言うと、りっちゃんはさっきよりも優しい顔をした。
それから3人で色々と話した。この前の旅行のこと、私とサキの高校生の時の思い出、りっちゃんの高校生の時の話…そんな話に花を咲かせていた。
「あ、あんたちゃんとアレルギーに気をつけてる?」
唐突にサキがそう言った。
──カラン…
その時、隣に座るりっちゃんが箸を落とした。
「あ、ごめん。手が滑っちゃった」
私は店員さんを呼び、新しい箸をお願いした。
それから私はサキにこう返した。
「大丈夫だって。あれからちゃんと気をつけてるから」
「よかった。あの時はもう、私心臓止まるかと思ったんだからね?りっちゃんさんもちゃんと、気にかけてあげてくださいね?彩葉、ちょっと“うっかり”なところがあるから」
りっちゃんは柔らかく笑うと「もちろん。普段から気をつけてるよ」と、言っていた。
それからサキは、私がアレルギーで大変になった時のことをりっちゃんに話し始めた。
「ちょっと聞いてくださいよ、りっちゃんさん」
「ん?なに?」
「彩葉がアレルギーで倒れた時のこと、知ってます?」
サキがそう聞くと、りっちゃんは目の前のビールをグッと飲んだ。
「……それは聞いてないかも」
「やっぱり。彩葉はあんま自分のこと話さないから。それにあれは完全に彩葉の失態だもんね。そんな話、りっちゃんさんにするわけないか」
サキは少し意地悪なことを言った。でも、サキの言う通りだ。私は自分の失敗を笑って話せるほどの器はない。
「りっちゃんさん、あのね?彩葉さぁ高校の時に──」
そう言ってサキは話だした。
それは高校2年生のバレンタインの日だった。私たちは仲の良い友達同士で“友チョコ”を交換し、みんなで食べていた。
その時──
急に息苦しくなったんだ。
友達はみんな慌てふためき、結局“救急車騒動”になってしまった。
私はカシューナッツアレルギーだ。
普段生活をしていて、カシューナッツに遭遇することは少ない。そういうのが料理に使われていそうなお店だったり、ケーキ屋さんなどのスイーツ店では気をつけていたけど、私の意識はあまり高くなかった。だから友達に言いそびれてしまい、カシューナッツの入ったパウンドケーキを口にしてしまったのだ。
この日以降、私は必ず彼氏になる人にはそのことを伝えていた。
「あの時、本当に心配したんだからね?」
「ごめんて」
「りっちゃんさんも気にかけてくださいね?彩葉の好きなチョコレートケーキとかにも、たまにトッピングで乗ってたりするんで」
「そうだね。絶対に、彩葉にはそんな思いをさせないよ」
りっちゃんは、私の目をじっと見つめながら、噛み締めるように言った。
りっちゃんはたぶん、普段から気にかけてくれてる。今まで買ってきてくれたスイーツには、どれもカシューナッツは使われていなかったから。だからちゃんと、そういうのを避けて選んでくれている。
この日はずっと楽しかった。サキがりっちゃんと仲良さそうに話しているのも嬉しかった。
サキと解散すると、りっちゃんはこう話しかけてきた。
「彩葉はさ、それ以外には何かアレルギーはある?それほど反応が出なかったとしても、何か特定の食べ物で違和感を覚えるとかさ。例えば喉が痒くなるとか、肌が赤くなるとか」
「んー…カシューナッツ以外は特にないかな」
私がそう言うと、りっちゃんは黙った。
りっちゃんを見てみると、少し眉間に皺を寄せていた。
「…りっちゃん?」
「ん?」
「どうしたの?」
「ううん、何でもない。……ただ、アレルギーって本当に怖いからさ。もし他にもカシューナッツみたいに危ないものがあったら、俺、気づかずに彩葉に食べさせちゃうかもしれないでしょ? それが、すごく怖くって」
「たぶん大丈夫。猫アレルギーもないしねっ」
私はそう言うと、りっちゃんに笑いかけた。
「ははっ。猫アレルギーだったら、今こんな生活できてないもんね」
「うんっ。そうじゃなくてよかったっ」
夏を迎える前の、生温い空気の中をりっちゃんと手を繋ぎゆっくりと歩く。歩いているからか、少しだけ汗ばみ、肌はベタベタとしていたけど、そんなことが気にならないほどに、私の気持ちはは陽気だった。




