41 旅行
温泉旅行当日。
私は朝からバタバタとしていた。3日前から旅行の準備をしていたけど、メイクポーチや、さっき使ったヘアアイロンをリュックにしまったり、忘れ物がないか、この服で本当に変じゃないか…そんな感じで1人時間に追われていた。それに…
「彩葉、そんなに慌てなくて大丈夫だから」
「でも…」
「車で行くんだし、別に平気だよ?」
「にゃんずたち…」
私はそれも心配だった。
「ははっ。それも大丈夫だって。十分なご飯と水は用意したし、トイレも簡易的だけど増やしたでしょ?エアコンも付けっぱなしで出て行くし、ほら、毛布。万が一寒くなってもちゃんと大丈夫なようにしてるよ?」
まだエアコンが必須な時期ではないけど、日中は暑くなることもある。だから微風でエアコンを稼働させることに決めていた。
大丈夫だよね?実家の猫も、1泊2日程度の旅行の時は平気でお留守番をしていたし…
「それに1人じゃないよ?2人で留守番なんだから、寂しい思いもきっとしないよ。それより俺は、にゃんずたちが好き勝手しないか心配」
「もう大丈夫じゃない?子猫じゃないんだし」
「いーや。まだまだわかんないよ?新しい遊びを発見しちゃうかもしれない」
りっちゃんは笑いながらそう言った。私はその笑顔を見てホッとした。
そうだよね。ちょっと心配しすぎてたみたい。
りっちゃんは、いつも私を安心させてくれる。
「落ち着いた?」
「落ち着いた」
「それじゃあ行こうか」
私たちは準備を済ませると、家を出た。
まだセミも鳴かない本格的な夏ではないのに、日に当たると暑かった。
空は青く、少し遠くにモクモクとした真っ白い雲が見えた。
夏が来る…
今日の気温と空はそんな感じだった。
車に乗り込み、2人で旅行先の話をしながら“何食べようか”、“ここは行きたいよね”などを話していた。車内には2人の笑い声が時折響く。
ああ…楽しみだな…
そんなふうに思っていたのに、順調に進んでいた車は事故渋滞に巻き込まれてしまった。
「…なかなか進まないな」
りっちゃんは少し“うんざり”とした様子で呟いていた。
珍しいな…
私はそう思った。私の中のりっちゃんはいつも優しいから。
「イライラしてるの?」
「んー?そんなことないよ?“早く彩葉を温泉地に連れて行きたいのに”っていう“もどかしさ”ならあるかな。寝ててもいいよ?」
「ふふっ。じゃあ寝かしつけして?」
「え?寝かしつけ?」
「そう。何かお話聞かせて?」
私がそう言うと、りっちゃんはハッとした顔をした後、すぐに笑顔になった。
「いいよ?それじゃあ今日はシンデレラね」
「楽しみっ」
「あるところに、イロハデレラがいました」
りっちゃんはそう言うと話始めた。
「シンデレラじゃないの?」
「うん。イロハデレラ」
また私が物語の主人公のようだ。
「イロハデレラは継母からも義姉からも可愛がられ──」
そう語りだしたその物語は、前と同じように幸せそのものだった。
イロハデレラは血の繋がらない母や姉に可愛がられ、舞踏会にも普通に参加する。ただ、魔法使いは出て来ず、舞踏会へのドレスはネズミや小鳥たちが作った物で参加する。イロハデレラを見た王子はすぐに恋に落ち、プロポーズをする…そんな話だった。
「つまんない。ガラスの靴は?」
「そんなのは必要ない。王子はどんな姿のイロハデレラにも必ず恋に落ちるから。目の前にそんな子が現れたら、必ずその子の手を握り、絶対に放さない。だから探す必要もない」
私には理解できなかった。
「王子は一目惚れ?」
「そう」
「そうしたらこのお話の魅力がなくなっちゃうじゃん」
「実際のシンデレラの話だって一目惚れじゃない?」
あ…そっか…
「でも…ガラスの靴がこの物語の“核”なのに」
「…わかった。じゃあ…──」
りっちゃんはそう言うと物語を作り変えた。でも…それはとても平和なものだった。
前半はシンデレラの話と同様、継母や義姉たちからいじめられ、魔法使いもちゃんと現れる。それで魔法によって美しいドレスを身に纏ったイロハデレラ。でも0時になると魔法が解けてしまう。それを恐れたイロハデレラは時間を気にして帰ろうとするも、王子はその手を放さなかった。魔法が解けたイロハデレラはいつもの姿になるけど、王子の愛は変わらなかった…
そういう物語だった。
「…ガラスの靴は?」
「ん?…思い出の品?」
私はそれを聞いて思わず笑ってしまった。ロマンチックな話なのに“思い出の品”って。前に“ロマンス”とか言ってたから、てっきりりっちゃんはロマンチストだと思ってたのに。
そんな話をしていると、車が流れ始めた。
「おっ、やっとだ」
「あーあ。眠れなかった」
「ははっ」
「りっちゃんがつまんない話するから」
「えー?つまんなくないでしょ?とーっても幸せなお話」
りっちゃんはそう言いながら、いつもの優しい顔で私を見た。
それからも色々と話していると、目的地に着いた。
「わぁ、なんか自然が多いと、やっぱり空気が美味しく感じるね」
「そうだね。でも俺は彩葉がそばにいてくれれば、いつでもそこが俺のオアシス」
また何か言ってんな…
「そうじゃないでしょ?一緒に自然を堪能しようよ」
「んー?彩葉には俺の気持ちはわからないよ」
…もしかして記憶喪失のこと言ってる?りっちゃんの中ではあの事故のこと、私が記憶を失ってることが心のどこかで“しこり”になってて…だから私が“そばにいてくれれば”って言ったのかな?
…考えすぎかな?
「事故のこと?」
「え?」
「私が記憶を失っちゃったから、そんなふうに言うの?」
私はりっちゃんの気持ちを想像することしかできない。
「ははっ。そんな辛気臭い顔しちゃって。今旅行に来てるんだよ?さっ、楽しもっ」
りっちゃんは私の手を取ると歩き出した。
私に気を遣ってる…
りっちゃんの気持ちを知りたいけど、確かに旅行中にする話じゃないよね。たくさん楽しんで、いい思い出を作りたいな。
私たちはまず、自然の中を楽しんだ。
「彩葉、あれ見て?見える?」
「どれどれ?」
「ほらあそこ。何の鳥だろう。青い鳥。見える?」
「あっ、本当だっ」
こんな感じで景色や鳥などを見て楽しみ、それからまた車で移動すると、今度は観光地やお土産屋さんを回ったりした。
「あ、それかわいいね」
「ね。思い出に買っていこうかな」
「じゃあ俺も色違いで買っちゃお」
「お揃いだね」
こんな感じでお土産も買った。
「ねぇねぇ、これ美味しそう」
「ホントだ。今日何となくの目星を付けておいて、明日買って帰ろうか」
「そうだね。サキとかバイト先にもお土産持って行きたい」
「俺もー」
しばらくそうやって楽しんだ後、旅館へと向かった。
旅館に着き、部屋へ案内してもらった。仲居さんが部屋を出て行くと、私はすぐりっちゃんに話しかけた。
「…ここ…高かったんじゃない?最初にスマホで見せてくれた部屋と違うよ?」
「驚いた?」
「驚くよー。だって露天風呂付きなんだもん」
「ははっ。彩葉を喜ばせたくて。嬉しい?」
私は、このりっちゃんの優しい気持ちに、どうお返しをすればいいんだろう。
「どうしたの?彩葉。嬉しくない?」
「嬉しくないわけないじゃん」
「なら笑って?今日を楽しもう?ここね、大浴場もすごいんだよ?少し休憩したら、浴衣に着替えて行こ?」
本当に…りっちゃんはなんでこんなにも私のことを愛してくれるんだろう。私は自分の性格を考えると、それが不思議でならなかった。
それから少し休憩をしたあと、浴衣に着替えて2人で大浴場へと向かった。
りっちゃんが言う通り、この旅館の露天風呂から見える景色も良かったし、室内温泉も情緒があった。
気がつけば、りっちゃんと約束した時間を過ぎてしまった。1時間後にって約束してたのに。今から出て、スキンケアをして、髪の毛乾かして…ってしてたら遅くなっちゃう。私はすぐに温泉から上がると軽くシャワーを浴び、急いで脱衣所へ向かった。
スマホスマホ……あった。
「りっちゃん?ごめん。ついつい長く入りすぎちゃった」
『ははっ。だと思った。急がなくていいから』
「いやいや。まだ髪も乾かしてないから、りっちゃんは先に部屋に戻ってて?」
『お土産屋さんとか、ちょっと館内を見て回ったりするから、彩葉はゆっくり準備しな?』
「わかった。ありがとう。また連絡するね」
電話を切ると、私は急いでスキンケアをし、髪を乾かした。




