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35 邪魔


 彩葉の…スマホが見たい…。

 

 普段誰とどんなやり取りをしているのか知りたい。

 

 事故以来、俺は彩葉のスマホを見ていない。いや、正確に言うと、スマホを買い替えたあと一度だけ見たけど、それはメッセージを見るためにではなかった。

 

 事故の時に見たのは、サキ、タツヤ、ユイナ…この辺りと頻繁にやり取りをしているようだった。それから地元のグループメッセージ。サキ、タツヤ、ユイナ、コウスケ、ミツル、アヤ…この子たちとのやり取りが多かった。あとは両親と…キクチ…。


 そうだ…キクチ…


 あのあと彩葉は、キクチと連絡を取ったりしてるのだろうか。前に見た時は業務連絡のみだった。もちろんまだ働いている頃のものだ。だからノーマークだったけど…。


 でもひとつ、気になるメッセージがあったんだよな。


 “また反省会するから。明日空けておいてね”


 そういうメッセージだった。


 “また”…?“反省会”…?


 その時の俺はそんな感じで引っかかってたんだ。

 

 でも彩葉の返事が“はい”だとか、“わかりました”など、事務的な返事だったから、あまり気に留めないようにしていた。そんなことよりも、彩葉の情報。とにかくこれを集めたかった。写真フォルダを見てみると、お店で注文した料理、景色、遊びに行った時に撮ったと思われるもの、野良猫、レシピのスクショ…たまにサキちゃんと映っているもの、それから仲良しグループ…そんな感じで、自撮りや友達と撮ったものは明らかに少なかった。


 これは…写真があまり好きじゃないのか…?


 その時の俺はそう思った。


 バックアップアプリ内の写真も全部見た。


 高校時代の写真がずらりとでてきた。


 …制服を着た彩葉だ…かわいい…


 そこにはブレザーを着て、短いスカート、それから今とは違うショートカット姿の彩葉が無邪気に笑っている写真があった。俺は彩葉のスマホに自宅のWi-Fiを繋げ、その画像を自分のスマホに共有した。いや、その1枚だけじゃない。彩葉が写ってるものは、全て俺のスマホに共有した。

 

 俺の…宝物…。


 …違う。またついつい彩葉のことばかり考えてしまった。


 キクチ……今はキクチのことが知りたい。

 

 ちょっと彩葉に聞いてみるか。


 俺は家に帰ると、早速彩葉に聞いてみた。


「キクチさんとは今、やり取りとかってしてる?」

「あー…ちょっとね」


 は?


「私、事故のせいでスマホ壊れちゃったでしょ?あ…りっちゃんもか。それですぐに気づかなかったんだけど、スマホを買ってもらった時に、キクチさんからメッセージが届いてたの。何通も」

「…何通も?」

「私が出勤して来なかったから。最初は“寝坊か?”とか、“お前は社会人として──”とかだったんだけど、徐々に心配するような内容になってて…」

「それで?」

「それで、“もう退職してる”ってりっちゃんから聞いてたのに、なんでキクチさんは出勤してこない前提で連絡してくるんだろうって、混乱して…」


 あー…俺はこの時点で既にしくじってたのか。


「でも読み進めてると、“事故に遭ったって聞いたよ”とか、“大丈夫?”っていうメッセージになってて…」


 ってことは、彩葉は前から知ってたのか…


「でも私…その時本当に色々と混乱してたから、途中から考えることを辞めちゃったんだ…」


 そっか…

 

 彩葉が入院した時点で、すぐ職場に連絡をするべきだったな。


「…緊急連絡先とか、会社に提出してなかったの?」


 俺の職場にはそういうのがある。彩葉の会社にはなかったのだろうか。俺は当時、そのことをすっかりと失念していた。


「あー…嘘ついた。両親に心配かけたくなくて、“疎遠”だって伝えたらそれで済んだ」


 そんなに自立したかったのか。


「だから今回、キクチさんに会ってすごく不安になった。りっちゃんが嘘をついてるかもって…結びついたんだよね、あの時の違和感と」

「ごめんね。俺がすぐに彩葉の職場に連絡してれば…でも俺も彩葉と同じように混乱してたんだ」

「うん。わかってる」


 あー…他にも何かしくじってるかもしれない。今まで全て順調だと思ってたのに。


 俺の中に、一点の黒いシミが付き、それがじわじわと広がっていくような感覚に陥った。


「…それで?」

「んーと…“今までお世話になりました”って送って、それの返事がきても返さなかった」

「なのに、この前再会してから、またやり取りが始まったと」

「そんな感じ」


 どんなやり取りだ?


「どんな感じに?」

「え…?」

「キクチさんと」

「…別に、普通だよ」

「普通って?」

「…体調は大丈夫か…とか」

「キクチさんて人はどんな人?」


 彩葉は少し困ったように話し始めた。

 

 “反省会”とは、飲み会のことだった。しかも二人だけの…。その飲みでは自分が今までにどんなに苦労をし、それゆえどんなに自分が優秀かを語っていたらしかった。しまいには「僕との反省会がしたくて、わざとそんな態度をとってるの?」だとか、「素直に僕に気持ちを伝えてもいいんだよ?」など、意味のわからないことを言うヤツだったそうだ。


 …キクチは…彩葉のことが好きだ。


 それに彩葉も自分のことを意識していると勘違いしている、痛いヤローだ。たまにいるんだよな。こういう奴。恋愛経験の少ない勘違いヤローが。


 この夜、俺は彩葉のスマホを見ることに決めた。


 キクチ…一体どんな奴なんだ?顔がわかれば直接話に行くのに。彩葉の元職場にでも行くか?


 でもそんなことをしたら、キクチが彩葉に連絡をするかもしれない。俺が勝手なことをすれば彩葉は嫌がるかもしれない。


 でも…


 そんな“ヤバい”奴を、彩葉と繋げたままにしたくない。


 彩葉を…守らないと…


 彩葉が眠りについたのを確認すると、彩葉のスマホを手に取り、リビングのソファに座った。


 パスコードを入れ、メッセージアプリを立ち上げる。


 キクチ…キクチ…


 あ…あった。


『記憶喪失だって言ってたけど、婚約者のことも覚えてないんじゃないの?』


 そんな内容がキクチから送られていた。


 彩葉はキクチに、自分が記憶を失ってることを打ち明けたのか…。


『それはそうですけど、ちゃんと私の婚約者です』

『なんでわかるの?』

『私のことをよく知ってるからです』

『でも僕、そんな話、聞いたことなかったよ?』

『私は仕事とプライベートは分けていたので』

『彼氏がいるか聞いた時も“いない”って言ってたよ?』

『だからそれは、私が話さなかっただけで』

『本当にそいつのこと信用できるの?』

『はい。彼は私を大事にしてくれています』

『僕が見極めてあげるから、そいつに会わせてよ』


 やり取りはそこで終わっていた。彩葉が返信をしていないからだ。


 もしかして…彩葉は俺を疑い始めてる…?


 でも返信をしてないってことは、彩葉はもう、関わることをやめたってことなのか?

 日付を確認してみると、それは3日前のものだった。


 どっちだ?彩葉は俺を疑ってる?それともキクチに対して“トンチンカン”なことを言ってると思ってる?


 返事をしていないなら、たぶん後者だと思うけど…


 俺は彩葉のスマホを枕元に置くと、自分も眠りについた。


 今後…何事もなく、平穏に暮らせますようにと願いながら…

 

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