表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/44

34 時間稼ぎ


「俺今日、ユイナちゃんとデート」

「はいはい、よかったな。俺は毎日がデート」

「相変わらずだな。そんなに毎日“大好き”なの?そういうのって落ち着いてこない?」


 落ち着く?一体なにが落ち着くっていうんだ?好きな気持ち?…が落ち着く?“加速”するの間違いだろ。


「なんで?好きな人と毎日一緒にいるのに、なんでそれが落ち着くんだ?」

「だって普通はだんだん落ち着いて、一緒にいるのが当たり前になって、恋より愛?になるだろ?」


 俺は毎日大好きだし、毎日愛してる。


「愛してるけど、一緒にいることは当たり前じゃない。奇跡なんだ。明日どうなるかなんてわからないだろ?」

「…お前らそんな危うい関係なの?」

「…違う。事故に遭うとか…」

「あ…そっか…お前たち、あの電車に乗ってたんだもんな」


 そんな話をしてから、俺は家へと帰った。


 ああ…今日の夕飯はなんだろう。

 楽しみだな。

 

「ただいまー」

「おかえり」


 一瞬でわかった。彩葉の声色でわかった。


 空気が…重い…


 なにがあった…?


「りっちゃん、聞きたいことがある」


 その一言で心臓が大きく跳ねた。


「とりあえず座って?」


 俺は言われた通りにダイニングテーブルのイスに座った。

 

 なんだ?聞きたいことって…


「今日、元上司に偶然会ったの」


 元上司…

 

 今日彩葉は、確かうちから3駅先の、お気に入りのパン屋さんに行くと言っていた。その時に会ったのか?


「それで?」

「…それで…私が退職したのは、入院してる時だって聞いて。その上司が直接対応をしたわけじゃないんだけと、婚約者だと名乗る男が会社に来て、私の仕事復帰が難しいから、退職手続きをしたって…それってりっちゃんのことだよね?ねぇ、どういうこと?」


 …また想定外のことが起きてしまった。


 いつもならこの時間、テーブルには料理が並べられているのに…


 俺はそう思いながら、何もないテーブルを見つめた。


 考えろ…考えろ考えろ考えろ。


 ──あ…そうだ…


「大事な話をしてる時にごめんね?今お客さんから電話がかかってきちゃったから出てもいい?」

「…いいよ」


 ちょうど、手には仕事用のスマホを持っていた。家に向かいながら、お客さんと話していたからだ。

 でも…さっきとは違い、そのスマホを握る手はしっとりとしていた。


 俺は震えてもいないスマホを耳に当てると、電話をしてるフリをした。


「あ、先ほどはどうも。何か他に気になることでもございましたか?──」


 そんなことを言いながら席を立ち、仕事部屋へと向かった。


 考えろ。


 何か思いつけ。


 もっともらしい理由…自然な理由…


 彩葉が納得する理由…


 今日会った上司は誰だ?彩葉が愚痴ってた上司…あいつか?もしそうじゃなかったとしても、名前を出すことで、普段から彩葉は職場の話を俺にしていたと印象付けられる。


 思い出せ、思い出せ…。


 俺は「はい」とか「それでしたら──」なんて言いながら電話で話すフリを続け、頭の中をフル回転させていた。


 彩葉の上司の名前を知ったのは、帰宅中の彩葉のあとをつけている時だ。その時彩葉は電話で上司の愚痴を言っていた。


 …もう1年以上も前のことだ。思い出せない。


 確か…“き”から始まった気がする。


 き…き…き…


 キムラ?じゃないし、キシダ…でもない。キタムラ…いや、3文字だった気がする。き…き…キクチ。そうだキクチだ。


 あとは理由…


 ……よし、これにしよう。


 俺は彩葉のところへ戻ると、イスに座った。


「ごめん、内見の相談だった」

「それで?」


 彩葉の冷たい声が、部屋の中に響く。


「確かに、俺が退職手続きをした」

「なんで勝手に?」

「…彩葉が…すごく混乱してたから」

「だからって、別に退職じゃなくてもよくない?」

「彩葉。あの時ね、俺すごく怖かった。彩葉が目覚めなくて。それに目覚めても記憶喪失。俺も動揺してたの。動揺しながらも色々考えた。それで今後の彩葉のことを考えてそうした」


 俺は彩葉の同情を誘うように、わざと“怖かった”、“動揺した”のワードを入れた。

 眉間に皺を寄せていた彩葉の表情が少しゆるんだ。でも…


「私、仕事楽しんでたみたい」

「今日会ったのはキクチさん?」

「そうだけど」


 やっぱり…。


「彩葉はキクチさん、好きじゃなかったでしょ?」

「それはそうだけど、サキからも、タツヤからも私は楽しそうに仕事してたって言われてたし…」


 そこも引っかかってるのか。

 前は納得してくれたのに、キクチからもそう言われて、疑惑になったんだろうな。


 …考えろ…もっともらしい理由を…


「それには理由があるんだよ」

「なに?」

「その前に、結婚したら家庭に入る話をしてたって話は覚えてる?」

「…覚えてる。でも…仕事が楽しいなら──」

「彩葉は俺と婚約してから仕事が楽しくなったんだよ?」

「どういうこと?」


 俺は説明した。“結婚が視野に入り始めた彩葉は、これでいつでも辞められると思うと、肩の力が抜けた”と言っていたと。そうしたら、“前よりも仕事が楽しくなった”と言ってたんだよと伝えた。


 …ま、嘘だけど。


 すると彩葉は「確かに…これがずっと続くと思うと、うんざりしてたから…」とポツリと呟いていた。


「それに他にも理由はある。彩葉は“2年間の記憶を失ってる”んだよ?その間に覚えた仕事も忘れちゃってるよね?」

「…そっか…」

「病院の先生はいつ記憶が戻るかはわからないって言ってたんだよ?そんな状態で仕事復帰するなら、もう退職しちゃった方がいいと思ったんだ。休職中にしてたら、彩葉が色々焦るんじゃないかって…早く記憶を戻さなきゃって、早く復帰しなきゃって…それをストレスに感じるんじゃないかと思ったんだよ」

「…りっちゃん…色々と考えてくれてたんだね」


 …俺は心の中で、ホッと胸を撫で下ろした。

 どうやら信じてもらえたようだ。


「ごめん。言うべきだったよね。とにかく彩葉には、もうあれ以上負担をかけたくなかったんだ。本当にすごく混乱してたから」

「…ううん。ありがとう。確かにこんな状態の私が仕事復帰しても、役立たずだっただろうな」


 よかった。納得してくれた。


 ──それにしても…焦った…


 全身に冷や汗をかいてしまい、気持ち悪かった。

 彩葉が夕食の支度をすると言ったから、俺はシャワーを浴びに行った。


 危なかった。まさか偶然、元上司に会うだなんて想定してなかったから…

 

 これからもこういうことがあるのか?あの事故の日から数日間、彩葉のスマホを見た時に、交友関係、仕事関係者なんかは大体把握しているつもりだけど、また想定外のことがあるかもしれない。でも毎回、電話がきたから──は使えない。

 とにかく時間稼ぎの方法をいくつか考えておかないと…

 体調不良、急ぎの仕事…他に何かいい言い訳はないだろうか。


 シャワーを浴び終えると、いつもの彩葉に戻っていた。テーブルには料理が並べられていた。


「今日は簡単なものになっちゃってごめんね」

「大丈夫だよ。キクチさんから話を聞いて不安だったよね」

「不安…だった。自分では判断できないことだから」

「そうだよね。また何かあったら、今日みたいにちゃんと聞いてね」

「うん。ありがとう」


 2人で声を揃え“いただきます”をすると、彩葉はいつものように今日の出来事を話していた。


 日常だ。俺が愛する日常が戻ってきた。


 彩葉は今、目の前で可愛く笑っている。さっきの表情とは全く別だ。声色も温かくなった。


 やっぱり“一緒にいてあたりまえ”だなんてことはない。俺にとってこの毎日は奇跡なんだ。俺はこれを、一生守っていかないと…。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ