33 計画通り
彩葉が秋田の友達と飲む日がきた。あの、“ミツル”がいる飲み会だ。
確か…昼には合流して、夕方から飲み始めるって言ってたよな?
あー…もう…仕事に集中できない。
ミツルって奴が気になる。
彩葉は、そいつに笑いかけるのか?あの時はこうだったよね、だなんて笑いながら話すのだろうか。
時間を確認すると、まだ午後2時だった。
クソ…早く帰って彩葉を迎えに行きたい。
今日も迎えに行くことにはなっている。ミツルの顔を知ることができる…。
仕事が終わると、ヤマダが話しかけてきた。
「なんかお前、いつもと違うな」
「悪い。急いでるんだ」
いつもなら、なんだかんだでヤマダの会話に少し付き合うが、今日は早々に切り上げて家へ帰ると、すぐに車に乗り込んだ。
居酒屋の近くに着き、彩葉にメッセージを送る。すると、彩葉から“車を駐車場に止めて、居酒屋の前に来て”と返事がきた。俺は言う通りにした。
「りっちゃん、お疲れ様。」
居酒屋の前に彩葉がいた。
「うん、お疲れ」
「ちょっとだけ付き合って?りっちゃん飲めないのはごめんなんだけど」
「え?」
お酒で少し頬を赤くした彩葉が、なんだか楽しそうにしながらそう言っていた。
「りっちゃんのことみんなに紹介したいから、ちょっとだけ付き合って?だめかな?」
嬉しい…
え…?いいの?
彩葉、みんなに俺のこと紹介してくれるの?
「だめなわけないよ?俺すっごく嬉しい」
「ははっ。ならよかった」
「いや、ホントに」
「みんなりっちゃんに会いたがってるの」
ああ…最高すぎる。
俺は心を踊らせながら店へと入った。
その後は本当に最高の時間だった。
彩葉の友達から婚約を祝福され、彩葉は友達から冷やかされ、それに照れてかわいい顔をし、はにかんだ笑顔を俺に向けた。その笑顔には“幸せ”が溢れていた。
それを見た時に俺は思った。
俺は…愛されてる…。
“愛してるよ”と伝えてくれた時よりも、何倍も嬉しく思った。その笑顔にはそれだけの力があった。
“彩葉、幸せになってね”
“俺らのグループの中で、1番最初に結婚するのは彩葉かぁ。意外だな”
“いやいや、本当におめでとう”
“まさか彩葉に先を越されるとはな”
そんな会話が飛び交っていた。
なんだこれ…気持ちいい…
“長谷川さん、長谷川さんっ。どうやって彩葉にプロポーズしたんですか?”
“長谷川さん。長谷川さんと2人の時の彩葉はどんな感じですか?”
彩葉への冷やかしが終わると、次に俺への質問攻撃がこんな感じで始まった。
俺はウーロン茶を頼み、みんなからの質問にひとつずつ答えた。時折彩葉が恥ずかしそうにしながら「そんなことまで言わないでよっ」と、照れながら言うのが可愛かった。
この日…ベッドに入ると、俺は幸せを噛み締めていた。
隣でスヤスヤと眠る彩葉をそっと抱き寄せる。
起きちゃうかな…?
……
大丈夫だ。彩葉は酔ってたし、抱き寄せても起きなかった。素肌が触れ合いとても気持ちがいい。それに今日は嬉しくて、つい何度も何度も彩葉を…
そりゃ疲れちゃうよな。
…それにしても俺が今までしたことは、ちゃんと実を結んだ。
全てが順調。
俺がしてきたことに間違いはなかった。あの日…あの1週間…彩葉が目を覚ましてからのあの1週間、寝る間も惜しんで頑張ってよかった。
記憶を失くした彩葉に、俺は“婚約者”だと言ってよかった。
よかった。
本当によかった…。
「りっちゃん、りっちゃん」
「んー?」
「明日ヤマダさん、浮かれてると思うよ?」
「なんで?」
夕食を食べながら彩葉がそう言った。
「ユイナから報告があった」
「なんて?」
そう言ったあと、俺は味噌汁を啜った。
「付き合うことにしたんだって」
あー…じゃあ明日のヤマダはうるさいだろうな…
「そうなんだ。よかったね」
「ねっ。あの2人、お似合いだよね?」
「ね。俺もそう思う」
でも明日のことを思うと少し、げんなりとした。きっとヤマダは、デレデレとしながら報告してくるだろう。
「…りっちゃん…」
「ん?」
「…挨拶とか…どうしようか…」
それって…
「私の両親は、こっちに来てもいいって言ってた。旅行がてらに」
俺はそこで飲んでいた味噌汁を吹き出しそうになった。
「え?彩葉、ご両親に俺のこと話したの?」
「え?だめだった?」
…ちゃんと彩葉は、進めてくれていたんだ…。
「そんなことない。ただ知らなかったから」
「いや、そりゃ言うでしょ。婚約したんだから」
「…それもそっか…」
俺は…それがすごく嬉しかった。
スマホを手に取ると、俺は実家に電話をかけた。
「今大丈夫?…うん、元気だよ。あのね、俺結婚したい人がいるんだ。……そう、だから会ってくれないかな?もう婚約もしてるんだ。………うん、それはこれから」
そんな感じで、俺は電話口の母親に説明すると、電話を切った。
「…りっちゃんは….まだ言ってなかったんだね…」
あー…またしくじった…
「うん。ほら、プロポーズしてからわりとすぐ、あの事故があって、彩葉が記憶失くしちゃったからさ。お互いの両親への報告は、入籍時期が決まってからにしようかって話になってたし」
「…にしても、その…2回目のプロポーズのあとにさ…それでも話さなかったんだなって思って…」
…なるほど…
「それは彩葉が“ゆっくり”がいいって言ってたから。あんまり俺の方で報告やらなんやらしちゃうと、彩葉がプレッシャーに感じちゃうんじゃないかって思ったんだ」
すると彩葉はなんとも言えない表情をした。
「…そっか。気を使わせちゃってごめんね?…それに…いつも私のことを考えてくれてありがとう」
…よかった。
彩葉の中で疑問は消えたようだ。
「それで?ご両親はなんて?」
俺の両親も、旅行がてらにこちらに来てくれると言ってくれた。それを彩葉に伝えると、彩葉は一気に緊張した面持ちになった。
「…それって、りっちゃんのご両親との顔合わせと、両家の親同士の顔合わせが同時にあるってことだよね?」
「そうなるね」
「…緊張するな…」
「でもさ、俺らからしたら楽じゃない?こっちに来てくれるんだから」
「まぁ…確かに…?でも…りっちゃんの地元も見てみたい」
そんなふうに思ってくれるんだ。
嬉しい…
「俺も彩葉の地元を見たい。でもそれは、結婚してからでもできる」
「…それもそうだね。じゃあ両親たちのお言葉に甘えて、こっちに来てもらおうか」
「うん。それでいいと思うよ」
もう…あと一歩手前まできてる。
俺の欲しかったもの。
俺が手に入れたかったもの…。
それがもうすぐ手に入る…。
ああ…本当に上手くいったな。
あの時、“婚約者”だと彩葉に伝えたことも…
部屋を解約し、仕事を退職させたことも…
あ、そうそう。彩葉のキャッシュカードやクレジットカードを破棄したのも、ちゃんと効いていたな。その上スマホもない。そのおかげで身動きが取れなくなった彩葉は、俺を頼らざるを得なくなった。
それがよかった。
彩葉の実家は遠い。帰る家ももうない。仕事もない。すぐに使えるお金もない。連絡もできない…。
だから彩葉は…
俺のそばにいるしかなかった。
そうしておいて、本当によかった…。
「りっちゃん?」
彩葉の声で現実に戻った。
「ん?なに?」
「考え事?」
「そ。考え事。ちょっと昔のこと考えてた」
「昔のこと?なになに?」
「彩葉が入院してる時のこと」
俺がそう言うと、彩葉は申し訳なさそうな顔をした。
「彩葉?」
「心配したよね?ごめんね?りっちゃん、辛い思い、たくさんしたよね?」
その逆だよ彩葉。
「大丈夫だよ。それにほら、今こうやって一緒にいる」
「あの時、支えてくれてありがとね」
だって彩葉…八方塞がりだっただろ?あの時の彩葉は、俺しか頼れなかっただろ?
「そんなの当たり前でしょ?俺は彩葉を愛してるんだから」
「もうっ。なんでそんなにサラッと言えちゃうの?」
「ん?」
「…愛してるとか…」
彩葉は恥ずかしいのか、小さい声でそう言った。
「ははっ。俺こういうこと平気で言えちゃうタイプ。それに本当のことだしね」
「私も言ってたの?」
んー…なんて言おうかな…
「彩葉はね、今みたいにやっぱり恥ずかしがって、なかなか言わなかったかな。でもね、“好き”とは言ってくれてたよ?」
これならリアリティがあるかな。
「そっか。私らしいや」
ほらね。正解だった。
ああ…このまま一生、彩葉の記憶が戻りませんように。




