表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/37

30 俺のシナリオ


 俺は、彩葉が記憶を保持したまま目覚めた場合のシナリオも、ちゃんと考えていた。


 あの時は確か、俺だけの記憶が消えてしまったパターンを、まずは考えてみたんだ。

 

 彩葉が目を覚ましたら、先生がまず色々と本人に確認するだろう。それから俺に説明してくれたようなことをきっと彩葉にも伝える。ここまではいい。リアリティがある。

 でも彩葉の裏アカを見る限り、きっと俺のことを不審がる。例え信じてくれたとしても、“別れてください”と言われるかもしれない。

 

 いや…やっぱりそもそも信じないか…?

 

 だから俺はそれを却下した。


 ここは堅実にいくか…

 

 事故の時に、俺がとった行動をそのまま伝えよう。彩葉のことは、スマホを拾ってくれた人と認識していたから、気を失っている彩葉に気づいて、病院まで付き添った。それで咄嗟に“婚約者”だと言ってしまった。そう伝えるか?

 

 …いや…やっぱり気持ち悪いよな?婚約者だと言ってまで他人のことをこんなに心配するのって…


 でももう、すでに病院の人にそう言っちゃったしなぁ…


 俺はまた色々と考えた。


 あ…


 “婚約者”うんぬんは病院の手違いってことにしようか。あの日は事故のせいで患者も多かったし、なんとか誤魔化せるかもしれない。


 うん。そうしよう。


 だから彩葉が目を覚ました時に、俺に連絡がきたということにしよう。


 それで…


 彩葉のことは顔見知りだったからと言って心配して…


 そこから始める…?


 こんなんで始まるだろうか…


 でもお見舞いに行ったり、気にかけたり…そうやっていればただの知り合いではなくなるよな?優しくされれば、そんな相手を簡単に無碍むげにはできないはずだ。


 親身になって寄り添って、支えて…


 それに同じ電車で事故に遭ったという共通点もあるから、心を開きやすいかもしれない。


 でもやっぱり…

 

 ああ…


 …どうか彩葉が記憶を無くしていますように。

 

 俺は毎日そう願っていた。


 ──…懐かしいな。あの時の俺は必死になって考えてたもんな。


 俺は明け方の薄暗い中、隣で眠る彩葉を見た。

 

 俺の…正真正銘の婚約者…


 彩葉の様子を見ると、結婚はもう少し先になりそうだな。


 それから俺はあの日のことも思い出していた。


 病院から電話がかかってきた時のことだ。

 

 あの日…電話に出て話を聞いた時、俺は嬉しくてたまらなかったんだ。


 彩葉が目を覚ましたこと。


 それから…


 記憶を失っていること…


 ああ…運は俺に味方した。

  

 本気でそう思った。

 

 しかも直近の約2年間の記憶がないと、看護師から教えてもらった。それも俺にとって好都合だった。


 一瞬にして、シナリオが完成した。


 彩葉が退院するまでの1週間、俺にはやることが山ほどあった。


 そんなことを思い出しているうちに、俺はまた眠くなり目を閉じた。


「りっちゃん」


 彩葉の声で目を覚ました。部屋の中は、もうすっかりと明るくなっている。


「私もう起きるけど、りっちゃんはまだ寝る?」


 上体を起こした彩葉が俺を見て、そう聞いてきた。俺は彩葉の腕を掴むと、自分に引き寄せ抱きしめた。


「今日は2人とも休みだから…もう少しこのまま…」

「また眠くなっちゃうよ」

「んー?大丈夫。寝かせないから」


 俺はそう言うと、彩葉に覆いかぶさり唇を重ねた。




「今回担当させていただきます、長谷川と申します」


 彩葉からもらった名刺入れから名刺を出すと、俺はお客さんに手渡した。


 彩葉からのプレゼント…今日の朝も可愛かったな。寝癖のついた彩葉の姿。

 

 …いかんいかん。

 

 仕事に集中集中。


 今日も彩葉のために、頑張って働くぞ。


 俺の頭の中には常に彩葉がいる。こうやってお客さんに色々と物件を紹介していながらも、今彩葉は何してるかな?にゃんずと遊んでるかな?そんな感じで考えていた。


 仕事が終わると、ヤマダが声をかけてきた。


「お疲れーっす。今日飲み行かね?」

「行かねー」

「即答かよ」

「彩葉がご飯作って俺のこと待ってる」

「じゃあ明日は?」

「明日も彩葉がご飯作って俺のこと待ってる」

「…明後日」

「明後日も…以下同文」

「たまには彩葉ちゃんもご飯作るのお休みしたいんじゃない?」


 確かに。


「それもそうだな。じゃあ明日は彩葉と外食することにするわ。ありがとな。気づかせてくれて」


 俺がそう言うと、ヤマダは「だーかーらぁ、そうじゃなくってぇ」と、いいながらもどかしそうにしていた。


「ははっ。おもしろっ」

「じゃなくってぇ」

「なんだよ。ユイナちゃんのこと?」

「そっ。だから相談に乗って?」

「はぁ…」

「あ、今傷ついた。僕ちん今のため息に傷ついた」

「俺は一人称が“僕ちん”だなんてキモイやつと、飲みに行きたくはない」

「なぁなぁ。俺っちと飲みに行こ?」

「“俺っち”だなんて言う…以下同文」


 ヤマダとは今までも何回か飲んだことはある。でも彩葉と一緒に住み始めてからは、めっきりと行かなくなっていた。

 仕方ない。付き合いも必要だ。俺はヤマダに付き合うことにした。


「明日でいいか?」

「もちのろんです」


 ヤマダとの会話が終わると、俺は急いで帰った。


「ただいまー」

「おかえり。今日もお疲れ様」

「彩葉もお疲れ様」

「ははっ。私今日休みだよ?」

「家事してるでしょ?それににゃんずたちの世話も」

「にゃんずはもう手がかからないよ」


 …あとは…彩葉に結婚したいって思わせるだけ…

 彩葉はいつ頃って考えてるのかな。俺はご飯を食べている時に聞いてみることにした。


 プレッシャーに…ならないよな?普通のことだよな?


「彩葉、いつ頃籍入れたい?」

「あ…まだそこまでは…」


 やっぱり…


 でもここで焦ったらだめだ。ヘマだけは絶対にしたらいけない。婚約破棄だなんてことにはならないようにしないと。

 

 俺は…


 ちゃんと彩葉から愛されてから結婚したい。彩葉から“愛してる”という言葉を聞いてから…結婚したい…

 

 愛されたい…彩葉に…


「…とりあえず…1年以内を目標にする?お互い、両親への挨拶もしないとだし」

「そうだね。できればゆっくりがいいな」


 ゆっくり…か…。


 思わず、ため息を吐きそうになるのを我慢し、話題を切り替えた。


「そうそう。明日ヤマダと飲みに行くことになった。ユイナちゃんのことで相談したいんだって」

「わかった。楽しんできてね」

「で?ユイナちゃんはどうなの?」

「ヤマダさんのこと?」

「そう」

「ふふっ。好感触」

「おっ、そうなんだ。ヤマダには黙っておこっと」

「はははっ。りっちゃんってヤマダさんにはいじわるだよね?」

「おう。あいつうるさいからな」

「でも仲良し」

「懐かれてるだけだよ」


 きなこが彩葉の膝の上に乗った。


「あ、こら。今ご飯食べてるからだめ。あとで遊んであげるから」

「みゃー」

「そんな可愛い声出してもだめ。ほら降ろすよ」

「にゃんっ」

「だからそんな…可愛い声出さないでよー。降ろせなくなっちゃうじゃん」

「みゃ〜」


 彩葉ときなこはそんな会話をしていた。


 あー…きっと俺が仕事中も、彩葉はにゃんずたちとこうやって過ごしてるんだ。


 もう本当にうちには、かわいいが溢れてる。


 


 次の日仕事が終わると、俺はヤマダと居酒屋に向かった。

 

「律くん、聞いてくれよ」


 テーブルにつき、注文を終えると、ヤマダが早々に話を切り出した。


「その呼び方やめろ」

「りっくん」

「…」

「とにかく聞いてくれよ」

「早く話せよ」


 “相談したい”と言っていたはずなのに、ヤマダは結局惚気ていた。こう言ったらこう返ってきた…だとか、今度どこどこでデートするんだ…とか。


「なんだよ、惚気を聞いて欲しかったのかよ」

「いや、それもあるんだけどさ…もうそろそろいいかな?」

「なにが」

「告白」

「勝手にしろよ」


 でもヤマダは慎重だった。


「なんでそんなに躊躇してんだ?」

「…楽しいんだ。今のこの感じがすごく楽しい。だから告白して、もしダメだったらって思うと怖いんだよ」


 …わかる…この幸せが壊れたらと思うと、すごく怖いよな。ヤマダは俺が思っていたよりも、ユイナちゃんに本気のようだ。


「伝えろ」

「え?」

「ちゃんと真摯に気持ちを伝えろ。おちゃらけたり、ノリで伝えるな。ちゃんと真面目に、告白しろ」

「それで上手くいくかな?」

「それはユイナちゃんの気持ち次第だろ」


 それからも色々と話した。俺も彩葉やにゃんずたちの話をした。


 なんだかんだでその時間は、楽しいものになった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ