27 手
「なぁ、もういいか?」
「えっ?何が?」
「俺もうお前の隣歩きたくないんだけど。こんな場所で」
「あー、それもそうだよな。野朗同士で歩く必要ないよな。せっかく相手がいるんだし」
ヤマダがそう言ってくれたから、俺は彩葉の隣に行くと手を握った。
「彩葉、何か乗りたいのある?」
彩葉は少し照れた顔をした。友達の前で手を繋ぐことに、少し抵抗があるのだろう。彩葉はそういうのが苦手だから。
でも今回の意図をわかっている彩葉は、俺の手を放そうとはしなかった。
ヤマダはユイナちゃんの隣に行き話しかけていた。それから4人で何に乗るか話し合い、それが決まるとそのアトラクションへと向かった。
気がつけばヤマダとユイナちゃんは俺たちの後ろを歩き、背中から楽しそうな2人の話し声が聞こえていた。
「なんでメッセージカード持ち歩いてるの?」
「俺のお守りだから。あれを見て“よし、今日も仕事頑張るぞ”ってモチベがあがるの」
「…今度からはこっそり見てね?」
俺と一緒にいる時の彩葉は、友達と一緒にいる時とは違う。最初の頃とも違う。
今では俺を頼り、たまに甘え、こうして照れる彩葉が目の前にいる。
俺が…彩葉を変えたんだ…。
すっごく…気持ちいい…
裏アカで見た彩葉の様子だと、今までの彼氏にはたぶん、甘えてこなかった。
なのに今は…
ああ…もっと甘えられたい。もっと頼られたい。
今朝みたいに、“どっちがいいかな?”って相談されたい。“これ変じゃない?”って聞かれて頼られたい。
彩葉の…“核”になりたい…
もっともっと彩葉の日常に溶け込みたい。
彩葉が何かを考える時、最初に俺を思い浮かべるくらいに。
「彩葉は?バイト中に、俺のことを思い出したりする?」
「…するよ?お弁当作りながら“これ美味しそうだな、りっちゃん好きそうだな”とか、“確か前にこのタラの西京焼き美味しい”って言ってたな、とか」
「他には?ある?」
「…あるよ…」
「教えて?」
彩葉は照れた顔をした。
「ワカナさん夫婦を見てて…」
「見てて?」
「すごく仲が良くて…」
「うん」
「私もいつか…」
そこまで言うと、彩葉はハッとしたような顔をして、頬を赤らめた。
…それってつまり…
「“いつか”…なに?」
「ごめんっ。私こんなところで何言ってるんだろっ」
彩葉は繋いでいた手を放すと、両手で自分の頬を包み込んだ。
そんな彩葉の右手首を掴むと、俺は聞いた。
「続き…教えて…?」
「なになにー?2人ともどうしたのぉ?」
チッ
ヤマダのヤロー…
俺は心の中で何度もヤマダに向かって舌打ちをした。
「なんでもねーよ。お前らはお前らでラブラブしてろ」
ヤマダにイラついて、ついついそう言ってしまった。
「え?俺たちがラブラブ?えー?そう見えるぅ?いやぁ、困ったなぁ。ね?ユイナちゃん。俺たちラブラブだってぇ」
「もう、バカじゃないの?」
ヤマダのその言葉に、ユイナちゃんは笑いながらそう返していた。
クソ…
彩葉から大事なことが聞き出せそうだったのに、もう空気はすっかりと変わってしまった。
彩葉はもう、さっきの照れた顔や焦った表情はしていなく、ヤマダたちを見て、楽しそうに笑っていた。
あと…もう少しだったのに…
もう少しで彩葉の本音を引き出せたのに…
目的のアトラクションに着くと列に並び、俺たちは4人で話していた。
「彩葉はさ、長谷川さんのどこを好きになったの?」
「やめてよもう。私がそういう話するの、苦手なの知ってるでしょ?ユイナは」
「でももう今更じゃない?教えてよ」
ユイナちゃん、結構グイグイくるな。居酒屋の時は彩葉のことを気遣ってたのに…
ヤマダのことが気になってるから、判断材料にしたい…とか…?
「教えてよ。別に恥ずかしくないでしょ?長谷川さんとは長い付き合いなんだし」
「…りっちゃんは…優しいんだ。いつも私を優先してくれて、支えてくれて…」
「やっぱり優しいのっていいよねぇ」
「うん。その優しさにすごく救われたんだ。私ね…数ヶ月前にちょっと困ったことがあったの」
記憶喪失のことだ。
「何があったの?」
「それは複雑だからちょっと省きたいんだけど、その時も私に寄り添って、支えてくれたんだ」
「包容力か…確かに、長谷川さんって、彩葉のこと、優しく見つめるもんね」
ユイナちゃんはニヤニヤとしながら俺を見た。
「ははっ。俺そんな感じなの?」
「そうですよっ。もう彩葉のことしか見えてないって感じ?」
するとヤマダが話に割って入ってきた。
「俺も俺もっ。俺も好きな人しか目に入らないタイプっ。
「今はアツシくんの話してないのっ」
それから2人はまた楽しそうに話し始めた。
彩葉…俺嬉しいよ。
前までの彩葉だったら絶対に、そんなこと言っていなかったはずだ。しかも俺の目の前で…
ねぇ彩葉…さっきはなんて言おうとしたの?
“私もいつか…”の先を、彩葉の口からちゃんと聞きたい。
俺は思い出していた。
“…もしかしたら…私の初恋は、りっちゃんなのかもしれない”
あの時から彩葉は変わったんだよな。
それにしても“初恋”か…
思わず口元が緩みそうになった。
俺は今までにももちろん恋をしたことがあった。でも…結局はいつもフラれていた。
みんな…俺のことを“重い”と言っていた。
重い?何が?
当時の俺はそれがわからなかった。
だから考えた。俺の何がいけないのか。愛が重いことの何がいけないのか。
それでひとつの答えに辿り着いた。
今までの俺は、ただただ自分の愛情を押し付けていたんだ。相手を気遣うことはしていた。それとともに、束縛のようなこともした。それは当時の彼女との間に“温度差”を感じていたからだ。
俺はこんなに愛情を注いでいるのに、それと同等なものが帰ってこない。なんなら俺を欺くような行動も目立ってきた。そのうちにその女は、俺のことを“重い”と言い始め、しまいには他に男を作り俺は振られた。
だから俺は、俺にも悪いところがあったのかもしれないと考えた。
…正直、今でも俺だけが悪かったとは思ってない。けれど、俺がちゃんと愛されるには、まず相手をしること。相手の理想に近づくこと。そうすれば愛されるんじゃないかと思った。
だから彩葉のことを色々と調べたんだ。
ここまで心が動いたのは彩葉が初めてだったから…絶対に失敗したくなかった。
「何名様ですか?」
スタッフのその声で現実に引き戻された。
「4人です」
俺がそう答えると「それでは1番と2番にお並びくださーい」と案内された。
「私、2列目がいい。先頭はやだ」
彩葉が不安そうにそう言ってきた。
「ユイナちゃん、先頭でも平気?」
「平気平気っ」
ユイナちゃんは余裕そうだった。
「俺、先頭むり。長谷川替わってくれ」
俺はヤマダのそんな言葉を無視して、彩葉と2番目に並んだ。
「なぁ、頼むよ長谷川」
「無理」
「はせがわぁ」
「彩葉の隣は俺って決まってんの」
するとユイナちゃんは「情けないなぁ…手ぇ握ってあげるから、男見せろや」と言っていた。
ナイス、ユイナちゃん。そのひと言でヤマダが大人しくなった。いや…嬉しさのあまり、小躍りをしていた。
この2人はお似合いだな。俺はそう思った。
順番が来て、ジェットコースターに乗り込む。
「怖い?」
「ちょっと…これさ、前にも乗ったことあるんだけど、捻りながら落ちていくからすごく怖いんだよね」
俺は彩葉の手を握った。
「大丈夫。俺がいるから」
「…う…ん…でも、心臓がバクバクしてる」
「ははっ」
「笑い事じゃ──」
「それではいってらっしゃ〜い」
スタッフの人が俺たちに向かって、笑顔で手を振った瞬間、乗り物が動きだした。
彩葉を見てみると、両目をつむっていた。
「彩葉、いい景色だよ?見てごらん?」
すると彩葉は片目を開けた。
「…確かにいい景色だけど、これホントに怖いんだって。上下感覚がわからなくなるし、胃がフワっていっぱいなる」
彩葉の手は汗ばんでいた。
…かわいい…本当に怖いんだ…
また新たな一面を知れたな。
「ちゃんと手、握っててね?」
「握ってるよ」
俺はそう言ったけど落ちる瞬間、手の力を緩め放す素振りをすると、彩葉の手は、俺の手を求めて必死に握ってきた。
あー…やば…
すっげーかわいい…
ジェットコースターから降りると、さっき手の力を緩めたことを、彩葉からすごく怒られた。




