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26 遊園地


「りっちゃん、どうしよっ。服決まらないっ」


 寝室から彩葉の声が聞こえてきた。


「昨日決めてたでしょ?あれでかわいいよ?」

「ううん。今日思ってたより涼しいから、きっと夕方には寒くなる」

「だったら薄手の上着を持っていけば?」

「今日の服に合うのがない」


 ふふっ。かわいい。

 彩葉焦ってるな…


「だったら…」


 俺は彩葉のクローゼットからワンピースと、薄手の羽織りを手に取った。


「これはどう?」

「わかった。着てみる。まだ時間ある?」

「あるよ」


 彩葉は急いで着替えていた。正確にいうとその姿は見えない。ドアを閉められてしまったから。


「りっちゃんっ、どう?変じゃない?」


 めっちゃかわいい。


「バッチリ」

「本当?」

「かわいいよ」

「この私と一緒に歩いてて恥ずかしくない?」

「自慢の彼女」

「もうっ。そういうんじゃなくて、本当にこの格好で大丈夫?」

「大丈夫だよ」


 “この私と一緒に歩いてて恥ずかしくない?”


 恥ずかしいわけないじゃん。


 とびっきりにかわいい彼女だよ。


 …彼女か…


 もう一歩…あともう一歩踏み込みたい。


「りっちゃんっ、このピアスとこっち、どっちがいいかな?」


 あー…もう本当にかわいすぎる。


 なんでいちいち俺に聞いてくるの?

 そんなの彩葉の好きにすればいいのに…


「んー…右の方」

「ん?りっちゃんから見て右?それとも私から見て?」

「彩葉が今、左手に持ってる方」


 俺がそう言うと、彩葉それを身につけた。


「どう?」

「うん。かわいいよ」


 それでも彩葉は焦っていた。


「カバンどうしよう…これだと上着入らないし、これだと遊びに行くには大きいし…──」

「俺、リュック持っていくから、彩葉の上着入れられるよ?」

「いいの?」

「いいよ」

 

 あー…なんだかこの感じ…すごく自然だな…


 俺はこういうのをずっと求めていたんだ。昔は散々失敗した。それはきっと、相手のことをちゃんと理解していなかったからなんだ。でも今は…


「ねえ、りっちゃん。この服に、このカバン合うと思う?」

「合うと思うよ?」

「じゃあ…」


 彩葉は玄関に行くと、両手にスニーカーを持って戻ってきた。


「こっちと、こっち、どっちがいいかな?」

「彩葉から見て右」

「わかった」


 彩葉がこんなにコーディネートのことで、俺に相談することは初めてだった。

 それほど焦っているのか、俺のことを信用してるのか…

 

 でも…どちらにしろ嬉しかった。


「もう準備できた?」

「できたと思う。あとは何か忘れてないかな?大丈夫かな?」


 時間に追われて焦っている彩葉を、俺は抱きしめた。


「…」

「落ち着いて?」


 彩葉は静かにうなずいた。


「まだ時間に余裕あるから」

「うん」

「大丈夫だから」

「うん…」

「なんでそんなに焦ってるの?」

「なんか…緊張しちゃって」

「ははっ。なんで?なんで緊張?」

「だって今日は、私たちの姿をユイナが見て、“いいな”って思ってもらわないとなんでしょ?」


 …それでか…それで彩葉はいつもと様子が違うのか…

 俺はうっかり口を滑らせて、ヤマダの“思惑”を彩葉に話してしまったんだ。自分以外のこととなると、気が緩んじゃうんだよな。迂闊だった。


「いつも通りでいいよ」

「それを聞いちゃったら無理だよ…それになんか恥ずかしいし」

「大丈夫だから。普通に楽しもう?俺たちも一緒に遊園地行くの初めてなんだよ?」

「うん。それは楽しみなんだけどさ…」

「だからそのまま楽しめばいいんだよ」


 支度を済ませると俺たちは車に乗り込み、ヤマダたちを迎えに行った。今回は俺の車で行くことになっていた。


 今日は秋らしく乾いた空気が漂っていた。彩葉が言っていた通り、少しだけ昨日よりは涼しく感じた。確かに日が落ちれば薄着では寒さを感じるだろうな。それでも目の前には青空が広がり、レジャー日和であった。


「よっす。やーやー悪いね。車出してもらっちゃって」


 俺は“お前の運転じゃ心配だからな”なんて軽口を叩きそうになったが、その言葉はグッと飲み込んだ。今日はユイナちゃんがいるからな。


「別にいいよ。ユイナちゃんこんにちは」

「こんにちはーっ。お久しぶりです。今日はよろしくお願いします」


 ユイナちゃんもサキちゃんみたいにサッパリとした性格だな。それは前に4人で飲んだ時に思っていた。彩葉もどちらかといえばそんな感じだった。友達同士でいる時の彩葉は、サッパリとしていて、結構毒も吐いていた。


「ねーねー、彩葉ちゃん」

「はい」

「こいつね、この前、彩葉ちゃんからのメッセージカード見ながらニコニコしてたんだよ?」


 …ヤマダのやろう…余計なこと言いやがって。


「えっ?りっちゃん、あのカード持ち歩いてるの?」


 チラリと彩葉を見てみると、恥ずかしそうな表情をしながら、耳を赤くしていた。

 

 さて、なんて言い訳をしようか。


「あーっ。彩葉のそんな顔、初めて見たっ」


 運転席の後ろに座っているユイナちゃんがそう言うと、その隣に座っているヤマダとユイナちゃんの会話が始まった。


「えっ?そうなの?」

「そうそう。彩葉ってそういう浮いた話しないって、前に言ったことあるでしょ?だからこんな感じで照れてる姿、見たことなかったんだよね」

「へぇ。じゃあ貴重だね」

「それで?そのカードにはなんて書いてあったの?」

「えっとね、“りっちゃ──」


 そこで彩葉が後ろを振り向き慌てだした。


「あーっ、だめだめっ。ヤマダさん言っちゃだめっ」

「へへぇ?そうなのぉ?」

「だめだめっ」

「ははっ。“りっちゃん、大好き”って書いてあったよ」


 ヤマダのヤツ…どうしてもユイナちゃんに、俺たちの仲の良さを伝えたいようだった。

 彩葉はというと、耳を赤くしたまま項垂れていた。


 ユイナちゃんはというと、そんな彩葉のメッセージカードに驚いたようで、キャーキャーと騒いでいた。それから俺に、こんな質問をしてきた。


「長谷川さんって、もう彩葉のこと全部知ってる感じですか?」

「んー?全部じゃないけど、大体は知ってると思うよ?」


 そう…“大体”は知ってる。


 彩葉の裏アカを見たから。


 その裏アカの投稿を“全部”読んだから。


 そこには彩葉の本音が投稿されていた。


 “なかなか本音を言えない”、“彼氏とはベタベタした関係はいやだ”、“でも、たまに甘えたくなる時もある”、“甘え方がわからない。それにそんな自分の姿を想像すると恥ずかしくなる”


 他にもまだまだあった。


 “友達にも相談できない”、“何かあった時に哀れまれたり、同情なんてされたくない”、“変なプライドが邪魔をする”、“生きづらい”。


 “友達のことは大好きだし、信用もしてるのに、なんで私はこんなにも臆病で、見栄っ張りなんだろう”…


 そんな感じで、彩葉の本音がズラリと並んでいた。

 仕事の愚痴なんかは、ちゃんとサキちゃんやタツヤくんに話していたからか、そういう投稿はなかった。


 今となっては、彩葉は俺に甘えてくれるようになったし、こうやって俺のことを友達に紹介してくれるようにもなった。彩葉の“秘密主義”が崩れてきて、それがいい方向にも向いている。


 でも…


 俺たちの関係は、そんな彩葉の“秘密主義”のおかげで成り立ったんだ。


 俺は運がいいのかもしれない。


 いや…こうなる運命だったのかも。


 それからもヤマダは、俺がどんなに彩葉のことが好きなのかを話しまくっていた。

 それを聞いてたユイナちゃんは、ちゃんと羨ましがっていた。


「彩葉、あんためっちゃ愛されてんじゃん」

「もうからかわないで」

「いや、事実を言ってるだけだよ。いーなー。羨ましい」


 そんな2人の会話に、ヤマダが割り込んだ。


「じゃあさ、じゃあさっ。そんなラブな人生を俺と送らない?」


 バカだなヤマダは。冗談で言うならまだしも、お前は本気なんだろ?だったらそんな軽いノリは逆効果なんじゃないか?


「軽っ」


 ほらね?


 それでも2人は楽しそうに会話を続けていた。もしかしたらこの空気感が、2人にとっての“当たり前”なのかも知らない。

 なんだかんだ、上手くいくかもな。ユイナちゃんもまんざらでもなさそうだ。


 目的地に着くと、彩葉とユイナちゃんは2人で楽しそうに話していた。俺とヤマダは2人の少し後ろを歩いていた。


 ジェットコースターからは叫び声が聞こえ、周りにいる人たちからは、「次何乗ろうか」、「見てっ、あれ楽しそう」などの会話が聞こえてきた。


 日が高くなり少し暑さを感じても、乾いた空気のおかげで汗をかくこともなく、過ごしやすさを感じていた。


 そんな中でヤマダに話しかけた。


「なんだかんだで、仲良さそうじゃん」

「おう。お互いに共通の話題があるからな」

「趣味が同じとか?」

「いんや、お前と彩葉ちゃん」


 なるほど。俺たちを話題にしてるのか。


 ……


 あ…あいつ…今彩葉のこと見てた…。

 すぐにでも彩葉の手を握りたい…けど、今はユイナちゃんと話してるしな。


「んでどうよ?俺たち2人のこと見てどう思った?」

「いい感じなんじゃない?」

「ふふふっ。よかったぁ」

「お前浮気するタイプ?」

「は?」

「浮気したことある?」

「そんなのねーよ。なんだよいきなり」

「いや、結構浮気って身近なものだから」


 俺がそう言うと、ヤマダが眉間に皺を寄せた。


「お前まさか…」

「俺は絶対にしない。ほら、うちにもいるだろ。セキネさん。あの人結婚してるのに、彼女がどうのとか、話してくるだろ?」

「あーそういうことか。俺は浮気しない」


 ならいいか。 


 別にこいつが浮気をしようがなんだろうが、俺には関係ない。それでユイナちゃんがヤマダで傷つこうが悲しい思いをしようが、俺からしたらどうでもいい。


 ただ…


 彩葉の友達だから。彩葉が悲しい思いをするのは嫌だから、それだけは確認しておきたかった。


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