24 そういう理由か…
花火を見るために、夕方頃、彩葉と海に来ていた。もちろん2人とも浴衣姿だ。
はぁ…もう…めっっっっちゃかわいい。
その姿を初めて見た時からずっとそう思っていたけど、夕日が沈み、夜の帳が下りていく黄昏時。その景色の中に立つ浴衣姿の彩葉は、息を呑むほどに綺麗だった。
ううん。ちゃんと彩葉らしい可愛らしさもあった。
周りにいるどんな人よりも綺麗で可愛かった。
もう…心臓が爆発してしまいそうだ。
「りっちゃんかっこいいねっ」
もうやめて?彩葉。
可愛く無邪気に笑って、そんなこと言わないで…
俺死んじゃう…
「彩葉は俺を100人殺せるくらいかわいいよ」
「だからその物騒な例えやめてよー」
彩葉は鈴のようにコロコロと笑っていた。
こんなに人が多く、騒がしい場所なのに、彩葉のそんな声はしっかりと俺の耳に届く。こんなことができるのは、きっと俺くらいだ。世界中どこを探したって、そんな男はいない。俺以上に彩葉のことを愛せるのは…愛しているのは俺しかいない。
「屋台で食べ物買ってから、場所取りしようか」
俺たちは色々と屋台を回ると、飲み物や食べ物を確保してから、砂浜へと向かった。
「あ、あそこいいんじゃない?」
「おっ、そうだね」
目的の場所まで来ると、レジャーシートを広げた。
「大っきいのにしてよかったね」
「そうだね。これなら寝転ぶことができるね」
なんて幸せな時間なんだろう。
こんなに周りは騒がしいのに、俺の目には彩葉しか映らない。
「見てっ。夕日が沈む瞬間が見れるよっ」
夕日なんてどうでもいいよ。日が沈んでしまったら、彩葉の顔が、よく見えなくなってしまう。
彩葉はスマホを取り出すと、夕日を撮っていた。かと思えば、こちらにカメラを向けてきた。
「ほら、りっちゃんもちゃんと夕日見て?」
「…それ動画?」
「そうだよ?」
彩葉はまた海へとカメラを戻した。
そんな彩葉を、俺はまだ見ていた。
「りっちゃん?夕日キレイだよ?」
「あとでその動画見せて?俺はそれでいい」
「そんなのだめっ。ちゃんと自分の目で見るの」
そこまで言われたから俺は夕日に目をやった。
確かにキレイだ。
太陽が高いうちは、その動きなんて気にも留めないのに、夕日は案外あっさりと沈んでいく。その様子を見て、少し切ない気持ちになった。
「…沈んじゃったね…」
彩葉の静かな声が耳に届いた。
「そうだね」
「さっ。何から食べようか」
「ははっ。切り替え早っ」
俺たちは色々と会話を重ねながら、買ってきたものを食べ始めた。
「もうすぐかな?」
俺は時間を確認した。
「そうだね。あと5分くらいかな」
「楽しみだなぁ。あそこから打ち上げるんでしょ?」
彩葉海に向かって指を差した。
「たぶんそうだと思う」
「近いね」
「だね」
そんなことを話していると、アナウンスが響き渡った。
始まる…
すると、ひゅーっと音を立てたあと、大きな破裂音と共に、空いっぱいに大輪の花火が咲いた。輝かしくも儚い光が、夜空を彩っていく。
…と、まぁ…こんな感じで、詩的に表現してみたけど、俺にはそんな感性はない。
打ち上げ台からの距離が近くて、迫力はあったけど、結局はただの花火だ。
「キレイ…」
彩葉は呟くようにそう言った。
彩葉を見てみると、花火に釘付けになったまま、少しだけ口を開けていた。
俺はそんな彩葉の姿をそっとスマホの中に閉じ込めた。
「彩葉、寝転がってごらん?」
彩葉は言われるがままに寝転がった。
「わぁ…すごい…キレイ…視界が空だけになった…」
よかった。周りの人が寝転がっていたから、俺も試してみただけなんだ。そうすると座って見るよりも首が楽だし、見やすかったから彩葉にもそう言った。ただそれだけだった。
それにしても、“視界が空だけになった”か…
俺も彩葉のその感覚を共有したい。彩葉みたいな感性が、俺にも欲しい。
彩葉と同じ視点でものを見て、彩葉と同じように感じたい。
そんなことを考えていると、無意識なのか、彩葉が俺の手をそっと握ってきた。
俺はそれだけでドキッとしてしまった。
いつも俺から手を握っていたから…
花火に感動して、思わず俺の手を握りたくなったのだろうか…
俺は顔を少しだけ彩葉に向け、表情を盗み見た。うっすらと目に涙が溜まっているのか、花火が打ち上がるたびに、彩葉の目はキラキラと光っていた。
話しかけようかとも思ったが、こんなに真剣に見てるんだ。今はやめておこう。
花火が終わり、俺たちは起き上がった。
「迫力があったし、すごくキレイだったね」
「そうだね」
「来年もまた来よう?」
そう言ってきたのは彩葉の方からだった。
「…来年も、一緒にいてくれるの?」
俺がそう聞くと、彩葉はハッとしたような顔をしてからハニカムように笑った。
「うん。また一緒に見よう?」
それを聞いて、俺は思わず彩葉を抱きしめた。
周りはもう、みんな片付け始めガヤガヤとしていた。
だけど…この世には今、俺と彩葉しか存在していないような感覚に陥っていた。それほど俺の中では、静かで穏やかな時間だった。
俺はあと…何をすればいいんだろう。どうすれば彩葉は結婚に踏み込んでくれるんだろう。
何が足りない?他に俺ができること…彩葉の心が動くこと…
「りっちゃん?」
「ん、ごめん。そろそろ帰ろうか」
家に帰り色々と済ませると、2人でソファに座り、今日の出来事を振り返りながら話していた。しばらくすると彩葉は立ち上がり、すぐに戻ってきた。
「はい、これ」
彩葉の手には小さな紙袋があった。
「りっちゃんにプレゼント」
プレゼント…?
「…なんで?」
「いつもお世話になってるから」
なんだ…そういう理由か…。
「別にそんなふうに俺は思ってないよ。お世話してるつもりなんてない」
「んー…言い方間違えたかも。記憶を失くした私を受け入れてくれて、いつも優しくしてくれて、心配してくれて、支えてくれて……今日も花火に付き合ってくれて…あれ…?」
彩葉の目には涙が溜まり始めた。
それからそっと目尻に指を当てると、涙を拭った。
「ごめん…こんなつもりじゃなかったのに。でも本当に…ありがとう、りっちゃん」
俺はプレゼントを受け取るとソファに置き、彩葉を抱きしめた。
「うん。こちらこそありがとう。ちゃんと彩葉の気持ち伝わったよ。本当にありがとうね。でもね?違うんだよ?俺がそうしたくてしてるだけだから。今日も別に彩葉に付き合ったわけじゃない。彩葉の喜ぶ姿が見たかったから、俺が彩葉と一緒にいたかったからそうしただけ」
「…ほら…また優しい」
「ははっ。だから違うんだって。俺がそうしたいだけなの」
彩葉の涙が落ち着いた頃、俺は紙袋の中を確認した。
そこには小さい箱と、メッセージカードが入っていた。
「カード見ていい?」
「ひと言しか書いてないよ?」
「見ていいの?」
「いいよ」
“いつもありがとう”とかかな?
俺はカードを開いた。
“りっちゃん、大好き”
…また…俺の宝物が増えた。
これは財布の中に入れておこう。俺のお守りだ。俺の気持ちが乱れた時にこれを見よう。
次に箱を手に取りリボンを解いた。
箱を開けると、そこには名刺入れが入っていた。ブランド品で本革のしっかりとしたもの。今俺が使っているのは、とりあえず適当に買ったものだった。それをずっと使っていた。それに高くないものだったから、少しくたびれ始めていたんだ。
…嬉しい。毎日使うものだ。俺にとっては必需品。
「…どうかな?」
「すっごく嬉しい。これ、しっかりした作りだから一生もんだよ」
「それは大袈裟だよ」
「そんなことないよ?本革は使っていくうちに、どんどん馴染んで味が出てくるんだ。俺、ずっとこれを使うよ。大事に使う」
彩葉は嬉しそうにしていた。
それからメッセージカードを彩葉に見せながら俺はこう言った。
「このカードもめちゃくちゃ嬉しい。ありがとう。俺も彩葉のことが大好きだよ」
彩葉は少し照れながらも、さっきより嬉しそうにしていた。




