表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/27

23 苛立ち


「来週の木曜日にね、サキと会おうって話になってるんだけど、いい?」

「いいよ。どこ行くの?」

「どこかはまだ決まってないんだけど、サキが買い物付き合って欲しいって」

「そっか。楽しんできてね」


 変な奴に絡まれないといいけど…


 それにしても今日もかわいいな、彩葉は。


 生きてるだけでかわいい。

 

「明日はね、お弁当売る係なんだ。初めてだから緊張する。上手くレジとかできるかな…」


 …明日はそうなのか…

 そういえばこの前、レジを教わったと言ってたもんな。

 明日は休みだから、ちょっと覗いてみようかな。確かあの弁当屋の向かいはカフェだったはず。


「彩葉ならきっと大丈夫だよ。落ち着いて操作すれば、レジもきっとできるから」

「そうだね。テンパらないように気をつけよっと」


 次の日、彩葉の出勤を見送ると、俺はいつもとは違う格好をし、帽子を被り、メガネをかけた。

 これならパッと見、俺だとは気づかないだろう。

 彩葉の勤務先は近所だ。

 開店時間に合わせて家を出ると、俺はカフェへと向かった。

 

 夏の日差しが容赦なく照り付け、俺の苛立ちをさらに加速させた。

 

 カフェに着くと、アイスコーヒーを頼み、窓側の席を確保した。少し距離はあるが、ちゃんと彩葉が見える。弁当屋の制服に身を包み、キャスケットのような帽子を被っていた。


 かわいい…


 俺はスマホを手に取ると、彩葉にカメラを向けズームした。


 本当にかわいい。よく似合ってる。


 しかし、最近のスマホは素晴らしいな。こんなにズームすることができる。少し画像は荒いが、彩葉の表情がはっきりとわかった。

 

 写真撮っておこっと。


 客が来た。男だ。


 ……はぁ…。


 あんな満面な笑みで…


 弁当を買い終わった30代の男は、ニコニコとしながら出てきた。


 クソ…嬉しそうにしやがって。


 それから続々と客がやってきた。時間を確認すると、昼時だった。彩葉はさっきと変わらず、ずっと笑顔で客の対応をしていた。

 

 気がついたら俺は、貧乏ゆすりをしていた。


 だめだ。苛立ちがさらに増幅していく。


 たまらず俺は、そのカフェを出て、弁当屋の近くまで来た。

 彩葉から見えない位置に立つと、近くにあった電柱に背中を預け、腕を組みながら出てくる男たちの反応を観察した。

 

 …みんながみんなそうではない。でも…


「今日のレジの子、可愛かったな。新しく入った子かな?」

「そうかもね。今まで見たことない子だもんね」

「昼休憩の楽しみができたわー」


 弁当を買い終わったサラリーマンふうの男たちが、そんなことを言っているのが耳に届いた。


 クソ…


 クソクソクソ…


 彩葉のあの笑顔を、誰にも見せたくない。


 でも…彩葉はあんなに頑張ってるんだ。バイトを辞めてくれだなんて、とてもじゃないけど言えない。もっともらしい理由も未だ思い浮かばない。

 

 ピークが過ぎたようで、客の出入りが緩やかになった。

 俺はメガネと帽子を取ると、今は着なくなった昔の半袖のシャツを抜ぎ、ただのTシャツ姿になった。それからそれを隠すように近くの植え込みに置いた。ひょこっと店の中をを覗き込むと、そんな俺に彩葉がすぐに気がついたから、俺は片手を上げながら店に入った。


「来ちゃった」

「りっちゃん…」

「制服よく似合ってるね」

「びっくりした。来るなら言ってよ。なんか恥ずかしい」

「ははっ。ごめんね。暇だったらからついね。あとお昼作るのも面倒でさ。ちょっと選ばせてね」


 弁当なんてなんでもいい。俺は少しでも長く滞在するために、迷ってるフリをした。


 そこへ、1人の男が来た。


「おっ。新人ちゃん?」

「えっと、いつもは作ってる方なんです」

「そうだったんだ。こんな可愛い子が作ってたんだね」

「いやいや、えっと、他にも作ってる人は何人かいて」

「はははっ。わかってるよ。でも君、売り子の方が合ってるんじゃない?看板娘になれるよ」

「そんなそんな…」


 はぁ?看板娘だと?

 

 そんなの…俺が許さねーよ。

 

 その男は弁当を買い終わると、ニコニコしながら「また来るね」と言い残し、帰っていった。

 店の客は俺だけになった。

 すると、もう1人レジにいた40代の女性が彩葉に小声で話しかけていた。


「彩葉ちゃんの彼氏?」

「はい」

「やだかっこいい。確か一緒に住んでるって言ってたよね?」

「はい」

「お店にまで来るなんて、ラブラブだねぇ」

 

 小さい声だったけど、俺にははっきりと聞こえた。

 俺は適当な弁当を手に取ると、レジに持っていき、その女性に挨拶をした。


「こんにちは。長谷川と申します。彩葉がいつもお世話になっております」

「いえいえ。こちらこそいつもお世話になっております。店主の妻のミズハラ ワカナと申します。彩葉ちゃんが入ってから、なんだか明るくなったんですよウチの店。ほら、うちおばちゃんばっかだから。あははっ」


 ワカナさんは明るい人だった。

 奥さんが店頭接客をし、旦那さんとアルバイトの人たちが奥で弁当を作ってるのか。

 

 そのあとも少し世間話なんかをしてから、彩葉にレジをしてもらい、シャツや帽子を回収すると家へと帰った。


 さっきの男たちの言葉が耳に残ってる。


 苛立ちがなかなか鎮まらない。


 まだ温かい弁当を手に取ると、俺はゴミ箱の中に叩きつけた。


 それから家中のゴミ箱からゴミを集めると、1つにまとめ、マンション内のゴミ捨て場に持って行った。


 結婚したい…


 そうすれば少しは安心できるのに…


 夕方になると、俺はご飯の支度をした。それが終わると彩葉を迎えに行った。

 

「お疲れ様」

「いつもと違うことしたから疲れたぁ」

「ははっ。そうだよね。よく頑張ったね」


 俺はすぐに彩葉の手を握った。


「このまま販売の方をやるか、ワカナさんに聞かれて」


 は?


「断っちゃった。1日中笑ってるのってしんどい。あの時カフェの募集に応募しなくてよかったよ」


 …よかった…


 新しい人が見つかるまでの辛抱だ。

 そのくらい我慢しろ。こんなことくらいで気持ちを乱すな。冷静でいろ。


 彩葉の手を握っているからか、やっと苛立ちが収まってきた。


「何が美味しかった?今日買ったお弁当の中で」


 …俺は必死に弁当の内容を思い出した。


「付け合わせのポテトサラダ、結構好きな味付けだったな」

「あ、あれ私も好きー。美味しいよね。あとは?」


 あとは…──


「タラの西京焼きかな。それと──」


 確か…


「きんぴらと、卵焼き」

「うんうん。わかるわかる。私も今りっちゃんが言ったもの好き。特に出汁の効いた甘い卵焼き」


 そんな味だったのか。


「ね。でもどれも美味しかったよ」

「じゃあ今度、お家でもあんな卵焼き作るね?」

「楽しみ」


 今度はちゃんと食べないと…


 それにしても…彩葉かわいい。やっと気持ちが落ち着いてきた。

 

 やっぱり彩葉には、家にいて欲しいな…




 今日は彩葉がサキちゃんと買い物に行っている日だ。楽しんでるといいな。飲みにも行くと言ってたけど、どの辺で飲むんだろう。


「この前行ってきたよ、水族館」


 ヤマダが話しかけてきた。


「あんまり遅くならないといいけどな」

「すっげー楽しかった」

「遅くなるようなら迎えに行かないと」

「2人でさ、これこれ、見て?イルカのキーホルダー買っちった」


 俺はそれを聞いて、キーケースを手に取り、彩葉からもらった、にゃんずのキーチェーンを見ていた。


「告白するのは、あと何回くらいデートしてからがいいかな?」

「かわいい」

「長谷川はどのタイミングで告白したの?」

「あとで連絡してみるか」

「なぁ、教えてくれよ」

「はぁ…そんくらい自分で考えろよ」

「わっかんねーんだよ。独り身を拗らせすぎて」

「そんなのお互いの空気感とか、雰囲気でなんとなくわかるだろ」


 自分が欲しいと思う相手なら、どんな手を使ってでも手に入れる。俺はある時からそう決めたんだ。相手を愛するだけじゃだめなんだ。ちゃんと相手を理解しないと…


 休憩時間になり、彩葉にメッセージを送ると、すぐに返ってきた。


『早い時間からやってる居酒屋に行くから、りっちゃんより早く帰るよ。夜ご飯はもう準備してきたから、帰ったら仕上げするだけになってる』


 嬉しい。帰ったら彩葉はいるんだ。


『ありがとね。あんまり飲みすぎないでね』

『はーい』


 俺はしばらくそのメッセージを眺めていた。

 無機質でデジタルな文字なのに、この文章を彩葉が打ち込んだと思うだけで、それすらも愛おしく感じてしまった。


 どんな顔でこの文字を打ち込んだんだろ…


 こんな顔かな、あんな顔かな?


 そう考えるだけで、気持ちがとても穏やかになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ