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22 第三者


 ちょっとしたチャンスが来た。

 

 職場の飲み会だ。

 

 ヤマダが俺と彩葉のことを、勝手に職場の連中に話すもんだから、みんな彩葉に会いたがっていた。と、いうのもあるけど、俺が彩葉に対する態度を見たがっているという方が正しいのかもしれない。

 

 ヤマダは俺が彩葉に対してどんな感じに優しいのかをみんなに話していた。

 それでよかった。

 みんなが興味を持てば俺たちは注目される。俺たちが婚約関係であることをみんなは知っているから、きっとみんなして冷やかしてくるだろうな。

 

 それに…俺には小さな計画があった。


 第三者の存在って、結構重要だったりするんだよな。

 

 身近な人がどんなに言っても聞く耳を持たなかったのに、第三者が同じことを言うと、案外すんなりと心に突き刺さるってことがある。

 別に同僚に何かを頼んで小細工するつもりはない。

 でもきっと、ヤマダなら…ヤマダならやってくれるはず…。


 あいつはお喋りだからきっと…


 家に帰ると、ご飯の時に早速彩葉に聞いてみた。


「今度また、職場の飲み会があるんだけど、彩葉も来てくれない?みんな彩葉に会いたがってるんだよ」

「えー…緊張しちゃうよ」


 以前の俺はここで引いた。でも…


「お願い。ヤマダはもう知り合いだから平気でしょ?その他のみんなも、気さくでいい人ばかりだからさ。どうかな?」


 俺は粘った。


「…でも…粗相しちゃうかも…」

「ははっ。彩葉はしないよ。もし彩葉が聞かれて困るようなことがあったら、ちゃんと俺がフォローするからさ」

「私がいてもいいの?」

「いいよ。俺は嬉しい」

「…なら…」


 よし…。


 上手くいった。


 日程も俺がちゃんと調整した。彩葉がバイトのない日にした。

 

 それから話題は変わり、今日の出来事をお互いに話していた。


「あ、そうだ。あのね?職場のパートさんが1人辞めることになって、店長から出勤を増やせないかって相談されたんだけど…」


 は?そんなの絶対に嫌だ。ただでさえ働いて欲しくないのに…出勤を増やす…?


「だめかな?」


 俺は目の前のおかずを箸で掴むと、それを口に運んだ。それからゆっくりと咀嚼した。

 そうやって時間を稼ぎ、頭をフル回転させた。


 何かもっともらしい理由はないか?自然で、彩葉も“そうだよね”って納得する理由…

 

 考えろ、考えろ、考えろ…

 

 にゃんずたちを理由にするのはもう無理があるか?


 だめだ…何も思い浮かばない。


 油断しすぎてた。まさかこんな展開になると思ってなかったから…


「りっちゃん?」


 まともな理由がないと、彩葉が不信感を抱いてしまう。そんな事態は絶対に避けなければならない。


 彩葉と俺の関係に、一点の曇りもあってはならない。


 一滴のシミさえ許されないんだ。もしそんなことをしたら、どこからそのシミが広がっていくかわからない。

 嘘で築き上げてきたこの関係に、そんなシミをつけては絶対にいけないんだ。

 

 どうする?なんて言う?


「…新しい人が、見つかるまで…とかじゃだめかな?」


 結局俺は、なにも思い浮かばなかった。


「それならいいの?」

「だって困ってるんでしょ?店長さん」

「うん。募集はかけるって言ってたけど、すぐに決まるかわからないって。だから相談されたんだ」

「頼られてるんだね、彩葉は」

「ははっ。違うよ。私以外は子供がいたり、学生バイトだからだよ」


 あー…クソ…


 今まで上手くいってたのに…


 彩葉の出勤は週に3〜4日になるのか…。

 本当はずっと家にいて欲しい。


「久しぶりにレジとかするから、ちょっと緊張する」


 は?レジ?彩葉は弁当の仕込みだろ?


「なんでレジ?」

「あ、辞めちゃうパートさんはレジやってる人なの」


 最悪だ。


 じゃあ彩葉は、あのかわいい笑顔を客に振り撒くことになるのか。


 最悪だ…。


 この日の俺は気持ちが乱れて、なかなか眠りにつくことができなかった。




「珍しいな、お前がそんな顔してんの」


 ヤマダが話しかけてきた。


「別に。人間なんだからこんな日もあんだろ」

「もしかして彩葉ちゃんとケンカでもしたのか?」

「するわけないだろ」

「え?ケンカしないの?」

「俺たちは仲がいいからな」

「いや、いくら仲が良くたって、ケンカくらいするでしょ」

「…俺たちはそんなの滅多にない。俺は彩葉を理解してるし、彩葉も…」


 …いや……彩葉は…本当の俺を知らない…


 あー…調子が狂う。


 俺はただ…彩葉の職場の人員が確保されることを願うしかなかった。



 

「りっちゃん、最近疲れ溜まってる?」

「なんで?」

「なんか…元気がない気がする」


 心配かけちゃってたか。


「大丈夫だよ」

「…なにかあるなら言ってね?私にできることならなんでもするから」

「……だったら…」


 俺たちは今、2人でソファに座っていた。


「抱きしめて…」


 俺がそう言うと、彩葉は俺にまたがり抱きしめてくれた。俺は彩葉の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。


 安心する…


「なにかあったの?」

「なにもないよ。ただちょっと疲れただけ」


 俺は彩葉を抱きしめる腕に力を入れた。


 愛してる…彩葉…




 職場の飲み会の日がきた。


 仕事が終わり、外に出ると彩葉はちゃんとて来ていた。


「お待たせ」

「お疲れ様」


 俺たちがそんな挨拶を交わしていると、みんなが声をかけてきた。


「この子が彩葉ちゃんかー。ヤマダの話通り、かわいいな」

「本当だ。長谷川さん、こんなかわいい子と付き合ってたんですね」

「だろだろ?長谷川、彩葉ちゃんにデレデレなんだよぉー」


 同僚やヤマダがそんなことを話していた。

 

 俺たちは居酒屋に向かい、席につくと早速乾杯をした。


「いやいや、おめでたいね。長谷川が結婚とは」


 そう言ってきたのは上司のミシマさんだった。


「まだ婚約ですよ」

「もう結婚したも同然だろう。ははっ」


 さっき乾杯したばかりなのに、ミシマさんはもう酔っていた。この人はびっくりするほど酒に弱い。でも潰れることなくずっとこのままな感じだ。


「ヤマダから聞いたけど、溺愛してるんだって?」


 …やっぱり、ヤマダはいい仕事をしてくれていた。


「いやぁ、それって普通のことですよね?婚約までしてるんですし」


 俺はさもそれが当然だというように、そう言った。


「彩葉ちゃん、こいつね?」


 ヤマダが彩葉に話しかけた。


「空いてる時間に、彩葉ちゃんの写真見たり、“早く帰りたい”って言ったり、彩葉ちゃんのことばっかり考えてるんだよ?」


 …よし…。

 ヤマダなら絶対にそう言うと思ってた。


「え…?」

「長谷川、彩葉ちゃんの話ばっかして、俺の話聞いてくれないの」

「…」

 

 計画通りだ。


 彩葉は俺の顔を見た。

 俺はそんな彩葉に優しく微笑んだ。


「“うちにはかわいいがあふれてる”って、“彩葉は今何してるかな”って」


 俺はニヤけてしまうのを必死に抑えた。

 ヤマダは俺が思った以上の仕事をしてくれていた。


 彩葉はもう、俺から愛されていることは十分に伝わっているはず。

 

 でも…


 こうやって第三者からそれを聞かされると、それがより一層、真実味を帯びる。


「…そうなんですか?」

「そうだよ?たぶん長谷川はずぅーっと彩葉ちゃんのこと考えてよ?」


 おい、ヤマダ…


 そんなふうに言うと、俺がキモい人みたいじゃねーか…


「ちゃんと仕事してるだろうが」


 俺はたまらなくなって、そう言った。


「いや、そーだけどさぁ、お前彩葉ちゃんのことばっか話すじゃん」


 ヤマダがそう言うと、周りの連中もそれに食い付いた。

 しばらくの間、俺はみんなから冷やかされ続けた。


「ねえねえ、長谷川くん。いつ結婚するの?」


 …いい質問だ。

 彩葉に間接的なプレッシャーを与えられる。


「それはまだ…」


 俺がそう言うと、ヤマダは俺に変わって説明をしていた。


「そっか。それなら仕方ないね。結婚式はするの?」


 ああ…これもいい質問だ。


 すごく現実的、かつ自然な流れだ。


 俺は彩葉を見た。

 

 彩葉は困った表情をしていたけど、照れてもいた。俺はわざと彩葉に聞いてみた。彩葉の反応が知りたかった。


「どうする?」

「え…?」

「結婚式」

「…りっちゃんに任せる…」

「彩葉は?どうしたい?」


 俺が彩葉と話してると、ヤマダが話に割って入ってきた。


「ほらっ、これっ。これ見てっ。こんな長谷川見たことないでしょ?こんな優しい表情、店ではしないでしょっ?」


 “ホントだ”、“確かに見たことない”…そんな言葉が飛び交った。


 それに今、彩葉は結婚式について“りっちゃんに任せる”と言っていた。 

 この関係に矛盾を生ませないためなのか、本気で思ってるのか…

 まぁ…たぶん…前者だろう。


 それでも俺は、なんだか未来の彩葉を見ているような気がして嬉しかった。


 それからも俺たちは注目を浴びていた。


 家に帰ると彩葉は俺のシャツを掴んだ。


「…職場で…そんなに私のこと話してるの?」

「いや…そんなつもりはなかったんだけど、無意識に話しちゃってたのかも。彩葉やにゃんずの写真を見てたのも本当だし…」


 俺は素直にそう言った。


「…」

「…嫌だった?」


 彩葉は首を横に振った。


「ん?どうしたの?」

「…」

「…彩葉?」

「…恥ずかしかった」

「ははっ。ごめんごめん。これからは気をつけるよ」

「…でも…」

「ん?」

「…嬉しかった」


 やっぱり…

 

 彩葉には刺さったようだ。

 

 “第三者”の視点が…。


 どうやらその効果はテキメンだったようだ。


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