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20 焦った…


 ヤマダと飲む日がきた。

 みんなで合流すと、彩葉がすでに予約していた居酒屋へと向かった。


「まさか彩葉が婚約してただなんて。この前知った時ビビったよ」

「ははっ。ごめんごめん。なんだかんだで言いそびれちゃって」


 彩葉はユイナちゃんには記憶喪失のことは言っていないようだった。それに、婚約していると伝えていたようだ。それは多分、今日はヤマダがいるからだ。ここでただの恋人同士だと、ヤマダとユイナちゃんの中で辻褄が合わなくなる。


 いい判断だ、彩葉。


 店に着くと、みんなで簡単な自己紹介をし、まずは場を和ませるためなのか、ヤマダが俺たちの馴れ初めを聞いてきた。


 俺は前に彩葉に話した通りに話した。


「えっ?何それ。そんな感じで出会ったの?お前が落としたスマホを彩葉ちゃんが拾ってって、そんなのドラマの中だけの話だと思ってたよ」


 それは本当のことだった。

 その一瞬で俺は恋に落ちた。


「その時彩葉ちゃんは、長谷川のことどう思ったの?」


 彩葉をチラリと見ると困っていた。

 それもそうだろう。覚えていないんだから。

 そこへユイナちゃんが口を挟んだ。


「だめだめアツシくん。彩葉にそういうこと聞いても教えてくれないよ?この子そういう話するの苦手だから」


 ナイス、ユイナちゃん。

 ちなみに“アツシくん”とはヤマダのことだ。


「あははっ。そうなの。ヤマダさんごめんね?」


 彩葉もすぐに気持ちを切り替えたのか、そう言っていた。


 あ…彩葉が焼き鳥食べてる。かわいい…

 タレが口の端についたままだ。かわいい…


 俺は無意識に彩葉の唇に手を伸ばすと、そのタレを指で拭った。


「ん?なんかついてた?」

「焼き鳥のタレがついてた」

「もうとれた?」

「もうとれた」


 俺たちのやり取りを見て、ヤマダが羨ましがっていた。


「んだよもうっ。この前会った時よりもラブラブじゃん。いつ結婚するの?」


 やっぱりそうなるよな。


「実はまだ、両親同士の顔合わせが済んでないんだ。彩葉の実家は秋田だし、俺の実家は北海道だろ?そんで俺たちは東京。なかなかみんなの予定が合わなくてさ。それに一緒に住んでるし、婚約してるんだから、別に焦らなくてもいっかなって」

「そうだったんだ。まぁ、それもそうだよな。籍を入れても、生活は今と変わらないもんな」


 我ながらいい嘘が思い浮かんだ。これなら自然だろう。


 そのあとは4人で楽しく酒を飲むことができた。

 ユイナちゃんとヤマダはどうやら気が合ったらしく、お互いの連絡先を交換していた。


 家に帰ると、彩葉は上機嫌だった。

 頬が赤くなってる。酔ってるな。


「あー久々にユイナに会えて嬉しかったなぁ」

「明るい子だね、ユイナちゃん」


 俺がそう言うと、彩葉がいきなり抱きついてきた。


「あんなふうに言ってくれてありがとう」

「なんのこと?」

「いつ結婚するのって質問の返し」

「ははっ。あの理由なら自然でしょ?」

「うん。それにりっちゃんが北海道出身だって知らなかった」


 …そういえば言ってなかったかも。


「いつもりっちゃんには助けられてる…」

「いつでも助けるよ」

「…りっちゃんがいてくれてよかった…」


 彩葉はそう言うと、俺を抱きしめている腕に力が入った。

 俺も彩葉と同じようにした。


 放さない。


 彩葉のことを…絶対に手放したりしない。

 



 よし。今日の仕事も終わった。早く帰らないと。俺はスマホを手に取ると、すぐに彩葉にメッセージを送った。


 …既読がつかない…


 おかしいな。いつもならすぐに返事がくるのに。

 

 もしかして家で倒れてる…なんてことはないよな?

 

 俺はまた追加でメッセージを送った。それでも返事はこなかった。動画配信サービスのアプリを開いてみると“続けてみる”の一覧の最新がアニメになっていた。今朝見た時はドラマだったから、家にはちゃんと帰って来てるはずだ。

 もしかして、またスマホを置いて外に出てしまったのだろうか。もしそうだったら、それはやめてもらいたいな。変なやつに出くわしたらどうすんだよ。

 

 電車を降りると、すぐに彩葉に電話をかけた。


 出ない…


 留守電になってしまったから、また電話をかける。…出ない…。


 もしかして、記憶が戻って出て行ったとか?


 でももう、それに関しては先手を打っている。

 記憶喪失には、特定の人だけを忘れてしまうことがあると、前に彩葉に伝えていた。だからもしも記憶が戻って、その記憶に俺がいないとしても、焦らないでねって伝えていた。


 俺は走りながら電話をかけ続けた。


 急いで家に入ると、部屋は暗かった。


 …嘘だろ…?


 そんなまさか…


 リビングに向かい、電気をつける。


 そこでやっと…安心した。


 彩葉はソファの上で、スヤスヤとにゃんずたちと一緒に眠っていた。きっとバイトで疲れちゃったんだな。


「彩葉、ただいま」


 起きない。かわいい。

 俺は手に取っていたスマホで、にゃんずたちと一緒に眠る、彩葉のことを撮った。


「ん…」


 シャッター音で、目が覚めたらしい。


「…りっちゃん…」

「ただいま」

「……あー…ごめん…寝ちゃってた…」

「いいよ。彩葉から返事がこないから、俺心配して、何度も電話しちゃった」

「ごめん。スマホ、カバンの中だ」

「そっか。それで気がつかなかったんだね」

「ホントごめん。ご飯すぐ用意する」

「今日は俺が作るからいいよ」

「ううん。もう準備はしてるの。あとは仕上げるだけだから、りっちゃん、先にシャワー浴びてきて?」

「わかった。そうする」


 …よかった…


 本当によかった。本当に焦った。

 

「はぁ…ビビった…」


 俺は浴室に向かいながら、ついそう呟いていた。


 シャワーから戻ると、すでにテーブルの上には料理が並べられていた。


「今度の俺の休みにさ、また買い物行こう?暑くなってきたから夏服買いにさ」

「いいね。あ、私お給料入ったんだよ。だから少しは家にお金入れられる」

「彩葉に心配されるほど、うちの家系は危うくないよ?それは自分のために使うか、貯めておきな?」

「でも…」

「今までもそうしてたんだから、別にいいの」


 彩葉は納得のいかない顔をしていたけど、俺はその話を終わらせた。


 俺はまた、彩葉が寝たあとノートパソコンを開き、彩葉の写真を眺めていた。


 これ…彩葉の写真を撮り始めた頃のだ。

 懐かしいな…


 俺はその頃のことを思い出していた。


 彩葉とは通勤時間帯が一緒だったようで、ちょこちょこと見かけることに気づいた。

 

 最寄り駅は違うけど、彩葉は乗る車両がいつも同じだったから、すぐに見つけることができた。

 俺たちが使っていた路線は、そこまで混むことはなかった。

 電車が来るたびに、俺はその車両に乗り込み彩葉を探す。いないとわかると、ドアが閉まる前にすぐに出て、次の電車を待つ。次の電車でも同じようにする。それを2〜3回続けると、彩葉が乗った電車が来るんだ。

 1回目で彩葉を見つけることができた日は、なんだかいいことが起こるような気がして、よく胸が躍っていた。


 ああ…本当に懐かしい。


 俺はその当時の写真を見ながらそう思った。

 

 あ、この彩葉もかわいいな。服がとても彩葉らしくて似合ってる。

 俺はまたしばらく写真に集中した。


 それからこんなことも思い出した。

 

 俺はあれから彩葉の休みの日を調べて、土日休みの週休2日だということがわかったんだ。シフト制じゃないのはありがたかった。

 だから平日に彩葉の姿を発見できないと心配になった。

 風邪でも引いたのかな?それとも有休でも取って遊びに行ってるのかな?仕事が忙しくて早く出勤したのかな?

 そんな日は1日中彩葉のことばかり考えていた。


 俺が休みの日に、彩葉の職場を突き止めた。


 ここで彩葉は働いているのか…


 それから彩葉の仕事が終わりそうな時間帯に、彩葉の職場へ戻ると、遠くから見張った。彩葉の姿を発見すると、あとをつけて彩葉のアパートも突き止めた。


 ここが彩葉のアパート。


 そこは俺の最寄りの駅から5つ違いの駅だった。


 この日は収穫が多くて俺は嬉しかったんだ。


 それからも俺は、休みの日は彩葉のあとをつけていた。彩葉が最寄り駅から自宅まで、よく電話をしていたからだ。話の内容が知りたかった。

 

 彩葉の情報がどんどんと増えていく。

 彩葉がどんな子なのか、徐々にわかってきた。


 …タツヤくんから“つきまとい”という言葉を聞いて、俺はドキッとした。でも彩葉はその正体を知らないと、タツヤくんから教えてもらい、すぐに安心した。

 これなら彩葉が例え記憶を戻したとしても、つきまといの正体が俺だとは気づかない。


 でも…怖がらせちゃってごめんね?彩葉。


 俺にとっては必要なことだったんだ。


 そんなことを思い出しながら、彩葉の写真をずっと眺めていた。


 あー…もうこんな時間か。そろそろ寝ないとな。

 

 俺はベッドに戻ると、そっと彩葉を抱き寄せた。

 

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