19 できることはなんでも
「1人紹介できそうな子がいたよ。彩葉の友達で」
俺がヤマダにそう言うと、ヤマダは今にも飛び上がりそうなほどに喜んでいた。その姿はやっぱりうざかった。気が合うかどうかもまだわからないのに、よくそんなに喜べるもんだ。
「どんな子?」
「俺も会ったことない」
「そっかぁ、楽しみだなぁ」
帰るとすぐに、ヤマダのことを彩葉に伝えた。
「ははっ。ヤマダさんてお茶目なんだね」
「お茶目というか、うざいヤツだよ」
俺は笑ってそう言った。
ああ…本当に幸せだな…
あとはこのまま、結婚ができれば…
ご飯を食べ終わると、俺はソファに座った。
彩葉はお風呂に入りに行った。
なんとなくつけたテレビからは、軽快なトークが聞こえてきた。
いつ頃なら彩葉はそういう気持ちになるかな?
1年?2年?できればもう少し早い段階でそう思って欲しいな。
どうすれば…
何をすれば彩葉の気持ちは高まるかな…?何かいい方法はないだろうか。
それにしてもにゃんずたちをお迎えしたのは正解だったな。
足にじゃれついているきなこを俺は見つめた。
別に猫を道具にしたわけじゃない。
いつか迎えたいと思っていたのは本当だった。
にしても、タイミングが良すぎたよな。俺は運がいいのかもしれない。
彩葉があの時、バイトするだなんて言い出したから、俺は一瞬、頭が真っ白になった。
まだ不安定な彩葉を外へ出したくなかった。そんな時に、ヤマダん家の子猫のことを思い出したんだ。
子猫を迎えれば、彩葉をこの家に留めておける。そうすれば、彩葉も猫に情が湧き、この家から出て行こうだなんて、考えることはなくなるかもしれない。
今は1人だから、きっと色々と余計なことまで考えてしまうんだ。
そんな状態でバイトをして、だれかと恋に落ちてしまったら困る。
あの時の俺はそう思っていた。
まだ俺のことを好きではない彩葉に、働いてほしくなかった。
それに、にゃんずたちの名前を彩葉に決めてもらったのもわざとだ。そうすればきっと、余計に情が湧くだろうから。
よかった…
本当にそうしてよかった。
寝る時間になり、2人でベッドへと入る。
俺は彩葉におやすみのキスをすると、仰向けになり目を閉じた。
このおやすみのキスも、いってきますのキスも、最初、彩葉は照れていた。でも今となっては慣れてきたらしく、それが当たり前になっていた。
彩葉から寝息が聞こえてきた。
俺はそっとベッドから抜け出し、仕事で使っている部屋へと向かった。
ノートパソコンを立ち上げると、今まで撮りためた大量の写真を眺めた。もちろん彩葉のものだ。
あ…これ…彩葉に信じてもらうために、合成で使った写真だ。今の時代は便利だよな。アプリで簡単に合成写真が作れるんだから。
その写真は、彩葉とサキちゃんが水族館に行った時のものだ。彩葉たちが移動したのを確認すると、俺は同じ場所で自撮りした。だからとても自然な合成写真が作れた。
はぁ…どの彩葉もかわいいな…
あ、これは電車で寝ちゃった時の彩葉だ。
こっちは疲れた顔をしてる。
本当にどの彩葉もかわいい…
俺は満足するまでその写真を眺めると、そっとベッドへと戻った。
「彩葉、もう俺行ってくるからね?」
ベッドでぐっすりと寝ている彩葉に声をかけた。
「ん…え…?あ…ごめんっ。私寝坊しちゃった…」
「いいよ」
「お見送りする」
「ここでいいから」
俺はそう言うと、彩葉にキスをした。
「まだ寝てていいからね?にゃんずたちにはちゃんとご飯あげたから」
「ううん。もう起きる」
彩葉そう言って、玄関先まで俺を見送ってくれた。
結婚をしたくなる瞬間ってどんな時なんだろう。どうすれば…
俺の頭の中にはそんなことばかりだった。
今日のお客さんは婚約中のカップルだ。もうすぐ結婚するから、今よりも広い部屋を探したいらしい。
いいな…俺は羨ましかった。
こんなお客さんに当たるたびに、俺は焦りを感じていた。
大丈夫。焦るな。せっかくここまで順調にきたんだ。焦ってこの関係が崩れるようなことには、絶対にさせたくない。しくじるな。慎重にいけ。
しかし…本当に順調だな。
俺は今まで何回か彩葉に記憶のことを聞いていた。それは“わざと”だ。思い出せば彩葉から言ってくるはずだから、別に本人に聞く必要はない。例え彩葉が何も言わなかったとしても、きっと態度で俺なら気づくはずだ。
俺は…彩葉に罪悪感を覚えて欲しかった。
そうすれば簡単にこの家を出ていく選択はしないと思った。だから定期的に確認していた。
でももうそんな必要はない。
「本当お前、毎日幸せそうだよな」
ヤマダが話しかけてきた。
「うちには、かわいいがあふれてるからな」
「早く俺もそうなりたいっ」
「かわいすぎて俺の命がいくらあっても足りない」
「デートとかしたい」
「あーもう帰りたい」
「手とか繋ぎたいなぁ」
「早く休みがこないかな…」
「…お前、俺と話す気ないだろ」
「ない」
恋愛映画でも見てみるか?
なんか結婚したくなるような映画はないかな?あとで調べてみよう。
できることはなんでもしないと…
今日の彩葉はどんなふうに過ごしてるかな?
たまに散歩なんかはしているようだけど。
また、アニメやドラマなんかを見てるのかな?
あ…そういえば、彩葉って恋愛ものを見てないな。
それは視聴履歴を見てわかっていた。
もしかしたら、そういうジャンルは好まないのかもしれない。彩葉自身、甘い感じに慣れてないようだし、興味がないのかな。
仕事に区切りがつくと、スマホを見た。
やっぱり何度見てもかわいい。
スマホのロック画面の彩葉を見るたびに、俺は仕事への意欲が湧いていた。
家に帰ると、彩葉がすぐに話しかけてきた。
「りっちゃんっ、今日ね、きなこがねっ」
結婚したい…
「“ごはぁん”って言ったんだよっ」
彩葉は楽しそうにしながらそう教えてくれた。
「ははっ、本当に?」
「ホントホントっ。偶然だけどね。だからもう一度言ってくれないかなって思って、スマホ構えたんだけどだめだったぁ」
「それは残念。俺も聞きたかったな」
ねぇ、彩葉…
俺彩葉と結婚したい…
「今日ね、ずっとにゃんずたちに“ごはん”って言葉教えてたから、いつか言ってくれるかも」
「オウムじゃないんだから」
あ…今度こそ職場の飲み会に彩葉を誘おう。あいつらならきっと、俺たちのことを冷やかしてくる。そんな空気に飲まれたら、彩葉も結婚を意識するかもしれない。
恋愛映画、職場の飲み会…あとは…あとは何ができる?
すでに用意してある婚約指輪を見せたとしても、今の彩葉にはプレッシャーに感じてしまうかもしれないし…
んーまいったな…
もっともっとパンチのある攻め方はないだろうか…
「彩葉ってさ、恋愛ものの映画とかって、好きじゃないの?」
「あー、なんか甘々なの苦手なんだよね」
やっぱり…
「俺気になってるのがあってさ、一緒に観ない?」
「りっちゃんが観たいならいいよ?」
よかった。帰りの電車で色々調べた中の1本を観てみよう。
「今日観るの?」
「いい?」
「いいよー」
ご飯を食べ終わると、ソファに移動し、俺たちは早速観始めた。
その映画は想い合ってるカップルが仲良さそうにしているシーンから始まった。
同棲をしていて、ふざけて合ったり、たまにちょっとケンカしたり、愛し合っているシーンなんかもあったりした。
それから彼氏からのプロポーズのシーン。でも彼女からの返事は“少し考えさせて”と言うものだった。理由は彼女はどうやら、施設育ちの自分の生い立ちを気にしてのことだった。
それからガラリと話は変わった。彼氏が車の事故に巻き込まれてしまったのだ。なかなか目を覚まさない彼氏に、彼女は涙ながらに何度も目を覚ましてと、心の中で呟くシーンになった。
彩葉のことを見てみると、少し涙ぐんでいた。
結果として、その彼氏は目を覚ますんだけど、目覚めた瞬間、彼女の方から逆プロポーズをして2人は結ばれる…というものだった。
内容的にはチープなものだったが、感情表現や緊迫感の作り込みが上手く、感情移入がしやすかった。
いいな…
俺は作り物の映画の2人にでさえ、そう思ってしまった。
俺はわざとこれを選んだ。彩葉に自分を重ねて観て欲しかったんだ。
彩葉は鼻を啜っていた。
「…りっちゃんも、私が目を覚まさない間、あんな感じだったの?」
「そうだよ。このまま目覚めなかったらどうしようって、すごく怖かった」
それは本当のことだった。
まだ声もかけてないのに…まだ準備してる最中だったのに…そう思っていた。
俺は彩葉と付き合うために色々と準備をしてたんだ。まず彩葉の性格、家、職場を知りたかった。好みの男なんかも知りたかったけど、彩葉はサキちゃんと居酒屋で恋バナをしていても、いつもサキちゃんばかりが話していて、彩葉は話さなかった。
だからそればかりはずっとわからなかった。
「りっちゃん…私、りっちゃんに辛い思いばかりさせちゃってたね」
「ううん。大丈夫だよ」
少しは…彩葉に刺さったみたいだな。
「いつ何が起こるかわからないから、ちゃんと毎日悔いのないようにしないとね」
俺は少しだけ彩葉にプレッシャーをかけた。
「そうだよね。今回この映画ハッピーエンドだったけど、彼が目覚めなかったら、彼女は“あの時プロポーズを受けていれば”ってなってたよね。自分の気持ちを伝えないままって悔しいもんね」
これで、彩葉の気持ちが少しは動いてくれるといいけど…




