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15 今日から一緒に


「それじゃ、行ってくるね」

「いってらっしゃい。気をつけてね」

「…」


 りっちゃんを見送ろうと、玄関まで来ていた。私が“いってらっしゃい”と言っても、りっちゃんからの返事はなく、私のことを見つめていた。


 どうしたんだろう…


「りっちゃん?」


 するとりっちゃんは急に私の腕を掴み引き寄せると…一瞬だけ唇が重なった。


 …キス…


「俺たちもう、こういうこと普通にしていいんだよね?」


 私は耳が熱くなるのを感じた。


 キスなんて…今までの彼氏ともしてきた。

 なのになんでりっちゃんが相手だと、こんなにドキドキしちゃうんだろう…。


「彩葉?こういうこと、していいってことだよね?」


 私は静かにうなずいた。


「ははっ。耳が赤くなってる」

「いちいち言わないでよ…」

「だってかわいいから」


 りっちゃん…なんでそんなにサラッとそういうこと言っちゃうの…


「…ねえ彩葉…彩葉からキスしてくれない?」


 私から…?


 …そうやって言われると緊張しちゃうな。


 私はりっちゃんに近づくと、頬にそっとキスをした。


「よしっ。今日を記念日に認定します」

「え?」

「彩葉からキスをしてくれた記念日」

「…記念日?」

「そ。毎年この日はお祝いします」

「ははっ。なにそれ。ばかじゃないの?」

「ばかでもなんでも、毎年この日は盛大にお祝いをします」

「もうっ。遅刻しちゃうよ?」

「あははっ。そうだった。それじゃあいってきます」

「うん。いってらっしゃい」


 さっきの…冗談だよね…?


 でも、仕事から帰ってきたらりっちゃんは、小ぶりの花束と、ケーキを買って帰ってきた。


「さっ、今日は記念日。お祝いしよ?」

「本気だったの?」

「本気だよ?」

「でも今日、お祝いらしくない普通のメニューだよ?」

「お花とケーキがあれば、それだけでもうお祝いだよ」


 りっちゃんって…なんだかあったかい人だな…


 あ…


 今言いたい…


 伝えたい…


「…好き…」


 私がそう言うと、りっちゃんの目が見開いた。


「聞こえなかった」

「うそつき」


 笑いながら私はそう言った。


「いやいやホントに。全く聞こえなかった」

「じゃあなんで今そんなにニヤついてるの?」

「んー?これが俺のデフォルトだけど?」

「うそつき」

「ははっ。本当に聞こえなかったから、もう1回言って?」

「やだっ。だってりっちゃん、絶対に聞こえてたもん」


 私は料理の仕上げをしようと、キッチンに向かった。

 りっちゃんはそんな私のことを捕まえるように後ろから抱きしめてきた。


「お願い…聞かせて…?」

「…」


 …ドキドキする…。


「聞かせて?」

「……好き…」

「俺も好き」


 耳元に響くりっちゃんの声が、私の体を熱くさせた。


 穏やかな日々が始まった。


 晴れた日の日中、にゃんずたちは窓際で日向ぼっこをしていた。


 私はというと、日々の家事とにゃんずたちのお世話。

 そんなにゃんずたちのお世話にも慣れてきていた。


 りっちゃんとの関係も良好。私はこの生活をとても気に入っていた。

 でも…養われているという感覚だけは、違和感として残っていた。どうしても後ろめたさを感じてしまうんだ。

 だからといって、にゃんずたちを長時間お留守番させるのはまだ早い。


 仕方ない…か…


 とにかく今は、この子たちのお世話をしないと…私が今するべきことはそれだ。


 ……。


 りっちゃん…


 うん。今となってはしっくりくる。


 私なら“りっくん”って呼ぶはず…だなんて前は思い違和感を覚えていたけど、確かに“りっちゃん”の方がしっくりくるな。

 りっちゃんはお茶目なところもあるから。

 そういう面は最近わかってきたな。


 なんだか…本当に恋人同士みたい…


 あ…


 ちゃんと恋人同士なんだよね。


 まだ深い関係ではないけどそのうち…


 って私…何考えてるの?


 りっちゃんは未だにソファで寝ている。

 これで私が“ベッドで一緒に寝よう”だなんて言ったら、私から“誘ってる”感じになっちゃうのかな?

 

 でも…ちゃんとベッドで寝て欲しいな。

 仕事で疲れて帰ってきてるんだから、ちゃんと体を休めて欲しい。


 だけど私から言うのは、なんだかやっぱり恥ずかしい…


 りっちゃんが仕事から帰ると、一緒に夕食を食べる。私はこの時間がとても好きだった。

 

 私はにゃんずたちの話をしたり、“今日はスーパーでこれが安かったんだよ”、“近所の野良猫がね──”、“見かけた親子が──”など、なんでもないことを話しても、りっちゃんはいつも優しい表情で聞いてくれる。

 りっちゃんも“今日のお客さんがね──”とか、”ヤマダがさぁ──”など、今日の出来事を話してくれる。

 このなんでもない日々が…時間が、とても穏やかで好きだった。


「そういえば私たちって、どうやって出会ったの?」


 私は肝心なことを聞き忘れていた。

 共通の知り合いでもいたのかな?


「電車の中だよ。俺がうっかり落としたスマホを彩葉が拾ってくれたんだ」

「…それで…?」

「通勤電車が同じだったみたいで、また彩葉を見かけてさ、それで声をかけてみたんだ。そのうちにどちらともなく顔を合わせれば挨拶をするようになって、俺からご飯に誘った」


 そうだったんだ…。


「それで?」

「…それで彩葉は、少し照れながら俺の誘いを受け入れてくれて、連絡先を交換して、やり取りをして、ご飯に行って…」

「それから?」

「その後も仕事終わりに、飲みに行ったり、ご飯に行ったり…」


 りっちゃんは思い出すかのように、ゆっくりと話してくれた。


「それで、俺から彩葉に付き合って欲しいって言って…」

「私はなんて?」

「彩葉はやっぱり少し照れながら、俺の申し出を受けてくれて、って感じかな」

「…なんか…私かわいい反応してるね。私っぽくないな」


 りっちゃんは目の前のおかずを口に運ぶと、私のことを見つめた。それから、口の中のものを飲み込むと、ニコリと笑った。


「これすごく美味しい」

「ホント?よかったぁ」

「彩葉はさ、全然自分のことわかってないよ」

「え?」

「さっき“かわいい反応”をしている自分を、“私っぽくない”って言ってたけど、彩葉はそういう反応するよ?」

「…するかな?記憶の中の私って、あんまりそういうタイプじゃないから」

「俺、今まで彩葉が耳を赤くしたり、頬を染めたりしてるのを何回も見てるよ?それは“かわいい反応”だよ」


 …そうだった…


 私…ある時からりっちゃんにハグされたり、距離が近かったりすと、耳が熱くなるようになったんだ…


「…そっか…」

「ははっ。今も耳が赤くなってる」


 私はそれを聞くと、持っていたお箸を急いで置き、両手で両耳を隠した。


「ほら、今のも“かわいい反応”だよ」

「からかわないでよ…」


 本当に、私こんなタイプじゃなかったのにな…


 過去の私は、どのタイミングでりっちゃんに恋をしたんだろう…。

 食事に誘われた時に、“少し照れていた”と言っていたから、その時点で私はもう、りっちゃんのことを意識していたのだろうか。


 今までは友達の延長で付き合う関係が多かった。「俺たち付き合っちゃう?」みたいなノリが多かった。

 恋をして、ドキドキして、ちゃんと告白をしたり、されたりとかではなく、そんな感じが多かったからそんな私を想像できなかった。


「彩葉?」

「…もしかしたら…私の初恋は、りっちゃんなのかもしれない」


 私がそう言うと、りっちゃんはむせていた。


「大丈夫っ?」

「…っ……大丈夫大丈夫」


 りっちゃんは急いでお茶を飲んでいた。

 こんなふうに動揺しているりっちゃんを、初めて見た。


「彩葉が変なこと言うから」


 私はさっき思っていたことを話した。私の今までの付き合う流れを。


「なにそれ。すっごく嬉しいんだけど」


 あ…照れてる?


「もう…やっば…本当に嬉しい…」


 りっちゃんは少し俯き、右手を額に当てると、少し顔を隠すようにしながら、今度は呟くようにそう言っていた。


 照れてる…かわいい…


 もういいや。言っちゃえ。


「りっちゃん、今日からベッドで一緒に寝ない?ソファじゃ疲れ取れないでしょ?」

「あーもう…勘弁してよ…」


 りっちゃんはテーブルに両肘をつき、さっきよりも俯くと、今度は指を組んだ手を額に当てた。


「今日はなんでそんなに、かわいいことばっかり言うの…」

「…」

「…鼻血出る」

「ははっ。また鼻血」

「出血死する」

「おおげさな」

「彩葉に殺される」

「もうっ、物騒な言い方しないでよ」

「胸がいっぱいで、もう何も喉を通らない」

「恋する乙女みたいなこと言ってないで、ちゃんと食べて?まだいっぱい残ってるよ?」

「もう無理。胸がいっぱい」


 たまに出てくるお茶目なりっちゃんのことが、私は大好きだった。


 結局りっちゃんは、残りの料理をちゃんと全部食べていた。


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