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13 にゃんこのイタズラ


 にゃんこをお迎えした日は、2人ともにゃんこたちから目が離せなかった。それは、何か危ないことをするかもしれないと見張るためだけではない。にゃんこたちが可愛くて、愛でるように見つめていたのだ。


「ねえ見てりっちゃん。きなこがまた私の膝の上に乗ってきた」

「やばっ、鼻血出そう」


 りっちゃんは鼻と口元に手を当てた。


「えっ?大丈夫?」

「2人の姿が尊すぎて鼻血出る」

「ははっ。なにそれ」

「いやホントに」


 りっちゃんってこんな感じで冗談も言うんだ。

 今までずっと、優しすぎるばかりだったから、なんだかりっちゃんの素を見れたようで、嬉しかった。


「それにしても、きなこは本当によく彩葉に懐いてるね」

「甘えん坊なのかな?」

「これから毎日、甘えさせてやってね」

「うん。きなこも杏も、ちゃんとお世話する」


 りっちゃんは杏を抱きあげると、優しい顔をして、杏に話しかけていた。

  

「ちゃんと食べて、大きくなるんだよー」

「きなこもね。2人ともすくすく育ってね」


 私はりっちゃんのマネをしてそう言った。


 この日から私たちの会話が増えた。

 

 私は毎日の家事に、にゃんこたちのお世話が加わり、あまり難しいことは考えなくなっていた。


 ただ…日々の生活を楽しんでた。

 

「ただいまー。今日のにゃんずたちはどうだった?」


 りっちゃんは帰ってくるなり、真っ先にそう聞いてきた。


「かわいかったよ。ご飯食べて寝て、遊んで寝て…って感じだったかな」

「ははっ。それならよかった。きなこ、杏、ただいま」

「今日いっぱい、にゃんずの写真送っちゃってごめんね?」

「ううん。そのおかげで仕事頑張れたよ」

「ホント?ならよかった」

「うん…」


 りっちゃんは優しく、でも少し切なそうに私に微笑みかけていた。


「…どうしたの?」

「…彩葉、よく笑うようになったね」

「…そう?」


 私がそう聞くと、りっちゃんは頷いていた。


「にゃんずたちを迎えてよかった。おかげで彩葉の笑顔がたくさん見られるようになった」


 ずっと…りっちゃんは心配してたんだな。


 なんだか申し訳ない気持ちになってしまった。



 ご飯を食べながらもにゃんずたちの話をしていた。


「彩葉、きなこや杏がかわいいのはわかったから、もっと俺たちのことも話そう?」

「ごめん…つい。なに話す?」

「んーなんか聞きたいこととか、知りたいことなんかはない?」


 んー…あ…


「私たち、ケンカとかしたことある?」


 りっちゃんがあまりにも優しすぎて、私はずっと疑問に思っていた。


「んー…ちょっとした嫉妬からの言い合いとかはあったかな?」

「嫉妬?」


 りっちゃんは教えてくれた。

 私が男友達とこまめに連絡をとっていることに嫉妬してしまったことがあったと…それが原因で少し言い合いになったことがあったと言っていた。


 …“タツヤ”のことかな…。

 タツヤとはしょっちゅう連絡とってたからな。


 りっちゃん…年上だし精神的に大人っぽいのに嫉妬するのか…。


「もしかして嫉妬深いの?」

「さあ?どうだろう?」


 りっちゃんは無邪気に笑った。


 ご飯を食べ終わると、私たちは床に座り、にゃんずとあそんだ。


 確かに最近、私よく笑ってるな…


「なんだか家の空気が一気に明るくなった気がするよ。あ、こら杏、それにイタズラしたらだめだぞー」

 

 りっちゃんはそう言いながら、私が脱ぎっぱなしにしてしまった靴下を杏からとりあげていた。


「やだごめんっ」


 私はすぐにりっちゃんの手から、靴下を奪い取った。


「はははっ。なんで?」

「え?」

「なんで謝るの?」

「脱ぎっぱなしにしてたから」

「にゃんずたちに危ないものじゃないし、別にいいじゃん、そんくらい」


 そういうもんなの?


「ここは彩葉の家でもあるんだよ?そんなに気を遣わないで?」

「…優しすぎるよりっちゃん…」

「あははっ。俺優しい?」

「うん」


 りっちゃんはご機嫌な様子だった。


「もしかしたら、彩葉の匂いがついてたから、杏は遊んでたのかな?」

「なんかやだー。靴下だよ?足の匂いだよ?」

「だってにゃんことか、わんことかって靴の中に鼻突っ込んで匂い嗅いだりするじゃん」


 確かに。そんな動画、見たことあるな。

 

 でも…もし本当にりっちゃんが言う通りに、杏が私の匂いで…だったら嬉しいな。


「それにしても、なんでさっき、あんなに勢いよく靴下をぶん取ったの?」

「…靴下だから」

「だから?」

「今日履いてたやつだから」

「だから?」

「汚いよ」


 私がそう言うと、りっちゃんは私の手から、靴下を奪い取った。


「やだっ」

「汚くないよ」

「返してっ」

「やだよん」


 りっちゃんは笑いながら、靴下を握っている腕を上に伸ばし、私が取り返せないないようにした。それでも私は必死に取り返そうとした。


 すると…


 私はバランスを崩し、りっちゃんのことを押し倒すような形になってしまった…──


 …時間が…


 止まったように感じた。


 しばらくの間、りっちゃんと見つめ合う。


「っ…ごめんっ」


 私は正気を取り戻すと、すぐにりっちゃんから離れようとした。


 でも…


 りっちゃんに手首を掴まれた。


「にゃんずばっかの相手してないで、俺の相手もしてよ」


 そう言うりっちゃんの表情は真面目なものだった。


 だめだ…


 鼓動が早くなる…


 耳が熱くなる…


「ぷっはははっ。ごめんごめん。間に受けちゃった?冗談だよ」

「もうっ。りっちゃんのいじわるっ」


 私はまたりっちゃんから離れようとした。でもりっちゃんは私の腕を離さなかった。


 なに…?


 りっちゃんの顔はさっきと違い、真面目だった。


「…もし…もし冗談じゃないって言ったら?」

「…え…」


 頭が真っ白になった。


「…」

「…」


 りっちゃんは私の手首を離すと、今度は体に腕を回した。


「冗談じゃないって言ったら?」


 りっちゃんはもう一度そう言った。その声は表情と同じで、真面目なトーンだった。


 待って…どういう意味?

 俺の相手って…


 そんなことより、心臓が爆発しそうだ。なにも考えられない。


「彩葉」

「…」

「なーんちゃってっ。はいっ、解放〜」


 りっちゃんはそう言いながら、私から腕を離した。


 冗談っぽくりっちゃんは言っていたけど、私はそうは思えなかった。りっちゃんは確かめたいんだ。私の気持ちを…


 早く…どうにかしないと…



 あれから数日が過ぎても、りっちゃんはいつもと変わらず優しかった。


 考えなくちゃ…これからのこと。

 いつまでもりっちゃんに甘えてばかりいられない…

 りっちゃんのこと、中途半端にしてちゃいけない。


 婚約…は、まだしたくない。

 結婚もまだしたくない。


 でも…りっちゃんとは一緒にいたい…。


 そんなんでもりっちゃんは納得してくれるだろうか。りっちゃんの中では私と2年付き合ってる。なのにまた振り出しに戻っても…それでもいいのかな…


 りっちゃんならきっと“いいよ”って言ってくれる。

 でもそれは、りっちゃんの気持ちを無視して…

 りっちゃんはまた我慢して…


「みゃ〜」

「ん?どうしたの?杏」

「みゃ〜」

「おやつ食べよっか」

「んにゃ〜」


 私は杏ときなこにおやつをあげた。


「君たちは本当にかわいいね」


 にゃんずたちとも一緒にいたいし…


 ちゃんと私の気持ちを伝えて…


 そう思っていたのに、もしかしたらりっちゃんは私の気持ちを聞いて、あの悲しそうな顔をするんじゃないかと思うと、怖くて中々言い出せなかった。


 だけど…その日は突然やってきた。

 それは2人でソファに座って、にゃんずたちのことを話している時だった。


「記憶の方はどう?」


 …あ…記憶…


 そんなことよりも、私はこの気持ちを伝えなければと、頭の中はそればかりになっていたから、最近はあまり考えていなかった。


「…ごめん」


 私がそう答えると、りっちゃんはやっぱり切ない顔をした。


「本当にごめん」

「ううん。いいんだよ。プレッシャーに感じちゃうよね?もういい。思い出さなくていいから。ちょっと気になっただけ」

「…」

「彩葉がこうやってそばにいてくれれば、俺はそれでいいから」


 …またそうやって…


 りっちゃんはいつも私を優先する。

 

「…りっちゃん…」

「ん?」


 もう言ってしまおうか…でも…


「えっと…」

「うん」


 りっちゃんは優しい表情をしていた。


 今から私が言うことで、りっちゃんのこの優しい表情が、またさっきみたいに切なくなったり、悲しそうにしたりするかもしれないと思うと、怖かった。


 だめだ…頭が回らない。


「なに?」

「…えっとね…」

「ん?」

「…婚約は…できない…」


 私がそう言うと、りっちゃんは切ない表情も、悲しそうな表情もしていなかった。


「…それって、どう言う意味?」


 私の腕を掴み…


 りっちゃんは…



 眉間に皺を寄せていた。

 

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