表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/21

12 変化


「明後日、職場の飲み会が入ったから、ご飯はいらないよ」

「わかった。楽しんできてね」

「…彩葉も来る?」

「え…?職場の飲み会でしょ?」

「いや、ヤマダのヤツがさ、彩葉のことを言いふらしてて、みんな彩葉に会いたい会いたい言ってるんだよ」


 それを聞いて、また私の胸がきゅっとした。


「私は…遠慮するよ」

「そうだよね。緊張しちゃうよね」

「うん」


 ソファで隣に座っているりっちゃんは、私の頭を優しく撫でた。


「ごめんごめん。ただね、彩葉の気分転換にもなるかなって思ってさ。彩葉は子猫を迎える準備のために、バイトを延期したでしょ?だからたまには俺以外の人と関わるのもいいかなって」


 まただ…

 またりっちゃんは私の気持ちを優先して…


「来て欲しい?」

「んー?どちらかというと、俺が行きたくない。彩葉のいる家に、すぐに帰りたい」


 りっちゃんって、ホントこういうことサラッと言っちゃうんだよな。

 こんなりっちゃんと一緒にいたから、私も“りっちゃん大好き”だなんて言うようになったのかな…?

 カップルって、お互いに似てきたりするもんね。私も徐々にりっちゃん寄りになっていったのかな?それで自然と愛情表現ができるようになっていった…って感じなのかな?


「ねえ…彩葉」

「ん?」

「…ごめん。言いたくなっちゃったから言わせて?」

「うん」


 なんだろう…


 真剣ながらも、りっちゃんの表情がさっきよりもフッと柔らかくなった。


「大好き」

「…」

「…」

「…りっちゃん…」

「って、そんなのもう伝わってるか。ははっ」


 りっちゃんは空気を変えたかったのか、そう言って笑っていた。


「明後日はお茶漬けで済ませたらだめだよ?」


 急に話題が変わった。


「うん。ちゃんと作る」

「作らなくてもいいよ。1人だから面倒でしょ?デリバリーとかにしなよ」

「わかった。そうする」


 この前から胸のざわつきが治らない。

 

 罪悪感に押しつぶされそうになる。

 

 “付き合う”だけならまだしも、“婚約者”。

 私の中ではどうもそれを重く感じてしまって、中々前に進むことができなかった。

 私たちの間で付き合うことは、“結婚を前提に”がどうしても付きまとうからだ。それだけがどうしても重かった。


 付き合うだけなら…別に…


 私はそう思うようになっていた。




「いろはーただいまー。飲まされちゃったよー」


 りっちゃんは今日、会社の飲み会だった。


 りっちゃんは…酔っ払っていた。


「おかえり。お水飲む?」

「んーおねがーい」


 私はソファに座るりっちゃんに、お水を持って行った。


「あんがと」


 なんだかいつもと違って、りっちゃんが可愛く見えた。


「いろはーただいまー」

「…それさっきも聞いたよ?」

 

 私は笑いながらそう言った。


「…そうだっけー?へへっ」

「楽しかったの?」

「んー?楽しくなんかないよー、彩葉がいないんだもん」

「でも今楽しそうだよ?」

「帰ってきたからだよー」


 りっちゃんはそう言いながら私を抱き寄せた。

 私は体勢を崩し、りっちゃんに体重を乗せる形になった。


「いろはーただいまー」


 私はりっちゃんのことを抱きしめた。


「うん…おかえり、りっちゃん」

「いろはー」

「…」

「…いろは…」

「……」

「…すき…」


 …。


「うん…」

「いろはすき…」

「…うん…」


 私も…


 好きかもしれない…


 どうしよう…


「…いろは…」

「うん…」

「…しゃわーあびてくる」

「こんな状態で大丈夫?」

「だいじょーぶ」


 りっちゃんはそう言うと、浴室へ向かった。

 出てくるとすぐにソファへと横になり、眠ってしまった。

 私はりっちゃんに毛布をかけると、ベッドへと行き、眠りについた。


 スマホのアラームで目を覚ますと、目の前にりっちゃんがいた。

 お互いに横向きで、向かい合うような体勢だった。

 

 たぶん…りっちゃんは夜中にトイレにでも行って、無意識にベッドに来たんだろう。


 寝顔…かわいいな。


 私はりっちゃんに手を伸ばし、そっと頬に触れてみた。でもそれのせいで、りっちゃんは目を覚ましてしまった。


「…んー?彩葉?」


 りっちゃんはそう言うと、私を抱き寄せ…


 …気がつけば唇が重なっていた。


 …サキの言葉で言うのなら…それは、濃厚なキスだった。

 私は驚いて、りっちゃんの胸を押し返した。


「……ん?なに?やだ?」


 寝ぼけてる…


 りっちゃんはきっと、寝起きで記憶が混乱してるんだ…


 …心臓が…壊れる…


「んー…いろは…もう少し寝よ?」

「…うん…」

「その前にもう1回ちゅー…」


 りっちゃんはそう言うと軽いキスをし、それから私を抱きしめた。


 私たちは…今まできっとこんな感じだったんだ…

 こんな感じで過ごしてたんだ…。


 私は再び眠ったりっちゃんの体に腕を回し、そっと抱きしめた。


 目が覚めたのは私の方が先だった。

 私たちはまだ抱きしめ合っていた。


 あったかい…


 安心する…


 私はさらにりっちゃんに近づくようにした。


 …りっちゃん…


 りっちゃん…


 しばらくそうしてから、私はそっとベッドから離れた。 


 カーテンを開けると、柔らかい光が部屋の中を暖かく照らした。


 気持ちいい…

 

 朝ごはんを用意していると、りっちゃんが起きてきた。


「おはよ。…彩葉…俺…」


 りっちゃんは気まずそうに話しかけてきた。


「…俺…ごめん…たぶん寝ぼけてベッドに──」

「あははっ。大丈夫だよ」

「変なことされなかった?俺に…」


 変なこと…は、されてない。

 

 ただ少し触れ合っただけ…


「大丈夫だよ?」

「そっか。それならいいんだ。なんか…幸せな夢を見たから…」

「幸せな夢?」

「うん…彩葉とキスした夢。記憶かな?」


 …。


「なんて、そんなこと聞かされても、彩葉からしたら気持ち悪いだけだよね。ははっ。ごめんごめん、変なこと言っちゃって」

「…したよ」

「え…?」

「キス…したよ」

「…うそ…」


 りっちゃんは困ったように眉を寄せた。


「ごめん」

「大丈夫だよ」

「…本当に…?」

「ははっ。大丈夫だから」


 キスのひとつやふたつ…子どもじゃないんだから。


「…嫌じゃ…なかったの?」


 …嫌じゃなかった。


「…うん…」


 りっちゃんはフリーズをしたように、しばらく私を見つめたまま動かなかった。


「…ハグ…していい?」


 私はその言葉を聞いて、りっちゃんのことを抱きしめた。りっちゃんもすぐに私のことを抱きしめた。

 

 窓から降り注ぐ太陽の光はやっぱり柔らかく、私たちのことを優しく包み込んでくれた。




 子猫をお迎えする日が来た。

 お昼前に車に乗り込むと、ヤマダさんの実家へと向かった。


「いよいよだね」

「そうだね。彩葉、これから忙しくなるよ?子猫だからやんちゃだよ?」

「そだね。壁で爪研ぎしちゃったらどうしよう?」

「ははっ。それはもう諦めるしかないね。ソファで爪研ぎする子もいるから、それも覚悟しておかないと」

「…私、ちゃんと見張れるか心配」

「ムリムリッ。見張っててもあいつらは隙を狙ってやっちゃうんだから、そうなっても彩葉は気にしちゃだめだよ?」

「…」

「いいんだよ?ペット可のマンションだし、そうするのはあいつらの習性なんだから」


 やっぱり好き…かも…


「そんなことより、うちに来てちゃんとご飯を食べるかだよなー。緊張してご飯が食べられないのはかわいそうだもんな」


 独り言のように、りっちゃんはそう呟いていた。


 言いたい。伝えたい。

 りっちゃんに“好き”だと伝えたい。


 でも…


 やっぱり“婚約”というのが重くのしかかる。


 ライトな付き合いから始めたい。

 

 でも私たちはそれがない…たぶん…


「車酔いしちゃった?」

「え?」

「いや、やたら静かだからさ。もう少しで着くからね?体調、大丈夫そ?」

「全然平気だよ?」

「手」

「…?」

「俺の手握って?」


 私は言われた通りにした。


「つっかまぁえたー」

「…」


 りっちゃんはあからさまに、明るくそう言った。かと思えば急に真剣な声で…


「彩葉…なにを考えてるのか知らないけど、元気だして?」

「…」

「…ね…?」


 本当に…この人はどこまでも優しい…。


 …好き…


 そんなことを考えていると、ヤマダさんの実家に着いた。


「「おじゃまします」」


 私たちは声を揃えてそう言うと、家に上がった。

 ヤマダさんのお母さんから、簡単なお祝いの言葉をもらい、お互いに挨拶をすませた。


 それからにゃんこたちに会わせてもらった。

 りっちゃんはヤマダさんと話していた。

 

 ふふっ。この前見た時よりも大きくなってる。


「おっ、きなこも杏も元気そうだね」


 ヤマダさんと話終わったりっちゃんが隣に来た。


 りっちゃん近い…


 それだけで意識してしまった。


「いや…元気すぎるな…」


 呟くように、りっちゃんはそう言った。


「うん。めっちゃやんちゃ」

「ははっ。そうだね。彩葉これから忙しくなっちゃうね」


 そこにヤマダさんも近づいてきた。


「お前、彼女ちゃんにはそんな優しく話しかけんだな。俺にもそうして?」

「やだよ、気持ち悪りーな」

「ねえ、俺にも優しくして?」

「いやだっつってんだろ。離れろ」


 ヤマダさんは、りっちゃんの肩に腕を回しながらそんなことを言っていた。


 りっちゃんって私以外にはこんな感じなんだ。

 前にここに来た時も思ったけど、職場ではこんな感じで軽口を叩いて、ふざけたりもしてるんだろうな。意外だ。

 まだまだ知らないことがたくさんあるな。

 

 りっちゃんの新たな一面を知ることができて、なんだか嬉しかった。

 

「彩葉?なに笑ってるの?」

「ふふっ。2人が面白いから」


 私がそう言うと、ヤマダさんが私たちの会話に割って入ってきた。


「なになに?俺たち面白かった?」

「はい。こういうりっちゃんを見るのは初めてだったので」


 ヤマダさんはそれを聞くと、「なんだよお前。彩葉ちゃんの前で格好つけてんのか?」といい、りっちゃんはそれに対して「別にそんなんじゃねーよ。どっちも素の俺だ」と言っていた。


 そんな感じでまた2人の会話を聞いていると、インターホンが鳴った。

 きっとお寿司が届いたんだ。


 その後、みんなで会話を楽しみながら、お寿司をご馳走になった。


 ヤマダさんのお母さんは私たちに「お似合いの2人だね」とか「彩葉ちゃん、息子に誰か紹介してくれない?」などと冗談を交えながら楽しそうにしていた。


 最初は“お祝い“というのが気がかりになり、ご馳走になるのは少し憂鬱だったけど、楽しく過ごすことができて安心した。


 それはきっと、私の気持ちの変化がそうさせたんだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ