10 気持ち
サキとの飲み当日。
待ち合わせ場所でサキを待っていると、サキとタツヤがやって来た。
タツヤは地元の友達で、サキと同様高校の頃からの仲だ。気が合って、よく2人して仕事の愚痴なんかを言い合ったりしていた。
「えーどうしたの?なんでタツヤ?」
「ふふっ。びっくりした?驚かそうと思って内緒にしてたんだー」
サキはニコニコとしながらそう言った。
ホントびっくりしたよ。
「どうしたの?なんでこっちに来たの?」
「埼玉に親戚がいるからさ、そこに行くついでにサキと彩葉に会おうかなって思って」
タツヤはそう言っていた。
あー…こうやってタツヤに会うの久しぶりだな。なんも変わってないな。なんだか安心する。この数ヶ月間、混乱することが多かったから2人の顔を見たら心底安心した。
適当な居酒屋に入ると、早速私は口を開いた。
いつもの私なら話さないけど、事故に遭ったこと、記憶を失くしたこと、婚約者がいたことなどを話した。
「あんた本当に大丈夫なの?」
「お前記憶ないのにその男と暮らしてるの?」
2人はそんな感じで私の心配をしてくれた。
私は2人に安心してもらうために色々と話した。
少ないながらも写真があったこと、服に隠れているところのホクロを言い当てたこと、彼の部屋に私の荷物があったこと。
それから何よりも彼が優しいことを話した。
「本当にっ、昔っからあんたってそういうこと何も話さないよね。いつも気がついたら彼氏がいる感じ」
サキには隠していても、何故だかバレることも多かった。私のちょっとした変化に気づくらしく、「あんた男できたでしょ」と言い当てられていた。
「でも今回は気づかなかったなぁ…りっちゃんだっけ?その人とそのまま付き合うの?」
「んー…わからない」
「体の関係を求められたりしないの?向こうからしたら、彩葉は恋人なんでしょ?」
「なにもないよ?」
「うっそだぁ。好きな女とひとつ屋根の下なのにぃ?」
「うん。」
「タツヤどう思う?」
サキはタツヤに話を振った。
「ムリムリムリムリッ。我慢できない。健全な男なら無理でしょ」
そういうもんなの?
「一緒に住んでどのくらい?」
私はサキの質問に「もう少しで3ヶ月かな」と答えた。
「キスもなし?」
サキの質問はまだまだ続きそうだった。
「…1回だけ」
「その先は?」
「なにもないよ?」
「どんなキスだった?」
「どんなって…ちゅって感じ?」
「子どもか」
「あんたは何をさっきから期待してるのさ」
「えー、もっと濃厚なのしてないの?」
「してない」
サキはなぜか残念がっていた。
それからも2人から色々と質問されるたびに、私は答えた。
「え?あんた仕事もやめたの?」
「そうみたい」
「あんなに頑張ってたのに」
「でも上司にうんざりしてたじゃん」
「いや、それでもさ、だんだん楽しくなってきたって、彩葉言ってたんだよ?上司の扱いにも慣れてきてて、生き生きとしてたよ?」
そうだったんだ。
辞めたがっていたわけじゃないんだ…
「そうだよもったいねーなー。なにも辞めることなかったのに」
タツヤからもそう言われた。
そんなに?この私が?
「しかし2年分の記憶がないとは…じゃあ前に私と遊園地に行ったこととか、一緒にライブに行ったことも覚えてないの?」
「え?誰のライブ?」
サキは教えてくれた。
それは私が大好きなアーティストのライブだった。
クソ…
覚えてない。
悔しい…
それからも私たちは近況報告をするように色々と話した。
2人は“もう付き合っちゃえよー”なんて言っていた。
まだはっきりとは決められないけど、気持ちが前向きになった。
人に話を聞いてもらうのってなかなかいいじゃん。心が軽くなったよ。
そう思っていたらスマホが鳴った。
確認をしてみるとりっちゃんからで、もうすぐ着くとのことだった。
時間的にバッチリだ。もうすぐ解散の雰囲気になっていた。
タツヤは明日、朝から移動するみたいだし、サキも仕事だ。
店を出ると、りっちゃんがいた。
「急かしちゃった?」
「そんなことないよ。ちょうどお開きするとこだった」
私は2人にりっちゃんのことを紹介し、りっちゃんにも2人のことを紹介した。
するとタツヤが、「長谷川さん、ちょっといいですか?」と言うと、私たちから少し離れて何かを言っていた。りっちゃんは表情ひとつ変えずに、話を聞いていた。
タツヤが話終わると、りっちゃんはニッコリとして、今度はりっちゃんが何か話していた。
なに話してるんだろう…
話終わったのか、2人ともこちらに来た。
その後解散すると、りっちゃんと車に乗り込んだ。
「…サキちゃんと2人きりだと思ってた」
そう言うりっちゃんの声は少し低かった。
「サキがサプライズで呼んでたみたい」
「タツヤくんとも仲良いもんね、彩葉は」
私…タツヤのこともりっちゃんに話してたのか。
そりゃそうか。婚約するくらいだもんな。それくらい知っていて当然か。
「さっきタツヤとなに話してたの?」
「んー?彩葉のこと。心配してた。それでよろしくお願いしますって言われた。いい友達をもったね」
タツヤ、そんなこと言ってくれてたんだ。
だったら別に、目の前で言ってくれてもよかったのに。恥ずかしかったのかな?
「タツヤってね、昔から友達思いのところがあるの」
「へー」
「頼り甲斐があって、結構仕事の愚痴とかも聞いてもらってたな」
「…」
りっちゃん…?
「そういえばにゃんこの引き渡し、月末の水曜日で決まったよ」
聞こえてなかったのかな?
「そうなんだ。楽しみだな」
「ねっ。キャットタワーも届いたし、今度俺の休みの時に、一緒に組み立てようか」
「うんっ。にゃんこたち、気に入ってくれるといいな」
「そうだね」
もうすぐにゃんこかぁ…
楽しみだな。
…私…このまま本当に付き合うのかな…
りっちゃんのこと、好きになるのかな…
そんなことを考えていると、りっちゃんが右手を握ったきた。
「彩葉はさ…今どんな感じ?」
「どんなって、なにが?」
「この先のこと、どう考えてる?」
ちょうどそのこと考えてた。
なんて答えるのが正解なんだろう。
「ごめん。今お酒入っちゃってる状態で、そんな大事なこと話したくない」
私はそう言って逃げた。
もちろんお酒の入ってない状態で話したいのも本音だった。
「それもそうだね。ごめん。なんか俺、焦ってるのかも」
焦ってる…
私が…いけないんだ…
記憶なんてなくすから…
同棲を始めて1ヶ月足らずで私たちは事故に遭い、婚約者が記憶喪失。
そんなことがなければ、今頃りっちゃんも私も、2人の始まったばかりの生活に胸を躍らせていたと思う。
なのにそれが一気に崩れた。
りっちゃんの気持ちを考えると胸が苦しくなった。
もしそれが自分だったらって考えると、とてもやるせない気持ちになった。
ごめんね、りっちゃん…。
あー…この前は楽しかったな。
サキもタツヤも元気そうでよかった。地元の友達にも会いたいな。でも今は実家に帰りたくないし、もし帰るならちゃんと婚約してからのがいい。
…婚約…?
私今“ちゃんと婚約してから”って思ったの?
それって…
私はりっちゃんが好き?
あ…確か前にサキが、“りっちゃんが他の女の人に取られてもいいの?”と、メッセージのやり取りの中でそう言っていた。
煮え切らない私の気持ちをもどかしく思っているらしかった。
サキはどちらかというと、“やってみてだめだったら別にそれでいいじゃん”というようなタイプだ。性格もサッパリとしている。
私はメッセージ履歴を見た。
あった。
『とりあえず付き合っちゃえよ。あんた愛されてんだから。』
そうだそうだ。そう言われたんだった。
私にはどうしても、そのとりあえずができないんだよな。しかも相手はりっちゃんだ。普通とは訳が違うんだから。普通とは状況が違うんから。
これで“やっぱりだめでした”、だなんてことになったら、りっちゃんのことをまた傷つけてしまう。
ここは慎重にならないと。
そうだ。今思ったことを、そのままりっちゃんに伝えればいいんだ。
りっちゃんはあの時以来、私に気持ちを聞いてこなかった。きっとモヤモヤとしているはずなのに…
帰ってきたりっちゃんに、私は早速気持ちを伝えた。
「ごめん。あの日のこと気にしてた?もしかしてずっと考えてた?」
りっちゃんは少し眉尻を下げ、困ったように微笑んでいた。
「ごめんね。困らせちゃったよね?」
「ううん。そんなことないよ。りっちゃんの立場を考えたら…」
「ありがとう。ちゃんと考えてくれ、気持ち伝えてくれてありがとう。ハグしてもいい?」
りっちゃんはいつものように両腕を広げた。
私はりっちゃんに近づき、そっと抱きしめた。
するとりっちゃんは、いつもと違い、力強く私を抱きしめた。
「好きだよ…彩葉…」
やばい…
ドキドキが…
胸が…心臓が…
りっちゃんのしっとりとした声が耳にこびりつく…
思わず私は、りっちゃんの背中に回している手で、彼の服を握り込んだ。




