帰宅
「えっと、あのマンションです。」
グレンに道々バスガイド並に事細かに説明してきた早紀が終着点を指差す。
結局、桐野さんも僕を庇う為についてきてくれていて、浅葱は戻らないまま、 5人でマンションに着いた。
「浅葱に部屋番号教えとくねー。」
山吹が間延びした声で言う。念じるだけで伝えられるのかな。
「ありがとう。」
今度は僕と早紀の声が被り、桐野さんはニヤニヤ笑いする。
「私もついて行かなくて大丈夫…?」
早紀がもう何度目かの質問をする。
やっぱり彼女とかいうより姉ってイメージが強く、拭えないのはこういうところだと思う。
「いない方が、僕は助かる。」
多分母親はぶち切れるから、早紀にまで二時間も説教されたくない。
早紀が怒鳴られるところは見たくなかった。
「僕もついてるし、心配ないよ。」
うちの母親がキレたら見境ない事をよく知っている桐野さんが、早紀に気遣って安心させる言葉をかけてくれる。
「人間って意外と面白いよな。」
心を読んだような様子の山吹が腕を頭の後ろで組みながら言った。
―――――
「うおぉーっ!すげぇ!何この浮遊感っ!」
エレベーターなんて乗るんじゃなかった。
狭い中を跳ね回る山吹にグレンは注意、桐野さんは押さえ付け、早紀は落ちないかと震え、僕は後悔。
とそれぞれにリアクションした。
「思念体って常に浮いてるんじゃないの?」
グレンが怒った声で言う。
「位置移動をこんなにゆっくりした事はないよ。
電波みたいにかなり高速で移動するから。」
上気した頬の山吹が、目をキラキラさせながら言った。
どうやらエレベーターをいたく気に入ったらしい。
「じゃあ私はこれで。」
早紀が降りて頭をさげる。
「またね。」
と桐野さんが笑顔で手をふる。
「君は?降りないのか?」
降りて欲しいのだろう表情で、グレンが山吹を見る。
「早紀は浅葱の担当ー。」
……え。じゃあお前がこっち?
仮にも女の姿なんだから早紀の方行けよ。
なんで僕の姿した浅葱が早紀の家なんだよ。
万が一にも早紀の親に見つかったら大騒ぎだぞ
「へー。」
楽しそうな山吹の感嘆の声が背後から聞こえる。
僕は先程から感じていた違和感を口にする。
「……山吹、今更だけど、もしかして、心が読めるの?」
「短時間だけどねー。」
得意げにニヤリとして見せる山吹に、僕は深いため息をついた。
エレベーターから降りて、家までの数メートルがこんなに長いと感じた事はない。
疲れているときは結構長く感じるけれど、今は違う。
後ろを振り返って逃げ出したい衝動を何度も抑えながらノブを回す。
鍵はかかっていない。
今日は両親二人共、仕事を休んでいるからだ。
昨日の夜のまま、玄関に落ちている地域新聞を拾いあげながら「ただいま」を言う。
父親が疲れきった顔に無理な笑顔を貼り付けて、わざわざ玄関に「おかえり」を言いに出てきてくれた。
そして、そこで足を止める。
「おじゃまします。」
とグレン。
その後ろから桐野さんが入ってきた。
「裕司くん…!」
父親の目が怖いくらい開いた。
山吹が「おじゃましまーす。」と入ってきて、父親の顔からは一切の血の気が抜け真っ青になった。
それもそうだろう。
早紀の違いには気付けなかったとしても、祖父の声をしているのだから。
怒られるつもりだった。
けれど、両親は僕の説明に驚き、そして疲れきった、まさに茫然自失という表情を浮かべると、そのまま考え込むようにうなだれてほとんど喋らなくなってしまった。
特に父さんは、おじいちゃんが、断定ではないが命の危険にさらされている事を知って辛いだろう。
怒られるよりずっと気が重たい。
桐野さんが後は任せて。と言って僕とグレンを部屋へ行かせた。
山吹は桐野さんと残って説明をする。と申し出て両親の前の席に座った。
四人分の椅子。
山吹が座った席はもうずっと座る人のいなかった、おじいちゃんの席。
僕はそれを見ながら部屋の戸を閉めた。
「他の人達は大丈夫かな。」
気を逸らす為にか、グレンが言った。
「…そうだった…!」
携帯の電源を入れる。
メールがすごい量きている。
人生で初めてみる三桁の着信件数。
焦ってボタンを押し間違えるミスを何度も繰り返しながら順番に読んでいく。
『あれって何なの!?幽霊…??』
という『みぃな』からのメールにホッとしながら返信を打ちだす。
とりあえずメールを読んでくれたなら敵じゃないと分かってくれただろうから茜を攻撃したりはしないだろう。
話す事が多い。
文字数が1000を超えた辺りで、いくらなんでもこんな長文を送ったら読む相手に悪いと思い直し全文削除して電話番号を貼り付けた。
『長くなるから電話で話すよ。』
すぐにかかってきた電話。
意外にもハスキーな声が耳に届く。
年上という事を何故かそんなところで感じた。
声の低い女子なんてクラスにもいるのに、不思議だ。
「敬介…?」
緊張気味な声。
キャラ名は正確には『敬介507』だが当然数字は省く。
「うん。」
僕まで緊張してしまって、言葉が進まなくなった。
「意外、低い声してるかと思ってた。」
「僕も、高い声かと思ってた、なんか、イメージで…」
感じた事のない、喉で言葉が詰まるような空気が流れる。
グレンがいる分、こんな風に緊張してる事や妙な雰囲気なんかが恥ずかしく、見られていると居心地が悪いと思ってグレンの方をチラッと見ると、
本棚と見つめあっていた。
なんとなく読書好きそうな感じはしてた。
僕がたどたどしくも説明する間、本棚をあさり、かなりの速度で読んではまたあさり、を繰り返していた。
正直これだけあからさまに無関心だと助かる。
僕の周りにはいなかったタイプだ。
冷たいとか感じるべきなのかもしれないが、視線や動向をいちいち気にしてしまう僕にとってこれはとても気楽で過ごしやすい。
グレンが奥のアルバムに気付いて棚から抜き出す頃、ようやく今までの説明が終わった。
「グレンはそっちに泊まるの?」
予想しなかった質問。
なぜこのタイミングでそこを気にするのか。
僕は意味を考えながらとりあえず答える。
「うん。」
「私も行きたい!」
間髪入れずみぃなが少し高いめの声で言う。
僕の頭はフル回転したが、遠足か何かだと思っている。もしくは事態をそれほど重く見ていない。の二つの選択肢しか出してくれなかった。
違ったらあまりにも失礼だからどう答えたらいいものかと迷っていると、みぃなが続ける
「怖いの…。敬介と一緒にいたい。」




