黒髪の少女
「仕方ない…茜は止めておいてやる。
あんたが後で話せ。」
ようやく山吹が動いてくれた…。
「携帯は便利だが不便だな。」
そう言ってまた馬鹿にしたような笑いをすると、消えた。
早紀の見た目なのに性格悪すぎる…。
声じいちゃんなのも本気で早く直して欲しい…
深いため息をつきながら、とにかく僕は『みぃな』に送るメールを打ち出した。
ついでに『†未玖†』にも打っとくか…
「…ん?」
急に携帯の画面が真っ暗になった。
「え…なんで?」
「こんにちは。」
声をかけられてビックリして頭を上げる。
目の前には胸あたりまでの黒髪の女の子。
白い肌に真っ黒い大きな瞳が印象的な、綺麗な子だ。
全然気付かなかった。
こんなに近くに来るまで視界にも入らなかったなんて…
そこまで周りが見えていなかったのか。と余裕のなさに呆れるやら、そうさせた原因を恨むやら…
「扉を開けたのは誰?」
「え?」
少女は真剣な表情でこちらを見つめている。
扉?何の?
「え…わかんない。何の話?」
「…そう。」
少女は残念そうにうつむくと踵を返し去っていく。
僕は呆然として、でも頭はメールの事ばかり考えていた。
手元で突然バチッと音がして、また携帯のメール作成画面がうつしだされた。
メールを送信してようやく頭がすっきりした。
そこで気付く。
「え…っ、扉って!」
当然あの少女はもういない。
いても冷静になった今は怖くて声はかけられないけど。
「扉の事を知ってた…」
僕は病院の階段を足がもつれそうになりながら上りきった。
病室へ一気に駆け込む。
思いの外、勢いがついていたらしくドアがバシン!と高い音をたてた。
「どこまでもマナーのなっていない…。」
山吹が目をすがめるが知った事ではない。
「さっき、扉の事訊かれた!」
その一言で部屋の中の全員の表情が変わる。
「何に…?」
と尋ねたのはグレン。
「いや…普通の人間っぽかった…けど。」
言いかけて、
「あ!女の子だった!このくらいの長さの黒髪の!」
グレンが山で会ったやつではないか?と思ったが、この反応は違うようだ。
「僕が会ったのは僕と同じくらいの背丈の赤茶の髪の人だから違うよ。」
僕の目線の意図を察したらしく、ハッキリ断言された。
「ねぇ!それより!敵も人間に入ったって事…っ?」
僕は神妙な顔つきの赤銅に尋ねる。
「元々やつらは人に寄生する生き物だ。」
どちらにしろ、彼女は被害者か…!
「なんとかしないと…!」
「残念だけど、俺らは倒すことが出来るわけじゃねぇんだよ。」
と山吹がだるそうに言った。
「はぇ…?」
間抜けな声が出る。
「じゃあ、何であんた達は現れたんだよ…。」
さっき僕がいない間にグレンはもう聞いていたのだろう、落ち着いた様子で椅子に座っている。
取り乱しているのが僕だけというのは恥ずかしいので少し落ち着こうと努力した。
「俺達は監視しに来たと言ったほうが正しいんだ。」
浅葱が言った。
……監視…。
「扉を開けた人間は閉じるか壊すかを選択できる。」
なるほど、合点がいった。
敵は扉を壊して二度と封印されないようにしたいんだ。
「…なら君達は?
閉じないといけない理由があるんだよね…?」
湧いた疑問を口に出す。
何故か怒ったような鋭い視線を向けながら浅葱が答える。
「俺にはない。」
「俺もー。」
続いて山吹も言うと、だるそうに大きく挙手してふざけて見せる。
赤銅が口を開いた。
「私が、人を守りたいと思ったのだ。」
グレンも僕もポカンとして赤銅を見つめる。
一人にしか理由がないのか…?
「やつらは人の脳を蝕み自殺へと追いやる。
そうする事で寿命を伸ばす生き物なのだ。」
「簡単に言うと、やつらは人の“幸せ”を食べて生きてる。
寄生された人間は、何をしても幸せだと感じられなくなる。
その上、嫌な記憶を繰り返させるんだ。
憑りつかれた人間は他に乗り移させるか命を絶つ以外で助かる方法が無い。」
山吹が窓に腰掛け、足をブラブラさせながら付け足す。
「早く止めないと…っ!」
気は焦るものの、脳の中なんて…どうやって…
今度は浅葱が口を開く。
「お前の家は扉を見守る家系だった。
同じように、戦う術を知る家系がある。」
グレンと僕の視線が浅葱に集まる。
「それってどこに…っ」
「桐野 裕司。」
僕の質問を遮って浅葱が言った名前は…
「桐野さん……?」
確かそんな名前だった。
「知り合いか?」
グレンが尋ねる。
僕は頷いた。
そうか…だからまだ27歳くらいなのにおじいちゃんと仲がよくて…
そんなに強そうだったっけ?背は高いけど細いというか、ひょろっとしてるし。
腕相撲、お父さんに負けてたよね。
無精ヒゲで服装は常にだらんとしてて、生活態度もだらしない。
あの人が戦えるの?
不安要素ばかり頭に浮かぶけど、とにかく他にあてがないのだし、行くしかない。
「じゃあ…」
グレンが席をたつ。
「ああ、どちらかに頼みがある。」
「?」
赤銅が引きとめ、僕らは動きを止めた。
「頼み…?」
グレンと僕の声が重なる。
「さっきも話した通り、継承者を守る為には我々思念体の護衛が二人欲しい。
けど、人手が足りない。」
浅葱がチラッと赤銅を見、また僕らの方を向き直り言った。
すると山吹が面倒そうに口を開く。
口元が皮肉った笑みの形に歪んでいる。
「しかも継承者の所の扉は二人で開けてるからなぁ。」
「!」
早紀もカウントされてるのか…!
「二人?」
露骨に顔をしかめるグレン。
それはそうだろう…誰にも言うなと言った本人が追加で一人、他の人間に言っていたんだから。
「な、わけで。」
ケタケタ笑いながら細くなった目で僕を見ながら山吹が続ける。
「どちらか、というよりそっちの学ランの方。」
山吹が目線をグレンに向けて、次いで指を差す。
「長谷川。」
グレンが言った。
長谷川っていうのか。
「長谷川君には大阪に居てもらわないといけない。」
「えっ。」
喉まで出かかった言葉を飲み込む。
原因は全部、自分なのに。
「まぁ、そうなるよね。」
グレンは落ち着いた声で言うと、僕の方を向く。
僕はポカンとして見上げるだけ。
「君の家が許可してくれるかが心配だけど。」
僕の家なら問題ない。
僕のした事と、昨日の早紀のついてくれた嘘をバラす事によって、確実にグレンを受け入れてくれる事だろう。
怖い。とか言うより、
「グレンは大丈夫なの?学校とか親とか…」
情けなく小さな声で尋ねるが、グレンはあっさり言って返した。
「一応学校では優等生だから大丈夫。夏休みまで遊んでたって問題ない。
大学までエスカレーター式の学校だし。」
やっぱり金持ちのお坊ちゃん学校だったのか、その制服…
「親も心配ないよ。この間のニュースの時に話したから。」
「え!なんてっ?」
扉の事を話されては困る。
壊す事が出来ない以上、また開けられる事のないようにしなければならないのだから、今後も誰かに話してはいけないんだ。
「大丈夫、ただ夏休み中やりたい事があるって話をしただけ。
具体的には言ってないけど、普段から長期で調べ物とかしたりする事があるから
親も心配してない。それに、扉の事話したって信じないよ。」
あー…確かに。と胸を撫で下ろす。
「うちは大丈夫。必ず許可してくれるよ。
布団なかったら僕のベッド使ってくれたらいいし。」
僕が言いきるのと同時に横から「え?」の声。
いつの間にか窓から離れ、僕の側まできていた山吹のものだ。
「俺らの分は?」
…は?
浅葱は別段気にしていない様子。つまり…、
「普段いらないんだろ?」
「今は欲しい!」
駄々をこねて口を尖らせる山吹に赤銅が声をかける。
「あまり困らせてやるな。
そうでなくても考えなければならん事が多いのだから。」
浅葱も山吹に並び、赤銅の味方をする。
「遊ぶのは仕事の後にしてくれ。
まずは桐野の所に向かうのが先決だ。」
そうだった。
膨れ面の山吹の事は後で考えよう…
「すまないな、浅葱。」
立ち去ろうとする僕らに赤銅が声を掛けた。
「別に。貴女の頼みなら、何度でも従いますよ。」
「え…ちょ…」
一瞬漂った二人の変な空気にうろたえたりツッコミをいれたりする間もなく、拗ねた山吹に引きずられ、僕は病室をあとにした。




