ドッペルゲンガー
「まず、病院とは逆方向になるけど、『グレン』を駅まで迎えに行って…」
極力無駄のないように段取りを組みながら登校路を走っていると、
門の前に、結構有名な私立中学の学ランを着た少年が立っているのが見えた。
相手もこちらに気付いたようで、僕を見留めると不思議そうな表情になって、
「着替えたの?」
と怪訝な声で尋ねてきた。
唐突な問いにキョトンとするが、その声には聴き覚えがある。
「グレン!?どうして学校にっ?」
どこの学校かなんて一切伝えていない。
「君が連れてきたんだけど。」
「は?」
疑問符が浮かんだが、僕には心当たりがある。
今朝の、今からおよそ二年ほど前の服装の早紀だ。
「どんな服だった?」
「ウサギのプリントの付いたグレーのパーカーに、黒の半端丈に折ったジーンズ。」
「!」
やっぱりだ。
もう随分前に着れなくなった服…
「それに、変だ。背丈が違う。」
手の届く距離まで近づいてきた僕を見、グレンがさっきの僕らしき人物の背丈を手で示して見せる。
混乱するグレンに、今朝の早紀の偽者の話と、僕と早紀の推察を伝える。
「僕の姿をしたやつは、何か喋った?」
会った事がないんだから、声なしでは判別できないはずだ。
「いや、何も。
かなり強く引っ張られて、ここまで。」
待ち合わせ場所からここまではかなりの距離だ。
「確かに、変だとは感じてた。子どもの力とは思えなかったし。」
と言ってグレンが袖をまくると、赤紫の痣が彼の白い腕にハッキリと残っていた。
今の僕よりも少し小さい手の形に。
「ごめん。」
「君が謝ることじゃないよ。
それより、何で君や、君のクラスメイトの姿をしていたのか。
こうまでして病院へ急かすのか。
何があるのか楽しみになるよね。」
と、グレンは本当に楽しそうに笑った。
そのままバス停に直行できたので、予定よりずいぶん早く病院に着いた。
病院へ入ると受付の看護婦が狐につままれたみたいな顔をしたが、その時の僕はあまり気にしなかった。
二人とも黙ったまま病室へ向かう。
階段の折り返しの踊り場に出たとき、階段を上りきった所に昔の姿の僕と早紀がいるのが見えた。
今朝は後姿だけで、しっかりと見るのはこれが最初だったので、聞いていたとはいえ、やはり動揺する。
幼い二人はじっとこちらを見ていたが、初めて口を開いた。
「早く来い。お待ちだ。」
見た目に似つかわしくない、低いしわがれた声。
「その声…っ!」
祖父の声だ。
小さい頃の僕と早紀は、不気味な笑みを浮かべ、消えた。
「行こう。」
グレンが言い放つなり僕の横を通り過ぎる。
足が震えそうだったが、一人ここに置いていかれる恐怖の方が勝り、なんとか後を追った。
ーーーー
206号室。白い、普通の病室。
他のベッドが全て空いているので個人部屋状態。
強すぎる日差しを防ぐために、淡いベージュのカーテンが窓を覆っている。
ベッドの上で、上体を起こした祖父がこちらを向いている。
目が合った瞬間、鳥肌が立った。
感情が無い。
祖父の目は、まるでガラスみたいだった。
何も映していないのに、こちらを見ている。そんな感じ。
「…おじいちゃんは、どこ。」
掠れて、小さく震える声で目の前の何かに尋ねる。
グレンも察したのか、祖父を警戒した目つきで見据える。
「体はお前の祖父のものだ。」
祖父の声とは思えない無感情な声が、薄く開いた口から流れ出てきた。
「怯えるな、私はお前たちを助けるために呼んだのだ。」
「……何から?」
グレンがすかさず尋ねる。
「お前たちが解き放った者たちからだ。
やつらも私と同じ…こちらで最も似た言葉で言うと、思念体…か。」
最後のほうは独り言のようなニュアンスで、祖父は僕から目線を外す。
気がついたら握り締めていた手に汗が滲んでいた。
「この老人の体を得た事で、こちらの知識は一通り学んだつもりだ。
私の部下の二人もそれぞれに学んだはず。」
そう言った瞬間、視線の先にさっきの幼い僕と早紀が現れた。
思念体だから突然消えたり現れたりできたようだ。
ただし物や人に触れられるのだから、ただの思念体ではない。
「若い人間の声帯が上手く模造出来ないようでな。
この老人の声しか出せんのだ。」
「おじいちゃんは?大丈夫なんですか?」
僕が尋ねると、おじいちゃんは首を少し横に傾けた。
「わからん。」
声が出ない。
この病室には、二年前に来て以来一度も来なかった。
その時だってほんの数十分…
なのに祖父は二年前の僕と、後からついてきた早紀をあれだけ鮮明に覚えていた。
その鮮明さが愛情の深さに思える。
そんなおじいちゃんを危険な目にあわせた。
僕が。
その事実が喉を詰まらせた。
「人に入った事などなかったのでな。どうなるかはわからん。」
淡々と語るおじいちゃんの姿をした誰か。
「こちらの知識を得ようとしただけだったんだが。
まさか入ると出られないとは思いもしなかった。
挙句この老人は病院から出られない。だからお前達を呼んだ。」
おじいちゃんと子どもの頃の僕と早紀の視線が僕に集まる。
「裏切り者の継承者。」
僕を見据え、祖父の顔でほんの僅か口を動かして言った一言が、
今これ以上なく僕の折れそうな心にのしかかる。
「そして扉を開けた罪深い者達よ。
お前達がまた扉を閉じなければならない。
勿論お前達が解き放った連中はそれを阻止するだろう。」
開けた当人でなければ封印出来ないから助けに来たのか。
「なら今ここにいない他のやつらが危険だな。」
グレンが言う。そうだ。早く伝えないと。
「できる事なら集合してどこか安全な所へ…」
僕が携帯を開きながら呟くと、祖父の目でじっと見つめられた。
「安全な場所に隠れて一生過ごすのか?
やつらを封印できるのはお前達だけだというのに。」
違う。一旦考える時間が欲しいだけだ。と言いたかった。
でも、他のみんながどうするかはわからない。
僕は責任がある立場だしやらざるを得ないけど、みんなもまた協力してくれるとは限らない。
今祖父の姿をした何かに、そうじゃないと言い返せるだけの確かなモノが全くない以上、黙って携帯の画面に集中するしかなかった。
「君達は何者…?
どれくらいの仲間がいるの。」
グレンが尋ねる。
「そうさな…名前は…赤銅にしようか。
お前達とは違う空間を生きているので本来会うこともない存在だ。
お前達と違い、死というもののない私達は繁殖などしない。
だから数も少ない。」
赤銅が答えながら窓際の幼い二人に目をやる。
幼い早紀がしゃがれた声で、
「山吹。」
小さい僕が続いて
「浅葱。」
と、答えた。
自分のイメージカラーで名前を決めているのかな。
ただし知識の元がおじいちゃんのパレットだから渋いチョイスだ。
「まさか… 3人だけ?」
少ない。とか不満げだったりガッカリした顔をしていない自信がないので、
携帯の画面から決して目線を外さないように心掛けながら怖々尋ねる。
「いや、本来全ての扉に 1人ずつだ。
ここは継承者のいる場所なので特別に 2人で、計 8人。
浅葱は京都の者だが、私がこの通り使えなくなったのでな。」
おじいちゃんの動かない足を目線で示す。
「京都…なら彼はずっと俺についてきてた…?」
グレンが浅葱と名乗った小さな僕に目を向けて言う。
「そうだ。だが俺は人の形を作るのに時間を要していたから、
先程まではハッキリ姿を現してはいなかった。
人の体は構造が複雑で困る。」
しわがれ声で喋る小さい僕を眺める僕の心境は複雑だ。
「もしかして…本来の姿があの赤いぷにょぷにょだったりする…?」
僕の質問には、また赤銅が答えた。
「そうだ。
心配するな、地図記号の事は私が伝えた。
他の県で人に入ったやつはいない。
私達はどれだけ離れていても知識を共有できるのでな。」
と言われて安堵したのも束の間。
「今ごろ各都道府県で私達の仲間がお前のご友人達に同じ話をしているだろう。」
…なんだって…?
それまで壁にもたれておとなしく会話を聞いているだけだった山吹が、突然楽しそうに嗄れ声で笑う。
「俺らと同じ姿・同じ声で伝えるもんだから山梨の女の子ビビッて逃げてるよ。」
早紀の見た目のくせに中身は男かよ!
とか一瞬思ったが、それどころではない。
あまり時間がなさそうなので、とりあえず今まで打ったメールを途中だけど送って、新しく山梨の『みぃな』に新規メールを作成しようとすると、また山吹が意地悪く笑った。
「老人の知識によるとここでは携帯だめなんじゃないっけ?」
「あ!」
すっかり忘れてた!しかもよりにもよって高齢者が集まっている病棟だ。
グレンは…バス降りた時電源切ってたな…そういえば…教えろよ…っ!
「派手に転んだなー…悲鳴で人集まったらマズいね。
俺のと同じ見た目だからなー。
本物の早紀に害がないといいけど。」
嬉しそうな顔で言う山吹。
事態を穏便に収拾する気がまるでない…
「あーもう!グレン!外行ってくる!」
だけ言って病室から駆け出す。
山吹のものだろう、走り出す後ろから老人の大笑いが聞こえた。
病院から離れた辺りまで全力疾走して、息切れしながらも携帯を開く。
『今追ってきてる子どもは敵じゃないから落ち着いて』
予測変換を使っての作成だから結構早く送れたと思う。
短いながらもなるべわかるよう打ったつもりだ。
「おー…隠れていた所で携帯が鳴って余計パニックだ。」
「!」
気配もなく後ろにいた山吹がわざわざ教えて下さる。
全く息が乱れてない…
あ、そうか思念体だから飛んで来れるのか。
とか考えていると山吹が続ける。
「あ……読む前に電源切った。」
「ええええっ?」
そんなのどうしろと…!




