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7つの扉  作者: chihir。
4/23

翌日

その後続いていたニュースによると、あの物体は同じ音を三回流した後、地面に溶けて消えたらしい。

辺り2、3メートルに広がった赤い謎のネバネバは相当な速度で気化するらしく、警察が来て回収する頃には手のひらに収まるくらいしか残っていなかった。

そして、消えたコンクリートの地面には赤く蛇がのたうったような溝が残った。


上から見ると絵のようで、ナスカの地上絵みたいな画風。

ただし鳥ではなく、もっと抽象的な何か。

早速ネットにその画像がアップされ、次々と独自の仮説が書き込まれていった。

明らかに人間の仕業ではない出来事。


考え込んでいると、『たつやZ』からのメール。

東京の子で一つ年下。


『ニュースのって、あの扉を開けたからなの?』

『多分…』


他に理由があるなら知りたい。少なくとも祖父の心配をしなくて済む。

扉のせいだとしたら、祖父も関係者だ。

安否の確認をしたいと思っても今からでは消灯時間に間に合わない。

それと、両親は気付くんだろうか。そこまで考えて、また携帯が甲高い電子音を奏でる。


『卍亜希人卍』からだ。

鹿児島の中学一年生。


『あの絵ってさ、カノジョが記号の塊だと思うって言うんだけど。』


中学一年生でカノジョ。

彼氏いない歴=年齢で、現在は京都で一人暮らししている大学生の姉が聞いたら嘆くな。


『何の?』


しばらくして届いたメールは写メだった。


『地図記号なんだけどさ、見てみて。』


と書いた下に手書きの地図の映像が添付してある。

鳥のようだったのは方角を示す方位記号。その地図の中心となる建物は、


「このマンションじゃないか…。」


他に気付く人が現れたらマンションまで誰かが来るかもしれない。

今のところネットのどの書き込みも地図だとは言っていない。

こういう時、異常なほど早く核心をつく意見を出してくる人が結構いるものだけど。と思い、もしかして、これも扉を知るものにしかわからないようになっていたりするのではないだろうか。と思い至る。


もう扉と無関係の可能性はなくなった。


皆から何通ものメールが届くのをさばききれなくなってきたので、わかった事をメールで一斉送信して、電源を切った。今は話せるだけの精神的余裕がない。

が、


ピンポーン


「敬介!ニュース見た?」


早紀はドアを開けるなり飛びつくような勢いで叫んだ。


「うん。」


僕が答えるのと同時くらいに早紀のポケットに入っていた携帯が振動した。


メールを読み終えて、さらにメールには書かなかった、その病室にいるのが僕の祖父であるという事実を伝える。


「じゃあ明日!敬介のおじいちゃんの所行くんだね!」

「…うん。」


僕が俯きがちになるのを見てとって、早紀の声が穏やかな調子になる。

少し遠慮がちというか、戸惑っているようにも聞こえる声で、


「せっかく近所なんだから、いくらでも相談してね。

 私も共犯者なんだし。」


と言った。応えようと顔をあげると、早紀は横を向いている。


「こんばんは!敬介くんのお父さん、お母さん!」

「!」


早紀の目線の先に、確かに両親がいた。


「こんばんは。早紀ちゃん時間大丈夫?」


母親がよそ行きの上品な笑顔を浮かべて尋ねると、


「はい、すぐ帰ります。

 宿題やってたら長引いちゃって、夜遅くまでお邪魔してしまってすみません。」


と早紀が中に何が入ってるのかはわからないが、持ってきていた手提げを軽く持ち上げて本当に申し訳なさそうに言った。

早紀は誰かの為に嘘をつくときは本当に上手くて、スラスラ嘘を並べられる。

自分のためだと罪悪感が思い切り顔に出て、笑ってしまう程わかりやすい。


両親もそれを知っているので、違和感のあった笑顔が本物の、安堵したような笑顔になった。

つまり、僕がしたことに勘付き疑っていたって事だ。それは表情から見てとれた。

だから早紀はとっさに僕のアリバイをつくる嘘をついたんだろう。

まだ両親が帰ってくる時間ではなかったし、二人揃って帰ってくることは滅多にない。


早紀を見送って家に帰ると、

父親はゲームになんて全く関心を払わず、テレビや赤い物体のことをとりあげているサイトなどを見て回っていて、母親はどこにそんなに隠す場所があったのかと思うほど大量の茶色い紙の束や古書を読みあさっていた。


食事もしなければ、スーツを着替える様子もない。

両親の真剣な表情を見て、あれは本当に開けてはいけない扉だったんだと、改めて思い知り、怖くなった。


ーーーー


朝を迎えると僕は日直だと嘘をついて、なるべく両親の顔を見ずに家を出た。

まだ空が白く、夏の蒸し暑さが感じられない程の早朝で、学校の門が開いているか心配だったが、自分が元凶で追い詰められている両親の様子を見ているのは居たたまれなかった。


学校はひと気がなかったが、一応誰かいるらしく、門は開いていた。

運動場を横切るかたちで校舎に向かう。

特に急いでるわけでもないが、何故か遠回りになるように造られた赤レンガの登校路を、人目のないときにまで活用する気はない。

運動場の方を向いて、人影があることに気付く。

こんな早い時間に登校している生徒がいるとは思ってもみなかった。


スカートなので多分女子と思われる人影は、校舎を見つめたまま微動だにせず、

夏真っ盛りにもかかわらず厚手な長袖のニットを着ていて、何故か大人用のスコップを手にしている。


明らかに不自然だ。


やはり登校路を通ろうと向きを変えようとして、彼女の足元の溝に気付く。

遠くからでは溝があるという程度しかわからないが、かなり広範囲に溝が出来ているのがわかる。

スコップはそのためか、と内心ちょっと納得した。


「こらー!お前たち何してる!」


静かな校庭に響く体育教師の大声に、怒られる筋合いのない僕の方が一瞬ビクッとしたが、彼女の方は全くの無反応だった。


「どういうつもりだ、相田?」


僕は一瞬戸惑った。

相田は早紀の苗字で、僕の記憶に間違いがなければ、この学校に他にその苗字の生徒はいないはずだ。

言われてみれば少女の服には見覚えがあるが、何か違和感というのか、不可解な点があるような気がした。

少女は無言で直立したままだ。

体育教師がずんずんと歩き進み、少女に近づいていく。


早紀が怒られるのはなんとか庇ってやりたいものだが、何故か少女を早紀だと思えない。

それどころか、近寄りたくない。恐怖を感じている。


「相田!何をしているのかと…」


言いかけて教師の言葉が消えた。少女との距離はもう数歩程度だ。

教師の目線は溝に向かっているようだ。みるみる彼の小さい目が見開かれていく。


「お前たち、二人で掘ったのか?」


少し気味悪く思っているような、恐れているような声で教師が質問したが、案の定、少女は答えない。


「僕は、今来たところです。」


もう僕は完全にその少女を早紀だとは思っていなかった。

早紀ならここまで答えないはずがないし、返答に困っているならもっと何か動きがあるはずだ。

なら彼女は誰なのか、教師が見間違えている可能性は無いとも言い切れない。

考えながら、なるべく音を立てず後ずさる。


「相田。」


と言って、教師が少女の腕を掴む。

それと同時に少女は消えた。

一瞬で、跡形もなく消えた。

ただ園芸委員の備品のスコップだけが教師の足元に落ちていた。


僕は怖くなって教師に話しかけようと駆け寄ろうとし、ようやく溝の全貌を目にした。

声が無くなる。

遠目からではわからなかったが、その溝はまっすぐ掘られていたのではなく、昨日の謎の溝と同じ柄、つまりは僕の家の地図の形に掘られていた。

それも、もの凄い深さで。


「あ、おい!危険だ!こっちに来るんじゃない!登校路を通りなさい!」


さっき起こった出来事に放心していた教師が我に返り僕に注意する。

危険なんてものじゃない、底が黒く見えるほどの深さだ、小学生の身長ではかるく埋まってしまう。


「門を開けたとき、これってありましたか。」


僕は思わず訊いていた。

答えはわかっているようなものだけれど。


「いや、何もなかった。」


教師はそれだけ言って黙り込んでしまった。

予想だにしないありえない出来事が起こったのだから当然だと思う。

この現象などに関係のある僕のショックとは比べ物にならないのかもしれない。

問題は、少女の形をしていた何かが、どういうつもりでこんなものを造ったのか。

勿論、彼女が消えた今、知る術はないのだけれども。


ーーーー


「今日の朝、私のドッペルゲンガーが出たって本当なの?

 先生が、敬介に聞けば証言してくれるって言ってたんだけど。」


登校するなり、朝の体育教師に驚かれ、悩みはないかと問い詰められ、冗談のような話をされたらしい早紀が、一時間目の後の休憩に話しかけてきた。

だが、僕が答えるより先にその後ろに控えていた人物の声が続く。


この瞬間を心待ちにしていました!と言わんばかりの表情を浮かべた女子生徒は、僕とペアを組まされている掃除当番だ。


「谷口ー!あんた昨日サボったやろ!

 皆代わりなんて頼まれてへんって言うとったで?どういうことやねん!」


予定では謝って今日は二人分の掃除をめいっぱいするはずだった。

だが、現実は放課後にグレンと待ち合わせて祖父の病院に行くという、予測し得なかった状況になっている。

どうやって逃げるかだが、確実に今、彼女の僕に対する信用は欠片もないので簡単な嘘は有効と思えない。

どうやって抜け出そう、と模索していると、早紀が手を挙げた。


「ごめんね!私が代わる約束だったのに、忘れて帰っちゃったんだー。」


当番女子のキツイ視線が早紀に向く。


「今日は代わりに二人分頑張るから!」

「そう?ならええわ。」


僕が口を挟むより先にあっさりと話がついてしまい、呆然とする。


「早紀が代わることないよ、」


遅くなった台詞が口をついた。


「おじいちゃんの様子見に行くんでしょ?

 私も心配だから、少しでも早く見に行ってきて欲しいの。

 お世話になったこともあるんだし。」


早紀の返答で、ようやく朝の不可解な点がわかった。


「そうだ!」


思わず出た大声に早紀が驚くが、言葉を続ける。


「朝見た早紀と同じ顔だったらしい人が着てた服、一回だけ、

 早紀と一緒におじいちゃんのお見舞いに行ったときに、早紀が着てた服なんだ!


 あの日の帰りに早紀、ハデに転んでさ。

 まっさらだったニットの袖口思い切りほつれちゃって、捨てただろ?

 あれを着てたんだよ!」


言って、早紀を振り返ると、

合点がいって満足な僕に反して、酷く衝撃を受けた表情をしていた。


「つまり、敬介のおじいちゃんの記憶を知ってるってこと…?」


言葉に詰まる。

早紀の言う通りだ。敵かもまだわからないけれど、あの赤い何かはおじいちゃんの記憶を覗いていると言うことになる。僕らはお互い強張った表情で顔を見合わせた。


チャイムが鳴り、全員が席に着く。

これがあと5時間、そう思うと気が遠くなるようだった。

落ち着かない休憩時間は、窓から例の巨大な溝をせっせと埋める、その時間授業のない教師たちを眺めて時間を潰した。


そしてやっと学校から開放される時間がやってきた。

放課後になったことを知らせるメールをグレンに送り、お道具箱の中身を適当にひっつかんで鞄に詰め込む。


「早紀、本当にごめん、絶対今度代わるから!」

「いいよ!気をつけてね!落ち着いたら結果教えてね!」


教室から駆け足で出て行きながら、返事代わりに親指を立てて見せる。

早紀も同じようにして返すのを視界の端で見て、階段に走った。

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