出てきたもの
結局、皆に謝り倒して、桐野さんのアンティークやらただの中古品やらの並ぶ店の掃除の続きを早紀と二人黙って手伝って、いつも通り報酬の五百円と10円入れて回せるガチャガチャのガムを二個ずつ貰って帰ることになった。
桐野さんはコサージュを気に入ってもらえたのと、サプライズが成功したことに大満足の様子だった。
帰りしな、僕と交換したピーチヨーグルト味のガムを噛みながら、
「開ける事に意味があったんでしょ?十分だよ!」
と早紀がちょっと無理して明るい声で言う。
「これじゃ誰にも自慢できないよ。
先祖代々ただの壁を怖がってたなんて、親まで馬鹿にされる。」
早紀に心配させて申し訳ないと思いながらも出る言葉は隠せない本音。
情けなさが頭を支配してくる。
「泣く事ないと思うけど…」
「泣いてない!」
いや、泣いてるけども!これは悔しさからであって!とか、言いたいことは沢山あるのに声が震えそうで怖くて言えない。これ以上恥の上塗りはしたくない。
「でも、私いつも凄いと思ってたんだよ?
その行動力とか、小学生らしくない頭の良さとか。」
「高田の方が頭いいよ。」
泣いて、声が震えるくせに、こういう時だけは声を出して反論する。
どこまでも捻くれている、と自分でも思う。
「勉強じゃないよ。そういう頭の良さ、敬介はわかってるでしょ。」
まるで母親みたいな口調で言う。早紀はいつもそうだ。
普段ビクついてるくせに、いつも僕を頼るくせに、今もし同じような目に遭っても早紀なら持ち前のプラス思考でめげない。
強いんだと思う。
僕のように恥をかきたくないから早紀にだけ伝え、学校で臆病者呼ばわりされる可能性をなくして安心したいから家族を裏切ってまで扉に手を出して、思った通りにいかなかったから頭を垂れて早紀に八つ当たりしてる、そんな弱い奴じゃないんだ。
自信を持ちたかっただけなのに、余計なくなってしまった。
「今日はゲームしない。」
細い声でそれだけ言って、マンションの階段を駆け上がった。
早紀が何か言ってたけど、聞こえなかった。
早紀とは同じマンションで、ひとつ上の階ってだけだから、早紀が来るかもしれないと思うと少し怖かった。
これ以上人前で泣くのは避けたいし、早紀といると扉のことを思い出して、益々自分が情けなくなりそうだった。
両親は共働きなので夜までいない。
ゲームしないと言った以上パソコンは出来ないし、手持ち無沙汰になり、久しぶりにテレビをつける。もう長く見てなかったけれど、結構好きなアニメがやっていた。
横目で見つつ、冷蔵庫に入れてあった冷めたオムライスをレンジに入れる。
ケチャップかけてあったからラップ外した方がよかったか、ラップから落ちる滴で味が水っぽくなっては困る。と、またレンジに向かった時、
『臨時ニュースです。』とニュースキャスターの抑揚を抑えた声が聞こえた。
好きなアニメの最中なのに。
そう思って振り返る。
「何アレ。」
赤い、何かぷにょぷにょした瓢箪みたいな形のものが5~6メートル程跳ねている。
普通の街中、人ごみの中で。一瞬、アトラクションか何かの宣伝かと思ったが、その赤いものは仕掛けが見あたらないうえに、度々大音量の音を出している。
道行く人達が耳を塞ぎ、不快気な表情で膝を折ってうずくまる様子から見て明らかにアトラクションなどの類ではない。
『日本の各地で出現している様子です。…』
何箇所かの映像が流れる。ちょっと待て。
「場所が…、」
『現在確認されているところでは、岩手県、東京都、長野県、大阪府、京都府、広島県、鹿児島県の1都2府4県です。』
呆然としたまま県名を聞き終えるとき、携帯が鳴った。
「グレン。」
メールを開く。
『ニュース見てる?あと、問題なければ電話で話したい。』
なんとなく個人情報をあまり晒したくはない心理があるため、メンバー全員にメアドは教えたけれど、電話番号は変更が面倒なものだから教えていない。
でもこの状況でそうも言ってられないか。とメールを打つ。
『観てる。090…』
送って間もなくかかってきた。
「音は聴いた?」
挨拶など素っ飛ばして早速の本題。低い、けど澄んだよく通る声。声変わりした男の声だ。
「う、うん。」
変に緊張してしまった。
こんな声になりたいな、とか頭の片隅が悠長に考える。
「最初の三十秒程は音が二つしかなくて、
その後は1つの音階をランダムに流してただろ?」
問われても、正直赤いのが跳ねてる映像の方に集中していたからちゃんと聞けてない。
「えっと、うん。」
とりあえずで相槌を打つ。
「最初の二つの音、連続した高音の途切れた回数と低音の途切れた回数が、
数字をあらわしていると仮定してみたんだ。」
少し興奮したような上擦った声が混じる。
「で、録音聴きながら色々試したら絵になった。
最初の音の数字を、縦と横のマスにして、
その後の不規則な音をナンバープレイスの要領で、ドを1として
1オクターブ高いドを8、まあ、8は出なかったんだけど。」
「早いね…いや、このニュースがもうちょっと前からやってたのかな。」
僕と早紀は掃除をしていたし。
「いや、丁度現場にいたんだ。本当に何も起きないのか気になったから、
色々回ってみてたら見つけてね。」
ショックを受けた。僕自身が信じなかったものを彼は信じてくれていた。
僕は親すらも信じなかったのに。
「それで、出来た絵なんだけど、」
またも襲ってきた情けなさや申し訳なさと、信じてくれていた事に対する感謝の気持ちとでないまぜになった頭に必死にグレンの言葉を詰め込む。
「病院の地図記号と数字なんだ。たぶん病室の番号じゃないかな。」
不気味すぎる、と感じると同時にすっと何かが脳裏をよぎる。
「206って数字、思い当たる節はある?」
まさか、だけどアレが扉を開けて出てきたものなら他にないだろう。
「僕のおじいちゃんの病室と、同じ数字…。」
暫くの沈黙。
「…どこの病院?」
「えっ」
「今から行く。」
目が丸くなった。
「今からって、時間的に入れないよ!」
僕の頭は意外にちゃんと働いていたらしい。
「ああ、そうか。」
ちょっと落ち着かないとな。と、溜め息混じりの小さな自嘲の声が電話越しに聞こえる。
「なんで行くんですか?」
「気にならない?俺達が扉を開けた事で確かに何かが起こったんだ。
そしてその何かに呼ばれてる。
封印されたものが何だったのか、これから何が起きるのか。」
後半の声は期待ののぞく楽しげな声。
それから少し話をして、明日の放課後に祖父の病院へ案内する約束をした。
電話を切って、またテレビの音だけになった部屋。
『開けたらいけないから封印されてるんじゃないの?』
早紀の言葉を頭の中で反芻する。
まさかあんなわけの分からないものが出てくるなんて思いもしなかった。古いものだし。
でも、あの赤くて人と同じくらいのサイズの何かは、さっきのグレンの仮定が正しければ、数字、音階、地図記号、ナンプレなどの現在の知識を持っているということになる。
祖父の号室かもしれない。それが怖い。




