7つの扉
仲間を集めるのは大変だった。
大人ではなかなかとりあってくれないし、僕らは夜に子どもだけで外に出る事を禁止されているので、活動可能な時間が合わない。
それに、万が一にもうちの親にバレることは許されない。
扉のことは他人に話すことを禁じられている。
存在するということを知るだけで、扉が見えるようになってしまうからだ。
大人では親に心配させないように連絡とかしかねないし、やっぱり、同じくらいの歳の子達でやりたかった。
大人がいるんじゃ肝試しにならない気がする。
だが、初対面で年齢や住んでる場所を訊くのは不審がられる。
当然、時間をかけざるをえなかった。
肝試しをやりたがる人間か見極める必要もあったし。
残念な事に一番出会いやすかったのが大阪に住んでいる・行ける子達。
僕が住んでいるのだから意味が無い。
東京・京都はすぐ見つかったが、岩手・長野・広島・鹿児島はかなりキツかった。
計画したときから2年以上かかって、ようやく見つけたんだ。
なぜこんな肝試しにそこまで拘るかなんて決まってる。
特別になりたかったからだ。
中が何だっていいんだ。
要は親でも開けられなかった扉を、協力者を集めて開けた。
その事実があればいい。その勇気が誇らしいものだからだ。
勿論、クラスには 本当に隠された扉なのか 本当に僕が開けたのか 本当に何か封印されていたのか 疑う奴らがいるだろう。早紀はそのための証人。
いっそ天然痘のウイルスだといい。何よりの証拠になる。
ピピッ…と電子音が鳴った。個人チャットがきた音だ。
「?」
京都の中学3年生『グレン』からの個人チャット。
『メンバー以外の誰かに扉の場所話した?』 僕は目を点にした。
するわけがない。
勝手に実行されては困るので、念には念をいれて、皆には担当の扉以外の扉の場所は伝えていない。
『言ってないよ。』
『他の奴らにも口止めしてあるよね?』
『うん。』
少し間があいた。
『グレン』は打つのがメチャクチャ早いから、多分何か考えてる。
『今日、下見に行ったら人が居た。』
また僕の目が点になる。 京都の扉は山奥の洞窟の中だ。
ちなみに知らない人間には洞窟自体が見えないらしい。
『洞窟の中に居たの?』 外なら、偶然通りかかっただけかもしれない。
それなら有り得なくも、ないはず。
『うん。ドアを調べてるようだった。』
偶然の可能性は無くなった。 どういう事だ。
僕の家系以外にも知っている家系があった?可能性のない話でもない。
黙り込んでいると、グレンが続けた。
『偶然で来るような場所でもないと思うんだけど、』
まず場所を知らないと見えない特殊な場所なんだ、なんていう中二病くさい事は誰にも伝えていないので、『グレン』はそこまで深刻にとらえていない様子で言う。
『いいや。僕達が先に開ければいいんだし。 仲間じゃないんなら明日は追い払っとく。』
『うん、危なそうだったら逃げてね。』
僕の担当する扉は知り合いのおじさんの店の地下室にある。
僕にしか開けられないけれど、全然危険でもないし、肝試しという点においてそれほど勇気のいる場所じゃない。
きっと僕はそういう安全な場所でなければこの計画を考えなかっただろう。
そんな保守的な性格だから学校でも、〝どちらかといえば臆病な奴〟に分類されるんだ。
クラスの〝度胸のある奴〟から「どっちつかず」「微妙」と評される中途半端な人間。
だから自分を変えたかった。
勿論、扉を開けただけで簡単に変えられるとは思っていない。
ただ周りが僕を見直す状況を作るきっかけが欲しかった。
明日、扉を開ければ僕は自信が持てる。
そして皆の評価が少し変わる。あとは僕の努力次第だ。
ーーーー
つまらない授業時間も僕はずっと時計を気にしていた。あと三十分。
左手はポケットの中のGPS機能付きの子ども用携帯を始終いじり、別にメールや電話をするわけでもなしに点けたり消したりし続ける。
早紀が取り上げられるのを心配しているけど、この授業の教師は取り上げたりしない。近頃の親が怖いから。
自分の性格の悪さは自覚しているけれど、不安と期待で頭はいっぱいで、口に出せないもどかしさを勉強に充てる事も出来ないので自然と携帯に手が伸びるのだ。
「心臓に悪かった!」
教師の姿が見えなくなるのを確認して、早紀が抗議の声を上げるが気にしない。
そそくさと帰り支度をして年季の入ったランドセルを背負う。
「ちょっと!谷口!あんた掃除当番やろ!」
と、やはり見逃していなかった、もう一人の掃除当番の女子が叫んだ。想定の範囲内だ。
「今日桐野さんとこの手伝い頼まれてるんだ!代わり頼んであるから!」
と顔だけは申し訳なさそうに、ぱんっと手を合わせて頭を軽く下げる〝謝ってる〟ポーズをして見せて、すぐさま立ち去る。追ってこない。
彼女の密かに憧れる、〝公衆の場では紳士的でお洒落な〟桐野さんの手伝いが理由で、まして代わりが来るというのに、僕なんかを無理に引き止めて床掃除に従事させる事に何の得があるだろう。と考えたんだろう。
頼んでないんだけどね。
気づくまでに早いとこ桐野さんの店に向かわないと。
〝店の手伝い〟は事実だ。
扉に近づくには他に方法がないから。
――――――
古ぼけた看板がイイ感じに傾いた店、それがこの『桐野リサイクルショップ』。
店内は濃いオレンジの照明が真ん中に一つだけ。非常に薄暗い。
その為か、店の奥の胡散臭い骨董品とかがちょっとそれらしい物に見えてくる。
皆照明による錯覚で購入してしまうらしく、店を出るなり返品に来る客が多いから、去年返品不可の張り紙を壁に貼った。
掃除しても全然綺麗になった感じがしないのも照明のせいだろうか。
店内にごちゃついてる商品のせいという可能性も否めない。
整理整頓という言葉をおそらく教わらなかったのだろう、と小学生に思わせるほどの雑然とした店内。
物の分類はどのように考えてされているのか、もしくは考えていないのか、と客を悩ませる配置。
桐野さん的には何かしらのこだわりがあるらしく、
最初に掃除した際に並べなおした商品は、翌日元の妙な位置や並びに戻っていた。
必死に安っぽい魔法のランプの錆を落とそうと磨いている早紀の袖口を引っ張る。
「待って、もうちょっと…。」
何に使うものかもわからない、そもそも素材が何の合金かすら不明な商品を全力で磨いてくれるのは結構だが時間がない。
「地下室に見せたい物があるんだ。」
と合言葉を言うと、しょんぼりした早紀が顔を上げる。
この店の風景に完全に溶け込んでしまうほど似合いの風貌の桐野さんがにやっとする。
日本人らしくなく彫りが深いので、ぱっと見ジョニーデップ的ワイルドな三十代だが、普段どういう生活をしているかという事と、無造作ヘアーや無精ひげ等が意図的なものではない。という二点を知ったうえで見ると、どうにもだらしなく見える。
「行っておいでー、敬介が数日かけて作った物なんだ。」
と余計な口を挟んでくる。
確かにここ数日桐野さんの店に足を運んで、地下室にこもった。
最初は例の扉に施錠などの障害がないか確認するためだったのだが、そんなことを言える筈もないので、別の理由が必要になる。
そこで早紀の誕生日が近い事に気づき、一足早いサプライズを考えていると言い訳したところ、桐野さんが何か作ったらどうかと提案してきて、挙句監修すると言い出してついて来られた為に、仕方なく地下室で図画工作をすることになった。
当日まで来られては困るので、「早紀の喜ぶ表情を独り占めしたい」とかいう身の毛のよだつ寒い理由で二人きりにしてもらうよう約束してもらった。
おかげで僕は独占欲の強いロマンチストだと思われているに違いない。
夏休み前で、連日うだるほどの暑さにもかかわらず、ひんやりとしている地下室の細いはしごを降り、早紀を待つ。
廊下は細いが、内開きの扉が左右に二つずつ、正面に一つ並んでいるところから考えると、結構広い敷地面積を有しているかもしれない。
考えてみれば上の店も実は結構広い空間の可能性がある。
最初の掃除で早紀が迷子になって桐野さんと二人で大慌てになってからはレジまでの直線しか頼まれなくなったが、すだれの様にぶら下がったどこぞの民族の飾りの奥にも道らしきものがあったように思う。
「作ったって、何を作ったの?」
降りてきた早紀が興味深そうに尋ねる。ただの作戦だと知っているはずなのに、いやにキラキラした目を向けてくるので居心地が悪い。それほど期待するようなものは作っていない。
「まずコレ。」
言って、はしごから離れた早紀の手を掴み、手のひらに収まるサイズのコサージュを握らせる。
「で、右奥の部屋に入って。」
何を渡されたのか確認する間も与えずに右奥の部屋に早紀を押し込む。
照れ隠しとはいえ、少し申し訳なくなるほどすげなかったが、どうせ早紀は照れ隠しだとわかっているのだから気にすることもないか、と僕につられて照れたらしく、照れ笑いを浮かべる横顔を見て思った。
多分この建物の中で唯一綺麗に片付いた部屋のテーブルに置かれた鏡、その手前に置かれたネックレス。
握らされた、そのネックレスと色合いの似たコサージュを見比べながら早紀が尋ねた。
「これ、ほんとに敬介が作ったの?」
「コサージュはほとんど桐野さんがやった。」
続いて、こんなのは柄じゃないし、メインでやることのついでで仕方なくやったんだ。と心の中では言い訳するが、横で喜ぶ早紀にそれを言うほど空気を読めなくもないので黙る。
「めっちゃくちゃ嬉しい!」
言って、桜色の貝や僕には何かわからないけど綺麗な色の石、トルコビーズなどを組み合わせたネックレスを身に着け、
小学校の制服には合わないと判断したのだろう、胸元につけようとしたコサージュを髪にあてがう。
「どうかな?」
似合う。可愛い。けど言いたくない。
「そろそろ時間だから行くよ。」
見当違いな返事をして部屋を出ると、困惑したのか、ちょっとショックだったのか、微妙な表情で早紀が続いた。
メインである一番奥の扉のドアノブに手をかける。
メンバー全員が、多分今この瞬間、今日の為にそれぞれ用意した秒まで表示されるデジタル時計を見つめている。
皆でネットの同じ時計を見て合わせてあるし、ゲームを使って確認もとったから確実に一秒もズレがない。
冷たい、静かな地下室で心臓の音だけが耳に響く。
「3、2、1…」
僅かな時間の沈黙。
時間が止まったような感覚。
待ちに待った瞬間だ。
「ゼロ!」
僕はドアノブにかけてあった手を回す。
早紀はやはり怖かったのか、目を瞑った。
「…は?」
何もない。
僕の拍子抜けした声で、早紀も目を開け扉のほうを見る。が、壁しかない。枠があるだけ。
部屋も何もなく、ただの壁に扉が貼り付けてあるだけ。さっきよりもシンとなる地下室。
途端に携帯が鳴りだした。
『何もないんだけど。』
『壁しかないよ?』
『砂利なんですけど…』
そりゃ不満だろう。僕だって不満だ。
何で今まで代々こんなものを見守ってきたんだ。




