みぃな
ステージとして選ばれた道頓堀は一応、頻繁ではないが何度も食事や買い物で行っている場所なので、土地勘はある。
グレンはパソコンを借りて地図や建っている建物の内容、外観等を調べて考察し、隠すのに適している場所のあたりをつけリストアップしている。
事前に候補を作っておいた方が、問題を解くヒントになるかもしれない、という考えだ。
せめてもの下準備である。
姉も大阪に帰って来るのは久し振りなので、父のパソコンを使って調べ、
時折二人で意見交換している。
僕は、というと…。
「喝ーッ!」
ビシィッ!と音がするほど勢いよく肩をぶったたかれながら、精神統一の練習をさせられていた。
座禅なんて組まされて、後ろで僕の心を読んでは、気が散ると靴ベラで叩いてくる山吹は、
確実に物事に対して形から入るタイプだ。
僕もあの一緒に試験勉強してる時みたいな空気に混じって仲良く話したい。
と雑念を持たせる事が目的らしく、
もう一時間前から、二人の数メートル後ろの位置で座らされている。
二人とも、僕から送られてくる羨望のまなざしに居心地が悪そうだが、
山吹の指示に従い、下調べを続けた。
こんな事ならみぃな達について行った方がマシだったんじゃないか、と考えた瞬間、再度
「喝ーッ!」
と山吹が靴ベラを振り下ろす。心読めるのはずるいって…
ーーーー
「ありがとう。」
敬介の家を出て、エレベーターに向かって数歩歩いた時、後ろから声がかかった。
早紀は少し驚く。
正直、少し強引に敬介の家から連れ出されて、早紀を恨んでいるかと思っていたからだ。
一応、今連れ出したのは嫉妬に駆られたのではなく、その場の空気が良くないと感じて、
恥をかかせまいとみぃなを気遣ったからなので、その点では後ろめたい所はない。
けど、
みぃなを自分の家に泊めようか、と申し出たのには嫉妬の感情が少しとはいえ含まれている。
最初は嫌われても仕方ないかと思っていた。
だが、考えてみれば、
みぃなは自分に非があったと認識した時にはすぐに謝っていた。
潔さと正直さは確かなものだ。
一言二言、場合によっては全文余計なのが欠点だが、
バカ正直な人間は呆れるけれど、嫌いじゃない
きっと私はみぃなを好きになれる。
と早紀は動物的直感で、確信した。
「気にせんとって下さい。」
と心掛けて明るく人懐っこく、普段あまり使わない関西弁で言って、
「ウチ、今日の晩ご飯キムチ鍋なんですけど辛いの大丈夫ですか?」
と話を世間話に滑らせる。
みぃなは、さっきの色々なやり取りがなかったみたいな早紀の態度に、しばし呆気にとられて、
「多分、大丈夫だと思う。」
と答えた。
途端に早紀の表情が、まるで自分に良い事があったみたいに明るくなる。
「良かったー!友達にキムチ苦手な子おるから…」
と初対面でありながら親しげに振る舞い、陽気に喋る早紀に、みぃなは不思議とは思ったが、不快には感じなかった。
もしかしたら、仲良くなれるかも。
と、長い孤独によってマイナスな考えに陥り易くなってしまっていたみぃなの頭の片隅に、
小さな希望が浮かんだ。
ーーーー
中学一年の時だった。
イジメは最初、みぃなを標的としてはいなかった。
同じクラスのふっくらと言うには少しふくよか過ぎる、
背の順で常に前になってきただろうと推察されるくらいの小柄な女子だった。
アレルギー体質の子で、顔の、特に弱い目元や口許なんかにブツブツができ易く、
その辺りの皮膚が少し赤みがかっていた。
たったそれだけの理由で、
彼女の品性に問題があるわけでもないのに、彼女はクラスの殆どの人間に貶められていた。
小学校からイジメていた人達が、彼女が触った物を不潔だと声高だかに言うのを何度も聞いた。
そういった態度や考えは瞬く間に中学で新しく出会ったばかりの面々にも伝わり、
見た目という分かりやすい欠点という事もあってだろう、一月もせぬ間に彼女の敵は学年を問わず広がった。
言わないにしても、態度に出していたり、
さり気なく避けていたりするのは目にみえていた。
だが、担任は注意する事もなく、
放課後の職員室に行って、みぃながそのイジメの内容を事細かに説明しても、
関わりたくない様子で、
「教師が口を出すべき問題ではないの。
当人達でなんとかしなきゃいけないのよ。
私が口出ししたらこじれるばかりだわ。」
なんともご立派な意見だ。
未来を予見して、適切な判断をしているつもりらしい。
だがみぃなには、それが逃げで、身の安全の為に彼女を見放している自分への、自己防衛の言い訳だという事くらいわかってしまう。
『なら先生が同じ目にあったなら立ち向かっていけるんですね?』
『不特定多数の悪意を持った相手に単身挑んで、勝ち得るんですね?』
言い返したくなったが、この教師は聞く耳など持っていない。
それは、もうさっさと話が終わった雰囲気を作って、机に書類を広げて、仕事を理由に逃げる準備をしているのを見れば分かりきっていた。
他の教師にも、手当たり次第に話した。
誰か一人でもいいから、関心を示して、手をうって欲しかった。
何人目だったか、やっと聞き入れてくれる先生を見つけた頃だった。
「中村さん、あんた私達の事悪く言ってるんだって?」
窓側の壁際にあったみぃなの席を取り囲むように、イジメの主だったメンバーが並んだ。
いつも授業中もギャーギャーと五月蠅い、女子生徒が上からみぃなをねめつける。
一瞬怯んだが、負けるわけにはいかない。と
睨み返しはせず、まっすぐに見つめ返した。
教室はその事態にざわつき始める。
普段みぃなとよく話をする女子達も、こちらを見てコソコソ何か言っている。
このクラスに、今自分を味方してくれる人などいない事はもう知っている。
再確認して、心が冷えた。
どこかで、誰か味方してくれるかもしれないと期待していたという事を自覚した。
こんな、とても嫌な形で。
「私はクラスで差別的な事が行われてるって言ったけど、あなた達がイジメてるとは言ってない。」
小さな失言だった。
『イジメてる』
ただ少し言い方が悪かっただけだ。
だが彼女達の数ある非常に触りやすい逆鱗に触れた。
これが敬介だったら、
『誰がしてるとかまでは僕も聞かされてないから言ってないよ。』
というような『イジメ』という直接的な言葉を入れず、他の人間に言わされているかのような言い方にする。
誰が言ったか尋ねられたなら、視線を止めずに教室に集まった野次馬達に目を走らせて、「言えない」「口止めされている」と言えばいい。
彼女達はチクるように指示した人間をそれぞれに思い浮かべて虱潰しにあたっていくだろう。
そして疑われた事で不快な思いをさせられた生徒は味方につけられる。
あとは彼女達イジメグループと敵対関係になった生徒全員で親にイジメの話をしてPTAで問題にさせれば教師も言いなりだ。
とまぁ、腹黒い策を思い付く。
だが、良くも悪くも、
まっすぐで純真だったみぃなは新たな標的となってしまった。
直接何かしてくるという訳ではないけれど、
あら探しする不躾な視線、
みぃなが何かする度にどこからか聞こえてくるヒソヒソ話や笑い声。
それらがみぃなを苦しめた。
唯一味方になる可能性のあった教師も、
大多数の生徒が「中村さんに非があった」と口裏を合わせ、
みぃなに対する嫌がらせも、最初の標的の時とは違いずっと狡猾で、
証拠の掴めない目に見えないものだったので証明できず、
遂にその教師も、
「中村さんにもどこか無自覚な非があったんだろう。」
と思いこまされてしまった。
嫌がらせをしている人達に罪悪感は無い。
むしろ、そうやって誰かを馬鹿にするのはとても楽しい事で、携帯ゲームなんかよりずっと中毒性のあるエンターテイメントだった。
やめる気も、理由もなかった。
一緒に悪口を言う面子との結束感は安心を与える。
加害者達にとっては家族といるより、自室にいるより、何より満たされる時間だった。
エスカレートしていくイジメに、
流石に熱の冷めた者や、比較的冷静に物を見れる者などが怖じ気づきだすが、
裏切れば次は自分だ。
人数がいる事が安心から恐怖に変わる。
どれだけ自分達が惨い事をしてきたか、思ってきたか、知っているだけに、
万が一にも自分の身に降りかかるのは避けたく、良心を口に出せるわけもなかった。
そしてみぃなは不登校になった。
学校に通い続けるつもりだった。せめてもの反撃として。
相手にとっては玩具が来たと喜ばれるだけだとしても、卑怯な人達に負けたくはなかった。
それに、一部の人達が嫌がらせをしなくなってきている事にも気付いていた。
許せはしないし、改心したなら何故助けてはくれないのか、と腹立たしかったが、それでも敵が減ってきたという現実に、通い続けた成果を見出していた。
頑張れば、そのうちイジメる人達が非難される時がくる、
立場がまずくなれば、彼女達も大人しくなるはずだ。
そんな希望を抱いていた。
だが、みぃなが思っていたほど彼女の体は強いものではなかった。
玄関で、動けない程の腹痛にうずくまり、その後救急車で運ばれた。
胃に穴が空いてる。
病院で入院するとなった時、みぃなは絶望した。
加害者達は明日、担任から自分達の勝利を聞かされるのだろう。
悔しくてたまらなかった。
だが、容態は深刻で、選択の余地はなかった。
精神的なものからくるので、治りは遅く、退院までに数ヶ月もかかった。
退院した時、みぃなは学校が怖くなっていた。
負けてしまった。
それが、みぃなの通う意義を無くしてしまった。
そうなると、そこらですれ違う年の近い子どもにもビクつくようになった。
馬鹿にされている気がしてくるのだ。
それはハッキリとした脅迫概念だった。
外を出歩こうとするだけで胃が痛む。
家の近所だけ。
団地だけ。
遂には家から半歩ほども出られなくなった。
母親は、最初はイジメられていた事から心配していたが、
家から出なくなって一月も経つと、気を病み始めた。
躁鬱病気味になってきた母親を見て、父親はみぃなに失望したらしい。
話しかけなくなり、侮蔑の目を向けるようになった。
部屋のドアが重くなっていく気がした。
開けた時、父親に会うかもしれない
母親がどんな状態でいるかも、正気でいるかもわからない。
部屋を出るのも怖くなった。
そうして、風呂とトイレ以外、部屋に籠るようになってしまった。
本意ではない。
だが、怖くてたまらない。
どうしてもリビングのドアノブに触れる事すら出来ない自分のみじめさに、余計に自信を無くすばかりだった。
引き籠もるようになってから、外の情報はパソコンで取り入れていた。
ネット通販で、ゴスロリのページを発見して、思わず惹かれた。
服が届いた時、母親はビックリしていたが、父親に黙って部屋に持って来てくれた。
久し振りに顔を合わせた母親は、随分とやつれていた。
そして、みぃなを心配してくれていた。
それからは母親とは頻繁に言葉を交わす様になった。
お互いに腫れ物に触るようで、決して元のような親密さはないけれど。
気がつけば、みぃなの服はロリータしか無くなっていた。
ロリータファッションをしていれば、違う世界の住人になれたみたいで、とても安心できた。
みじめな自分に決別できたようで、一時の気休めだけれど、服を着ている間は別人になりきり、現実を忘れていられる。
髪も染めて、カラーコンタクトで目の色も変えた。
それでも家から出る事も、父親と会う事も、やはり出来なかった。
ほとんど一日中部屋でパソコンばかり眺める日々。
ある日、ゴスロリページに、ネットゲームの宣伝リンクが貼られていた。
こんな所にネトゲの宣伝が貼られるのは珍しい。
どんなゲームなのか、出来心でクリックする。
物語はファンタジーでありながら、
舞台は地球で、年代はおおよそ中世だが、その国毎の、特色の強い時代に設定されているらしい。
史実に基づいた本格的な物だ。
みぃなはサンプル映像の、ロココ調の建造物や衣装に目を奪われた。
イギリスやフランス、中国、日本は、と次々確認していく。
人気があるのと年代毎の違いがハッキリしているためか、
特に作りが細かく、箇所によって年代が違う。
例えば日本だと、
京都の位置は平安時代
東京に行くと大正ロマン
大阪は戦国時代
北海道はアイヌ
沖縄は琉球時代
といった感じで。
みぃなにとって、この舞台設定はまさに理想だった。
中世ヨーロッパの世界がとてもリアルに再現されていて、
そこを現実とは違う自分になって旅する事が出来るのだから。
早速、キャラを作り、みぃなはその電子世界の旅人になった。
それから『敬介507』に会うまで、それほどかからなかった。
最初に入った、
ギルドというゲーム内のチームというか、コミュニティ的なもの(ギルドダンジョンというような特殊な場所に入る場合に所属していなければならないグループ)で一緒だったからだ。
彼も数日前に入ったばかりらしいのに、もうすっかり馴染んでいて、
みぃながやり方がわからない事があると、何か言ったでもないのにタイミング良く教えた。
幅広い知識を持っていて、ギルドでも老若男女問わず会話を弾ませられるだけの話術があるため、説明も適切で丁寧だった。
プレイスキルも高く、フォローも無駄がない。
彼と組めば、どんな初心者でも後ろの心配が要らない。
レベルが至らない時は無理もしない。
やせ我慢して失敗したら組んでいるみぃなにも被害が及ぶからだ。
彼は常に周りをよく見ていて適度に気遣っていた。
ギルドチャットでの会話を眺めていて、彼がまだ小学6年生だと知った。
これほど頭の回る小学生がいるなんて。
オジサンだろうと思っていたみぃなにとって晴天の霹靂であったのと同時に、
一気に抑えていた感情が膨らむきっかけだった。
稀少価値に惹かれた可能性も否めないし、
単に頼れる存在に甘えたかっただけかもしれない。
だが、惹かれ始めると止めようがなかった。
だが、どうすれば距離を縮められるのか、
恋愛などしたこともなかったみぃなに分かるはずもなかった。
頭を抱えて数日後、偶然みぃなが山梨に住んでいると言った事から、
みぃな自身も驚く程、一気に距離は縮まり、会える可能性まで出てきたのだった。
『封印されている扉を開くのを手伝って欲しいんだ。』
中に何が入っているかわからない。
結構にスリルのある内容で、なにより、外に出なければならない。
みぃなにとって、一番恐ろしい事だ。
だが、断ればリアルで『敬介507』と繋がる機会を失う。
それも同等に怖かった。
この提案の前なら外への恐怖が勝っていただろう。
だが、可能性を掴みかけた今、手放すのは惜しくて我慢ならない。
首を縦に振れば、彼の連絡先を教えてもらえる。
現実でも繋がりを持てる。
『わかった。』
答えて、個人チャットではあるが念の為、と
メールアドレスを逆にして、間隔を空けて数回に分けて送り、そのメールアドレスも一時的なもので、
そこでようやく本命アドレスを教えられた時には、その用心深さに感嘆の声をあげた。
それからは何日も吐き気を伴いながら、外に出る努力をした。
リビングに行けるように
家から体を出せるように
メンバーが全員集まりきるまでに治さなければいけない。
いつ集まるかはわからない。今夜か、明日かもしれない。
期限がいつかがわからない事が、みぃなを焦らせた。
お陰で、数週間で近所まではビクつきながらでも外に出られるようになった。
それからまた数週間。
駅まで出るリハビリの最中、中学の隣のクラスだった生徒に出くわし、みぃなは蛇に睨まれた蛙のような心境になったが、
「すごいあの人、外人みたい!綺麗ー!」
と誰一人、全くみぃなだと気付かなかった。
その一件があって、やっとみぃなは満足に出歩ける様になった。
ロリータファッションという武装をして。




