嵐の様な初対面
「なら、父さんにでも訊こうかな。」
母とはまだ微かにわだかまりが感じられて、気楽に話し掛けれない。
と、僕が腰を浮かせた時
ピンポーン。
インターホンが鳴って、近くにいたのであろう桐野さんが、ハイハイ。と画面の前に立ち通話ボタンを押した。と同時に、
「ちょっとアンタ何なのよ!さっきから邪魔!」
と姉の怒鳴り声が廊下、リビングにまで響いた。
グレンも書物から顔を上げて怪訝な表情を浮かべている。
山吹は面白そうな予感に目を輝かせて廊下に出る。
「私はここに用事があるんです!邪魔なのは貴女の方でしょーっ?」
次に聞こえてきた声は、
「みぃなっ?」
何故口論になっているのか、姉に負けず劣らずの怒声は確かに電話越しに聞いたハスキーボイスだ。
通話が繋がった音にも気付かない程に白熱した二人の剣幕に、桐野さんは呆気にとられた表情のまま、切ろうか声をかけようかと迷っている。
「ここは私の家よっ?文句言われる筋合い無い!
…って、なら貴女がメンバー?」
「えぇ!ごめんなさい!お母様お若いから私てっきり…」
「お…『お母様』ですってぇっっ?」
これに関しては、みぃなが一方的に悪い。
山吹が噴き出しているのを尻目に、僕は近所迷惑な二人を迎え入れに、玄関のドアを開けに行く。
ドアを開けると同時に、真っピンクな物体が玄関に転がり込んで来た。
「わぁっ?」
思わず後ろにのけ反りながらも、反射的に受け止める。
人?
視界一面に広がったピンクの布地に埋もれた肌色がちらほら見当たる。
「ちょっと敬介!どういうつもりっ?
こんな子がメンバーで役に立つわけないでしょっ?」
後から入って来た姉が宣言して、未だ布しか見えない多分人と思われる物をビシッと指差した。
あ、そうか。これ、ロリータファッションってやつか。
この頭のはボンネットって言うんだっけ?
と眺めていると、ボンネットがバッと上に跳ね上がった。
みぃながこちらを向いたのだ。
外人かと思った。
プラチナブロンドくらいまで色素を抜いた髪と眉に、左右で違う色のカラーコンタクト、メイクは徹底してピンク系統でまとめてある。
王冠を象ったモチーフに沢山のビーズがあしらわれたピアスが左耳にだけついていて、右には穴自体がない。
と僕がコンマ数秒の間に目を動かして観察していると、
パール入りのグロスを塗った唇が開いた。
「あなたが敬介さんですかっ?」
僕が小学生なのは事前に知らせてあるので、何故敬語?と僕は戸惑いながら、はい。と答える。
「きゃーっ!会いたかったーっ!」
ガバッと抱き付かれ、僕は固まる。
姉の後ろに早紀が姿を現した事も、加えて僕の思考能力を奪った。
「私は無視か!謝りなさいよ!
このドピンク女!」
姉が目を吊り上げて怒鳴ると、
「あっそういえば!」
とみぃなが、「多分」悪気なく、パンと手を合わせて振り返る。そして
「あら?そちらは?」
目を三角にして怒りに震える姉を素無視して、後ろの早紀を見る。
瞬間、ビクッと体を震わせて、おずおずと返事を返す早紀。
「敬介の幼馴染みで、下の階に住んでる者です。
えっと、窓開けたらお姉さんの声が聞こえたから、挨拶しようと思って…。」
その後はどうにも言葉にならないらしい。
当たり前だ。
開け放されたドアに怒鳴り声、
入り口で仁王立ちの姉と、ピンクのドレス着た外人みたいな人に抱き付かれ固まっている僕。
訳のわからない光景に固まった。なんて言おうものなら姉やみぃなの諍いに巻き込まれかねない。
賢明な判断だ。
と、実際の早紀の思いとは全く筋違いな読みをして見直している敬介に、
山吹は書物で顔を隠し、声を殺しながらひとしきり笑った。
この二人の騒ぎは下の階にまで聞こえていたのかと思うと頭が痛い。
「へー…」
キャピキャピと比較的甲高かったみぃなの声が、地の低さに戻る。
片や値踏みするように、片や怯えながら、二人はお互いの姿を見合った。
ハスキーな声が、頭一つ分ほど離れたみぃなから響いた。
「敬介、この子も関係者なんだ?」
急に呼び捨てになって、一瞬誰に話し掛けてるのかわからなかったが、
理解したらすぐ「そう。」と返した。
「かしましい娘さん方、お話しは奥にしませんか。
そこだとご近所さんに筒抜けですから。」
と遠慮がちに提案してきたのは桐野さんで、思い込みだろうか、少々腰がひけている。
ーーーー
詳しく順を追って両者の言い分を聞いてみれば、
諍いの原因は、まずエレベーターでみぃなが、ミュールを履いていた姉の足を踏んだことから始まる。
ロリータやゴシック、パンクファッション等によくある厚底靴。
みぃなが履いているのはその中でも高い方で、底だけで8センチある靴だったので気付かず無視。
そこでカチンときている姉に更に、豪奢な装飾によってバランスのとり辛いキャリーケースを、降りやすいよう体の後ろに回そうとして、
はたして彼女には重過ぎたそのキャリーケースを器用に後ろに回すなど出来ず、
遠心力を使って後ろに、とエレベーターでは到底及ばない考えに至った彼女は、勢いつけて姉の脛にぶつけたらしい。
即座に謝ったが許してもらえず、憤慨されて怒鳴りつけられた事に、
キャリーの一件だけだと思っているみぃなは謝っているのにしつこい。と感じ、それが態度にも出てしまったらしく、言い争いになった。
そのうえ目的地が同じ階だ。
みぃなが後に入って来ていたので先に降りる。
そうすると姉が後ろを歩く図式になるわけだが、
重いキャリーと歩き辛い靴だ、一般的な人よりのんびりした速度になる。
大阪ではどんくさいとされる速度。
追い抜きたくても、マンションの渡り廊下はそんなに幅広ではない。
何より彼女の服はたっぷりとした布の中に、かなり値のはっただろう、ボリュームのあるパニエを仕込んであるのだ。
押し退けでもしなければ抜かせない。
少しくらい我慢しようかという理性的な気遣いはこの時点でとうに姉の中からは消えており、
ドンと押し退けて抜かした。
とまぁ、こういう経緯を経てのあのインターホン越しの喧騒であったわけで、
身内他人は関係なしに、非は主にみぃなにあるかとは思ったが、
長旅の疲れもあって注意力散漫になる事はあるよ。
と桐野さんが憤る姉をいなして、好物のクッキーとロイヤルミルクティーを出して落ち着かせた。
みぃなも靴の一件を知り、シュンとしている。
「…言ってくれたら、」
「あんたのした事他にもあるのよ?電車で途中から一緒だったんだから。」
え!とみぃなが声を詰まらせる。何か思い当たる事でもあるのか瞳が泳いだ。
「まぁ、ずっと前の分まで掘り返して挙げ連ねるのは私の主義に反するし、
全部その時許した事なんだから、また怒るのは正しくないわ。」
姉はこういう時、自分にとっての正しい正しくないで判断する。
「明日には忘れといてあげるから今日はしっかり反省しなさい。
私も長旅の疲れなんて考えもしなかった。気遣いが足りなかったわ。
先の許したはずの分まで必要以上に責め立てた事も、反省してる。
ごめんなさい。」
一瞬ポカンとした表情で姉を見つめ、みぃなが泣き出した。
皆ギョッとする。
「私の方こそっ、器の小さい人とか思っててすみませんでしたぁ~!」
「な…っ?」
また姉がピリッときたが、すかさず桐野さんがミルクティーのおかわりを注いで勧め、姉も意図を読み深呼吸して大人しく椅子に座り直してくれた。
「天然って怖いよねー。」
と山吹が呟き、
「悪意が無い分困るな。」
と小声でグレンが賛同する。
僕も、これではゲームにも支障が出るかもしれない、と胃を重くしたが、
「私!お姉さんについていきます!」
の発言に、全員が沈黙した。
「お姉様と呼ばせて下さい!ご命令でも何でもききます!」
「おっと…何処のスイッチ押しちゃったのかな?彼女。」
最初に口を開いた山吹が小さな呟きを漏らした。
みぃなの予想できない言動とテンションについていけない両親は、コッソリと壁づたいに去ろうとした。が、
むしろその不自然な行動が目についたらしく、みぃなが駆け寄って行ってしまう体たらく。
苦笑するしかない両親に精一杯のアピールをしているみぃなに山吹は白い目線を投げかけていた。
どう部屋を割ったらいいのか…頭を悩ませて視線を逸らすと、
不安そうにこちらを見ている早紀に気付いた。
姉にだけ挨拶をして、さっさと書架スペースに戻ったグレンに未だのぼせている姉の前を横切って早紀のそばへ行く。
「どうした?」
早紀の座る椅子に手を掛け、斜め上から覗き込むような体勢で尋ねると、早紀の瞳が揺れた。
「みぃなさんって、敬介の家で泊まるの?
うちで良かったら、私一人っ子だし、部屋空いてるけど…」
早紀は何故か後ろめたい時の表情だが、その提案は僕にとっては神からの救いの手としか思えないものだ。
「いいの?」
一気にテンションが上がり、食い付いた僕に早紀は驚いていたが、
そんな事は問題ではない。
どうやら僕らのやり取りが聞こえていたらしい桐野さんも、
「良い案だね、布団も足りなくなるところだったから助かるよ。」
と、うちで泊めるのを断る理由もつけてくれた。
早紀は空気に合わせて笑うべきか、どうすべきか、悩んだような苦い笑顔を作った。
何がそんなに後ろめたいのかわからない。
「お母様!今日と明日とお世話になります!」
やる気が空回りしたみぃなの、選挙活動のような挨拶に母が苦笑しているところに、山吹が割って入った。
「残念だけど、布団が足りないから。
君は早紀の家に泊まる事になってるんだ。」
例の、真面目な時の声で言ってみぃなを見据える。
姿は早紀ながらも、有無を言わせない声と目の迫力に、流石のみぃなも黙る。
そして一拍置いて、傷付いた表情になった。
しおれた様子のみぃなを見ると、邪険にしすぎかもしれない、と申し訳なさが出てきた。
が、山吹の意志には揺ぎがない。
「荷物は浅葱が運んでくれるってさ。」
言うなり、みぃなの後ろに浅葱が現れる。
「早紀ちゃん、彼女早く家に連れてったげて。
ほんとに長旅で疲れてるみたいだから。
一度休んできた方がいいよ。 挨拶も自己紹介も、落ち着いてからにしたらいい。」
さっきまでの冷たい視線は何だったのか、山吹がらしくもなくハッキリと気遣う素振りを見せた。
常に冗談めかして遠回し、もしくはヒッカケやからかいで励ましたりするような彼が。
「茜も疲れてるみたいだしね。」




