名前と8月26日
―—流石は山吹。
冗談で済ませてくれればいいものを、シッカリ実行してくれて、僕は食らわなかったものの、安心しては眠れなかった。
「精神的に追い詰めないんじゃなかったっけ?」
恨み言のひとつも言いたくなるほど、山吹は爽やかな笑みを浮かべている。
「今夜からはしないよ!」
歯切れよくハキハキした話し方で喋る山吹。
珍しいものを見たという喜びよりも、睡眠を満足にとれなかった不快さが上回った。
言い争っていると、ドアがノックされ、グレンが顔をのぞかせた。
「おはよう。」
グレンの着替えは昨晩山吹が渋々とってきてくれたお陰で困らず、
黒のスラックスとのりの効いたシャツを着ている。
スーツのネクタイ・上着抜きみたいな感じだ。
これ、姉が見たら確実に食いつくやつだ。
反射とでもいうくらい自然に、姉に襲われないかと心配して、こんな心配が必要な姉に頭を抱える思いに至る。
姉とみぃなが着くのは昼過ぎらしく、
もうこれっきりになるかもしれない落ち着いた朝食をとる。
「…あ、そうだ。」
食事終りにグレンが、本当に今思い出した。という調子で口を開いた。
「昨日の質問なんだけど。」
ああ!と僕は手を打った。
姉とのやり取りや雅人からの連絡、ゲーム内容への不安等で混乱して、すっかり忘れていた。
「ちょっと資料を見て貰ってもいいかな。」
言ってグレンは席を立ち、僕も、例によって山吹も後に続いた。
「以前読んだ関係ないはずの記事と内容が似通っている所があったんだ。
ここに載ってる名前…」
グレンが指差す先の紙に染み込んだ墨は、確かに『敬介』という文字を形作っている。
その横に早紀、他6人の知らない名前が連なっている。
「もしかして…」
僕がグレンの表情を窺おうとするより先に、
「これが僕の名前。」
と横から伸びた白い指が指し示す。
「きょうすけ…?」
『京介』の字を読みながら言うと、グレンがうなずく気配がした。
他の名前も確認してみるべきか…と思ったところで、一つの違いに気付く。
「男の名前が多い、一人違ってる。」
疑問を呟くと、グレンが事も無さ気に言う。
「ネカマって事だろうね。」
そうか。ネットだとそういう事が起こるのか。
数秒、大変失礼なことに、僕はみぃなが男の可能性を考えた。
噴き出した山吹の反応を見るに、その可能性は無いらしい。
つまり『†未玖†』がネカマで、腐女子ならぬ腐男子だったという事だ。
我ながら、随分と癖の強い人材ばかり集めたものだ、と頭を垂れた。
それにしても…
「嫌な内容だよね…」
ポツリと感想を漏らす。
グレンも、まあね。と同意した。
ずっと昔に人柱にされた人間の名前らしい。
「他にも、これと、これも。
見て欲しいんだけど。」
言いながら出された資料にはことごとく僕の名前が載っている。
過度のイジメから死亡に至った記事や、虐待によって死亡した子どもであったり。
そして、どれもが事件の数ヶ月や数週間前という短い期間から、
突然理由もなくイジメや虐待が始まり、事件後、加害者は『何故自分がそんな事をしたかわからない。』『大事な友達だった。』『子どもを心から愛していた。』と供述しているのだ。
よくある名前だから、そう思いたかった。
「日付が、」
グレンが説明するまでもなかった。事件はいつも同じ日に起きている。
だがおかしい…
扉が封印された後にこの事件は起こっている。
封印した日付、8月26日に合わせて、8年2年6年、また8年…と繰り返されている。
それに、この記事の切り抜きが取り置かれている事…
「封印された以外の敵がいるって事…?」
「そう解釈して間違いないだろうね。
そして人柱になって封印を行なった『敬介』さんを恨んでる。」
それも相当根深くね。と付け加えた。
迷惑な話だ。と一蹴してしまいたいが、できる立場ではない事を重々承知してる今、僕は黙って聞いているしかない。
「丁度、今年が起きる年だし、26日までに敵に居場所
もしくは呼び出し方なんかを吐かせて倒そう。」
目が飛び出すかと思った。
「え?」
「放っておく訳にはいかないだろう?」
聞き返されたのが不思議、という風情でグレンは言い放った。
僕は言葉もない。
…勝つつもりでいる…。
いや、そうでなければいけないんだけど!
「それで、質問っていうのは、
この事件記事は途中から、君のおじいさんが集めた物のようだから
君のおじいさんはこの事を知っていた事になる。
それで疑問に思ってね、何故君の名前を敬介にしたのか、
もしくはご両親が敬介に命名するのを黙認したのか。」
確かに。
継承者は危害を加えられないからだろうか…?
「小学校や中学校なんかで、名前の由来とか調べさせる授業とかあるし、知っているかと思って。」
そういえばそんな事もあったな、と思い返す。
名付けたのが祖父だったと聞かされた事は思い出した。
理由は何だったか…
僕が首を傾げているとグレンが、
「そうか、山吹に聞く方が早かったね。」
とバッサリ切り捨てた。
「おじいさんの記憶を見たんだから。」
言われた山吹は首を竦めて見せた。
「残念ながら、姫さんあんまりプライベートなとこは見ない主義だし、
俺ら感情がちょっと欠けてるっていうか、人間ほど複雑怪奇じゃなくてね。
で、感情をシンクロさせないとその情報を見れないわけ。
所詮俺らの能力もESP、キミらの超能力と同じって事。」
感情のシンクロが無いと何かの映像を見る、念視等の能力は使えないらしい事がわかった。




