超能力
「とりあえず、ゲーム参加者を確定させるべきかな?」
雅人が語尾の音を少し上げて尋ね、クスリと笑った。
確かに、なるべく早く連絡するべきだろう。
「じゃあ私は明日には家に帰るから、またね。」
言って姉は電話を切った。
グレンが姉の部屋を使っているという大事な注意事項は後でメールで伝えるとしよう。
Skype使うかなー…と考えに入る。ネトゲは今定期点検中だからだ。
「じゃあ、参加者が決まった頃に呼んでよ。」
またね。ともなんとも別れの言葉なく雅人は消えた。
とはいっても姿が見えない以上、僕には去った事がわからない。
山吹が突然横に立っていて、心臓が止まる思いになり、リビングから聞こえてきた桐野さんと父の笑い声に元の世界に戻ってきたのだとわかる。
もう親達はすっかり普段通りだ。
もちろんテレビはずっとニュースを流しているし、母はいつもより力ない笑い方をしているという程度の違いはあるけれど。
皆気遣っているんだ。
精神的ストレスが溜まるのが一番危険だから。
ほんとに良い人に囲まれていると実感する。
僕は少しあったかいような、落ち着いた気持ちで雅人からの話を山吹に聞かせた。
戻った時、山吹が隣にいたのは多分姉との電話を盗み聞きするためだ。
というのは僕と目が合ったときの山吹の反応で分かった。
「ヒュウッ、金持ちぃー。」
突然山吹が口笛を鳴らし、僕は目を丸くする。
この話のどこでその感想が…という疑問に答えるように山吹が続ける。
「例の『みぃな』ちゃんが来るってさ?」
「え!」
山梨だぞ?って言っても他は更に遠いか…
頭に完璧には入りきっていない、穴の多々見当たる日本地図を思い浮かべながら思った。
「でも役に立つ人員かってとこだよねー、問題はさー。
命懸かってんだし?」
少し不機嫌な声で山吹が言った。
それは確かに言えている。
だが、それを言い出すと自分や早紀もあまり戦力とは言えないと思うし、全員を集めてメンバーを組むにはちょっと余裕がないとも感じる。
グレンと、浅葱を通して早紀にも話し、承諾を得て雅人を呼ぶ。
「決まったの?早いね。」
感心感心。と陽気な声が降ってきて、異次元にきている事を確認する。
「言っちゃうと今僕の宿主は夕飯の時間入ってるからあまり話せないんだよね。
トイレを理由に来たけどあまり長いと親が心配するし。」
要約して手短に済ませろという事か。
「僕と姉と早紀とグレン、みぃなが参加する。」
「了解。
ま、メンバーで問題が変わるってわけでもない感じだったし
形だけだけど伝えとくよ。」
それで、と僕は続けた。
「倒し方っていうのは…」
「そこまで焦る必要もないくらい状況改善に尽力したとは思うけど、
敬介は心配だろうしね。」
と前半不服そうに、後半はからかう色も含み、雅人が言う。
「気功って知ってるよね?」
中国とかの太極拳とかみたいな拳法的なもの。と僕の脳内辞書において分類されている単語だ。
「僕たち思念体ってさ、意志が強い人間には入れないんだよ。
敬介はまず、強い精神力によるPKのような能力を手に入れる必要があるんだ。」
「PK?」
聞いた事の無い単語に首を傾げる。
「念力とかの他の物体に影響を与える超能力の総称かな。」
サラッと言う雅人に僕は愕然とする。
いや、無理だろう。
「超能力って…」
「使えるんだよ。
脳の回路を暗示などの思い込みや、何かしらの外的要因によって
スイッチ切り替える事でね。
元から素養があるとされる人達は胎児の頃か、幼児期に
通常入るストッパーが入らず育った人。
だから皆、入ったストッパーを抜けば使える。
そのストッパーを外すにはまず思い込み。
脳は強い思い込みに影響されているものだから。
できないっていう思い込みを無くす事が第一段階。」
最後に、ここまで小難しかった説明が一気に胡散臭くなる一言。
「スプーン曲げてみるとかがいいよ。」
使い古しな手だな…と普段なら小馬鹿にするが、
現実問題として実際そういう行為を求められているのだから笑えない。
「まず、出来た達成感を手にして自分は超能力が少しは使えるという思い込みを植え付ける事と、
更には不可能ではないっていう確信を持たせるのが目的。
全く信じてない状態よりストッパーが外れやすくなるからね。」
もはや洗脳だな。
と脳のどこかにあった白けた思考が水を差す。
「それじゃ、僕は戻るから。
次の段階は触らずにクッション位吹っ飛ばせる様になったらね。」
言い捨てて雅人は通信を切った。
僕の「それ一生無理!」という抗議の台詞は行き場を無くして溜息とともに空気中に消えた。
「ご飯よ。皆いらっしゃっい。」
と努めて優し気にした母の声がかかり、僕らはリビングに向かった。
急で用意がなくて、と申し訳なさそうに言いながら出されたカレーに、
添えられたスプーンが僕の目を釘付けにする。
恥ずかしいからコッソリ練習しようかと画策していると、心を読んだ山吹にばらされた。
「面白そうだね、僕もやろうかな。」
グレンが涼やかな目でそう言った。
僕は真っ赤になってうつむく。
父は
「あんまり沢山曲げると母さんが怒るぞ。」
と笑い、桐野さんは
「うちの商品で試すかい?
使った人が呪われるって曰く付きのスプーンが5本ほど店に…」
と商売モードだ。
グレンはそれにも関心を示した。
結構、好奇心旺盛なタイプだ。
結局夕飯の後、僕らは机を囲んでスプーンと睨めっこした。
なにが悲しくてこんな事を…と一人腐る僕だったが、
山吹が一瞬でスプーンを元が何かもわからない程くちゃくちゃに曲げて、
次の瞬間には元に戻すのを見て、この修業は確かに必要だと納得した。
あれだけの念力が使える相手に何の力も持たずにつっこむのは無理だ。
鍛えたところであそこまでできるとは思えないが。
「今のところ、僕は軽く曲げる程度だね。」
グレンがなんでもないような声で言って、全員が振り返る。
見事に曲がっている。
一般的な、スプーンの丸い部分から持ち手の間は勿論の事、
更に下でも2ヵ所曲がっていて、
どれも直角に奥に倒れたようで、現状スプーンの先がグレンの方を向いている状態だ。
山吹のは滑らかな円を描いて曲がったが、あんなのは人間の芸当じゃない。
その場の全員が息を呑み、そしてどよめいた。
僕はグレンとの格の違いというのか、差を感じて黙って落ち込んだ。
見ると、桐野さんのスプーンもかすかだが斜めに傾いている。
父は、と見て、僕はこの点でも父親似なのかもしれない、と思った。
「ちなみに、早紀はスプーンの柄を握った形に曲げたよー?
オレがしたのに近い感じって事かなー。
長谷川クンは浅葱似ー。」
なるほど、力の現れ方にも個性があるのか。
そして僕は早紀にも差をつけられたらしい。
年齢の問題ではないのはわかった。
複雑な気持ちで、手の温度でか少し熱いくらいにあたたまったスプーンを見下ろす。
それにしても、常に参加は出来ない人が念力を扱えて、常に参加しなければならない僕が、まったく変化のないスプーンを握ってるなんて、神様は不公平だ。
というか、割り振りを間違ってると思う。
「…ねー、敬介クン?
そのスプーンさぁー、今何度ー?」
山吹に尋ねられて、僕はハッとする。
握ってるのがちょっと辛いくらいに熱い。
そんなに力一杯握ってたのかと思うと頬がほてって、パッと手を離した。
「いやいやー、それ多分姫さん似だと思うんだよねー」
「へ?」
素頓狂な声をあげて聞き返す。
まさか
「そう、超能力ってやつ。」
全員がおおっと僕とスプーンに注目する。
「まだ弱いみたいだけど、敬介クンは温度変化させる能力だったって感じ。
地味だけど使い方次第かなー。」
山吹がニヤリと笑った。
「長谷川クンと早紀と、桐野さんのお陰だねー。
集団催眠の効果でストッパーが緩くなったんだよー。」
単体では効きにくい暗示も集団でかけると効きやすいらしいというアレか。
「他の皆も練習してくれてるよー。」
やはり山吹は便利だ。
と思ったのを今までに習った算数の公式で覆い隠した。
いいのに、と山吹はクスクス笑った。
23:00を過ぎた頃、目がランランとしてきた大人達は置いといて、僕らは寝る事にした。
どうにもスプーンに変化の兆しが見えない父に、
結局の所、自身もあまり変化があったとは言い難い桐野さんが熱心にコツを教えている。
風呂から上がってきて参加した母も真剣なまなざしで桐野さんを見上げながらスプーンを握っている。
その様子を眺めながら、リビングの戸を閉めた。
「それで、僕は今日ここで寝て良いのかな。」
姉の部屋の前でグレンが尋ねた。
「勿論。明日は僕の部屋になるかもだけど、」
「まぁ敬介になら俺専用ベッド貸してやるし。」
話に割り込み、勝手に肩を組んできた山吹が言った。
「そっか、わかった。」
短く応えてグレンがドアノブを回す。
「あの、今日、すごい心強かった!
グレンがいてくれてよかった、ありがとう。お疲れ様。」
気恥ずかしさに耐えながらなんとか思いを伝えて頭を下げると、
「そういう素直な台詞って言う方も言われる方も照れるよね。」
と苦笑というか、戸惑ったような表情でグレンが微笑んだ。
口許に手をあてて、照れたような仕草をして、
「僕も、君に会えてよかったと思ってるよ。ありがとう、おやすみ。」
と言って、部屋に入って行った。僕も赤い顔のまま自室へ向かう。
「ハーレム作る気ですかぁ。」
とか後ろで山吹が小さく呟いたが、勿論そんなつもりはサラサラないし、言い返すのも面倒なので聞き流した。
今僕が考えるべきは、如何にして安眠しつつ、落ちて来る山吹を避けるかだ。
日本のあらゆる場所で、それぞれに考える夜が過ぎていった。




