姉
グレンが黙々と僕には読めもしないだろう古い小難しい文献に目を通している間、来たはいいけど用も済んでしまい手持ちぶさたな僕は、
かといって遊ぶ気にもなれない。
責任を感じてないと思われるのも嫌だった。
筆跡の崩れがマシなまだ読めそうな書物を手にする。
まだほんの2ページめくった所で、難しさが気体にでもなったかのように重苦しい真面目な空気の部屋に、水を差すように呑気な電子音が流れた。
勿論、音の主は僕だ。
気まずくなって慌てる僕を見ながら声を堪えて笑い悶えてる山吹が視界に入ったが、今はそんな場合ではないので、後で必ず報復をしてやると心に決めながら携帯を開く。
音でわかっていたが、やはり姉からの電話だった。
「早紀ちゃんから聞いたんだけどさー」
のっけから本題に入ってる姉に肩を落とす。
「って、何で早紀の番号知ってんの…」
「あーそっか、違う違う。浅葱って子が来たのよ。
赤銅さんと早紀ちゃんのお願いで。」
瞬間移動で大した負担が無いと言っても、結構色々走り回らされてるな浅葱…と内心同情した。
何故か浅葱には嫌われてるような気配を感じるけれど。
「おじいちゃんの言った通りの展開になったわねー。」
なんとも無さそうな声で姉が言った。
父と同様、過去の事、済んだ事にはこだわらない姉の主義が垣間見える。
「なんで教えてくれなかったの。」
どうしても後悔する質な僕が尋ねると、
「んー…一つに、何が起こるか私も興味あったし、
あんたの気持ちわからないでもなかったから。が30%。
おじいちゃんも何起こるか具体的には知らなかったし、
中の物がそこまでヤバイとは思ってなかったしね。」
と、あっけらかんとぶっちゃけた、潔の良過ぎる返答が返ってくる。
「あと、その考えが何故か浮かばなかった。が70%。」
「ちょ…っ、」
ツッコミとして言いかけた色々と失礼なセリフ群を口に出す手前で飲み下す。
「それで、本題は?」
話を本筋に戻して促す。
「ちょっと心配になったからってだけなんだけどね。」
急にちょっと声のトーンを落としてシリアスな空気を出した姉に、つられて僕も緊張感を持った。
けど、次に来た言葉は予想に反する内容だった。
「あんた浅葱って子に早紀ちゃん盗られないようにしなよ?」
一呼吸間をおいて、
「は?」
これでも僕はごく真剣に返事をしている。
心配って…
「だって浅葱君、なんか早紀ちゃんのこと特別に思ってるっぽいし?
敬介のこと嫌いっぽいし?誠実そうな上、姿変えれる彼とじゃ分が悪かろうと…」
「切るよ。」
何の心配してんだよとかつっこむ気力は最早無い。
言外に無いと言われた誠実さを引き出して耳を傾けた内容がこれとは。
と、いつまで経っても世界が色恋沙汰で回っていて落ち着かない姉に落胆しながら通話終了ボタンを押しかけた時、
「敬介、質問なんだけど。」
と、グレンが声をかけてきた。
「え!誰の声っ?」
姉の興奮してボリュームの上がった声が携帯から静かな部屋に響き渡る。
グレンが挨拶すべきか聞こえなかったフリをすべきか、考えあぐねているのは見てとれた。
僕は手で制して、『ちょっと部屋出る』というモーションをして見せると急いで部屋を出た。
「姉さんが京都の扉の前で会った人だよ。浅葱から聞いてない?」
「きゃー!うそー!」
携帯を越えた向こうの姉は飛び跳ねんばかりのハイテンションっぷりで叫んでいる。
もしかしたら飛び跳ねているのかもしれない。
「あのイケメンが!弟の知り合いとかっ!」
…ん…?
「会った時、扉開けに来たのに気付いたから逃げたんじゃなかったの?」
「あまりにも理想のイケメンが来たから逃げたのよ?
元よりあんまり自分の外見に自信持ってる訳じゃないのに、
あの日私ノーメイクでパンツは中学の時のジャージだったし!」
中身は問題だが見た目は悪くない、
というかモテそうな姉なのでノーメイクでも問題無いとは思うが、本人には大問題らしい。
正直ナチュラルメイクも度を過ぎたって位薄い化粧なんだからアレは単なる自己暗示の行為だと思う。
自信たっぷりな表情や態度に惹かれている人がほとんどだし。
「うわー…会いたいような恥ずかしいし会いたくないような…」
「いや、来なくていいから。」
『そうもいかないんだよね。』
突然に後ろから声がしたような気がして、扉に背を預けていたのだから、後ろに人が立つ可能性などないのに振り返る。
『僕だよ、雅人。声だけだから。』
快活に言った声は確かに雅人だ。
からかったのか、高い笑い声が軽く5分は止む事なく続いた。
『さっき最初のゲームが決まったからご報告に。
で、参加人数5人必要だから、呼ばないといけないよ。』
「ソッコーで荷物まとめて行くわ!」
間髪を入れず姉が叫んだ。
「あれっ?姉さんは雅人の声聞こえるのっ?」
僕は動揺する。
てっきり別次元に連れていかれるのは僕だけだと…。
姉は何を言われているのかわからないという体で何が?と返し、
僕が説明するより先に姉が脇道から軌道修正をかけた。
「で、雅人くん?ゲームの内容は?」
『場所は道頓堀。
時間は12:00~14:00
宝探しだってさ。』
「「はい?」」
姉とハモった。
『聞いてる感じだとかなり広範囲な上、人や動物に隠すかもしれないってとこが結構キツいかな。』
僕はポカンと口を開けたままだ。命懸けてんのに宝探しって。
彼等にとって僕ら人間の命はゲームセンターのコインくらいの重さでしかないんだろう。
「持ち点は30点。
ちなみに、問題を解いてから見つけないとクリアとカウントされなくて、
偶然見つけた場合は10点減点。
よって、ミスは3回まで。
問題数は15問。
しかも2時間以内だからね。」
「宝探し」というゲーム名を聞いた瞬間は小馬鹿にしたが、コレ難易度アホみたく高いかもしれない。
『日付は明後日。
あと、さっきの条件に追加で、
4、継承者以外の参加者はゲーム毎に変える事。
が加わった。』
「え?」
考えもしなかった規定に思わず聞き返す。
『二連続で参加は出来ないって事。
でないと有能なヤツ何回も出せちゃうでしょ。』
僕は有能では無いと。
『継承者に関しては因縁あるからね、
どうしても継承者とやり合いたいって主張するヤツがほとんどなんだ。』
しっかりフォローされて、僕の気分は元まで上がりきらないまでも、低空飛行を維持する程度には落ち着いた。
「じゃあえっと、最悪の場合最終戦に出られるのは私と敬介とお父さんだけ?」
あ、そういえばお父さんも正統継承者じゃん!と姉のセリフにはっとする。
『お姉さんは正統継承者ではないから、ゲームへの参加は許すけど二連続は不可だってさ。
ちなみに敬介のお父さんは権利等を全て息子に継承したからゲームへの参加は一切除外ね。
姉は正統継承者のスペアとなる可能性がある存在って事で可。
つまり毎回ゲームに参加できるのも最終戦確実に参加できるのも、敬介のみだよ。』
え。と声を出そうとしたが息が漏れただけだった。
それは非常に荷が重い。更に雅人が追い討ちをかける。
『多分やり合いたいって主張してる彼は、敬介とのタイマン系の勝負を望むだろうね。
ただし人数的に敬介一人を相手に勝ち抜き方式。』
瞬間、真剣に全戦負けた時の計算を始める僕。
最終戦負けた時点で全人類隷属なんだから計算したって意味ないんだけど。
とネガティブになって早くも落ち込み始めている辺り、負け犬根性が染み付いているとしか言い様がない。
『多分プレッシャーかけるためにも最後の方だと思うよ。』
絶望的な言い切りに僕の気分は谷底に不時着した。
『だからね、敬介には万が一に備えて、奴等を倒す修業をしておいて欲しいんだ。』
全人類の未来が敬介ひとりにのしかかるかもしれない不安から救う起死回生の提案。
全戦負け越して、さらに最終戦で僕が負けるのを前提としているところが引っ掛かるが。
『――僕が倒し方を教えてあげるよ。』




